3-7 ひとりで日光浴するなんて、ずるいよ。
さて、問題だ。
俺はネリメアに対しての答えを決めきれていない。
俺はお前を追わないけど、次どこかで会ったらお前を吸血鬼として捕らえる――なんて捨て台詞を吐いたにも関わらず、だ。
さよならをネリメアに告げられたにも関わらず、でもある。
しかしながら今更ともいえない事情はある。
吸血鬼をこのまま逃して良いのか――という、極々当たり前の話だ。
無料の親切ではなくともリンゼに慰められて、少なからず反省した。
俺がネリメアを捕えるのを放棄したせいで新たな事件をこの町に生み出してしまうのではないか。
リンゼが首から血を流し息絶えた幼馴染のようになる姿が頭に過ったことで、一気に現実味を帯びたのである。
(今さら馬鹿だよな、俺)
食堂を出てからの俺は「ネリメアに一秒も早く謝罪を」というリンゼの後押しに従うわけにもいかず、太陽がじりじりと肌身を焦がす日向の野原に横になっていた。
眼を閉じて、慣れない太陽の明かりを遮る。
多少は光から逃れられた脳裏には、キャッキャと戯れ合う甲高い声が響いてくる。
生きている人間の声である。
俺と幼馴染の懐かしい記憶とは違う。
現実を生きている子どもたちの肉声。
そよ風が揺らした芝生が頬を撫でる。太陽の陽気で温まった草葉のくすぐったい感覚で思い出すのは決まって幼馴染だ。
(スリィ……お前が生きてたら。もし、俺の立場だったら)
――ネリメアを捕らえるか?
答えはない。
答えがあるはずがない。
幼馴染は、俺のように復讐しようとは思わない。
(でも、殺されるのが俺じゃなくてあいつだったら)
痒くもない頭を掻きむしる。
脱線し始めた思考を切り替えるのに丁度良い。
ありもしない未来よりは現実の未来だ。
(初めからネリメアを疑う要素は幾らでもあった)
人間と同じ姿かたちでも異様に目立つ蒼白く透けた肌。
血のように真っ赤な瞳に、食事時ですら隠された口元。
陽の光を避けた活動時間もそうだ。
疑おうと思えば幾らでも疑えた。
(それなのに――)
俺は彼女を吸血鬼と思いくたかなかったのだ。
人間を襲う魔族である可能性を端から外していた。
彼女が親切で綺麗な人だったから。
吸血鬼は人間に友好的に近づいて喰い殺すと身をもって知っているのに、彼女に限っては違うと思い込んでいた。
(吸血鬼は捕える。――そう約束したけど)
人を襲った証拠がないのなら、捕える理由がないのでは?
吸血鬼相手に馬鹿馬鹿しいことを、今でも考えてしまう。そう思考してしまうのは既に騙されているからだ。
(だけど、やっぱり腑に落ちないんだよな。ネリメアは俺の血に無反応だったし)
それどころか傷痕を見ては顔を顰めていた。
血の臭いが苦手だと話し、止血を手伝ってくれもした。
だからこそ、連日の悪夢のなかで幼馴染を死に追いやった吸血鬼とネリメアが重なることが無くなったのである。
(あれも警戒心を緩めさせる手段ってこと……なんだよな?)
吸血鬼は人に紛れて生活し、気を許した相手の血を一夜のうちに吸い尽くす。
幼馴染を殺した吸血鬼がそうだった。
だから、彼女の一挙手一投足もその為。
それなのに『血に反応しない』という一点がどうしても気に掛かる。
魔族――取り分け吸血鬼に並々ならぬ好奇心を抱いている稀代の科学者ドリュートの吸血鬼考察論文には『吸血鬼は血を前にすると吸血衝動に抗えず、理性を失う』と記されていた。
実際に俺が捕らえてきた吸血鬼達は皆一様にその特徴を持っていた。
血の匂いに狂って飛びかかるけれど、血を飲んだ直後には異様に素早く知略的な動きをする。
けれど、ネリメアは血の匂いで狂う素振りが微塵もない。
常に何らかの手段で血を摂取していたことで、偶々俺の前では平然としていられたのかと疑ってみても、これまで共に過ごした中でそれが出来たのかと振り返ると、やはり否定したくなる。
幼馴染を殺した吸血鬼と同じく人間を襲う魔族と思いたい自分と、同じ種族でも彼女は人を喰いものにしないと思いたい自分がいる。
(昨晩の吸血鬼が『禁忌を犯した』って意味も気になるし)
吸血鬼の発言を信じるのなら、同じ種族であっても禁忌を犯した側とそうでない側とで分かれていることになる。
考えても考えても、疑問が解決することはなく答えが一向に定まらない。
(それなら――)
ネリメアに出会ったあの日の親切を思い出す。
再会した日に何度も俺に向けた屈託のない笑みを思い出す。
寝不足が続いた俺の為にと煎じてくれたお茶の味を、調子の戻った顔色に喜んでくれた声音を思い出す。
打ち付ける大雨を浴びながら佇む美しさも、俺の逃げのような選択を優しさと評してくれた微笑みも。
ギル、と繰り返し呼んでくれるあの声も。
どうしたって消えてくれはしないのだから。
忘れたくなくて、何度も思い出してしまうのだから。
たとえ騙されているとしても。
俺は、ネリメアと旅がしたい。




