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嫉妬の炎は黒く燃え

「貴久、あんた痩せたんじゃない?」

「げ、景虎にまで言われるってことは本当に痩せてるんだな」

 長屋でとらの作った美味しいお昼ご飯を頂いた、幸せいっぱいになったところで景虎に呼び出されたから城まで来てみれば、会って最初の一言がこれだった。

「お腹は膨らんでるから誰かに言われたのかとは思うけど、たぶん向日葵辺りにでも言われたんでしょ」

 当たりです、と言うか向日葵以外に気づきそうな人はいないと思う。向日葵が気付けたのも俺の体にべたべたと触っていたからだからな。

 そう考えると冷静になった今は一目見ただけで痩せたと分かった景虎の方が俺のことをよく見ているのだろうか?

 そういえば晴信からはそんなこと言われなかったな? 二人が言う以上本当に痩せているのだろうが、なら晴信はどうして何も言わなかったんだろう?

「体には気をつけなさいよ、病なんかにかかったらそれこそ私にできることなんて神や仏に祈ることだけなんだから」

「ああ、たくさん食べてたくさん寝るよ」

「それだと太るわよ。・・・でも太ったら痩せるためってことで鍛練と言う名の嫌がらせが・・・」

 口に出てるぞ、とは言わないでおく、言ったら絶対に実行されてしまいそうな気がする。

「で、俺の体の話は置いといて、何か用事があったんじゃないのか? わざわざ呼んできたくらいなんだから」

 わざわざ俺なんかを呼び出したくらいだ、俺にいったい何ができるのかわからないが、何かしら利用価値のあることがあったのだろう。

「ああそうそう、あんたに聞きたいことがあったのよ」

「聞きたいこと? 俺に?」

 いったいなんだろうか? 俺が知っていて景虎が知らないこと・・・分からんな。

「さっき報告を受けたんだけど、なんか行きと帰りの人数が違うみたいじゃない」

 何だ、そのまぶしい笑顔は? もしかしなくてもお怒りですか? 怖いのでとりあえずその笑顔をしまってください。

「ああ、ふ二人ほど・・・」

 そこまで答えたところで景虎の手が俺の首を捕らえた。

「二人ほど?」

「増え・・・ました」

 俺の首を掴んだままの景虎の腕に力が入り、細くしなやかな指が力強く俺の首に沈み込んできた。

 まだだ、まだ焦るほどではない。

「・・・」

 と、思ったそばから手にかかる力がさっそく増して来た。

 じりじりと少しずつ、一向に止まることなく景虎は手に力を込め続けた。

「か、景虎! まずは落ち着いて話をしよう、な!」

 景虎の手はしっかりと俺のことを殺せるように首を絞めてきている。親指と人差し指中指が血管を押え、人差し指の基底部あたりで気管を潰している。

「話、ね・・・何を話したいのかしら?」

 そう言いつつもにこやかに笑いながら手に力を込め続ける景虎、これは焦っていたらその間に窒息してお終いだ。

「えっと、とりあえずあの二人が一緒についてくることになった理由を含めて一晩二晩くらいかけてじっくりゆっくりと二人で話そう・・・!」

 すでに手には結構な力がかかっていて、まともに息ができなくなってきている。これで嫌とか言われたら景虎が本気の場合死ぬことになる。

「・・・はぁ~、あんた、これが私以外だったら本当に首絞められるなり刺されるなりして殺されてるわよ?」

「・・・ここで殺したりしないのが景虎だと認識している」

「いま、晴信は話したけどこんなことはしなかったとか思ってたでしょ」

「・・・」

「気をつけなさいよ、あいつも私と一緒で、仕方なくと言うかなんというか、あんたがそうしたがってるって思って我慢してるんだからね? あんまりやりすぎると、本当に愛想尽かされるなりして放り出されるわよ?」

