1:大家は渋い顔で煙草を咥えることも許しちゃあくれねえ
「ザック! 煙草買う金あったら家賃払え!」
「俺のトレードマークァ譲らねえよ!」
「黒ハットにシャツの上を羽織るジャケット! ハットから後頭部にこぼれるモジャモジャのくるくるパーマ髪! おまけにサングラス! 一昔前の探偵ドラマに出てくるような見た目じゃねえか! 充分なんだよザックお前は!」
「煙草無かったら完成度が75%なの! 煙草ふかしてこそ100%! ここは譲れないね!」
パァン!
禿頭の大家と言い争っていると突然、俺の頬を弾が掠めて俺の住んでいる雑居ビルの壁に痕を作った。ーーーそうだった、俺の住んでいるこの”アケイラシティ”は裏社会のモンでごった返している物騒な街だった。
「……」
「……」
俺と大家は一度顔を見合わせ、弾が飛んできた方を振り返る。2つの組が入り乱れてパンパパパンとやかましくドンパチしてやがる。
「「……また抗争かーーー!!」」
慌てて大家をビルに引き入れ、ドアにカギとチェーンを掛ける。
「おい大家! 残念だが見ての通り家賃を払える状況じゃねえ。ここは匿ってやるから家賃はまた今度な!」
「ふざけんじゃねえここは俺のビルだぞ! どんな状況でも家賃は払ってもらうからな!」
くそっ、譲らねえな!
「俺だって依頼があったら払いてえよ! でもこんな街じゃ稼ぐアテも見つからねー!」
「言い訳だろう! 他の治安のいい街にでも引っ越したらどうだ!」
ワーキャー言い争っているうちに、外の銃弾の音が静まる。
「ぜー……ぜー……俺はこの街を出るわけにゃいかねえんだ……」
「はー……はー……強情な……払うもの払わねえ奴は住民じゃねえよ……」
「だいいち、このビルに住んでるの俺とあんただけじゃねえか。俺が出てったら金ヅル居なくなって困るのはデカい借金こさえたアンタじゃねえかなあ?!」
「まるで天井裏にドブネズミが住み着いている感覚だ。ドブネズミはビル全体を汚す。いない方がマシだ」
「ぐっ……」
「これ以上ゴネても金は出てこんだろうな。仕方ない。今日のところは見逃してやる。だがザック、3日後に滞納してる半分の10万きっちり揃えて持ってこい! それとも、お前のモツが誰かの命を助ける方がお望みか?」
「チッ……最後通牒か。いいぜ、ちょうど腕鳴らししたいとこだったぜ」
「いいか! 3日後だぞ!」
そう吐いてハゲた大家が部屋を出ていく。面倒なのが居なくなってせいせいするぜ。
「しかし3日後までにきっちり10万か……」
玄関を上がり、来客用に廃材置き場から拾ってきたつぎはぎだらけの革ソファに腰掛ける。財布を取り出して小銭を数える。
「……ま、小銭しかねぇで1万にも届かねぇわな」
革ソファを立ち、小さな金庫にダイヤルを入れて開ける。だが入居契約書の写と銃しかない。口座? 治安が悪すぎてATMもねェこの街で作れっか。それにオンライン情報は盗まれまくりで今やデータに口座は置けねェ時代だぜ。
「……ちっ」
ちくちくする革ソファに横たわり、ヒビ入りのスマホでネットに美味いネタが転がってないか調べる。
「……う〜〜」
15時。
「まだまだ、アングラなサイトなら……」
21時。
「こうなったらディープサイトも潜るか」
05時。
「ゔーーーーーー!!!」
気がつけば目はぎんぎらぎんに冴えて痛くなり、頭がギトギトして気持ち悪い。シャワーで髪を洗い、目をタオルで温める。
「ぐごー……がっ?!」
すっかり冷めたタオルが顔からずり落ちた頃にはすっかりお日様が昇ってしまっていた。やばい、仕事をまだ見つけられていないのに。
「あと2日! こうなったら外を出会いてみるか。 情報屋に当たってみるのもいいだろう……」
金庫から銃を引っ張り出し、弾を込める。この9mmのセミオートハンドガンは仕事と護身を兼ねている。
「よし……」
銃を懐に仕舞い、部屋を出る。振り返ると、俺が立てた看板が目についた。
「ここに来たての頃はまだ若かったナア……」
業者に頼んで作ってもらった看板には『浮気調査、人探し、組織調査などの依頼を待っております!』と書かれている。だがその下には俺の実筆で『物探し、ペット探し、護衛』と書いてある。さらにその下に『草刈り、物運び、雑用なんでもござれ!!!』と荒れた字を書いてしまっている。
「しょーがねーだろ、仕事がないんだから……」
誰に言うでもなく呟き、咥えた煙草を手で覆う。……カチッ。フー……。煙草をふかしながらビルを後にする。
「おおザック。依頼だと? 仕事を選ばなければ、いくらでも!」
陽の光が遮られた薄汚い部屋の中で、歯がところどころ欠けたおっさんがそう叫んだ。情報屋である。
「どれどれ……。ーーーだめだ、こんな依頼は受けられない」
タブレットを突き返す。
「やっぱり。またアンタの言う美学ってヤツか?」
「ああ。おりゃあ、誰かを泣かせるような仕事はしない主義なんだ」
この裏社会に生きていても、俺は人の道を裏切りたくねえ。そういうわけで仕事を選り好みしている。……だから家賃を滞納するハメになったんだが。
「ほんっと、あんたは腕がいいのに! その性格が損をするんだよ。この街を出ればいくらでもアンタの気に入る仕事が受けられるだろうに……」
「おい、情報屋。俺がこの街を出たくねえ理由を知っててそれを言うのか」
「言ってみただけさ。確かにあんなことがあってはシャバの下に出たくないだろう……。いけねえ、お口にチャックだ」
「そうしたほうがお前の身のためだ。俺は他のアテを探す」
シャバに出ろ。そう言われて荒んだ心を煙草で落ち着かせながら情報屋の部屋を出る。まったく、昔のことは思い出したくないぜ。
「仕事? ないよ。パン買う?」
「仕事? その前に弾薬代支払え!」
「あるぜ、薬物を運ぶ仕事……何故背を向ける!」
どいつもこいつもマシな仕事を寄越しやがらねえ。唯一清掃仕事があったが、血みどろの争いの始末で2日かけるうえに5万! 間に合わねえ!
