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やり直し その壱

 一度城まで戻った。そして城を出る。

 向かったのは城下の町ではなく春日山。

 日は頂点から少し傾いた位置にある。昼は過ぎているから今は日が沈んでいっているところだ。

 町中での一件からここまで、二人とも一言だって話してはいない。

 すでに春日山の中。あたりには大きな木が育ち、生い茂る葉は,もう緑から赤や茶色に色を変え、その命を散らしている。

 初めてここに来た時は当たり前のように多くの大木が青々と葉を茂らせていたことなどまったく気にしていなかったが、今思えばそれはこれら多くの木が伐採される前、植林されていない自然の木が見せてくれた、人の手が加えられていない自然が醸し出す武骨な美しさだと思えてくる。

 何とはなしに落ちてきた茶色い葉を掴んだ。

 今はもうあの時のような美しさは感じられないが、それでも今は今で、哀愁のようなものを感じさせる静かな美しさを感じられた。

 ・・・と、周りのことを必死になって観察し、思考していたが・・・やっぱり気まずいです。

 思い出したくはないがいまだ頭から離れない周りからの視線。わざとらしいまでの見ていませんよ的な態度。止めにどこかの子どもの「おっとー、あのお侍様たちは何してんだ?」からのそのお父さんの「お前さんにはまだはえー、見ねー方がいい」の言葉。

 どう考えても、町中で、天下の往来のど真ん中でやることではなかった・・・景虎を抱きしめて口づけとか。

 いったいあの時の俺は何がしたかったのだろう? いや景虎が変なこと言うからいけなんだが・・・。

 でもでもあそこでいきなり抱き合って口づけとか、それはないだろう。せめて屋敷に帰ってからとかとりあえず手をつなぐだけ、やっても抱きしめるところで止めておけばいいものを・・・どうしてあそこまでやってしまったのだろうか。

 ちらりと隣の景虎を見た。可愛いです。

 すぐに目をそらす。ちょっと見ただけなのに心の臓が早鐘を打ちます、顔が熱くなります。

「いつまでそんなことしているつもりなのよ」

 隣から呆れたような声が聞こえてきました。さらに心の臓が五月蠅くなりました、顔がさらに熱くなりました。

「いい加減に・・・しなさい!」

 お腹に強い衝撃が与えられました。心の臓は相変わらず五月蠅いです、でも顔は青くなりました、ついでに汗がすごいです。

「い、今のは・・・効いたぞ」

「当り前よ、それなりに力を込めてそれなりにいたいところに打ち込んだもの」

 今のでそれなり、か・・・本気がどれくらいのものなのかも気になるところではあるが、それを身をもって検証しようものなら間違いなくこの世界からもお別れすることになってしまうからやりはしない。

 この世界とお別れ・・・あ~。

「そう言うことか」

「どうして今ので私がここに来たいと思った理由が分かったのか、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 どうして今ので来たがった理由が分かったのだと分かったのか、俺はそっちの方が聞きたい。

 そしてとりあえずその笑顔を消せ、怖いから。

「殴られただろ、痛かっただろ、本気じゃないって言っただろ、本気がどのくらいなのかが気になるだろ、でもそんなのくらったら死んじゃうだろ、こっちの世界とおさらばだろ、そういえばすでに一回世界とおさらばしてるな、って感じだ」

「・・・何となく殴りたいところではあるけど、今やったら本当にお別れになりそうだからやめておくわ」

 なんとなくで人を殺せるような一撃を繰り出そうとしないでくれ。

「でも、そんなところに行ってどうするつもりなんだ?」

 景虎が向っているのは間違いなく俺と景虎が初めて出会った場所だろう。そこに行きたいのはなんとなくわからんでもないが、実際そこの行って何がしたいのかはわからない。まあなんとなく行きたいってことも俺だったらあるだろうから何でもいいのだが。

「なに? 行っちゃ駄目なの? 私が行くと困ることでもあるの?」

「いやそんなことないけど」

「だいたいあんたはまだ私の下僕ってことになってるんだから! ・・・だから・・・」

「・・・だから?」

「まあ、言葉遣いくらいなら、普通でいいわ。・・・そのうち夫になるんだから」

「・・・」

 よ、よくわからん!

