3:血は繋がっていても心が繋がってねえ家族ほど地獄なものはねえよ
ユリハ嬢ちゃんが彼女自身のことをぽつりと話し始める。
「……私は4女です。そして、父が遊んで産まれた子でもあります。兄妹たちと私は母が違うんです。そのせいか私だけヨツビシグループの建物を自由に使わせてもらえなかったり、部活すら制限されて友達もろくに作らせてもらえませんでした。私のそばにいてくれたのはアイバ執事……彼だけでした。アイバ執事だけが優しく私の頭を撫でてくれました。父や兄妹たちの顔を見たことは数えるほどしかありませんでした。私が悪い成績を取って叱られると思った時も、父は私に興味を持っていませんでした。私は……ヨツビシファミリーという家の中に飾られた人形のような存在。動くこともままならず、ただ座して他の人の幸せそうな顔を見るだけ」
煙草を吸いたくなるような話だぜ。しかし嬢ちゃんのために煙草を咥えるに留める。火もないしな。
「私は礼儀作法だけはきっちり仕込まれて……恐らく、政略結婚の駒にしか思われてないんです」
伏した瞳から涙が流れる。
「あの……ザックさん。チップの中身は何でしたか?」
まいった、口が重いぜ。口に出せば、嬢ちゃんの人生は終わる。しかしヤクザに追われてる時点でほぼ終わっているようなものだ。
「ヨツビシグループの軍用戦闘マシーンの起動・管理IDさ。金と引き換えにアオナギ組に横流ししてたんだな」
背後から声はしなかった。ここからは俺の推測を並べる。
「新聞でヨツビシグループの従業員やサーバーが狙われていたようだ。やったのはアカウシ組だろう、恐らくネタが何処かから漏れたんだ。アイバ執事が利用されたのは恐らく、アカウシ組の警戒から逃れる為……そして、いつ切ってもいい立場の者だったからだろう。嬢ちゃん、あんたも一緒に切られてもおかしくない」
「……ではアイバ執事は誰と会おうとしたんですか?」
「恐らくアオナギ組さ。あそこならヨツビシグループと取引できるほど規模がでけぇし、戦闘マシーンを横流しされたのもあそこだろう。アカウシ組がIDを狙ってたのはアオナギ組を強化させない為……あわよくば戦闘マシーンを奪う計画もあったのかねぇ……おっと?」
何だか車の音がうるさくなってきたので後ろを振り返ると、何と沢山の車が追いかけてきている。ご丁寧に闘牛の意匠まで入ってやがる。
「アカウシ組の追跡だ! あいつら、俺たちがチップを持ってることを突き止めたんだ! 伏せろ!」
「きゃあっ?!」
嬢ちゃんの頭を掴んで伏せさせるとーーー。
パリイィィン!!
「くそっ、あいつら撃ちやがった! この、くらえ!」
左手でハンドルを握ったまま右手で45口径のハンドガンを握り、運転手目掛けて撃つ。
パン、パン!! ドオオォン! コントロールを失った車が壁に激突した!
「くぅ〜、久々に撃ったぜ。カンは衰えてねえや」
事故った車を避けて、アカウシ組の車がまだまだやって来る。ヒュンヒュンと弾が飛んできて、俺も伏せながら運転しなちゃならなくなった。
「助けてえええ、ザック! 怖いよおおお!」
つい昨日までカタギの世界にいた嬢ちゃんが怯えている。ムリもない。ーーーこうなったら、一か八かアオナギ組に突っ込むしかねえ!
「しっかり捕まってろよ嬢ちゃん!」
小路地に向かってハンドルを急に右に振る。身体が遠心力で引っ張られて車のドアにぶつかる。 左! 逆方向に引っ張られる。後ろでドスンドスンと音がする。嬢ちゃん、たくさんぶつけちまってすまねえ!
