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明日には

 やっとここまで来た。

 ここは妙高山の中、あたりはすでに薄暗くいうえに、時々聞こえる木の枝や葉の擦れる音は、風邪か動物たちが鳴らしているのだろうが少々不気味な感じもする。一応と言うか当たり前と言うか、ちゃんと火は起こしているから野生の動物たちが好き好んでよってくると言うこともないとは思うのだが。というか、火を起こさずに寝ていたら凍え死んでしまうかもしれない。

 そしてそんな薄闇の中、俺たちは野宿の支度も整え終えてあとは寝るだけとなり、今は皆でたき火を囲みながら寝る前に少しばかりお話し中だ。

「明日にはこの妙高山を超えて、昼頃に鮫ヶ尾城、そして順調にいけば、かなり暗くなってしまうかもしれませんが春日山につくこともでしょう」

 段蔵が寝る前に明日の予定を教えてくれた。

 長かった。播磨国、県で言うと兵庫県。新潟から兵庫までの旅に費やした期間は実に約二月になる。新幹線なんかを使えば日帰りで行って帰ってくることだってできてしまう距離なのに、俺たちは徒歩で約二月の時間を使って往復した。

 学生にとって最も長い休みである夏休みよりも長い時間をかけてやったことと言えば、大変な苦労をして播磨国まで言って小寺孝高、後の黒田如水様とほんの一時話しただけ。もちろん、その旅の過程で多くの人に出会ったし、大切な人も増えた。

 その人たちと話した時間の方が、本来の目的である如水様との対話よりもずっと長かった。尾張での信長との対話は、今後の俺たちの趨勢すうせいを決めるうえでもとても大きな意味を持っていた。

 だが、俺の中ではやっぱり夢にまで見たあの黒田如水様との対話が一番印象に残っていて、とても嬉しい。

 俺個人にとってだけかもしれないが、この旅はとても貴重で有意義なものだった。

 唯一の問題を挙げると、それは愛しい大切な奥さんたちを家に残して、長い間離れ離れになってしまったことだろう。

 この時代なら、夫が戦で出かけていれば普通に二月くらいは家を空けることもありそうだし、相手が籠城戦でも決め込もうものなら一年や二年では済まないかもしれない。そんな時代なのだから、もしかしたら景虎や晴信にとってこの二月と言う時間は、あまり長い別れと言うわけではなかったのかもしれない。

 だがまあ、実際二人がどう感じているのかなんて俺には分からない。俺に分かるのは、この旅の間、二人に会えなくて俺が寂しかったと言うことだけだ。

「そっか、明日には春日山に帰れるのか」

 まだそうと決まったわけではない。段蔵の話は、あくまで順調にいったらの話であって、必ずこうなるというわけではないのだから。

 もしかしたら、道中が思い通りにいかず、春日山城を目の前に野宿をする羽目になるかもしれない。もしかしたら、それよりも前に昼頃の到着を見込んでいる鮫ヶ尾城で、一泊することになるかもしれない。

 だから、過度な期待と妄想はしないでおこう。

 明日には、あの長屋で眠れる。

 明日には、我が家に帰れる。

 明日には・・・景虎に会える。

 これを過度の期待や妄想と言っていいのかはわからないが、期待しすぎて危険な夜道を進むことを押し通したりしたらいけないから、「まあ明後日には春日山に着けるかもしれない」くらいの軽い気持ちでいよう。それがいい。

「楽しみですか?」

 段蔵が笑顔で尋ねてきた。最近はこの普段の表情である顔に張り付いてしまっていると言う笑顔にも、ある程度の違いがあることが分かってきた。そして今の段蔵の笑顔は、俺の勘によると本当に嬉しそうにしている時の笑顔だ。

「そうだな、楽しみじゃないと言ったら嘘になるな」

「御大将に会えることが、ですか?」

「うーん、それはちょっと違うかな」

「違うのですか?」

 絶対の自選があったのだろう、段蔵の張り付いている笑顔が崩れ落ちて、その顔には目を見開いて驚きがあらわになっていた。

「違うってことはないけど・・・なんて言うのかな、景虎に会えるのももちろん楽しみなんだけど、みんなと一緒に住んでいたあの長屋とか、春日山城とか、みんなとの思い出の場所とか、そんなところに帰れるのが楽しみなんだと思う」

 こんなことを景虎の前で言ったりしたら怒られてしまうかもしれない、でもこれが本当の気持ちだし、景虎に会えることがとても楽しみであることは間違いないから許してもらいたい。

