2:お嬢ちゃんを守らなくちゃあ執事との男の約束が廃るってもんだぜ
「そうか、この美しい嬢ちゃんを売って金にするのか」
「俺がそんな事すると思うのかアンタは?!?!」
俺の隣に立っている大家にそうツッコむ。末恐ろしいぜ……。
「だから説明しただろ?! 執事っぽい奴に頼まれたんだ、守って逃がせってな! ……もう外では騒ぎになってるかな」
俺はあのあと、自分の痕跡を消しながらお嬢ちゃんをビルの探偵事務所に運び、寝かせた。差し当たって、お嬢ちゃんをどう逃がすか、チップをどうするのかを考えなければいけなかったからだ。それに準備も必要だ。
……そもそも何故追われているのか分からねェしな。
そう大家と話し合っているうちに嬢ちゃんを覆っている毛布がごそりと動いた。
「んっ……ん……ん、えっ?!?!」
気絶から目覚めた嬢ちゃんの目に俺たちが映るやすぐ嬢ちゃんは怯えた。そりゃしょうがねェ。
「だ、誰?! あなた達誰……?!ここどこ?! つ、捕まった?! 執事は……アイバ執事は?!」
「執事か? 死んだぜ」
「こ、殺したの?!」
「殺しちゃいねェよ! 事故だよ! お前、車が壁に突っ込む寸前で飛び出たの覚えていねェか?」
「あ……。た、たしか、ゴミ袋の山に飛べって言われて……。で、でも執事が死んでいるハズないです! 納得できません、現場に行かせてください!」
「お前バカか! 追われてたんだろ? 事故現場ァもう追手でいっぱいになってるハズだ。それより、俺ァ執事からお前を守って逃がせと頼まれテんだ」
「頼まれて……?」
「おっと、自己紹介がまだだったナ。俺ァ、この国一番不法なアケイラシティで探偵をしてるザックさ。隣の禿頭は大家さ」
「おう、俺が大家だ。俺は関係ないからな」
「……。えっと、わ、私はどうすれば……? 分からないです……。怖いです。怖い人たちに追われて、アイバ執事に会いたいぃ……」
気絶から目覚めて実感が追いついたのか、嬢ちゃんの瞼に貯めた涙が流れ出す。
「……嬢ちゃん。あんたはここで心の整理をつけるんだ。俺はその間、外を見回ってくる。怖い奴らに追われてたんだろ?」
「うう、ひっく……」
嬢ちゃんが微かに頷いたのを見て俺は大家に留守を任せる。
「……見たところ、アカウシ組の輩が多いな」
事故現場の近くに寄ってみると、ガラの悪い男どもが群れて何かを探している。そいつらのタトゥーはどれも闘牛の意匠が入った荒々しい彫りが入っている。よく目を凝らすと、そのなかの一人が執事の死体を引きずっているのが見えた。
あのヤロウ……!
一瞬、義憤の心が燃え上がった。しかしここで出て行ってしまえば多対一。確実に騒ぎにならア。それに、死体を引きずっているのが妙だ。普通、死体はほっとくもんだろ。
「……データを入れたものがあるはずだ! スマホはハズレだった! USBでもHDDでもなんでもいい! 出てこないはずはない!」
奴らの視界に入らないようにしながら聞き耳を立てると、アカウシ組の一人がそう叫んだ。
「一体何のデータなんですか、それ……?」
「うるさい、下っ端は黙って探せ! その死体も隅々まで探すんだからな! 使い途はオヤジさんだけが知っていればいい!」
……なるほど。いま俺の胸に仕舞っているチップはどうやら、裏社会で何らかの利用価値があるものらしい。俺は見つからないうちにそそくさと場を去る。
「よう、落ち着いたかい。嬢ちゃん」
「ひっく……。信じません、執事が死んだなんて、そんな……」
「まだ言っているのかい。どれ、よっこらっしょ」
嬢ちゃんの向かいのレザーソファに腰掛け、煙草を吹かそうとしてライターを大家に取り上げられる。
「ザック、若い嬢ちゃんの前で喫煙は禁止だ」
「チッ、心が狭えな。まあいい。嬢ちゃん、俺は執事からこれを渡されてあんたを託されたんだ」
執事から渡された高価なアクセサリーを卓のうえに放る。嬢ちゃんは暫しそれを見つめ、血のついたそれが執事のものだと合点がいったようだ。
「……うそ。あ、あなたが泥棒したんじゃないですか?!」
「この腕時計は執事の腕に付けてたんだ、取ろうとして取れるものじゃない事くらい分かるはずだ」
