3-3 私はギルの役に立てたかな?
月が昇る夜に息を閉ざして町の様子を探り、日の出を待ち望む人々の流れに意識して。
普段なら路銀稼ぎの依頼をこなしながら情報収集をするけれど、今回は違う。
始めから相手は吸血鬼と分かっているから、迎え打つ対策に全ての時間を費やした。
日中の睡眠を終えたら、準備運動代わりの散策に出かけて人々の噂話に耳を傾ける。
この町の酒場は、ひとつの区画に固まっていた。
店内と軒先のテーブルには仕事を終えた人々が集まって活気付いているから、酒を飲んでるフリをしながらその中に混ざった。
夜間になってネリメアと合流すると、宿屋のロビーでリンゼにひと声かけてから外へ出る。
ネリメアが探している酒の情報の対価に俺たちの連泊を取り付けた、接客上手なあの女の子である。
サービス精神が旺盛と見せかけて集金を忘れないしっかり者だ。
今は殺人犯探しで誰しも警戒しているから夜の外出は危険だと止めてくれた親切な子。
彼女には万が一俺が帰れなかった保険として、旅の支援をしてくれているパトロンの名が記された小切手を渡しておいた。
その名を見て瞳を輝かせた彼女なら、もしもの時に俺の訃報を伝えてくれるだろう。
そんな調子で気づけば4日。
(明日まで何事もなければ――)
ネリメアがこの町に来た目的を果たせる。
そう思っていたのに。
思っていたからこそなのか、細まったネリメアの瞳の奥が一層紅く光る。
「狙われたみたい。2……ううん、3つ向こうの通りから、私たちが通った道を辿ってきてる」
「了解。ありがとなネリメア。次で別れて、あとは予定通りに」
「うん。気をつけてね、ギル」
大きな商業通りから一本隣の細道を歩く俺たちは、まだ辛うじて灯りのついた酒場に着くと二手に分かれる。
ネリメアは賑わう声が漏れることのない店内へ。
俺は数メートル進んだ分かれ道から階段を下った先の、建物の陰でより暗くなる路地裏へ。
繰り返される殺人によって、この町は巡回する兵が増えている。
吸血鬼はこれまで以上に路地裏や人目につかない町外れを選ぶだろう。
この町に来て分かったことは3つある。
性別に関係なく、健康な若者が狙われていること。
日に日に被害が増えて犯行も手荒になっていること。
当初は防御痕や目立った外傷がないことから知り合いの犯行と思われていたが、手当たり次第の犯行の可能性が高くなってきていること。
犯行を繰り返すにつれて化けの皮が剥がれて手荒になるのは、吸血鬼に良くあるパターンだ。
(血に飢えてるんだろうな)
理性に従い冷静だったら厄介だが、気が狂れているのなら誘導するのは簡単だ。
パトロンが開発してくれた香水が吸血鬼の気を引いてくれる。酒に酔うように思考を鈍くする甘い芳香に混じった微量な鉄の匂い。
人間の鼻では感じ取らない匂いにネリメアは顔を顰めていた。
腰につけたホルスターから銃を引き抜く。
同時に首に嵌めたチョーカーの金具に触れて突出したボタンを押し込んだ。
金具に触れた皮膚から針の刺す痛みが走る。ドクドクと脳を巡り、指先から足先まで異物が駆け巡る。
(気持ち悪い)
繰り返しても慣れない感覚。
急速に早まる血の巡りに、心臓が不気味な早鐘を打つ。
身体が拒絶を示して込み上げる胃液を飲み込むのは、いつものことだった。
(でも、こんな苦痛なんてスリィに比べたらなんてことない)
胸元を握りしめていた手の力がふっと緩まる。
異物が全身を駆け巡るのは一瞬で、馴染むのも一瞬のこと。
(来い、ローリー・フィズニング。俺の手でお前を殺してやる)
過敏になった聴覚が近づく足音の居場所を特定して。
常人離れした視力が暗闇のなかで迫る敵を捉えて。
視線が交わった途端、人ならざる瞬発力で駆け出した敵の軌道を予測してカウントを始める。
1秒でも出遅れたら噛み殺される。
瞬く間に目前に迫り、喉元に噛みつこうと大きく開いた敵の牙を、俺は冷静に確認する。
血色の瞳孔に、日光を浴びない蒼白さ。
吸血鬼の仕業だと事前に予測していても最終確認は大事だ。
人か、他の種族か、吸血鬼か。
――幼馴染みを殺した吸血鬼なのか。
(今回もハズレか)
思考と同時に動いた手が銃の照準を合わせて引き金を引く。
銃声は鳴らず、空気を裂く音だけが鼓膜に響いた。