「そこまで言うのでしたら、帰ってまず最初に行くのは長屋と言うことでよろしいですね」

 こんなことを言う段蔵の顔には、再び笑顔が張り付いていた。こっちが何と答えるのかなど分かっているのだろうに。

「そんなわけないだろ、まず最初に行くのは景虎のところだ」

 いくら等しく楽しみだとは言っても、やはり最初に行くのは景虎のところだ。

 景虎は何時だって忙しいから、俺たちが帰ったからと言ってすぐに会えるとは限らない。だから、ひとまず景虎のところに一度会いに行ってみて、会えたならそれでよし、もし会えなかったとしても、いつなら会えるのかくらいは確認しておきたい。そうしないと、せっかく帰って来たのに景虎に会えないという悲劇が起こるかもしれない。

「そんなに景虎に会いたい?」

 この問いかけは向日葵だ。

 恐らくは俺が景虎に会いたがっていることが気に食わないご様子。やっぱりと言うかなんというか、いまだに向日葵は景虎のことが嫌いなのだろう。この前お仕置きの案として目の前で景虎といちゃいちゃするぞと言ったら震えていたくらいだからな。

「ああ、もちろんだ」

 なんだか今夜あたり襲われそうな気もするが、最近はその罰の話が聞いているのか何なのかはわからないが、なんとなく大人しくなった気がする。

 そういえば大人しくなったと言えば・・・。

「とら、やっぱりって言うとおかしいかもしれないけど、堺を出てからはやたらと大人しくないか?」

 とらは旅に出る前はどうか堺にと大はしゃぎして、堺に着いてからはそれこそはしゃぎまくって、帰りに寄った時もそれは変わらなくて、だけど帰りに堺を出た後は特に何もしていない気がする。俺の感覚としては、もともととらは大人しい子だと思っていたからこっちの方が普通だったから違和感とかがあるわけではないのだが。

「私ですか?」

 話を振られたとらはなんだか慌てていた。どうしてだろうか?

「そ、そんなに・・・違って見えますか?」

 これは慌てていると言うよりも照れているような感じだな。

 たぶん自分でもはしゃいでいた自覚があるのだろう。別に恥ずかしがるようなことではないと思うけど。

 そしてなんとなく今のとらをいじりたい。今いじったら絶対に楽しい!

 あ~やっぱり照れている子は可愛いな~。これは顔を赤くしているのが原因なのだろう、恥ずかしがって顔を赤くしている子、これは可愛い。景虎や晴信は何時でも自信満々だからなかなか顔を赤くする機会なんてないから残念だったりする。

 だからだろうか、こうしてとらがその分を補ってくれるとこっちとしてはちょっと嬉しい。

「まあ明らかと言っていいくらいには違うと思うぞ?」

 そう言いながら他のみんなに目を向けてみると、みんなも同じことを思っていたのだろう、みんな黙ってうなずいて返してくれた。

「うぅ~」

 おお、とらの顔がますます赤くなった、恥ずかしそうに手で顔を覆っている・・・可愛い!

「手と足、どっちがいい?」

 向日葵さんや、そんな可愛らしい声と可愛らしい顔で指の関節をポキポキと鳴らすのはやめていただけないですかね? その質問は殴られるのと蹴られるのどっちがいいですかってことですか? 結構怖い怖いんですけど、冗談抜きで結構痛かったから冗談にならないんですけど。

「どっちも嫌だ、と言うかこのくらいで怒るんじゃない、可愛い顔して言っても怖いものは怖い」

「・・・」

 向日葵が笑顔のまま、その姿勢のまま固まった。

「これはたぶん、旦那に可愛いって言われたのがかなり嬉しかったんですね。だからその旦那の好みの自分でいようとかそんなところでしょう」

 段蔵さん解説ありがとう、おかげで向日葵が固まっている理由がよくわかった。たぶんそれが正解だとも思うしな。

 ただなあ、向日葵よ・・・。

「そんなに無理はしなくてもいいんだぞ」

 怒っていたであろうさっきまでは自然にできていたのに、怒っていない今は頬の筋肉がぴくぴくと痙攣してしまっていて、さっきまでの可愛らしい笑顔がかなりひきつった変な顔にしかなっていない。