「・・・はい」

「じゃ、さっそく私の部屋に行きましょうか。今日はもうやることは全部景綱に押し付けてあるから、朝までたっぷりと時間があるわ」

 ・・・景綱さんごめんなさい、今度美味しいお酒か今考えている商売がうまく言ったらそれをたくさんお渡しするので許してください。今はあなたを犠牲にしないと私が助からないので本当にごめんなさい。

 そんなわけで景虎の部屋に行くことになったのだが。

「・・・」

 前を歩く景虎がとっても機嫌がよさそうだ、さっきまでの怒りが何処へ行ったのかはわからないが、そのうちスキップでもしてしまいそうなくらい機嫌がよさそうに見える。

 変なことをしないといいんだが。


「で、浅井の跡継ぎに久兄様と呼ばれるのが嬉しくて同行を許したと?」

 そして部屋につけばまた景虎の手が俺の首を捕らえています。

 今のところこれはじゃれているだけだと信じているから軽く流しているが、これで本当に意識が遠のくくらいやられるようなことがあったら本気で逃げるなりなんなりしないといけないから、景虎にその一線を越えさせないように気を付けないといけない。

「そういうわけじゃない! 賢政がついてくるのを許したのは淡海を渡るために仕方なくだ!」

「なら渡り切ったのならそこで浅井は置いていけばよかったじゃない、渡ったのは坂本城の辺りなんでしょ? そこなら六角の勢力圏なんだから浅井がいても特に問題はないし、比叡山の近くなんだからそこに放り込んでおけばよかったじゃない」

「えっと・・・そこはほら、ここまで来たんだから~、みたいな」

「うっかり殺しちゃうわよ?」

 確かに今首に一瞬だけ込められた力は笑えるようなものではなかった。

「で、でも結果的に賢政のおかげで旅がいくらか順調に進んだのは間違いないし」

「旅が順調に進んだから何なのよ」

「・・・ちょっとだけかもしれないけど・・・越後に早く帰ってこれた」

「・・・仕方ないわね」

 ちょろいですよ景虎さん! まさかこれで納得してしまうんですか⁉ そんな嬉しそうな顔されるとこっちはそこまで深く考えて賢政を同行させたわけじゃないから申し訳ないんですけど!

「・・・で~その後はな、京で・・・」

「京で将軍にでも捕まったのね。それで将軍と繋がりを作りつつ早々に無礼な別れ方をして堺に、堺では大きな商家と繋がりをつけつつそこの娘と言い関係になってぜひ跡取りにと勧められる。播磨国では目的の黒田官兵衛に会って城まで押しかけて相手が引くような何かをして困らせながらも最終的に口説き落とした。こんなところでしょ」

「さ・・・堺は」

「あら、堺では何もなかったの? そこはとらに聞けばわかると思うから、あとで嘘だと分かったら・・・ぎゅっとするわよ」

 笑顔で手を顔の横まで持ち上げてから握るその動作、かなり怖いのでやめてください。ぎゅっとするってイリスたちが抱き付いてくるのとは違って絶対に握りつぶすとかそんな意味合いですよね?

「堺では」

 ここですでに景虎の手が俺の首に添えられているのは言うまでもない。

「本田元亘に会った」

 そしてここで手が放されたのも言うまでもない。

「まさか男に興味があっただなんて」

 そしてここでこんなことを言われるとは全く予想できなかったのは言うまでもないことだろう。

「どうして知ってる男に会ったと言うだけで男に興味があると思われるんだよ」

「あなたには会った人間をとにかく垂らすっていう習性が・・・」

 習性とか言われたよ、癖とかじゃなくて習性って言われたよ。やっぱり俺は半ちゃんの言う通り猿なのだろうか?

