形見
「で、こいつは何だ」
「おぉ~、高いですね~」
なぜか俺の肩の上に載っているのははなだ。
俺が外で待っていると、はなも連れていつもの四人が出てきた。
てっきり四人を順に肩車するものだと思っていたのだが、なぜだか最初に肩車をしたのははなだった。
何もはなを肩車するのが嫌と言うわけではないのだが・・・結構不味いです。
言いたくはないが、はなはほかの四人と比べるとちょっと・・・いや、普通に女なのだ。
具体的に言うと、体が成長しています。熟しているとはとても言えないが、それでも普通に胸だってあるし、ここに来るまで農家だったらしい彼女の脚はしっかりと引き締まっていてなかなかにむっちりとしている。まあそのすべてを差し置いてなお顔が可愛いから一番いけないと思うのだが。
まあつまるところ性的なあれが危ないわけですよ、今までは向日葵がかなり意識してそういうことをして来ても向日葵だからで何とか耐えてきたが、この無邪気な子は天然でエロい妄想をかきたててくるからいけない。
「向日葵がよく許したな、絶対に加えたりはしないと思っていたのに」
とりあえずそのエロい体をしているはなから意識を逸らすために誰でもいいから話を振っておく。
「許したわけじゃない、取引しただけ」
おいおいなかなかに怖いことを言ってくれているじゃないか。取引とな? つまりこうすることで何かしら向日葵にとって得になる何かが起こるわけだよな? それって絶対に俺が関わってくるよな? いったいどんな取引をしたんだ?
だがまあ聞いても絶対に言わないという気がしたから聞きはしない。今はとりあえず皆と話して、肩の上であっちこっちを見るために体をひねりつつ太ももを俺に押し付けてくるはなから気を逸らさなくては。
「そういえばとら、夕餉の買い物は済ませてあるのか? まだならついでに買い物していくか?」
「あ、夕餉の材料はもう準備があります。もともと貴久様にたくさん食べてもらうためにたくさん準備してありますから」
くそう、こんなときに限ってお買い物は終わっていますか・・・しかしあとの二人は当てにならんし、どうしたものか。
「イリス! おっきい雲だよ!」
「おっきー!」
だがこの二人はこれでいいのだ、癒し系なのだ、天然の癒し系なのだ。
「ご主人様ご主人様!」
「おいこらこの野郎、町中で俺のことをそんな風に呼ぶな、今はただでさえ勘違いされまくっていて困っているんだからな」
今回の三人のような見解を町中の人が持っているとしたら・・・もう一生引きこもり生活をしていたい。いやまあ三国を往復しないといけないからそんなことはできないんだけど。
「そんなことよりも!」
いや今のはそんなことではない。
「このまままっすぐ行くと私たちのお家が一応あるんです、ちょっと行って取ってきたいものがあるんですけど、いいですか?」
う~ん、家があるのに俺のところに来たのは一体どういうことなのだろうか? まあ行けば分かるかもしれないし、行ってみますか。
「いいよ、行こうか」
「ありがとうございます。じゃあこのまままっすぐ行ってください、そのうち見えてくると思いますから」
そんなわけで町中をまっすぐ歩いて、周りを田畑に囲まれたところまで出てきてさらに少しばかり歩いていると、はなたちのお家に着いた。
「・・・本当にここ?」
「はい、本当にここです」
とっても立派なお家でした。
大きさはこの時代の普通の民家が何件かは立ってしまいそうなほどの大きさで、普通に門とかある。要するに立派なお屋敷です。
何も春日山城とか景虎や景綱さんの屋敷ほどではないが、十分に大きく立派な屋敷だった。
「こんなところに住んでいたのなら、家財とかいろいろ売れば当分は心配ないはず。なのに三姉妹だけで貴久のところに来たと言うことは・・・」
「絶対に何かあるな」
どんな理由かは知らないが、何もかも捨てて逃げてこないといけないほどの問題があったのだろう。
思い返してみればあの三人が家に来たのは俺たちが朝餉を食べる前、随分と早い時間にいた、もしかしなくても夜逃げか何かだろう。
でも家に来ることできる・・・まだ売っていない? それともすでに自分たちのものじゃないけどどうしてほしいものが?