 何だ? 何がだからで言葉遣いは普通でいいんだ? そのうち夫になるっているのは罰が終わるってことなのか? それとも出会った場所まで行って何かするのか?

「えっと・・・一つ言ってもいいか?」

「何よ」

「とりあえずその嬉しそうに顔を赤らめながらも真意を悟られまいと必死になって仏頂面を装うのはとても可愛いけど草履取りのやってはいけないことに余裕で手を出しそうなのでやめてください」

「・・・死にたいみたいね」

 目的地は分かっているから全力で逃げた。


「次からは発言に気を付けることね」

 当たり前ですけどつかまりました。

 そもそも景虎の方が俺より足が速い上に、俺はこんな山の中を走れるような訓練もしたことがないから追いつかれるのは当たり前のこと・・・よって今はとりあえず一発殴られた後です、はい。

 殴られたお腹は痛いけど、たぶんすぐに動けるようにはなる。今こそこっちに来た初日に体感したこっちに来てからの俺の超回復能力が役立つ時だ。

「・・・て言うかここじゃない」

「よくわからん」

 だいたいの場所しか覚えていないから多分こっちだったとか考えながら逃げてはきたが、正確にここが、俺と景虎が初めて出会った場所かどうかなんてわからない。

「どうして忘れられるのよ」

「いや忘れたわけじゃなくて、そもそもあの時は場所を覚えている余裕なんてなかったから」

 あの時はなんだかんだで結構気持ち的にいっぱいいっぱいだったからな。

「あんたにとって、私との初めての出会いなんて・・・その程度のものだったのね」

 景虎の顔がうつむいた、どんよりとした影で覆われた気がした、とってもいけないことを言ったとよくわかった。

「いやいやいやいやいや! そんなわけないだろ! その程度って! えっと・・・ほら、その・・・忘れてごめんなさい」

 言い訳できなかった。確かにあの時の俺にとっては、景虎との出会いは、本の中の人物に出会えたと言う現実味の無い夢か何かくらいのものだったかもしれない。

 だから謝るしかない。いくら記憶の中を探ってみても、俺の記憶の中には周りの景色などほとんど浮かんではこない。浮かんでくるのは見上げた美しい・・・。

 そして景虎の顔を見ているのがなんとなく恥ずかしくなって目をそらしてしまった。

「どうしてこんなところで急に顔赤くしてんのよ!」

 言えません、記憶の中の長尾景虎と言う人物を思い出したらその記憶の中の人物に照れてしまっただなんてちょっと言えません。

「ま、まあ気にするなよ、そんなこと。それよりも、ここに来たかったんだろ? 何かしたいこととかあったんじゃないのか?」

 追及されたくないからさっさと話題を変えよう。無理してでも景虎の方を見よう。

「・・・あとで聞くからね」

 あとで聞くんだ、そんなに気になるんだ。そして今からすることは俺が顔を背けた理由を聞き出すことよりはしたいことだと。

「まずは問題です」

 景虎が指を一本立てながら急に問題を出して来た。

 指をわざわざ立てたと言うことは、恐らくいくつか問題があるのだろう。

「一つ目、私はあの時どうしてここを通ったのでしょうか」

 やっぱり一つ目ってことは二つ目や三つ目があるんだな。

「知らん」

 と言うか何だこの問題は、わかるわけがない、そんなもの景虎以外に分かる人がいるのか?

 あの時景虎は一人だった、何かしらの仕事とかなら護衛の一人くらいは絶対にいたはずだ、だから景虎の私用であることはなんとなく予想できるのだが、それで具体的に何かと言われるとちょっと答えられない。

「いいから、何か答えなさいよ」

「・・・狩り」

「違います」

「・・・」

「次」

 え、まさか当たるまでとか言わないだろうな?