 そういえば猿と言えば豊臣秀吉、尾張で秀吉に会わなかったのは意外といえば意外だったな。名前は今はまだ木下藤吉郎かな? 木下藤吉郎秀吉と名乗ったのは美濃攻めの後だからな。

 よく考えれば柴田勝家にも丹羽長秀にも会わなかったし、結局美濃を通ったから三河の松平にも会わなかったし・・・なんだかんだで結構重要な人とは会ってないな。

「急に黙ってどうしたのよ、まさか本当に男の方がいいだなんてことは・・・」

「さすがにそれはない!」

 ちょっと声を大きくして強く否定した。これで「あんたが男の方かいいって言ったから」とか言って男の相手を紹介されたりしたらたまらない。

「じゃあ、どうして急に黙ったのよ」

「それは、帰りに会った人のことを考えていたら、意外と会っていない人も多かったなと思ってな」

「会ったのは?」

 だから笑顔で首に手を添えるんじゃない。

「えっと、新しく会ったのは、京で松永久秀、ああそう言えば行きで三好長慶にも会ったな、であとは尾張まで行って織田信長、佐々成政、明智光秀、天主教司祭のルイス・フロイスさん、イリス、美濃で斎藤龍興と竹中半兵衛だ、イリスと半兵衛が増えた二人で今は長屋にいるはずだ」

「あんたって天主教徒だったの?」

「いや、違うよ」

 おい、どうして天主教じゃないと分かったところで首が締まるんだよ! どっちかって言うと景虎的には仏門の方が嬉しいんじゃないのか!

「天主教を信仰しているわけでもないのにその司祭と会う・・・つまりそのルイスって人が目的だったんでしょう?」

 だから! 笑顔で首を絞めるんじゃない! 本当に結構苦しいんだって!

「いやいやいや! そんなんじゃないって! 礼拝堂に行ったのは光秀に無理やり連れて行かれたからで」

「男に無理やり! やっぱり男の方が・・・いや、そこで男の方が良く」

「んなわけあるか!」

 こいつどうしても俺のことをホモにしたいらしい。夫なのになー。

 全国のホモな方にはすみませんだが、さすがにホモじゃないのにホモと勘違いされるのは嫌だから俺が礼拝堂に行くことになった経緯を景虎に説明する。

「光秀って顔見ただけでは味方にばれないくらい影の薄い人だったのね」

「・・・」

 まさかこんな返しが来るとは思ってもみなかった。

 まあ確かに言われてみれば下っ端とはいえ役人にそれなり以上に有名な武士のくせに顔を知られていないと言うのは・・・影が薄いと言うことなのか?

「つまりあんたは、光秀に無理やり礼拝堂に連れて行かれ、むしゃくしゃしたところに可愛い女の子がいたから攫ってきてしまったと」

「攫ってねえよ」

 ホモが駄目だったら今度は誘拐犯ですか、そんなに俺のことが嫌いですかね?

「そんなに俺のことが嫌いなのか?」

 ちょっと心に見えるか見えないかわからないくらいだけど傷を負ったから聞いてみた。要は景虎から「嫌いではない」くらいのお言葉をもらって回復しようと言う考えだ。

「ええ、嫌いよ」

「・・・」

 おっと・・・傷薬をもらうつもりが核爆弾を落とされた。

 落ち着け、まだ焦るんじゃない。とりあえず景虎が嘘だろうが何だろうが・・・いやいや、嘘で嫌いと言ってきた、つまりはどういうことか・・・怒っているのだろう。

 では何について怒っているのかだが、これはもちろん俺が女の子を二人連れてきたことだろう。他には奥さんおいて旅してたということも考えられるが、こっちよりも女の子を二人も連れて帰って来た方が可能性は高いな。