「てか、ここにいると結構危ないんじゃないのか?」
「何をもって危ないと言うのかにもよりますが、あなた方があの娘さんと関わり合いなのなら、危ないかもしれませんね」
振り返ると、明らかに危ないことしています的な顔をしたおじさんが立っていた。腹は設楽焼の狸も格やと言うほどに膨らみ、顔を見て見れば目は細く、頬は往復びんたでもくらってきたのかと言うほどに丸く膨らんでいる。
「全く関わりなんてない、私たちは通りがかっただけ」
そして向日葵がさらっとはなを見捨てた。
「そうなのですか? ですが先ほどまでそちらの男は娘を肩に乗せていたように見えましたが?」
これはもう見ていたうえで話しかけてきたことは確定だ、ついでに俺たちに何かしようとしているのも確定だろう。
「お前たち、ちょっとこの人たちをいろいろと話したくなるようにしてあげなさい」
そして男の合図とともにどこからともなく三人のいかにも荒っぽいことしていますと言った感じの男たちが現れた。
「待ってください!」
男たちが俺たちに一歩近づいたところで屋敷の中からはなが血相を変えて飛び出して来た。
「この人たちは、本当に何も関係のない人たちです! だから連れて行くのならわあたしだけにしてください!」
おっと、これは見過ごせそうにないな。
「あのー、よくわからないので聞きますけど・・・この子はいったい何をしたんですか?」
とりあえず全部知っていそうで悪者の定番のごとく事の成り行きをぺらぺらと話してくれそうな太った男に聞いて見た。
「いえいえ、この娘は何もしていませんよ、したのは父親の方です」
ほら話してくれた。
「この娘の父親は、私から金を借りておきながら、一向に金を返そうとしないので、私としてもただ貸していく一方では死んでしまいますから、仕方がないので金の代わりに娘さんをもらって行こうとしたまでです」
はいはい定番のあれですね分かります。で、たぶんこの後はなの方も言い返すぞ。
「何言ってるのよ! あんたたちが汚いやり方でお父さんにお金が入らないようにしていったくせに!」
はいはい定番のあれですね分かります。
「何を根拠にそのようなことを? それと、何か勘違いをしているようなので正しておきますが、連れて行くのはあなただけではなく、あなたを含めた姉妹三人です」
それを聞いたはなの顔が、さっきまでは怒りで赤かったにもかかわらず瞬時に蒼く染まってしまう。過去に何かされたのだろうか。
一瞬顔を蒼くして恐怖や緊張を見せたはなだったが、それも一瞬で抑え込み話をつづけた。
「・・・せめて、私だけで何とかなりませんか・・・私だったら、その・・・ご奉仕と言いますか・・・何でもしますから」
しかし続けた話の内容はどうやらこれ以上任せてはおけないような内容になってきた。
「なあ、こんな可愛い子とその姉妹をもらおうって言うほどなんだろ、いったいこの子たちはどのくらいあんたに金を借りたんだ?」
とりあえずまだ無関係を装いつつ金でどうにかしてみようとしてみる。
「そうですな、おおよそ二両と言ったところす」
あらやだ私の前のお勤め、草履取りの一年分のお給金とほぼ同額じゃないですか~、こっちでそれがどのくらい高いのかはわからないが、とりあえずこの子たち三人をもらうにはいくらなんでも少なすぎやしませんかね~。
「じゃあま、とりあえず明日二両払うので、この子たちのことは諦めて下さい」
とりあえずこのおっさんはこの子たちがお金に疎いことをいいことに何とかこの子たち、恐らくは体が目当てで迫ってきているのだろう。
「ほう、あなたが払うと? とても二両も持っているようには見えませんが?」
おっさんが気持ち悪い笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「はいはい払いますから、それでは。帰るぞ、はな」
呆けているのか何なのか、その場を動かないはなの腕を掴んで歩き始めた。
「大人しくいかせるとでも?」
はいはい定番のあれですね分かります。
「あなたも最初、こうなる気がしたから関係はないと言ったのでしょう?」
なら察してくれ、こんなにも堂々と帰ろうとしている理由を。
「悪いんだが、通してもらえないと転がってもらうことになってしまうぞ。俺は別にあなたに何の恨みもないからそんなことになってもらわなくてもいいんだが」
「ずいぶんと強気ですね、まあお好きにどうぞ」
これまたずっと気持ち悪い笑みで話してくるからなんとなく気分がよろしくない。だからごめんなさい。
「じゃあ遠慮なく。よろしく~」
俺はそれだけ言って地面に寝転がっているおっさんの横を抜けて行った。もちろん、周りにいた男たちも仲良くお休みだ。
