忘れていた温もり
医師から意識が戻ったとの連絡を受け、駆けつけてきた両親の足音が病室の外に響いた。
勢いよく扉が開く。息を荒らげ、目元を真っ赤に腫らした男女──優依の両親が、吸い寄せられるようにベッドへ駆け寄ってきた。
「優依……! 優依ぃ……っ!」
母親がなりふり構わずセシリアを抱きしめた。背中に回された手の力強さと、身体から伝わる震え。
「ごめんね……ごめんね優依……! お母さん、気づいてあげられなくて……苦しかったでしょ、つらかったでしょ……っ!」
「無事で……生きていてくれて、本当に良かった……!」
普段は厳格なのだろう父親も、声を詰まらせながらセシリアの肩を震える手で包み込んだ。
(あ……)
セシリアの胸に、冷たい罪悪感が走る。
自分は白崎優依ではない。中身は異世界で処刑された見知らぬ女だ。本物の優依はもういないかもしれないのに、こうして自分を案じて涙を流す二人を騙しているような申し訳なさで胸が痛む。
「心配……かけて、ごめん……なさい……」
言葉を絞り出すと、なぜか目頭が熱くなった。一度あふれ出した雫は止まらず、頬を次々と伝っていく。
この涙は、道具として自分を捨てた前世の父への悲しみなのか。それとも、助けを求められず絶望して身を投げた優依の無念さなのか、セシリア自身にも分からなかった。
道具扱いしかしてこなかった実父シリウスとは違い、目の前の両親はただ『生きていること』そのものを涙を流して喜んでくれている。
「いいの、いいんだよ……。今度はなにかあったら、なんでも言ってほしい。二人で絶対に優依を守るから」
父親の言葉に、セシリアは溢れる涙を拭いながら頷いた。
「うん……分かったよ、父さん、母さん……」
包み込まれるような、ただただ温かい空気。
(はじめての温もり……ううん、違う。忘れていた、温もりだ……)
セシリアの脳裏に、幼い頃に亡くなった実の母親、セレナ・ヴァレンティアの姿が思い浮かんだ。まだ「国のため」という呪縛に縛られる前、自分を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた母の温もり。牢獄で涙も枯れたはずだったのに、さらなる涙が視界を滲ませた。
◇
退院の手続きを終え、両親の運転する車で家へと向かう。
車窓から見える景色は、記憶で見たはずなのに実際に目にすると驚きの連続だった。街中に立つ自動販売機、ボタン一つで冷たい飲み物が出てくる仕組みに目を丸くする。
途中、両親が「お腹すいたでしょう」と寄ってくれたコンビニエンスストアでは、セシリアは言葉を失った。
棚に整然と並ぶ色鮮やかなパンや温かいお弁当。退院祝いにと買い与えられた肉まんを口にした瞬間、あまりの柔らかさとジューシーさに身体が震えた。
「こんな……固いパンと水だけだったのに、世の中にこんなに美味しい食べ物があるなんて……っ!」
「ふふ、なに言ってるの優依。コンビニの肉まんでそんなに感動してくれるなんて」
母が可笑しそうに笑う。ささやかすぎる幸せが、じんわりと心に染み渡っていく。
家に着くと、優依の記憶を頼りに湯船にお湯を張った。温かいお湯に全身を沈めると、15日間の牢獄生活で凍りついていた身体の芯までほぐれていくようだった。
夕食には、母が心を込めて作った温かい家庭料理が食卓に並んだ。
「美味しい……すごく、美味しいよ、母さん」
「ふふ、ありがとう。優依の好きなハンバーグにして良かったわ」
食卓は柔らかな笑顔と温かい会話で満たされていた。
自室に戻り、自分のものとなったベッドへ横たわる。
身体が疲れていたのか、それともこの家と家族がくれる安心感からなのかは分からない。
「……私の二度目の人生は、ここで始まるんだわ」
セシリアは小さな呟きとともに瞼を閉じ、吸い込まれるように深い眠りについた。