「かげ」

「怒ってるわよ」

 問いかける前に答えを言われた。これは・・・。

「どうし」

「もちろんあの二人を連れて帰って来たことよ」

 はい、分かっておりました。

「あの~」

「そのくらいは自分で考えなさい」

 くそ、どうしたら許してもらえるかは教えてはくださらないみたいだ。

 あ~、これは仕方がないことではあるが、女の子が怒った時にどうすればいいのかなんて俺には分からない、思いつくことなんてせいぜい謝り続けることくらいだ。

 あ、そういえば晴信が言っていたな、「相手を怒らせたら、それ以上に相手を喜ばせる」って。

「あの~」

「なあに?」

 この野郎さっきからずっと笑顔だよ、ここまでの流れもこれから俺がなんていうのかも全部わかってて笑ってるんだからたちが悪い。

「・・・」

 でもここで困った、なんていえばいいのかわからない。

 喜ばせるっていうのが景虎の場合どうすればいいのかわからなかったから、とりあえず晴信の時と同じようにぎゅっとしておこうかと思ったのだが、ここで堂々と「抱きしめさせてください!」とか言うのはおかしいだろ? ならばなんといえばいいのか・・・分からん。

「あ、言っておくけど、私は晴信とは違ってあんなことでは許さないから」

 こ、ここここの野郎! やっぱり全部わかってやってるな! だって今晴信の名前でてきたもん!

「じゃあどうしろって言うんだよ、分かっててやってるんなら教えろ、時間の無駄だ」

「じゃあとりあえずね~」

 ここで顎の下に人差し指を当てて考える素振りをする景虎。

 言うことなど決まっているのだからさっさといえばいいのに・・・て言うかさっきからちらちらと見てくるのがかなり苛立つ、可愛ければ何をしてもいいと思ったら大間違いだ・・・俺以外に関しては。

 そして景虎がちょっと意外な要求をしてきた。

「明日まで、前みたいに草履取りに戻りなさい」

「は?」

 前みたいにって、初めて会った時のあの草履取りに戻れと?

 何だろう、景虎にしては随分と変な要求をしてきたな。単にいうことを聞かせたいのならそのまま私の言うことには絶対服従とか奴隷になれとかそのまんまのことを言ってくると思ったんだけど。

「・・・それで許してもらえるのなら・・・いいけど」

「はい決まりね、男なんだから、約束は破らないように」

「はいはい」

「下僕のくせにずいぶんな言葉遣いね」

 さっそく始まってるのか。

 確か初めて言葉遣いのことでもめた時は、あんたを殺す良い理由ができたみたいなことを言われたっけな。

「申し訳ありません、御大将」

「姿勢も、ね」

 そりゃそうか。あの時は特に意識もしていなかったし、する暇もなく恋仲になってしまった、あの時がおかしすぎたんだ。

 だから俺は立ったままの姿勢から、とりあえず土の下に座ると書いて土の上に座る行為、土下座の姿勢になる。

「申し訳ありません」

「よろしい」

 景虎の何となく嬉しそうな声が頭の上から聞こえてきた。きっと笑顔で頷いてでもいるのだろう。

「それじゃあ行きましょうか、草履取り、お仕事よ」

「はい、ただいま」

 行くと言うのがどこに行くのかはわからないが、そんなことは草履取りが知る必要もないし聞くなんてことも許されないことだろう。

 だから俺は景虎が部屋を出た後に急いで玄関まで移動する、景虎が着くよりも早く着いて草履を用意するために。

 遅れたらまた怒られてしまうだろう。そうわかってはいるのだ、なんとなく遅れて怒られるのも俺たちにとっての普通、日常、幸せわせのように感じてしまうからそれも悪くはないとも思ってしまう。

「なんとなくこの関係が気楽と言うかなんというか」

 独り言を呟きながらも玄関に急ぐ。

 夫の時のように軽く怒られるくらいならわざと遅れてそんな日常を味わってみるのも駄目ではないのかもだが、今は草履取りだ、これで遅れたら何かしら死なないくらいの罰は本当にもらうことになるだろう、景虎なら絶対にやる。

 こんなことを考えられるくらいだから、俺の中にはまだまだ余裕があるのだろう。

 でもこれは俺が景虎に許してもらうための罰なんだ、あんまり油断していると、草履取りもとい下僕である以上何を要求されるかわかったものではない。

 懐かしのこの役職を楽しみつつも、気を引き締めて行こう。

 そうすればきっと、今日も明日も、俺と景虎にとっては幸せな一日になるはずだから。

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