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吸血少女は牙隠す。 〜どうやら彼女、吸血鬼と呼ばれるのは心外だそうです〜  作者: 青葉 ユウ


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3-5 さよならだね、





 ネリメアが呼んだ兵士の数名が吸血鬼を連行していったのは、程なくしてのこと。


 場を取り仕切っていた一人には、吸血鬼を捕らえて牢に入れた後の対応が仔細に書かれた文書を渡している。


 そこらで手に入る紙とは別物の滑らかで上質な便箋に、格式高そうな紋章入りの封蝋。

 その紋章が何を示すのか。例え知らなくても、おいそれと開けてはならないと判断するには充分な代物だ。


 この町を管理する最高責任者に、難しければ自警団や兵隊のトップに手紙を渡すこと。

 それまでの間は口に詰めた詰め物を取らず、食事を与えず、手足を拘束したままの状態にすること。


 もし守れずに対処した場合は、次の死体は貴方だろう――そう念押しして伝えれると、疑念を抑えつけたかのように兵士達は口を曲げて去って行った。


「犯人よりもギルの方が危なそうだもんね」


 血濡れの靴のままでは宿に戻れない。

 井戸を目指して歩き出した俺の後を歩くネリメアがくすくすと笑う。


 彼女は何ひとつ変わらない。

 俺への態度を変えようとしない。


「あの手紙の差出人はどんな人なの? 私、紋章は詳しくないから分からないんだ」


 そんな彼女に困惑していた。


(正体をバラしたのに何でついてくるんだ?)


 俺の視界に映らない場所に消えてくれれば良かったのに。

 そうしたら、俺は知らないフリもできたのに。


 ネリメアという一人の少女との旅の全てを、跡形もなく忘れてしまいたかったのに。


「ギル聞いてる? 無視は傷ついちゃうよ」


 俺からは幾らでも逃げ切れると高を括っているのか。

 それとも――――


「ネリメア。お前には俺が銃口を向けないとでも思った?」


 ホルスターから引き抜いた拳銃がネリメアの胸元に照準を充てる。

 彼女は身体を強張らせることなく飄々としていた。


「ギルは撃たないよ。撃てない、が正しいのかな?」


 住宅地の外れにある見通しの良い公園は月明かりが眩しい。

 ネリメアの色素の薄い肌を照らすだけに止まらず、青白く透き通す。


 血が通っていないような肌。

 俺が幾度と見てきた吸血鬼と同じ肌。


 似ているだけだと言い聞かせていた現実を、丸々と肥えた月が白日の元に曝す。


「あの人のこと痛めつけても殺さなかったもんね。ギル、今すぐにでも殺したいって顔してたのに」


 俺から向けられた殺意を気にもとめず、水汲み井戸のハンドルを動かして靴を染める血液を洗い流していく。


「私も捕らえたいなら、あの人の仲間だって兵士に突き出せば良かったんだよ。どうしてしなかったの?」


 左靴を洗い終えたら右靴へ。

 靴底から血色が無くなるまで丁寧に水で落としていく。

「やっと綺麗になった!」とネリメアが満足するまで、俺は銃口を逸らすことなく口を閉ざしていた。


 俺の頑なな沈黙に向き直ったネリメアは、無言の間を作った俺の形容しがたい思考を感じ取ったのだろうか。

 出会った日と同じ、自分でも理解しているのだろう美しい笑みを湛えてみせた。


「出来ないんだよね? 私、何も罪を犯していないもの」 


 幼馴染みが重なる。


「お前は俺を騙してる」



 ――()に重なる。



 引き金にかけた指が震えた。

 声にならない怒りが引き金を弾けと信号を送る。


 投与した薬の効果は残っていて、視界も嗅覚も思考も反応速度も鋭く尖っている。

 そんな俺の身体はネリメアを穿つことを決して許さなかった。

 冷静でいられるはずの脳が怒りに燃えても、指先が硬直したように呼応しない。


「私ね、ギルとの旅が楽しかったの。もうお別れ?」


 ネリメアが俺にとっての言い訳を――彼女にとっての正論を言葉にしてくれていたら、どんなに楽だったか。


(俺がネーレ族だって勘違いしただけだ。でも、騙してたようなもんだろ。そうして今でも寝首をかく機会を窺ってるんだろう!?)


ネーレ族だよなと問いかけた時のネリメアの微笑みに、都合の良い意味を当てはめたのは俺自身だ。

それを理解はしていても、感情が許せない。


「騙したくはなかったの。でも、人を襲う吸血鬼だなんてとてもじゃないけど言い出せなくて」と、しおらしく謝ってくれていたら。


「バレちゃったか。あと少し油断してくれたら美味しい食事にありつけたのに」と、本性を現してくれていたら。


 引き金を容赦なく引けたのに。

 性懲りもなく、俺を騙し続ける吸血鬼として。

 もしくは、言葉のままに人間の血肉を食事とする魔族として。


「元からこの街で終わる予定だったからな。俺はお前を追わないけど、次どこかで会ったらお前を吸血鬼として捕らえる」

「さよならだね、ギル」


 答えは分かっていたのだろう。

 あっさりと別れの言葉を告げたネリメアに、俺は構えていた銃を下ろすことで応えた。


 特徴的なネーレ族のケープが翻り、ひとつ結びの艶やかな黒髪が残り香を振り撒いて去っていく。


 さようなら。

 その言葉は別れを惜しんでしまいそうで、彼女の香が風に掻き消えても口にすることは出来なかった。






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