外面と内面
「と、言う感じです・・・」
りんの聞いている方が恥ずかしくなってくるような話が終わった。
「えっと、つまりずっと前からお姉ちゃんは加藤様が好きだったと?」
先ほどの姉の告白をどう思っているのか全く分からない感じで妹、はながりんに問いかける。
「・・・」
それに対してりんは恥ずかしいからか、顔を真っ赤にして、誰とも目を合わせずに黙って頷く。
「つまりここに来てからのお姉ちゃんの加藤様への態度は、とってもわかりづらい照れ隠し、愛情表現だったと?」
りんが恥ずかしさのあまり手で顔を覆ってしゃがみこんだ。つまり当たっていると言うことだろう。
まあこうして考えてみればりんがここに残ると、俺から借りた金を返したいと言ってきた理由もなんとなく納得がいった。つまりは好きな人と一緒にいたい、そう言うことだろう。
「で、俺の何がいいんだ?」
今の話を聞いた限りだと、とりあえず俺がりょうを助けたこと、優しい所か何かに引かれたようにも思えるが・・・そうなのだろうか?
「えっと・・・優しいところとか・・・」
本当にそんなところを見つけて好きになってくれたのか、自分ではいまいちわからないところだ。
「あー! どこかで見たことがあると思ってたんだけど、あの時の姉ちゃんか!」
りょう、思い出すのが遅すぎやしないか? せめて話している最中には思い出しなさい。
「ねえねえりょうちゃん! お姉ちゃんの話の中にあったおっきな雲、結局甲斐にもついて行ったんだからさ、約束通り食べさせてもらえたの?」
「あー! 食べてない!」
なんだかりょうが大きな声を上げているが、絶対に俺はもちろん、当の本人すらもそんな約束のことなんて忘れていただろう。
「大丈夫だ、結局のところ、どうあがいてもお空に浮かぶ雲は食べられない」
「えー!」
りょうの大声がとまらない。俺たちはまだ三姉妹の家の前、お外にいるのだということを考えてほしい。
まあ納得はできないとは思いつつも、一応はりょうにちゃんと雲が食べられない理由を伝えておく。
「あのお空に浮かんでいる雲はな、みんなが想像しやすいもので言うと・・・霧みたいなものなんだ」
「霧?」
ここで真っ先に反応を示したのは向日葵だった。きっと半ちゃんがいたら半ちゃんの方が早かったとは思う。この中では当たり前のような気もするが、それでも向日葵が一番に興味を示したのは意外だったな。
「ああ、もっと言えばただの水だな」
「・・・詳しく聞いても理解できそうにないし、納得もできないと思うから聞かないでおく」
「あっそ」
まあ俺だって、こんなところで雲についてああだこうだと話しまくるつもりはない。
と言うか、あの時は甲斐に行くまでは俺が頑張る、そこからはりょうが頑張るように、そんなことを言ったが、りょうに3776mも山を登らせるつもりだったのだろうか、俺は。
「でだ、いろいろと話が逸れてしまったが、二人はどうするんだ? こっちに住むのか、長屋に住むのか。俺はどっちでも」
「こっちに住めこっちに住めこっちに住めこっちに住めこっちに住め」
やっぱり向日葵は呪いとかそんな感じのことができたりするのだろうか? 最近はやりすぎていることも多いだけにとても心配だ。
「私たちはこっちに住みますよ」
「ちょ、私たちって」
はなが当り前のように言った言葉にりんがすかさず反応した。
「だって、そうしないとお姉ちゃんまた夜みたいに暴走しちゃいそうだし」
「な、ななな~・・・ぼ、暴走とか・・・」
「お金のためとか恩があるからとか、何かと理由をつけてやっちゃおうとしちゃう危険な子ですが、今後とも、私と姉のことをよろしくお願いします」
そう言いながらぺこりと頭を下げ、そして可愛らしく笑ってみせるはな・・・聞き逃したりはしていないからな?