「む・・・むり・・・なんか・・・」

「ほら、無理しない」

 あんまりにも辛そうな感じがしたから向日葵のほっぺをぐにぐにと揉んでみた。

「・・・」

 そして思った、女の子のほっぺは柔らかいと。

 いったい何でできているのか、同じ人間だとは思えない柔らかさだ。

 晴信のようなもっちりとした吸い付くような感じではなく、すべすべとした絹のような滑らかで優しい触り心地だ。

 そして触っていたらいつの間にか、最初は堅かった頬の筋肉が柔らかくなっていた。

「お、柔らかくなった」

 べつにほぐしてあげようとかマッサージでもしようとかそんなことを考えていたわけではなくてただやりたくてやっていただけだったが、効果があったのならもうけものだ。

「これは・・・喜んでいますね」

 段蔵が向日葵の状態を報告してくれた。

 なるほど、向日葵の頬の筋肉が柔らかくなったのは無理して表情を作っていたからではなくなって、嬉しくて自然とこの表情が作れていたからなのか。それが分かるとこっちも嬉しくなってしまうではないか。

「向日葵、できれば今の素直な気持ちが聞きたい」

 まずは確認してみる。これで本当に嬉しくて自然と顔がほころんでしまっているのなら・・・もう少し続けよう。

 と言うかこれは楽しい! いや違うな~・・・何と言えばいいのだろうか、この・・・なんかいいんだよ! この触り心地! いつまでも触っていたくなる最高のほっぺた君が! 言葉では言い表せないこの触り心地がいいんだよ!

 とまあそんなことを胸の内でいくら叫んでも意味はないからやめておこう。

「うりぇしい。もっちょしてぇ」

 よし、許可はもらった。こっちから言ったんじゃない、向日葵の方から勝手にもっとやってくれと言ってきたのだ、俺じゃない。

 と言うわけでもっとこのすべすべのほっぺた君をぐにぐにしよう。

「・・・」

 そして俺が向日葵のほっぺをぐにぐにしていると、突然俺のほっぺがぐにぐにされ始めた。

「何してるんだ、段蔵」

 俺の右のほっぺをぐにぐにとしていたのは段蔵だった。

 段蔵はとても興味深そうに俺のほっぺを人差し指から小指までの四本の指を使って円を書くように揉んでいた。

「いえ・・・旦那があまりにも楽しそうにしているものですから・・・ちょっと興味が湧きまして」

 言いながらも段蔵の手がとまりそうな気配はない。恐らくは気に入ってしまったのだろう、俺としては何が気に入ったのか全く分からないが。

「で、そうこう話してる間にりょうもどうしたんだ?」

 段蔵と話している間に反対側のほっぺがりょうにぐにぐにされていた。二人そろっていったい何が楽しいのかわからない。

「ん~とねえ・・・何となく楽しい!」

 そっかー何となく楽しいのか、なら仕方がないよなー。

 そんな風に楽しそうに言ってこられると何にも言い返せないって言っているでしょうが、いい加減りょうも学びなさい! でも学んでやらなくなったりあざといことするようになったりしたら嫌だし・・・やっぱりりょうはこのままでいいな、うん。

「・・・貴久、私の触る場所がない」

 おっと、向日葵が拗ねてしまったようだ。

 さっきまでされるがままだったのに、今は少々不機嫌そうな顔をして俺の手を引きはがしてしまっている。

 ああ、俺の幸せな感触が・・・。

「一応まずは聞くだけ聞いておいてあげよう・・・どこに触りたい」

 その瞬間、向日葵の目が光った気がした。

「もちろん・・・」

「変なところ言ったら触らせないからな、段蔵を使うか・・・」

 使うから、そう言おうとしたところでちょっという気がなくなった。

「結構伸びますね」

「やっぱり普通に大きいからって言うことでしょうか?」

 段蔵が俺の頬を引っ張り始めた。そして隣ではとらが興味深そうにそれを観察している。

 三人していったい何が楽しいのかさっぱりわからない。これでもうすぐ向日葵もそれに混じることになるのかと思うとこれまた不思議だ、四人していったい何が楽しいのかさっぱり分からない。

「とりゃ」

 いかん、上手く言葉を話せない。多少ぐにぐにされるくらいなら普通に話せるが、さすがに引っ張られるとそうもいかない。

「あ! えっと! これは、ですね」

 だがとらは俺に声をかけられてかなり驚いているようだ。もしかして無意識に寄ってきていたりするのだろうか? ちょっと嬉しいような前に言われた女の子ホイホイ見たいな感じで複雑なような・・・いや、とらに寄ってきてもらえるのなら嬉しいな。

 と言うかそんなに慌ててどうした? べつに怒ったわけでも何でもないんだが?

