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懐かしい

 どのくらいこうしていただろうか? お日様は真上から元気に俺たちを照らしている。

 晴信はあのまま一向に俺の背中から離れない。

 俺はこのままこうしているだけでも構わない。しかし、晴信も仕事はもう終わらせているはずだから、このままでも時間的には大丈夫だと思うが、それでも俺が帰るまでこうしているのもなんだかもったいない。

「晴信、もう大丈夫なんじゃないのか?」

 意識してみれば、最初は常時震えていたのだが、途中から震えては止まり震えては止まりを繰り返し、今はほとんど止まっている。

「・・・あまり、大丈夫ではない」

「でもこのままだと、俺はこのまま何もすることなく帰ることになってしまうのだが」

「・・・夫が奥さんに甘える権利も、我儘を言う特権もない」

 いや確かにそんなことは言ってないけど・・・今のは甘えか我儘に入るのか?

「まあ・・・晴信がこのままでいいって言うのなら俺は構わないけど」

「いいわけがない」

 なぜにここで即答するのだ? だったらとりあえずお散歩でもしましょうや。

「・・・じゃあ、どうする?」

「・・・貴久がいじめる」

 えぇ~。今のはいじめに該当しますか?

「罰として、今から私と蹴鞠をすること」

「・・・いいけど」

 そんなことを言う言い訳に罰を使ったのか? そんなことしなくても普通に言えばいいのに。

「鞠を取ってくるから、庭で待ってて」

 その言葉と共に、背中の温かさが消えた。

「・・・」

 お日様が真上から照らしている。もう夏ではないからお昼と言えども暑くはないが、それでも蹴鞠をすれば汗もかくし、疲れもするだろう。

「蹴鞠の後は遊べなさそうだな」

 用意してあった草履を履いて庭へと降りる。

「そういえば、こっちに来てからスポーツをするのは初めてなような気がするな」

 ていうかスポーツって日本語訳すると何なんだ? 運動? でもバスケとかを指すスポーツなら競技の方が適しているような?

「・・・バスケしたいなー」

 最後にバスケをしたのはここに来たあの日だから、おおよそ六ヶ月前か。今頃あっちにいたら、三年の最後の大会に向けて努力していたのだろか?

「バスケって、なに?」

 いつの間にか後ろに晴信がいた。

 いて困ることなどないのだが、いい加減この突然登場して驚かせるのは忍びの特権にしてもらいたい。誰彼かまわずこんなことができる世の中なんてお断りだ。

「バスケって言うのは・・・」

 さて、説明しようと思ったがいきなりつまった。

 バスケってなんて説明すればいいんだ? ゴールとかシュートとか、なんて言えばいいんだよ。

「・・・」

「言えないこと?」

「いやそんなことはない。ないんだけどーうまく説明できないだけだ」

 やって見せるのも俺一人だけでは難しいし・・・そもそもバスケっていつ頃生まれたスポーツなんだ?

「なら、やって見せて」

 だから、それも難しんだって! 心の声が伝わるわけもないんだけど!

「やりたい」

 おおう、そう言われてしまうとやらないわけにもいかなくなってしまう。

 ・・・蹴鞠は、バスケットボールの代わりになるだろうか?

「晴信、鞠、貸して」

 晴信から蹴鞠を受け取って、試しについてみることにした。

「・・・」

「・・・」

 とりあえずつけた。でもやっぱりバスケットボールとは違うから違和感と言うかなんというか・・・これは経験者ならではの気持ち悪さだな。

「・・・で、どうするの?」

「どうするのか・・・」

 このままついているだけではもちろん面白くもなんともないだろう。少なくとも俺は。

 でもこっちでは鞠つきが普通の遊びとして存在しているんだから、別につまらないと言うこともないのかな?