「なるほど、姉妹そろってそういう危険なことをする子なんだな、分かった、絶対に長屋には住むな」
そんな危険な子と一緒に住んでいたら、そこを目撃された時に俺の人生が終わってしまう。
「こらはな! あんたのせいで私まで淫らな女だと思われて」
「お姉ちゃんしか淫らなことしてないじゃん」
「・・・」
りんが黙った。間違っていないからな、言い返せまい。
「おいそこの淫らな女二人」
そして向日葵先生は間違っていないだけに容赦がない。
「貴久に触れないこと、これが破られた時、私は容赦なくあなたたちを」
「何かしたらお前も長屋から追い出すぞ」
そしていつも通り言っていることが危なくていけない。だからいつも通りくぎを刺しておく。
「・・・なるほど、そのくらいこの二人のことを気に入っていると」
おっと、くぎを刺したつもりが地雷を踏みぬいたようだ。
「大丈夫、今すぐに消すから。まずは貴久が未練を残さないように顔を潰す」
仕方がないので向日葵をお姫様抱っこで抱き上げる。
「おお、貴久が外だと言うのに私を抱き上げた」
「分かっているのなら、させないように気を付けてくれ」
よくよく考えなくてもこんなところで立ち話が過ぎた。りょうなんていつの間にか段蔵と一緒に走り回っている。
「じゃあとりあえず、入ります?」
はながとりあえず自分たちの家に入らないかと誘ってくる。
「入るわけがない。帰る」
答えたのは俺ではない。なかなかに冷たい表情をした向日葵だ。
「む、それを決めるのは加藤様で向日葵ちゃんじゃないもん!」
はなが文字通りむっとした顔で向日葵の喧嘩を買った。
「まあまあ落ち着いて、ではとりあえず長屋の方に」
「こっちに住め、長屋に来るな」
「・・・」
あーりんも怒っちゃったか。
「ちょっとさ、向日葵ちゃんはもう少しものの言い方を覚えた方がいいと思うよ」
りんの口が引きつっている、とっても怒っているようだ。
「私は貴久が相手の時か、貴久のためにそうしないといけない時以外はそんなことは気にしない」
向日葵よ、お前が俺に対して敬ったような物言いをしたとはないと思うぞ? 初めて会った時にだって面倒を見ろと命令してきたくらいだからな。
「・・・可愛げがない」
「あんたなんかにそんなもの見えなくて構わない」
「はいはい、いい加減にしなさい」
とりあえず話がどっちに住むか、からただの喧嘩になったから間に入った。
「とりあえず、二人は一度長屋に来なさい」
「貴久・・・」
向日葵は最近俺の扱いをよくわかってきているな、無駄に力でどうにかしようとはしてこないで、悲しそうな顔で見上げてきた。さっき人の首を絞めたばかりだから効果はいまひとつなのだが。
「そんな顔をしても、今のところ向日葵が嘘をついていることはよくわかっているぞ」
「・・・やっぱりまだ手を出すべき?」
そんなことを当の本人に聞かないでほしい。
「そうだな、歓迎はしないが、その方が今のところはまだ向日葵らしいとだけ言っておこう」
そしてさらりと答えてしまっている俺は何かが絶対におかしい。
「変われと言う意味合いの言葉はなかった、ならこれからも手を出す」
言葉にはしていなかったが、察してほしいものだ。
「りょう、つばき、帰るぞ!」
そこらじゅうを駆け回って遊んでいた二人にも声をかけて帰ることにする。
見上げてみれば日が頂点近くまで昇ってきているし、肌に感じる気温の方も温かくなってきている。随分と長話をしてしまったようだ。
「お昼、今日は間に合いませんね」
とらがとってもしょんぼりとしている。話に全くかかわってこなかったのは自分には関係ないとか、どうしていいのかわからなかったとかではなく、恐らくは少しでも早く話が終わるように口を挟まないでおいたのだろう。
「じゃあ帰りにお団子でも食べよう。いつものところでいいよな?」
みんなではなく、りょう一人の元気な声に促されて、俺は向日葵を抱えたまま町中に向かって歩き出した。
「・・・俺はお団子を食べようとは言ったけどさ・・・」
「だって美味しいんですよ~」
はなが幸せそうだ。
とりあえずと思っていつも、まありょうにねだられてはいることがほとんどなのだが、確かに結構な頻度で通っている茶屋に入った。
今日はりんとはな、二人多いから二人分多く頼んだから七本のお団子が運ばれてきた。
で、俺と向日葵、とらとりんは普通にぱくりと、りょうと段蔵は勢いよくがぶりとお団子に食いついたのだが・・・。
「美味しいのは食べた結果わかることだろうに」
予想外だったのははなだ。その可愛らしい見た目からなんとなく普通、もしくはどういうものかはわからないが可愛らしく食べるような想像をしていただけに驚かされたのだが、はなは三個刺さっているお団子を当たり前の様に一気に口に詰め込んだ。そしてあっという間に口の中を空にして、今は幸せそうな顔をしている。
「はな、こう見えてとっても大食いなんです。私の五人分くらいはぺろりといけてしまいそうな感じなんです」
りんも結構食べられそうな気がするのだが、その五倍と言うと・・・もし今回頼ったのが俺のところじゃなくて普通に親類縁者のところだったりしたらはなは飢えて死んでしまったのではないだろうか?