「その・・・私もちょっとくらい触ってみたいなーとか」

「別にいいけど」

 言葉を発した時には既に段蔵はとらと入れ替わるように俺の頬から手を離していたから普通に話せた。

「で、では遠慮なく」

 遠慮なく、と口では言ったとらだが、俺の頬に触れるその手つきはおっかなびっくりと言った感じで、とても遠慮していない感じではない。触っているのも人差し指手つんつんしているだけだし。

 本当に遠慮なんてしなくてもいいのだが・・・これがとらの可愛いところかもしれないな。

「私は・・・」

 おおう、向日葵先生がいよいよご立腹だ、表情がなくなってきた。

「どこ、触りたいんだ?」

 もうこれは触らせてあげるしかないだろう、ここで触らせなかったりしたらあとが怖い。

 問題はここで変なところを触りたいとか抜かさないかどうかだけだな。普通のところを言ってくれればいいのだが。

「・・・口」

「却下」

 駄目に決まっているだろうが! 何てところ言ってきやがる。でもまだ股間とか一物とか言われなかっただけよかったのかもしれないとか思ってしまう俺は向日葵に対する印象を修正した方がいいのだろうか?

「じゃあ・・・お腹」

「そ、それなら・・・いいけど」

 なんか急に普通になったな、ちょっと怖い感じがする。

「・・・ふ、甘い」

「おい、今のつぶやきは何だ!」

 今明らかに怖いこと言ったよな! 絶対に言ったよな!

「貴久もまだまだ」

 そんな不吉なことを言いながら、向日葵が俺のお腹に手を添えた。

 そして特にどうと言うことはなく、向日葵が普通に俺のお腹をなでてきた。

 最初はつんつんとつつくように、そして徐々に掌全体で触るようになり、次にその掌全体でゆっくりと円を書くように撫でてくる。

「硬くはない、でも柔らかいと言うほどでもない・・・中途半端」

「悪かったな」

 俺は腹筋が嫌いだ、あれは疲れる。背筋なら寝転がって本を読みながらでも鍛えられたから結構鍛えたんだからな? 触ってみたら結構硬いんだぞ。

 だがそんな俺の自慢でも何でもない背筋には微塵も興味を示さない向日葵先生は、自分の発言に対する俺の返答さえも特に気にすることなく、ずっと俺のお腹をなでまわしている。

「それじゃあそろそろうっぷんを晴らす」

「は?」

 唐突に向日葵の手がお腹を通り過ぎて俺の側面に回った。名前を言うと脇腹だ。

「そっちの三人が触っている間は、私も止められる筋合いはない」

 そして向日葵の攻撃が始まった。

「こ、こら! 向日葵! ・・・くっこの!」

 始まった攻撃はくすぐりだ。

「この、おい・・・くふっ・・・は、離せ!」

 一応向日葵の腕を掴んで引きはがしにかかってはみたが、やっぱりと言うかなんというか、俺の力では何ともならなかった。

 だがそれでも、手の位置を固定するために力を入れたからか何なのか、くすぐる力はかなり弱くなった。

「無駄」

 そう言って向日葵が抱き付いてきた。

「あ! こら、この・・・あははは!」

 背中に回された向日葵の手が背中の中心から少しづつ左右にずれた場所、筋肉で言うと広背筋の辺りをくすぐってきている。

「ひ、向日葵、ちょっちょっと待って! ふっふ・・・くふふ・・・あははっあははは!」

 慌てて引きはがそうと向日葵の肩をつかむが、すでに全く力が入らず肩につかまっているだけと何ら変わらないような状態だ。

「ちょ・・・だ、段蔵! くっ・・・ぷっ・・くふふ・・・! だ段蔵、こいつを・・・は、剥がしてくれ!」

 自分では無理だとはっきりとわかった以上、こうしていることに意味はない。今この中で向日葵に勝てるのは段蔵以外にいないからさっさと段蔵に頼むことにした。

「あ、はい!」

 呆然としていたのか何なのか、はっとしたような声を出して段蔵が向日葵を後ろから羽交い絞めにして引きはがしてくれた。

「は~は~は~、はー・・・ふーー」

 この野郎、絶対にただでは済まさんぞ。くすぐりって拷問だからな? 舐めるなよ?