「……。じゃあ、本当に……」
嬢ちゃんは黙りこくって血の色がどんどん失われてゆく。
「残念だが、こればかりは仕方あるめえ。こいつは換金に出して……」
「出さないでッッ!!」
耳が鳴るほどの声量で怒鳴られる。耳が痛いぜ、リアルに。
「……分かった。だがこいつァ依頼の前金だ。返せんぜ」
「……ッ!」
嬢ちゃんが下唇を噛み締めている。嗚咽。
「……もう、いいわ。アイバ執事、本当に亡くなったのね……」
「そうだ」
嬢ちゃんは黙りこくったあと、怯えたような顔で俺を見上げる。
「……本当に追手から私を守ってくれるのね?」
「ああ、執事との約束だからな」
「そう。……よろしくお願いします」
嬢ちゃんの中で一区切りついたのか、素直に頭が下げられる。これで多少動きやすくなったかなァ。
「おっと、そういえば嬢ちゃんの名前を聞いてなかったぜ。嬢ちゃんはなんて言うんだい?」
「……私はユリハ。ユリハ・ヨツビシ。ヨツビシ家の4女です」
「へぇーそうなんだいユリハ・ヨツビシね。ユリハ・ヨツビシ……ん? ヨツビシ……」
「「ヨツビシグループのご令嬢?!?!?!」」
俺と大家の絶叫が重なる。おおおいおい前話でも言ったがヨツビシグループはこの国のナンバーワンメガコーポだ! そんな大物の嬢ちゃんだと?!
「はい。父は株式会社ヨツビシの代取、テツゾウ・ヨツビシです」
「ててテツゾウさんの娘! こりゃあまいった、とんだ大物だな嬢ちゃん!」
「……大物、ですか」
俺が大物って褒めたのが気に入らなかったのか、悲しそうな目をする。
確かにこりゃあ嬢ちゃんは大物だ。だが、いったい何でこんな所に逃げ込んでるんだ? やはりチップが関係してるのか? ポケットからチップを取り出し、嬢ちゃんの目の前にかざす。
「ところで嬢ちゃん。俺は執事からこのチップも託されたんだ。こいつが何なのか知ってるか?」
「……え、アイバ執事があなたに? 知りません!」
「そっかア。何なんだろな、このチップ。俺のパソコンにも入らねえ代物だな。形状からしてテレビに挿すものでもねえし、カードの類でもねえ。これは……ン……?」
ふと、古い記憶が蘇る。かつて、軍用機械の横流し事件があった。その事件を追いかけてる最中で俺はずいぶん機械について勉強したが、なるほど、こりゃあアレだな。
だが、ヨツビシはどうしてこんなものを執事に運ばせた?
「……嬢ちゃん、本当にチップの中身は知らねェのな?」
「は、はい」
「ところでこのアケイラシティに最近ヨツビシの軍用戦闘マシーンが横流しされたってニュースをどう思う?」
「……え? あってはならない事件ではありますが、今どうして……?」
嬢ちゃんは俺がいきなり話題を変えたのに付いてこれず、きょとんとしている。カマかけてこれなら、嬢ちゃんは無実ということになる。
「戦闘マシーンがどういう……? チップと何か関係があるんですか?!」
「この話は一旦終わりだ!」
レザーソファを立つ嬢ちゃんを制する。知っちゃなんねえ、ユリハ嬢ちゃんはこんなの知っちゃなんねえ。
「アイバ執事が持ってたのなら私にだって知る権利が……」
「わりぃが、チップの話は仕舞いだぜ。あ〜こりゃアレだな、専用の機械に挿してエロ画像を観る代物だ。肝心の専用の機械がアンティークだからナ、ブラックマーケットで見つかるかどうか……」
「……」
口先のごまかし如きで嬢ちゃんの疑いは無くならない。確かに俺は嘘をついている。だが、本当のことを言うには少し時間が要る。
チップを胸に仕舞うと、外から怒声が聞こえてきた。
「ん……外が騒がしい。嬢ちゃん、アカウシの奴らがこっちにもやって来る。これを被って外に出るぞ」
「あ……はい」
窓を覗くと、ガラの悪い大人が数人。嬢ちゃんにフードを投げ渡し、俺は車のキーと弾薬、小銭をポッケに仕舞う。
「大家、少し空ける。あんたも気をつけろよ、ガラの悪いのがいるからな」
「ああ、きっちり明日帰って10万返せよ!」
「けっ、覚えてやがったか!」
嬢ちゃんを俺の後ろにつかせ、雑居ビルの駐車場に停めた車に乗る。ブルンと音がなって車を出す。
「嬢ちゃん、あんた何歳だっけ」
「……ユリハって呼んでください。嬢ちゃんはむず痒いです」