「あ、大丈夫ですよ、食べられると言うだけで、実際にそんなに食べたりはしないので。でも食べるとその分幸せになれるので食べたいです!」
元気に宣言されても困る、別に家にだって自由にできる金が湯水のようにあるわけではないのだ。
事実として俺は佐渡の金を自由にできることにはなっているが、俺が勝手に一日に使える金の量を調節している。使ったお金はりょうが帳簿をつけているから、今後自分たちで稼げるようになったら景虎、もしくは国に返そうと決めている。だから、今使っているお金は、自分の未来から前借しているだけなのだ。
「食べたいなら自分で稼いでからにしろ」
「向日葵ちゃんだって別に稼いでないじゃない!」
本格的に向日葵は二人、特にはなから嫌われていそうだな。これからまたよく会うことにもなるだろうし、仲良くしてほしいものなのだが。
「何を言っているの? 私はちゃんと仕事をして稼いでいる」
「は?」
ちょっと聞き捨てられない言葉が発せられた。
「俺は知らなかったぞ、いつから、どこで、どんな仕事をしているんだ」
べつに俺に向日葵が何をしているのかなんてことを知る権利なんてものはないわけなのだが、普段常にと言っていいほどに一緒にいる向日葵が、いったいどんな仕事をしているのか、気になって仕方がない。
「どうして貴久が知らないの?」
どうしても何も聞いていないからなのだが・・・今ので少し想像できた。
向日葵が当たり前の様にしていると言った仕事、俺が知らないことを意外と言ったこと、恐らくだが、その向日葵の言う仕事と言うのは、俺に関わる何かと言うことだろう。
「もしかして、俺の護衛か?」
「それ以外に何かしてるように見えたの? その目はちゃんと見えてる?」
当たっていたようだ。
目がどうこうというのは無視しておくとして、普通にこれまでの向日葵の日常を見ていて、それ以外にできそうなことがなかったからだ。
「で、いつから、誰に雇われている」
だがまだまだ聞いておきたいことがある。この向日葵が、いくら俺の護衛とはいえ、景虎に雇われているとは思えない。景虎に雇われずとも、俺の隣にいれば、護衛としての役目は果たせるのだから。
「貴久が北条の頭のおかしい子と仲良くなって甲斐から帰って来た日に、直江から頼まれた」
「うっ・・・あの時か~」
あの時なら何となくわかるような気がする。
あの時は本当に偶然一緒にいなかったが、逆にあの時以外はほとんど一緒にいるのが向日葵だ。しかも、普通に腕の立つ護衛には見えたりはしない。向日葵が俺にくっついていても、周りから見れば子どもが懐いているだけくらいに見えていることだろう。さらに、俺自身も向日葵なら常日頃べったりとくっついていられてもさほど精神的負担も感じない。
「う~ん、まさにうってつけか」
だが、ここで一つ気になるのだが・・・。
「まあいい。向日葵が働いているのは分かった、無理しない程度に頑張ってくれ」
「はーい」
そして返事をしながらはなに向かって勝ち誇ったような笑みを向ける向日葵、向日葵の方もしっかりはなのことを嫌っているようだ。
「うぅ~」
そして花はしっかりと悔しそうだ。流れ的に「私も護衛やる!」とか言い出しそうな気もするが、これまでのはなを見てみて、どう考えても護衛にはできないから気にしなくてもいいだろう。
「諦めて田畑を肥やせ、そして私と貴久が生きていくためにせいぜい尽力しろ」