 なんとなくあっちの世界では最近くすぐりという行為が拷問の方法として用いられていたことがよく知られているような感じがしていたが、こっちではどうなのだろうか?

 俺の知識では、江戸時代のころあそなんかの体を売り物としていたような人なんかへよく使われていた拷問、または罰として記憶している。

 体を売り物にしている人たちに対してビシバシ鞭や棒でたたいたりしたら商品価値が下がってしまうからそんなことはできるはずもなく、そんな人たちに対する拷問や罰のために考えられた行為の一つがくすぐりだ。

 まああそなんかに対しては普通に性行為が用いられることもあったそうだ。ちなみに男性に関してはそんな拷問や罰があったとは記憶していない。確かどこかに縛り付けて食事を与えずに、女の奴隷なんかに性行為をさせて精液を搾り取らせる、詰まるところ体液を搾り取って殺すなんて事ががあったとかなかったとかとは記憶している。

 でだ、そんなわけで目の前で羽交い絞めにされている向日葵をどうしてやろうか。はっきり言ってくすぐりが苦手な俺としては結構怒っていたりするから、結構ひどいこととかしたい。

「さて、向日葵、一応どうしてあんなことをしたのか聞いてはおこうじゃないか」

「貴久が三人といちゃいちゃしていて腹が立った」

 よし、こいつはお仕置き決定だ。

「では早速・・・」

 くすぐってやろうかと思ったのだが・・・。

「・・・」

 なんだか向日葵がとても嬉しそうと言うか・・・期待しているような感じがする。どうしてだろうか。

「どうしたの? やらないの?」

 そしてまさかの催促ときた。

「どうしてそんなにもやってほしそうなんだよ」

「・・・貴久といちゃいちゃできるなら何でもいい」

 はたしてくすぐりはいちゃいちゃになるのだろうか? と言うか向日葵はそれで満足してくれるのだろうか満足なのだろうか?

 なんだか悪い気がしてきた。こっちはあまつさえ一度祝言の約束までしておきながらそれを反故にした身だ、奥さんにしてあげられない分何か他で埋め合わせくらいしてあげたとは思っているのだが・・・それがくすぐりっていうのはどうなのだろうか? 向日葵はドMなのか? いやーどちらかと言うととは言わずに間違いなくドSだと思う。

「じゃあ・・・いちゃいちゃしますか?」

「え?」

 意外そうな顔をする向日葵を段蔵から受け取って膝の上に置いた。

「・・・」

 膝の上に置いた向日葵はまさに借りてきた猫と言った感じでまったく動かない。大人しいと言うよりも、それを通り越して置物みたいな感じになっている。

「で、とりあえず聞いておこう、どうしてほしい?」

「・・・貴久の・・・好きなように・・・お願いします」

 何だこの向日葵は? こんな子だったっけか? 俺の記憶だとこんなところでこんな風に大人しくしているのは向日葵ではない。俺が知っている向日葵は、こんなところでも堂々と我を通す子だ。

 ・・・あれ? 俺の好きな子、主に奥さんとそれに近い人ってみんな我が強くないか? 景虎は言わずもがな、晴信もやることやる人だし、くーちゃんに至ってはやりたいことやるために人を気絶させて攫って行く人だし。