「クッソっ! このままじゃあの大家に内臓抜かれちまうぜ!」
中身の空いたゴミ箱を蹴っ飛ばしながら煙草の煙を吐く。ちょうど真上には暗雲が立ち込めている。
「……はっ」
不意に自分を嘲り笑う気持ちが芽生えた。
「このままカスみてえに死ぬのが俺の定めってワケか」
急に目の前に壁が立った気分だ。しかもその壁はどんどん俺に迫ってきて、乗り越えることも迂回することも、ましてや手話のように努力で壁に穴を開けることもできやしねえ。
「まあいい。あの日あの時、涙を止められなかった俺が悪いんだ。こうなったのも自業自得さ」
思い出したくない過去を思い出す。感傷に浸って視線を落とすと、昨日付の新聞が落ちていた。何となしに手を伸ばす。
『ヨツビシグループ、大規模サーバー攻撃でデータセンター停止』
『ヨツビシグループの技術者が次々と殺害或いは行方不明』
「カタギの世の方も物騒な世になってんな。大方、ヨツビシグループがどっかに狙われてるってトコか……」
ヨツビシグループは何でもござれのメガコーポだ。ノートブックから車、果てにはロケット。武器兵器も作っている。ターゲットにされるのも珍しい話じゃない。
「……ま、関係ねえか」
汚え新聞をポイ捨てして歩き出そうとしたところ、どこか遠くから車の暴走音がした。
「……只事じゃねえ車の音だ。複数……いや、その中から……うわっ?!」
ドオオオオォォォォォンンン!!! ヒュッ!!!
俺が歩いていた狭い裏小路に爆走した車が入ってきて、目の前で壁に激突した。その瞬間、俺の横を何かが通り過ぎた。壁に激突してつぶれた車の中を見ると、誰もいない。振り返ると、ごみ捨て場に溜まったゴミ袋に落ちているのが2人。事故る寸前で飛び出たってことだ。
「おい!!! あんたら、大丈夫か?!?!」
まだ車の走る喧しい音がする。恐らく追うやつの車だろう。俺は周りに気を配りながら目の前の2人に声をかける。
2人は、この治安が最悪なアケイラシティじゃ見ねえ余所行きの綺麗な身なりをしている。1人はエメラルドグリーンの長髪をした綺麗なお嬢さんだ。明るい色の服と沢山のじゃらじゃらしたアクセサリーを身に着けている。ゴミ袋の山の上で気を失っている。もう1人は黒いスーツを着た執事然とした男だが……あちゃあ、着地に失敗したか、腹をデケェパイプが貫通している。俺の見立てでは急所……肝臓を貫いているから助からんだろう。
「そ、そこの、ハット男……」
執事然とした男が口から血を溢しながら俺を見てくる。すかさず近寄って言葉を聞く。
「おまえ、が、何者かはしらんが、お嬢様を守ってくれ……ほ、報酬は、この腕時計と指輪でいいか……」
男が震える手で機構が精密な腕時計と宝石が散りばめられた指輪を外し、俺に手渡そうとする。正直、状況は飲み込めない。ーーーが。
「たの、む、お嬢様を……」
ーーーその男の目元を涙が伝った。それだけで俺の正義の心に火が付くには充分だった。
「ああ! あのお嬢ちゃんは俺が守ってやる……!」
自分でもらしくないと思う。こんなに心が燃えてアツくなったのは久々だ。
俺は男の手を取り、強く握り返す。彼に俺の意思がしかと伝わるように。
「ふ……」
男が微笑する。俺はすぐにあのお嬢ちゃんの元へ駆けつけようとしたが、彼の続く言葉に足を止められる。
「……もうひとつ、たのんでいいか」
そう言って彼はポケットからチップを取り出す。
「こ、こいつを頼んで、いいか……?」
「そいつは何なんだい? どうすりゃいいんだ?」
「それは……」 ゲフッ、ゴハァッ!!
彼がいきなり夥しい量の血を地面にぶち撒け、彼の横たわる周囲に大きな血溜まりができる。目は虚ろに動かなくなり、命の灯はもはや消え失せる寸前だ。
「……」
気は進まなかった。それでも。
「ついでだぜ。お嬢ちゃんを大切に思うアンタがわざわざ頼むんだ、そのチップとやらもなんとかしてやるぜ」
そう耳元で囁いてやり、手元からチップをふんだくる。
チップをポケットに仕舞い、気絶しているお嬢ちゃんを背負う。
光が失われてゆく瞳から流れた涙を、そっと人差し指で掬い上げて親指で潰す。
「ーーーお嬢ちゃんは助けてやる。チップも何とかしてやる。だから、もう涙を流すな」