いい加減向日葵の口の悪さも理解しているし我慢もできるのだが、もう少し何とかならないものかとも思うわけだ。
「なら俺たちも、いい加減田畑を肥やすとするか」
向日葵の頭に手を置きながら問いかけてみる。
「私は別にかまわない。私の仕事は貴久と一緒にいさえすれば達成できる。むしろ一緒にやることができるのは望むところ」
どうやら向日葵の方にはやる気があるようだ。
「みんなは? みんなやる気があるのなら、本当にやってみてもいいんだが?」
「でっかい大根丸かじりしたい!」
「お芋を育てましょう!」
なんだかりょうととらはやる気満々のご様子だ。
「だーこん!」
イリスはなぜだか元気だ、とっても乗り気に見える。
「じゃあ、今度景虎に頼んで、どこか適当なところがないか探してみよう」
「はいはいはーい!」
「五月蠅い黙れ」
「ふふん! 畑のことなら私に任せて下さい! どんなことでもお任せあれです!」
本当かどうか非常に怪しい。どちらかと言うと畑のことなんて何一つわかっていなさそうなんだが?
「あ、本当に任せても大丈夫ですよ。私がたっぷりと鍛えてきましたから」
胸を張って宣言するりん。なるほど、りんの方も若干信用できなくなってきてはいるが、それでもりんが鍛えてきたと言うのだ、まだまだ信用できそうな気がする。
「りんが教えたのなら私たちもりんに教えてもらえばいい」
「・・・」
はながすがるような目でりんのことを見た。たぶんだが、俺がこんな目を向けられたら勝てない。
「・・・私も・・・」
ちらっと俺の方を見てくるりん。しっかりと可愛いからやめて下さい。
「仕方がないからはなに教えてもらおう」
「じゃ、じゃあ・・・私は一緒に」
そしてそれを敏感に察知して提案を取り下げる向日葵。
「貴久、やっぱり民草の上に立つ存在が民草と同じことをしていてはいけない」
今度はそもそも話の根っこがいけなかったと判断して根底を覆しにかかって来た。
というか、民草と同じことをしちゃいけないとか、普段の俺たちの行動のことを考えたら今更過ぎて何とも言えたものではない。
「まあ、畑云々はまだ決まった話ではないからおいおいとして、とりあえず皆、これから何かしようとしているってことだけは覚えておいてくれ」
「私は今までのまま貴久と一緒にだらだらしていたい」
そうかそうか、つまり君は今まで俺がだらだらしていたと、そう言いたいのだな? ・・・本当のことだから口に出して反論できないけど。
「・・・分かったのならそろそろ帰ろうか、りんたちがどっちに住むのかとか、話さないといけないこともあるしな」
そう言って団子がかたずけられていることもしっかりと確認して席を立つ。
「はいおばちゃん、今日も美味しかったです!」
そしてここでお勘定がとらなのが格好のつかないところだ。
我が家のお財布はとらの意のまま。とらしか使うことを許されていないから、俺たちが使う時は必ずとらに申告して用途を明らかにしておかないといけないのだ。
「とったー!」
りょう、誰かの首でもあげたのか? まさかしっかりとつかまれている俺の首のことではあるまいな?
ここからの帰り道はりょうと言うことが決まっていたのだろうか、他のみんなは特に文句を言うこともなく俺の首にしがみついているりょうのことを見ている。
そして家に帰ったところで景虎につかまった。