「散歩」

「次」

「ちょっと自殺しに」

「ん~惜しい」

「惜しい⁉」

 おいこらちょっと待て、惜しいって何だ⁉ こいつ自殺って回答に対して惜しいって返して来たぞ⁉

「ええ、惜しいと言えば惜しいわ。正解は、出家よ」

「な・・・なるほど?」

 出家か、なんとなくそう考えようと思えばそう考えられなくもないな。

 出家して越後国主としての自分とはおさらば、つまり自分で自分を消すみたいな考え方が自殺と言えなくもないとかそんなところだろうか? ちょっとこじつけが過ぎるか?

「なんとなく景虎の場合だと出家と言うより家出っぽい気がするな」

「そんなところは当てなくてもいいの」

「当たってるのかよ」

 こんなことは当たらないでほしかった。

 まあ思い返してみれば謙信は史実でも家臣に出家しようとしたところを止められているし、本の中でも景虎は一度か何度かは知らないが出家しようとしていたみたいだし、なんとなく普通な気がするな。

「では二つ目の問題です」

「またさっきみたいな全くのあてずっぽうでしか答えられないような問題はやめてくれよ」

 またそんな問題を出して来たら答えんからな。

「あの時、どうして私はあなたを連れて帰ったのでしょうか?」

「・・・」

 いかん、別の意味で答えられなかった。

 俺の心の臓はもうドキドキドキ〇ちゃんだ。

 いかん、頭もかなり馬鹿になっている。

「そんな顔でそんなことを言うんじゃない」

 とりあえず、まずは目の前の可愛らしい笑みを消してもらいたい。そんな可愛らしい恥じらいのある笑みを浮かべながら俺を連れて帰った理由とか・・・期待させているのか?

「私の問いに、応えなさい」

 期待していいのか? これは期待させておいて落とす方なのか期待そのまんまなのか・・・どっちだ。

 外したらかなりまずい。期待して外す分にはまだ俺が精神的に傷つくだけで済む・・・だけとか自分で言っていて恥ずかしいな・・・で、もし期待していないみたいな態度を見せておいて、もしも期待通りだったならば、景虎を大いに傷つけてしまうことになる。

 保険を掛けるのならどう考えても期待してしまっておくのが正解なのだが・・・。

「俺のことを気に入ったから、じゃないのか?」

 保険も何も関係ない、俺の顔は景虎の問いを聞いたその時からすでに赤く染まってしまっている。期待していないなどとうそをつけるような状態ではそもそも無いのだ。

「意味によるけど、まあ正解ね」

 そして当たってくれたようだ。素直に嬉しくもあるが、意味によってはと言うところがかなり気になる。

「意味って言うのは?」

「あなたの言う気に入ったと言うのがあくまで物とかに強い関心を持つ程度のものなら当たり、あなたのことを好きになったとか愛してしまったみたいな意味での気に入ったなら外れよ」

 うわ、外してた。

 そして今絶対に俺の顔には落胆とかそんな感じの感情がそのまんま出てしまっているに違いない、外したことはバレバレだろう。

「まあ気に入った理由は、あんたが先の世から来たって言葉が嘘でも本当でも関係なくて、なんとなく私の正体に気づいていそうなのに普通に話してくれていたからって言う単純な理由なのだけれど」