「嬢ちゃんそのまま伏せていろ!」
車一つしか通れねえ幅になったところで身を起こし、バァン!!車のリアガラス越しに9mmをぶっ放す。 後ろを付いてきた車がコントロールを失って狭い道につっかえる。
「ざまーみろ! ボケが! これに懲りろよ!」
アカウシ組がこれ以上追ってこれなくなりやがった! 意気揚々とこの場を離れるぜ! ……ただ〜し、ちぃっとばかし問題があんだよね。
「この小路地を抜けたらアオナギ組のテリトリーなんだよナァ……」
「ええっ?!」
それを聞いた嬢ちゃんが悲鳴をあげる。だがこうなっちまったら腹をくくるしかねェ。
案の定、小路地を抜けた大通りに出ると、複数の車に出迎えられてしまった。車には柳の木のマーク。ついてねえ、ついてねえ……。
「降りるぞ」
手を挙げながら、アオナギ組の車の前に出る。嬢ちゃんはすっかり怯えきって目で見てわかる位にブルブルしている。しょうがねえな。
「お前たちが例のチップを持ってることは分かっている、私立探偵ザック!!」
そう叫んだのは、アオナギ組の若頭である大男、オリス。その手下も数人か降りてきている。そいつらの腰には拳銃。まいったね。
「そう叫ぶな、オリス。久しぶりの対面だってのに」
「俺は驚いてるぞ、こんな形での再会だなんてな。……仕事の舞い込まない私立探偵か、ずいぶん落ちぶれたな」
「昔の話はよせよ。本題はどうした、本題に入れよ」
「ふん、お前ほどの男ならもう分かってるだろ。そのチップをよこせ」
「戦闘マシーンの管理者IDをかい? さて、俺より先に聞かなきゃなんねえ相手がいるじゃねえか?」
「……ヨツビシの4女か? 彼女は本件に関係ないと聞いているが?」
「関係ないだと! やっぱり詳しく聞いてるんだね、取引相手と。そう、そのテツゾウ・ヨツビシからさ」
「えっ?!?!」
俺の言葉に驚いたのは嬢ちゃんだった。
「不思議なこたあねえだろ。嬢ちゃんをいつでも切れる人間が誰だか考えりゃ、一人しかいねえ。それとも分かっていて納得したくなかったのか?」
「……そ、そんな! 確かに最近になって義母からの当たりが強くなったのは分かってるけど、だからって!」
「やっぱそうかい。嬢ちゃん、父とは血がつながってるのに心が繋がってねえんだ。だからあんたの執事をこんな危険な仕事に遣わすこともできるんだナ。トラブルに巻き込まれてあんたが死んでもそれはそれでオッケー……ってトコか」
「流石だな、探偵になったのは推理の才能があるって気づいたからか?」
「チッ……、あんたは全部分かって言ってんだろ。過去のことはよせって言っただろ。次言ったら眉間に穴開けるぞ!」
「怖い怖い……。さて、嬢ちゃんに聞け、だったな。一応聞いとくか。嬢ちゃん! チップを俺たちに渡すか渡さないか、どっちだ?!」
「ひっ……!」
「おいおい。嬢ちゃんは今までヨツビシグループの闇を知らなかったんだ。あんた、テツゾウと通じてるんなら今すぐ繋げろ。この取引で嬢ちゃんをどうするか、あんたも俺も、嬢ちゃんも一応聞いといたほうがいいんじゃねえか」
「チッ、相変わらず時間稼ぎがうまいな、ザック。おい!」
オリスの手下が携帯モニターを持ってきて、その画面に壮健な男の面が写る。
『わざわざ私を呼び立てるとはな、アオナギ組。まあ、私の娘のことだからいいものを……』
「申し訳ありません、テツゾウ様。テツゾウ様の娘がこちらにいらっしゃるので、テツゾウ様にお伺いを立てたくて……」
急にオリスの態度が恭しくなる。ふん、見てらんねえぜ。
『……そうだな。チャンスをやってみるか。おい、そこにいるだろう、ユリハ!』
ビクッとしたユリハ嬢ちゃんが車の中からおずおずと出てくる。モニターに写った男が父親だと知ると、すぐに叫び立てた。
「お父様! 助けてください! ヤクザに追われてるんです! 助けてください!」
『状況が分からないのか、ユリハ? ヤクザが持っているモニターから話してるのだぞ、私は。そういえばアイバ執事はどうした? あいつから何も聞いてないのか?』
「アイバ執事なら死んだぜ。俺が確認した」
『誰だお前は』
「アイバ執事の代わりにチップとユリハ嬢ちゃんをここまで連れてきた男だよ。ザック、私立探偵だ。覚えとけコノヤロー」
『失礼な。 おいユリハ、どうするんだ?え?』
「……ッ!」
父が本当にヤクザと通じていることを理解して、ユリハ嬢ちゃんの目からポロポロと涙が流れ始める。
「ひっく……。ひっく……。こんな、こんなことをしてるなんて……。ど、どうして?!」
『私もね、メガコーポの中で生き残らなきゃいけない身でね。アオナギ組のような大きなヤクザは大いに助かるんだよ、え? 社内も社外も政治というものが常に纏わりつくのさ。その政治が関わる時に武力がない弱い人間はすぐに狩られる運命にあるのさ。さあユリハ。お前はどうする?』
「ひっ……」