「え?」
はながちょっと驚いている、なんだか嬉しい。
「ありがとう」
「いえいえ、これがお仕事ですから」
いつの間にか当たり前のように段蔵が隣に並んで歩いている。
「え? え! こここの子何処から⁉」
はなが突然現れた段蔵に驚いている。俺以外の人が突然現れた段蔵に驚いているのを見るとなんだか嬉しいのは気のせいではない。
「紹介しよう、実は俺たちの長屋に結構入り浸っているとっても強いアトランテさんだ」
「え! いい異国の方ですか⁉」
「いや、違うよ」
「はい、違います!」
ほらほら~段蔵さんも普通に日ノ本のお言葉を話しているじゃないですか。
「あれ、日ノ本の言葉だ・・・でででも、じゃあアトランテさんって言うのは?」
「嘘だけど?」
「当り前じゃないですか?」
段蔵はノリがいいな、意外な発見と言うかなんというか。
「えっと・・・じゃあ本当のお名前は?」
ここまでふざけていたが、正直昨日今日家に来たばかりの人に段蔵の名前を教えてもいいのかは結構悩む。
とりあえず視線だけ段蔵に向けてみると・・・何となく目で「言わないでください」と言われた気がした。
「この子の名前はつばき、つばきちゃんはとっても元気でいつも手が付けられない可愛い子だ、見かけたらたくさん遊んでやってくれ」
「おい、可愛いのか? いつから? 刺していい?」
向日葵よ、刺すのが俺なのか段蔵なのかはわからないが、そんな物騒なことはしないでください。
「そうなんですか、よろしくね、つばきちゃん!」
はなの方はそんな向日葵の恐ろしい発言など全く気にかけずに段蔵ことつばきちゃんに挨拶をしている。
「まあ挨拶もその辺にしておけ、とりあえず帰るぞ。目当てのものは持ってこれたのか?」
「・・・はい」
ここで悲しそうな顔をしてきますか。
はなの方からこんなところに連れてきたわけだが、どうやらこの話にはあまり深くかかわらない方が良さそうだ。
パアン!
随分といい音が鳴った。
俺の目の前には頬を真っ赤にしたはなと、目を真っ赤にしたりんがいる。
「あんたは・・・あんたって子は!」
パアン!
もう一度乾いた音が鳴る。
これは二度目などではない。すでにりんははなの頬を結構な回数叩いている。はなは・・・。
「ごめんなさい」
こうしてただ謝りながらされるがままだ。
はなの方は、家に行けばああなる事、そしてりんが怒ることまですべてわかっていてやったのだろう。
「どうしてあんなところに行ったのよ! もし加藤様が助けて下さらなかったら今頃・・・あんたは・・・」
我慢していたようだが、ついにこらえきれなくなったのか、真っ赤にした目からりんが涙をこぼす。
自分の身を売ってまで妹たちのことを何とかしたいとしていたりんだが、だからこそ今回のはなの危険とわかっていての行動が許せないのだろう。
「だって・・・お父さんが」
そう小さくつぶやきながらはなが懐から煙管を取り出した。
「っ! ・・・それは」
この反応を見るに、恐らくは父親の形見みたいなものなのだろう。
にしても煙管・・・もう伝わっていたのか。
煙管の伝来は1543年・天文12年の種子島への鉄砲の伝来と同時、または1605年・慶長10年ごろに伝わったと言う二つの説があった。まあどちらにしても、今は煙管なんてものはそんじょそこらの一般庶民に手が届くものではない。つまるところ、この三姉妹は父親が存命の頃は、それそれは大層裕福な家庭に育っていたと言うことだ。
「お父さん、一人じゃ寂しいだろうから」
はなが頬を赤く、目を赤く染めながら、それでも詰まることもなく当たり前のように告げてくる。
「お姉ちゃん、何も言わずにここまで連れてくるんだもん。お父さんを置いていくだなんて、ひどい事しちゃだめだよ」
「・・・ごめんなさい」
りんの方も、お父さんが絡むと強く出られないのか、はなの行動をいさめられなくなってしまった。
「それで、こんなところで悪いんだが、急がなきゃいけないから聞かせてもらう。あいつにいくら借りていたんだ?」
「いえ! これは私たちの問題です! 絶対に、加藤様の個人的なお金から出していただくわけにはいきません!」
「ならどうする」
「・・・だから・・・私を・・・」
りんが同じことを言おうとしていたからさっさと断っておこうとしたら・・・。
「久しぶりにこっちに来てみれば、なんか人が増えているみたいなんだけど?」
「・・・景虎、いつからそこに?」
後ろに景虎がいた。
こいつ仕事とかその辺は大丈夫なんだろうな? 結構一緒にいる気がするが、これで仕事を誰かに投げているのならちょっとお説教もするぞ?