 その単純な理由のおかげで、今俺は生きていられているのだから感謝感謝だ。

 て言うか一番気を引いていそうだった先の世から来たどうこうはまったく気にしていなかったんだ。

「では三つ目の問題です。・・・私があなたのことを好きになった、愛し始めたのはいつからのことでしょうか?」

 いつって・・・そんなきっかけになるような話がそもそも一つしかないんだが。

「あの・・・餓死してしまった少年の時なんじゃないのか」

「違います」

「え?」

 まさか外れるとは思っていなかった。

 景虎はこんなところで嘘をつくようなことはしない。つまり本当にここではなかったと言うことだ。

 だがそれなら景虎はいつ俺に惚れてくれたと言うんだ? 必死になって記憶を探ってみるが、全く思い当る出来事がない。

「分からないでしょ」

 毎度のごとく可愛くない笑顔を浮かべている景虎さんに若干腹が立つ。

「帰るぞこの野郎」

「そうしたければどうぞ、草履取りさん」

 くそ、まだ草履取りだったのか。

「じゃあこれに答えられたら・・・」

 またなんかもったいぶっている。どう考えてもさっきのが当りでないのなら俺に当てられるわけがないのに。

「一晩だけ、私があなたの下僕になってあげるわ」

「ちょっとだけ考えさせてくれ、絶対に当てて見せる」

 これはちょっと本気で考えなくては、これを当てられたら景虎を一晩好きに・・・。

「下僕にだってして良いことと悪いことがあるのよ、そこはわきまえなさよ」

 そんなことは分かっている、今までにされたことは当然やり返してもいいと言うことだからそれをすればいいんだろ? 任せておけ。

「はい、それでは答えをどうぞ」

 くそ、当てさせる気なんて最初からないな、まだ考え始めてから一分も経っていない。

「じゃあ・・・」

 いくら頭の中で楽しい妄想御膨らませても、ここで当てられなければ意味はない。あてずっぽうでも何でもとりあえず答えなくては。

「はい残念でした、答えられなかったわね」

「ちょっと待て! 早すぎるだろ!」

「そうね、だってそもそも答えさせる気なんてまともになかったもの」

 景虎が実に愉快そうな笑顔・・・いや勝ち誇ったような笑顔で告げてきた。

「残念だったわね~、答えれば、よかったのに。当てなくてもよかったのよ」

「あの時だあの時俺に初めて会ったその瞬間だ間違いない」

 くそくそくそ! ふざけてこと言いやがって! ああ無駄に期待していしまった一瞬前の自分を殴りに行きたい!

 ていうかさっきここじゃないとか言われてなかったっけ? いくら焦っていたとは言ってももう少しいい答えがありそうなものだが。

「あ、当たったわね」

 景虎が何でもないことのようにぽつりとつぶやいた。

「・・・嘘だろ?」

「いえ、本当よ。私はあなたに初めて会ったその時に、あなたのことが好きになっていたわ」

 確かに、景虎と恋仲になったのは出会ったその日ではあったが、まさか出会ったその瞬間とは・・・一目惚れと言うやつだろうか。

「その気持ちを自覚したのは?」

「それはあんたが最初に言ったあの時ね」

「だったら最初ので当たりにしてくれてもいいじゃないか」

「嫌よ、それじゃああなたのことを好きになったのが遅くなっちゃうじゃない」

 遅くなっちゃうって言ってもほんの数時間の差だろ? そんな何日も違ってくるわけじゃないんだから。

「て、そういえば今俺のことが好きになったのは初めて会ったその瞬間とか言ったよな、だったら俺を連れ帰った理由っているのは俺のことを好きとかそういう理由になるんじゃないのか?」

「違うわよ、だってまだ自覚してなかったんだもの」

 好きになったのは間違いなく初めて会った瞬間、だけどそれを意識したのはあの少年の時、ひねくれた奥さんを持つと大変だ。

「は~、もういいや。それで、ここでやりたかったことって言うのは何なんだ? さっさとやって帰ろう」

 なんだかもうここにいたくない。思い出の場所ではあるが、こんな変な関係の時ではなく、もっと普通な関係の時に来て普通にあの時のことを語り合いたい。

「あ~・・・したいことね・・・」

 どうしてここで急に目を逸らす、顔を赤く染める、とても言いづらそうに口をぱくぱくとさせている!

「えっと・・・その・・・」

「なんだ、いまさら何が恥ずかしい、俺のことをいつ好きになったとかどうとかの話よりも恥ずかしいことなのか?」

 本人を目の前にいつから好きだったかを堂々と言えるくせにいったい何が恥ずかしいと言うのだろうか? 町中で堂々とあんなことこんなことができると言うのに何が恥ずかしいと言うのか? やっぱり景虎のことはよくわからん。

「じゃあ・・・言うけど」

 なんだその落ち着きなくもじもじと動かしている手は、ものすごく言いにくそうだな。

 景虎がここまで言いにくいこと、恥ずかしがるようなことって何だ?

 いかん、緊張してきた。祝言の時の次くらいに緊張してきた。

「お願いなんだけど・・・」

 何だ、何をしたいんだ。

「もう一回・・・出会い方をやり直してみたいな・・・って・・・」

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