『お前はあのアバズレ女の娘でまあ、多少に情はあったんだが身内がうるさくてね。政略結婚の駒に良いとも思ったんだが、ヨツビシグループの闇を知られてしまっては始末するしか他はない。……だが今ならなんと、私の闇取引に加担すると同意してチップを渡してくれれば、特別に私の駒として生かしてやろう!』
足元に転がった、マッチ棒が残り一本しかねえマッチ箱をすって煙草に火をつける。これが嬢ちゃんの父親か……見下げたクズだな。
「ひ、ひ……」
悲しみのあまり喉が引きつって声を出すことも出来ねえ様子だ。これじゃ答えることも出来ねえな。
『あぁあぁ、そうなるように仕向けて育てたんだが、やっぱり弱虫だな。駒としても使い物にならん。おいそこのハット男。元刑事だか何だか知らんがチップを渡せ。お前も死にたくはないだろう』
死にたくはないだろう、ねェ。煙草の煙を吐く。ハァー、俺ならこの場を切り抜けるこたぁ出来るがトラブルは少ないほうがいいか。仕方なしにチップを胸から取り出す。戦闘マシーンの管理者IDを明け渡せばそれだけアオナギ組が強くなっちまうが仕方ねェ。
「ほい!」
放り出したチップが空中で弧を描く。
「撃って! 渡しちゃダメ!!」
パァン。嬢ちゃんの叫びに背を押されてすかさず腰だめでチップを撃ち壊す。バラバラになったチップの破片が地面に散らばる。……俺の早撃ちも衰えてねェな。
「あ、銃を取り出した! 撃て撃て!」
「おせぇ!」
手下どもが腰に差した銃をカチャカチャやってる間にパパパパン、と4発お見舞いしてやる。硝煙が舞い、手下が4人倒れる。
「オリス、安心しろ。急所は外してあらァ」
「腕は衰えてないようだな」
「あんたが動じなかったのを見るに、管理者ID自体は他のルートで確保できるってコトだな。……アイバ執事と嬢ちゃんはどっちみち始末される運命だったってワケか」
『おいアオナギ組! どうした?! なぜ撃たん!』
「恐れながらテツゾウ様、目の前にいるハット男は貴方もご存知の通り、そしてご覧になった通り、一騎当千の男でございます。過去には雄叫びを上げながら鉄火場に突撃するその表情から【哭き鬼】と呼ばれたこともある凄まじい男でございます。この私でも恐らく差し違えるかどうか……。政敵との戦いではないのにアオナギ組の戦力ダウンはテツゾウ様の望むところではないでしょう?」
『くっ。……仕方ない、ならユリハは死んだことにして戸籍を抹消してやるとするか』
「……」
『葬式も盛大に執り行い、テレビやニュースに訃報を乗せよう。お前は一生をこの不法の街アケイラシティで過ごすがいい。だがユリハ・ヨツビシを名乗って外に出てみろ。その時は本当に死なせてやる! ハッハッハッハッハ……』
ーーー笑っていやがる。小さな画面の中で、ウイスキーを片手に笑っていやがる。
「おい、あんた。自分の娘が泣いているんだぞ。なぜそんなに笑っていられる?」
『うん? ようやく目の上のたんこぶを排除できるんだ。こんなに愉快なことはない!』
ーーー俺の青筋が切れた。
「……そうか。あんたは人の涙を見て笑っていられる人間なんだな……」
『うん? それがどうした?』
「俺ゃな、女の涙を肴に酒を呑むような奴が許せねェんだよ!!」
「……ザックさん」
弱々しい声が背後から近づいてくる。ーーー嬢ちゃんだ。
「ひっく……ザックさん。銃を……貸していただけますか」
嬢ちゃんの瞳の奥には決意の光があった。ーーー存外、強いんだな。
「どうするつもりだ」
「こうするつもりです」
嬢ちゃんはテツゾウ・ヨツビシの映るモニターに向けて銃を構えるフリをした。しゃあねえ、付き合ってやるか。
「一緒だ。一緒に撃とうぜ。素人にゃ危ねえからな」
嬢ちゃんの空いた手に銃と俺の手を添える。銃のトリガーにユリハ嬢ちゃんの指がかかる。
『ん? 画面越しに人は殺せんぞ? バカか、2人とも』
「……お父様。いえ、ただのテツゾウ・ヨツビシ。あなたとの縁は今日限りです。私は明日から、自分を新しい人間だと思って過ごします。さようなら、私のお父様だった人」
『ハハッ、バイバイ!』
グッ。パァン……。モニターに穴が空いて、通信が途絶える。引き金を引いたユリハの指は、後悔などないかのように落ち着いていた。
「オリス、モニター壊しちまってわりぃな。手下も撃っちまった」
「……いや。実のところ、今回の件では俺たちアオナギ組もテツゾウに振り回されたところがあるからな。ここは因縁なしでいこう、ザック」
「ありがてェ」
火がついたままの煙草をふかし、ユリハを見る。壊したモニターを見つめたまま、動こうとしない。
「おい、これ以上ここにいると面倒くせぇ。さっさとアオナギ組のテリトリーから出るぞ」
「……はい」
先の見通せない闇を瞳の中にためたユリハを車に乗せ、おさらばする。
……たく、血が繋がっていても心が繋がっていなきゃ意味がねえ、後身の悪い事件だったぜ。




