愛してる
足音が小さくなっていく。わらじが土と擦れる音、もともと小さくて、ほとんど聞き取れない音。
背中が小さくなっていく。昨日半日ずっとくっついていた背中、大好きな人の大きくて温かい背中。
大切な人が、愛しい人が・・・夫が、遠く離れていく。
まだ、手を伸ばせば届く、声をかければ振り返ってくれる・・・行かないで、泣いてそう言えば、きっと貴久は行かないでいてくれる。
でも、そんなことをしてはいけない、だってその大切な人は、愛しい夫は、そんなことを望んでいないから。
夫に尽くすのが、奥さんの務め。
その考えは変わっていないし、間違っているとは思っていない。
知らなかった、奥さんと言うものがこんなにも辛いものだとは。奥さんはもっと楽しくて、幸せなものだと思っていた。
だけど、今の気持ちはどうだろうか、そんなに楽しいだろうか? 幸せだろうか?
どうせ胸の内だけだ、本当の気持ちを考えてみよう。
私は、楽しいのだろうか?
答えは「いいえ」だ。楽しくなんてない。
祝言なために貴久が甲府に来た時に町歩きをした、楽しかった。
行きも帰りも貴久にべったりで、茶屋での本の一時だって離れたりはしなかった。迷惑なんじゃないかとも思ったけど、そんなことを微塵も感じさせず、本当に嬉しそうにしている貴久がおかしく見えて楽しかった。
祝言の翌日、景虎も一緒だったあの七夕と言う日、三人でたくさん話した、楽しかった。
最後に貴久が少々聞き逃せないことを言ったのが印象深い。あの後景虎と結構本気で怒った。それも楽しかった。
初めて将棋を指した時、楽しかった。
貴久は本当に何も知らなくて、私が一方的に勝つだけだったのに、それでもあきらめることなく向かってくる貴久を見ていたら、なんだか楽しかった。
昨日バスケットと言う遊びをした、楽しかった。
本気になった貴久を初めて見た気がする。知らない貴久を知れた、勝てなかったけど、貴久とたくさん、全力で遊べた、楽しかった。
楽しいことがたくさんあった、どれもこれも、他の何にも代えられない大切な思い出だ。
だけど、楽しくはない。たくさんの楽しいことがあった、だがそれも、会うことができないたくさんの時によって塗りつぶされてしまっている。
確かに楽しかった、でもそれ以上に・・・寂しかった。
私は、本当に幸せだろうか?
答えは「はい」だ。とても、これ以上ないくらいに幸せだ。
心身ともに素晴らしい人と結ばれた。
他の誰かに決められることなく、自分で見つけた本当に愛おしいと思える人と結ばれた。
私がどれだけ甘えても迷惑だなんてそぶりを全く見せることはなかった。
私のせいで敵に捕まり、ちょっと運が悪ければ死んでいたかもしれなかったのに、そんな危険なところに送り出した私を攻めることはなかった。
夫は優しかった、愛してくれた。
これで幸せでないなどと言ったら、いったい何が幸せだと言うのだろうか。
好きな人がいる、その人が自分のことを愛していると言ってくれる、これ以上の幸せなどないだろう。
夫、跡継ぎを生むために必要、そのくらいにしか思っていなかった。
自分の好き勝手には選べないのに、そのうちどうしても迎えなければいけない厄介なもの。
夫や嫁のほとんどは、どこかのお家に関係がある。ほとんどの場合、婚姻と言うものは、同盟だったり人質だったり、または格付けのために行われる。
相手が自分の好みであれば、有能であれば、その婚姻がこちらにとって明らかで圧倒的に有利なら、それならばまだいい。
しかし、そんなことはまずない。
同盟の約束として夫や嫁を迎えるのなら、内容はまず平等だ。
人質として取るのなら、もともとそれに近い関係がすでに出来上がっているのだから、そこからさらに差をつけることは難しい。そんなことをしたら、人質を渡すことなく華々しく散ることだろう。
格付けのため、要は自分の娘や息子と婚姻を結ばせることで、親と子の関係を作ったりする。子が親に刃を向ける正当な理由を作るのは難しい。基本的に何をされても、お家の問題、もしくは試練を与えているだのなんだので通ってしまうから、周りからの協力を当てにできるほどの大義名分は用意できない。
また大きな問題の一つとして、派閥の問題もある。
私の場合、私よりも貴久の方が当主としてふさわしいと思われたら、貴久を担ぎ上げて、私を亡き者にしようとする輩が現れるかもしれない。もしかしたら、貴久を傀儡として、金や権力を狙う輩もいるかもしれない。
そんなことが起こるのは、一つのお家に同等の権力を有しえる人物が複数人いるからだ。これが他家の者だとしたら、それはお家の乗っ取りで間違いないだろう。
そんなことが起こる、当たり前のように。
結局のところ、私にとって婚姻、または夫の存在などと言うものは、邪魔なもの、もしくは迷惑なものとして片付けられるものだった。
だがそんな私にも、好きだと思える人ができた。
あまりにも愛おしすぎて、会いたくて会いたくて震えてしまう夜があった。
でも、どれだけ思っても、あなたは遠くて。私が手を伸ばせば、あなたは手を取ってくれただろう。そのまま引けば、あなたはこちらに寄ってきてくれただろう。しかし、一度手を離してしまえば、あなたはきっと遠くへ行ってしまうことだろう。
もう一度聞かせてほしい、気持ちがこもっていなくてもいい、嘘だって構わない。
だからもう一度だけでいい、あの時、たった一度だけ囁いてくれたあの言葉・・・「愛してる」と。
あなたは知っているだろうか。これで次にあなたが甲斐にやって来るとしても、それは絶対に一月は先のことになる。わざわざもう一度こっちに来てから元の往復生活を始めようとは思わないだろうし、あの人がそうはさせないはずだ。
だから次に来るたとして、それはどうあがいても12月半ばごろにはなるだろう。いまが11月なのだから、越後を発つのは12月に入った後になることは間違いない。
12月1日、その日、あなたと二人、一緒に過ごしていられるのだろうか。
きっとあなたはその日が何の日なのかを知ることなく、あの人と笑いあっているのだろう。
私にだけかけていたわけではないあの優しい言葉、大好きだったあなたの全部、それはあの人にだけ見せているのだろうか。
あなたが私だけのものではないことくらいわかっている。だから、私はあなたがすでに、あの人と結ばれていたと知っても構わなかった。あなたでないと駄目だから。
あなたは一人しかいない。
会いたくて会いたくて、涙を流しながら震えてしまった。昨日の夕方もそうだった。
あなたを思えば思うほど、あなたを傍に置くべきではないと、そう感じてしまって。
もしもう一度、あなたと二人会うことができるのなら、きっとあなたには伝えきれていないであろう私のたくさんの思い・・・伝えたい。
もう、どれだけ会いたいと願っても、会うことはできないだろう。あなただって、会いたいとは思ってくれないだろう。
だけどうしても、どうしても思ってしまう、あなたに会いたいと。どれだけ願っても無駄なのに、願ってはいけないのに、自らが望んでそうしたことだと言うのに、どうしても、あなたに会いたいと、そう願ってしまう。そう思うほどに辛くなるだけだと言うのに。
だから・・・だからせめて、もう一度、最後にもう一度だけ、もう一度だけでいいから聞きたかった。本当に、気持ちがこもっていなくてもいい、嘘だって構わない、私を気遣ったがために出た言葉だろうとなんだろうと、そんなことは関係ない、そんな贅沢を、私は望まないから。
だから・・・だから・・・・・・
愛してる




