やり直し その弐
「好きだ! 景虎のことが好きだ!」
「馬鹿じゃないの! やり直し!」
「どこが駄目なんだよ!」
「まだ名前教えてないじゃない!」
「だからそれは知ってたんだって!」
「私は知られていることを知らないの! だから嫌なの!」
もう結構こんなことを続けている。
何をしているのか? それは簡単だ。
景虎の要望通り、俺と景虎の初めての出会いをやり直しているのだ。
始まりは俺が隣の草陰から出てきたところで、景虎は俺から見て右側で待ち構えている。
「早く次やるわよ! もう日が傾いて来てるんだから!」
俺は結構うんざりしながら草陰に戻っていく・・・。
「好きだーーーーーーーー!」
出てきた瞬間に大声で叫んだ!
「駄目ね、私の方を向いて叫んでいたらまだよかったかもしれなかったけれど」
「じゃあ次はそれで」
「嫌よ、私が考えた通りにやっても私はドキドキしないじゃない。だから嫌」
「ふざけるな! そもそもこの猿芝居だってお前が理想の展開で出会いたかったとか言ったからやってやってるんだからな! ならお前の理想の展開とやらをさっさと言えよ!」
「そんなものないわよ! あんたがしてくれることなら大体ドキドキできると思ってたのに当てが外れて困ってるのは私なんだから!」
もう嫌だ、この奥さん面倒くさすぎる。
いい加減疲れたから終わりたい。
でもできないからとりあえず元気とやる気を分けてもらうことにした。
「・・・私がしたかったのは」
「分かってるよ、これじゃないことは」
景虎を抱きしめた。とりあえず愛しい奥さんを抱きしめて愛の力とかなんとかみたいなもので乗り切ろうと考えてみた。
「だったら」
「でも俺がこのままだと持たなさそうだった。だから少しだけ、少しだけこうして元気とかやる気とか、その辺を補充させてくれ」
ちょっとだけ腕に力を込める、すると景虎が俺を抱き返して答えてくれた。
いけない、これは幸せすぎてしばらく離れられそうにない。
どうしようか、このままずっとこうしていたら景虎怒っちゃいそうだし。でももっとこうしていたいし・・・。
「おっとー、いきおいよくとびだしたらめのまえにひとがいたぞー」
棒読みも甚だしいが、これでいかにも遊んでいますみたいな感じは出せたと思う。あとは俺の意図をくんだうえでこれに景虎が乗ってくれるかどうかだが。
「あんた、誰よ」
おおっと、のっかってはくれたが演技が本気すぎるのか何なのか、やたらと怖くて底冷えのするようなおっかない声が帰って来た。ていうかこれじゃあ結局離れなくちゃいけなくないか?
ここにきて自分の失敗に気がついたが時すでに遅し・・・仕方がない、離れよう。
「おおっと! ごごごごめんなさい! 道が見えたものだからつい、嬉しくて」
俺は慌てて目の前の女の子から離れて謝った。
どんな理由があっても、いきなり見ず知らずの女の子に抱き付くとか・・・警察に突き出されても文句は言えないな。
しかし目の前の女の子は特に怒るでも騒ぐでもなく、ただ繁々と俺のことを観察していた。
だから俺も失礼かもとは思いながらも、女の子のことしっかりと見てみた。
「・・・」
そして言葉を失った。感動とかそういうもので言葉が出ない、絶句すると言う現象を初めて自分で体験した瞬間だった。
目の前の女の子。赤みを帯び始めた太陽に照らされているのに、それに負けじと美しく輝いている艶やかな白銀の髪。その髪も、肌も、周りの風景も、すべてがわずかずつにでも赤色や橙色のような色を帯びているにもかかわらず、その中でもより一層赤く、力強さを感じさせる真紅の瞳。
他にも・・・他にも・・・しかし、俺の貧相な語彙力では、どうにもこれ以上・・・いや、さっきの言葉自体がそもそもこの女の子の魅力を損なってしまっているような気がしてしまう。
だから、これ以上無駄に言葉を重ねるのはやめておこう。だから一言、これだけは当てはまると思う言葉を、一言だけ言葉にしておこう。
「可愛い」
嘘偽りのない本当の気持ち。どう可愛いのか、それを言葉で説明することはできないが、それでも可愛いと言う一事だけははっきりとわかった。
「み、見ず知らずの他人なんかに言われても・・・嬉しくなんかないわよ」
日はあっという間に沈んでいき、すでに地平線すれすれまで傾いてしまっている。周りの景色もそれに合わせてどんど赤みを増していく。
だからこれは夕日のせいなのだ。目の前にいる、こんなにもかわいい子が、俺の言葉なんかで頬を染めるなんてこと、あるはずがない。
夕日のせいで、わずかに赤く染まって見える頬。夕日ぼせいで、背けられた顔が帯びた影。
ただ二人、名前さえ知らないような二人が、話すでもなく、互いを見ているわけでもなく、本当に何をするでもなく、ただ立っている。
夕日がどんどんと傾いていく。二人の影が、ただ立っているだけだと言うのにどんどん形を変えていく。
「「・・・あの」」
声を上げたのは二人同時。二人がわずかに動いたことで、影が二人に合わせて形を変える。
「・・・」
俺は口ごもってしまった・・・いや、言葉を飲み込んだ。