「じゃ、ユリハ嬢様は何歳ですっけ?」
「17歳です。誕生日が目前なんです」
車を揺らしながら、俺はふと心に浮かんだことを問いかける。
「一つ聞いていいかい。本来は執事とどうするつもりだったんで?」
「ヨツビシグループ主催の社交パーティーがあったんです。それで車で向かう途中でした……」
「社交パーティーねえ……」
ブルウゥン、と車が停まる。
「よし、バーに着いたぜ」
「バ……バー?! 私はまだ18になってないのに……」
「まァ、酒飲みたくないなら二日酔いで気持ち悪いフリでもして水を頼め。どうせ昼間でカフェ形態してっから。それから、アクセサリー類は全部車の引き出しに仕舞おうか」
「……はい」
嬢ちゃんは俺の言うとおりにし、2人でバーに入る。バーの名前は『fallen angel』。中規模のバーで、俺の行きつけだ。
「ようマスター。ガラ空いてんな」
「なんだザックか。おっと、女の子を引っ掛けたんかい?」
「まあそんなところだ。朝まで飲み明かしててよ、俺の方はすっかり良くなったんだがこいつァまだ二日酔い継続中よ。ってわけでお世話してるワケ。こいつに水を、俺は適当にコーヒーを」
「コーヒーに適当なんて言葉はねえよ」
マスターがコーヒーの抽出をしている間、嬢ちゃんはふと壁に目を向けたらしい。
「あ……あれ……」
はてと俺もそっちを向くと、血の跡がべったり付いていやがった。だが珍しくはねェ、アケイラシティじゃ酔ったらドンパチのケンカなんざしょっちゅうさ。
「あれ? ああ、昨晩客同士が喧嘩しててね。散弾銃で肉片が飛び散って掃除が大変だったよ」
「ひ……ひいっ!」
嬢ちゃんが恐怖で椅子からずり落ちちまった。外の者にゃ刺激が強すぎたかな?
「おや、その反応を見るに、アケイラシティに来て日が浅いのかな? 悪いことは言わんが、特に事情がないなら出てった方がいいよ」
「あいにくこいつァ訳ありでね、マァ俺が世話焼いてるという訳だね」
ユリハ嬢ちゃんを引っ張り起こし、どうしたもんかな、と煙草を吸おうとしてライターを取り上げられたことを思い出す。
「火、いるかい」
「いや、やっぱいいや。ところでよ、何だか今日はアカウシ組が騒がしいらしいんだがマスター何か聞いてないかい」
「さあねえ。ただ、ここ最近アカウシ組がヨツビシグループの者を狙ってる話はよく聞くね。ある者は金の鳴るネタがヨツビシにあるだとか、ある者はアオナギ組への牽制だとか騒いでるらしいね」
「ヘェ。噂話か」
マスターと会話しながら俺は今までのことを整理する。まずアイバ執事とユリハ嬢ちゃんはパーティーのためにアケイラシティ近くを車で通った。だがその時点でおかしい。金持ちなら危険な街に近寄るヘマなんざしねェ。オマケにチップの中身だ。チップの中身は……明らかに闇取引に使われる代物だった。
ヨツビシの取引相手はアカウシ組? いやいや、わざわざ追いかけて乱暴する理由がねえ、そうすると二度と取引できねえからな。そうなると、アカウシ組以外と取引を予定していたはずだ。
ヨツビシが取引する相手はどこか? ヨツビシグループはデケェ会社だ。チャチな相手を選ばねえハズだ。……となると、アケイラシティで一番の勢力を誇るアオナギ組しかねェ。マスターの言っていること、あながち間違いじゃねえかもしれねえ。
……俺の推測が外れていることを願うぜ。
他に情報を引き出せないかマスターと世間話のつもりで話しかけてみるが、それ以上の情報はなかった。
「お勘定。嬢ちゃんも顔色良くなったし、俺は仕事があるんでな」
「仕事? お前に仕事が舞い込んだのか、珍しい!」
車に乗り込んで、ペダルに足をかける。嬢ちゃんが乗り込んだのを計らう。
「嬢ちゃん、ヨツビシの家族の中で嬢ちゃんはどんな立場だった?」
「え? 言う必要ありますか?」
「……俺の勘が、ヨツビシグループがきなくせえって告げてんだ。あんたが襲われたのには、ヨツビシグループが関係してる」
「……え、そんな! ……でも……」
嬢ちゃんの顔が翳ったのを見逃さなかった。
「でも、ということは心当たりがあるんだな。言ってみな」
車を走らせ、適当な道をゆく。