「増えたのは昨日からだ。なんかお前に追い出されて帰ってきたら家の前にいた」
「で、自分の好みだから囲ったと」
「囲ってない。それにこの子たちは、もしかしたら明日にでもここを出て行くかもしれない」
俺の言葉を聞いて二人がはっとしたように声を上げようとするが、その前に俺は言葉を続ける。
「景虎、金を借りたい、絶対に返すから」
景虎が一度りんとはなの二人を見る。それだけでおおよその事情を把握したのか、俺に視線を戻した景虎・・・さんはとっても嫌な笑顔でした。
「見返りは?」
いや分かってはいた、こうなることはなんとなくではなくはっきりとわかっていた。しかし、それでも今は金が必要だからこうするしかない。
「一日言うことを聞くって言うのを考えてもみたんだが、それはこの前やってしまったからな、正直何をすればいいのかは思いつかん。だからご希望があればどうぞ」
これだとまた自分で考えろとか言われそうで困るのだが、まあ聞くだけ聞いてはおこう。
「そうね・・・とりあえずいくら欲しいの? それによって決めるわ」
「確か二両って言ってなかったか?」
当の二人に目を向けながら聞いて見ると、姉の方が頷いてくれた。
「・・・たったそれだけ?」
「おい、たったとは何だ、少なくとも今この子たちには払えない額だし、俺の手元にだってそんな金はない」
この国主様からしたら二両の金を用意することは難しいことではないのかもしれないが、俺たちにとっては大金だし用意するのも容易なことではない。
「二両・・・あ、そうだ! なら一つ頼みたいことがあるの!」
「近い近い近い! そんなに詰め寄らなくても大丈夫だから! 落ち着け!」
いったい何を思いついたのかはわからないが、やたらと笑顔な景虎を引きはがして落ち着かせる。
「明日でも何でもいいけど、近いうちに景綱のところに行きなさい! お酒もちゃんと用意しておくから、あんたもべろんべろんに酔うまで景綱に付き合いなさい!」
それは何だ、いつかのように景綱さんの愚痴を聞いていればいいのか? 要するに景綱さんの憂さなり鬱憤なりを晴らして来いと、そういうことか。
「分かったよ、じゃあさっそく明日にでも、この子たちのことが片付いていたら会いに行くよ」
「よろしくね。それじゃあ私はさっそくお金を用意してくるから、あんたたちは、今日はここで待ってなさい」
そう言い残して、景虎はさっさと帰って行ってしまった。
「あいつ、何しに来たたんだろうな?」
ここでぽつりとつぶやいてしまった一言。
べつにつぶやいたからどうかするわけではないが、気にはなった。
「貴久に会いに来た、それだけ」
気にはなったが、向日葵曰くそう言うことらしい。それなら目的も果たせているから帰って行っても不思議はないのだが。
「ま、いいか」
仮に分かったからと言ってどうにかなるわけでもないだろうし、やめておこう。
「じゃあ二人とも、そう言うことだから、お金が届くまで外には出ないように。勝手に外に出てあいつらに絡まれても、その時は助けないからな」
まあ助けないと言うよりも助けられないと言う方が正しいのだが。
「・・・ありがとうございます」
聞こえたのはりんの声。気がつけば、俺の隣でりんが深々と腰を曲げてお礼を言っていた。
「りんがどう感じているのかはわからにけど、俺は俺のやりたいようにやっただけだから、あんまり考えすぎるなよ」
なんとなく突っぱねられたりとかそうなることも予想していただけに、こうもあっさりと借金の肩代わりを受け入れられたのは意外だった。
「精一杯、働かせていただきます」
ああなるほど、働いて返すつもりだから素直に受け入れたのか。
「おう、まあ無理しない程度に頑張ってくれ」
ここでいろいろと言ったら、りんとはながまた変なところで私も働くとか駄目だとか言い合いそうだったから、無理しないようにとだけ言って話を切り上げる。
まあ深く考えなくても、働くとなったらとらがほとんどやってしまうからやりすぎるとかそんなことは起こらないだろう。
気楽に構えておけば、明日には・・・いや、景綱さんの愚痴を聞いた後は、平和でいつも通りと呼べる毎日を送っていることだろう。