本当は話したい、気持ちを伝えたい、たった一言で伝えられるこの気持ちを。
でも、俺は黙って待つことにした。
目の前の女の子。ついさっき、底冷えのするような恐ろしい声をくれた女の子。今、その女の子の目は・・・夕日のせいで、きっと夕日のせいで・・・顔を真っ赤に染めている、目を潤ませている、胸に手を当てている、とても言いにくそうにしている。全部全部、何もかも夕日のせいだ。
「わ、私・・・あなたのことが・・・」
潤んだ瞳が、俺を見上げてくる。
とても辛そうに見える。俺と比べて・・・いや、一般的に見ても明らかに小さなその体は、今は不安からなのかとても小さく見え、見上げる瞳は何かを熱願しているようだ。
「あなたの・・・ことが・・・」
男なら黙って待つべきなのかもしれない、でも俺は、これ以上この気持ちを伝えずにはいられそうにない。
「「好きです」」
気持ちを伝えたのは・・・いや、も、同時だった。
「・・・」
動かない体、止められた呼吸、見開かれた目・・・これは俺のこと。だがどうやら、これは俺だけではないようで・・・。
目の前の女の子、名前も知らない女の子、今までに見たこともない可愛い女の子。その女の子が、今俺の言葉を聞いて、動かないで・・・動けないでいる、呼吸さえとまっている、目が大きく見開かれている。
夕日が地平線の彼方にかかった。燃えるように赤く輝いていた太陽が、今消える寸前の一番の輝きを放っている。
同時ではなかった。先に動いたのは女の子だった。
動いたと言っても、手や足が動いたわけではない。動いたのは心だ。
「・・・」
頬を伝うのは涙。
女の子の頬に、夕日の強い光を反射しながらきらきらと光る雫が一本の細い道を作る。
次に動いたのは俺。同じではなかった。動いたのは手と足だ、心の方はまだ追いついてはいない。
目の前の女の子を胸に抱いた。
小さな体が一瞬ピクリと震えた。
ここにきて女の子は体が、俺は心が追いついてきた。
女の子は俺を抱き返し、俺は幸せに顔を染めた。
「「でも」」
同じ言葉を同時に発する。これが嬉しい、しかし同じであったからこそ、互いに相手の言いたいことが分かってしまう。
・・・でも。
「でも俺は、そんな君でいいし、そのためになら頑張れる、何とかして見せる」
俺は知っているから、女の子が言おうとしたことを。
きっとこう言うつもりだったのだろう。
『私はこの国の国主、だからあなたと恋仲になんてなれない』
でも、俺は身分を理由にこの子を諦めたくはない。
頑張ってどうにかなることではないのかもしれない。だがそれでも、何もしないで諦められるほど、今この時の気持ちは弱いものではない。
顔は見えない。分かるのは、まだ女の子がまだ俺を抱きしめていてくれていると言うことだけだ。
「私も・・・」
俺のことを抱きしめる腕に、力が込められた。
「私も・・・頑張れる、諦めたくなんてない。・・・なんとか、してみ・・・する、なんとかする」
きっと女の子は分かっていない。
それでも、何かわかることが、駄目かもしれないと思わせる何か、似ているけど違う何かを見つけた。
強い風が吹いた。落ち葉が風にさらわれる。女の子の長い髪が美しく後ろに流れる。
しめし合わせた様に、二人同時に体を離し、見つめ合う。
俺の顔がどうなっているのかはわからない、でも・・・。
目の前の女の子、長く艶やかな白銀の髪を持つ女の子、力強さを感じさせる真紅の瞳を持つ女の子。そんな可愛らしい女の子の顔は、とても美しかった。
長く艶やかな髪は後ろに流れ、真紅の瞳は涙に揺れ、小さな口は優しく弧を描いている。
「ごめんなさい。こんな時、どんな顔したらいいのか、分からないの」
女の子が笑顔で尋ねてくる。
「ごめん、俺もわからない」
だが俺にだってわからない、だって・・・。
「こんな気持ちになったのも、こんなことをしたのも、初めてだから」
今も自分がどんな顔をしているのかわからない。申し訳なさそうにしているのだろうか? 嬉しそうにしているのだろうか? 恥ずかしそうにしているのだろうか?
「嬉しい」
しかし、そんな俺の顔を見て女の子はこんなことを言ってくれた。
「私も、初めてなの。こんな気持ちになったのも、こんなことをしているのも」
女の子の顔が、嬉しそうだった顔をさらに嬉しそうに、幸せそうに、これ以上ないと言うくらいの笑顔に染まる。
「こんな・・・いや、こういう俺ですが、これからよろしくお願いします」
こんな俺、そんな風に自分を卑下したくはなかった。
だって、それではそんな自分のことを好きだと言ってくれた女の子に申し訳ないから。
「私・・・こんな私ですが、よろしくお願いします」
こんな私、なんとなく一歩引いた感じのする言葉。間違いなくこの子の方が偉し、運動もできれば頭もいい。
そんな子が、こういう俺を好きだと言ってくれたことがたまらなく嬉しい。
二人で再び抱き合った。強く強く抱き合った。何かを祈るように、願うように。
どうかこの先、二人離れることがありませんようにと。