 これは危なくないか? これじゃあ尻に敷かれて済めばいいが、このままだと言いなりになるのが当たり前になりそうで怖いな。

「兄ちゃん! 私も!」

 そしてそんなことをうじうじと考えていたら、左の頬をぐにぐにしていたりょうが向日葵の左に座って来た。

「・・・今は私の」

「兄ちゃん、ちょっと寒い」

「今は・・・」

「・・・」

「はいはいとらもおいで」

 隣でもうそれはそれはものほしそうな寂しそうな顔をしているとらがしっかり視界に入っていた。

 とらが向日葵の右側に座って来た。この状況でとらだけ仲間はずれになんてできるわかない。

 結局のところ、この三人は何時だって一緒なのだ。

「・・・」

 おおう、やっぱりと言うかなんというか、向日葵は不機嫌なご様子だ。

「諦めろ、向日葵。はっきり言っておくがお前じゃこの二人には勝てない」

「・・・分かっているだけに腹が立つ」

 これはいけない、不機嫌な向日葵のためにこうしていると言うのに、かえって余計に不機嫌にさせてしまったようだ。

「で、どうしてほしいんだ?」

「・・・もうこのままでいい」

 最後はこうなったか。なんとなくこの三人の誰か一人が関わってきたら、他の二人は自動的についてくるのが当たり前になって来たな。

「だから、せめてこのまま寝る」

「はい、これを使ってください」

 そして段蔵が当たり前のように羽織るための布を渡してくれる。

「ありがとう」

 そしてそれを前から三人を覆うように羽織る。

 さすがにこの季節でも、この三人とくっついていれば温かい。

 布団で横になって寝るのではなく、足の上に三人を乗せている以上、朝になったら足がひどいことになっているかもしれないが、今この時の三人のぬくもりと幸せを手放すことに比べたら安い対価だと思える。

「What do Iris does?(イリスはどうする?)半兵衛も」

 ここで二人だけ声をかけないのもおかしいだろう。半兵衛の方が入ってくることはないと思うが。

「Is it good?(いいの?)」

Sureもちろん

 俺の返事を聞いた瞬間に、イリスが何も言わずに布の中にもぐりこんできた。

 今度からは三人ではなくて四人になりそうだな。

「ぎゅー!」

 イリスがりょうの左から俺に抱き付いてきた。

 さすがにもう膝の上には乗れなかったからイリスは俺の左隣で土の上に座っている。一人だけ土の上なのは申し訳ないが、俺の体は突然大きくなったりはしないからどうしようもない。また今度機会があったら、その時はイリスを膝の上にすることで我慢してもらおう。

「私は遠慮しておきます」

「そうかい。もちろん無理にとは言わないが、遠慮はいらないからな」

 出会いとかもろもろを含めて、半兵衛の方からは言ってくることはないと思うが、一応形だけ言っておく。半兵衛の方も分かっているのだろう、軽く頷いて返してくれた。

「私は見張りもしないといけないですから、その中には入りませんよ」

 段蔵にも声をかけようかと思ったが、こう言われてしまっては何とも言えない。

「ふふふ、入ってほしかったんですか?」

 笑みは笑みだがこれは明らかに作っている笑みだな、すごく楽しそうな顔してるよ、ちょっと下衆い顔だ。

「ふふふー、何なら越後に帰ってからも旦那の長屋で一緒に暮らしましょうか?」

「・・・段蔵がそうしたいのなら構わないけど。こっちは場所が有り余っていて景虎に怒られたからな」

 見つからない方がいいとか言っておきながら見つけてこいとか・・・あれはちょっと理不尽だった。

 でもまあ、いるのなら助けたい、助けられるのなら助けたい、そんなところだろうか。

 助けたって景虎にとって何か得があるわけでもないのだから、わざわざ助ける必要はない。それでも助けるのだから、そこが景虎の優しさと言えるだろう。ちょっと可愛いとか思ってしまったりして。

「そんなこと言っていると、本当に住み着きますよ?」

「別にいいけど?」

「じゃあ遠慮なく、勝手に使わせていただきますね」

「どうぞ?」

 そしてあっさりと段蔵がうちの長屋に住み着くことが決まってしまった。

「・・・」

 そしてそこは向日葵は反対すると思ったのだが・・・。

「すでにお休みですよ、旦那」

 すでに俺の膝の上と隣にくっついている四人は眠ってしまっていた。旅も終盤、みんな疲れがたまっているのだろう。

「俺たちも寝るか」

「お先にどうぞ、私は火の番と周りの警戒に努めますから」

 と言うことは段蔵はまともに休まないと言うことか。

 申し訳ないとは思うのだが、これは俺にどうにかできることでもないから、今夜一晩、もしくは明日も含めて二晩、あと少しだけ頑張ってもらおう。

 段蔵はうちの長屋に住み着いてくれるみたいだから、気を見て何か恩返しをさせてもらおう。

「お休み、段蔵」

「はい、お休みなさいませ、旦那」

 明日には、景虎に会えるかもしれない。それだけで興奮して眠れないかもとも思ったが、どうやらそんなことはないようだ。目を閉じればすぐに意識が遠のいていった。俺も疲れがたまっているのだろう。

 目の前にある焚火は暖かい、周りから聞こえていた木の葉や枝が擦れる音は四人の寝息にかき消されていてほとんど聞こえない。

 四人の温かさが心地良い、寝息が子守歌のように眠気を促してくる。これはしっかりと眠れそうだ。

 明日には、会えるといいな・・・景虎に。

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