「鞠つき?」

 まあこれを見たらそう考えちゃうわな。

「いや、まあ、つくことが目的じゃないから」

 でも一緒にやるのは二人で、コートもゴールもなければ、晴信はルールも知らない。この状況で何かしろと言われてもなあ。

「じゃあ、とりあえず、とってみて」

「・・・とればいいの?」

 ただ取ればいいわけでもないが・・・。

「そうだなー、蹴っちゃ駄目で、あとは俺のことを掴んだりしちゃ駄目。まあ平たく言えば、足を使わずに、暴力なしでこの鞠を取ればいい」

 ファールの基準って実際にやってみないとよくわからないしな。俺も最初はおっかなびっくり少しづつやって覚えて行った。

「・・・それだけ?」

 それだけ・・・か、なんだか悔しいな。

「まあ二人でできることなんてな。これは五人対五人でやる・・・遊びだから。少なくとも三対三は欲しい」

 ああ、できることなら久しぶりに本気でやりたい。楽しいんだろうな~。きっともう何日も練習していないから下手にはなっているんだろうけど、こっちに来て基礎体力と筋力に関しては衰えるどころか成長しているからそこまで極端に下手になっていることはないと思う。感さえ戻れば・・・。

 そんな変なことを考えていたら、手に鞠が帰ってこなかった。

「とれた」

「・・・」

 いつの間にか晴信が俺の手から鞠を奪取していた。

「すまない、ぼーっとしていた。次はそんなに簡単にはとらせない」

 晴信が鞠を返してくれた。

 そして俺はまた鞠をつき始める。

「・・・」

 今度は最初から油断はしていない。

 腰を低く落とし、母指球と親指の間の辺りに重心を持ってくる。右手で低く強く鞠をつき、左腕を体の前にもってきてガードを作る。

「・・・」

「・・・貴久、今までで一番気合が入ってる。怖いくらいに」

「・・・」

「隙が無い」

 当たり前だ、今の俺は本気だ。

 人より上手いのかどうかは分からないが、それでも中高とバスケを4年やってきたし、厳しい練習にもついていった。それに何よりも、俺はバスケがかなり好きだ。だからたとえ奥さんであっても、未経験者に舐められるのは、はっきり言って腹が立つ。

「・・・」

 晴信が無言で右手を俺のドリブルしている鞠に伸ばしてくる。

「・・・」

 俺は右足を軸にして軽く左足を前に出して左腕のガードを晴信と俺の体の間にいれる。

 しかし晴信は体の小ささを生かしてそのガードの下を潜り抜けて鞠に迫ってくる。

「・・・」

 俺は今度は左足を軸にして右足を引き晴信と大きく距離を取り、さらに晴信が追いすがってきたところで体の後ろを通してドリブルを左手に変えて、今度は右手でガードを作って最初と同じ形を作る。

「・・・」

「・・・」

 ここまでの攻防にかかったのはほんの一瞬、当たり前だがほとんど何もしていない。

「・・・」

 だがこの一瞬で、晴信は驚くほどに様子を変えた。

 どこか興味なさ気だった目には明らかにやる気がみなぎっており、重心も落ちてきて、さっきまでの棒立ちではなくなっている。

「・・・」

「絶対に、とる」

 これからしばらく、晴信の才能と身体能力も差にものを言わせた連続攻撃に少々手間取ったが、俺は無事に鞠を死守した。


「まだまだだね」

 他のスポーツの主人公の決め台詞を使ってみた。なるほど、これは気持ちがいい。

「・・・」

 晴信が恨みがましい目で俺のことを見ている。

「疲れたし、日も落ちてきた・・・さすがにもう辞めよう」

 正直楽しくてたまらなかったのだが、これ以上やっていると、晴信が鞠を取るのは時間の問題だと思うからこの辺りで止める。勝ち逃げだ。

「・・・次はとる」

 だろうな、たぶんそれは決意でも何でもなく次に起こる必然だ。

 にしても随分とやった、真上に輝いていたお日様があんなに低くなっている。

「さて、次は何をする?」

 疲れてはいるが、それほどでもない。激しい運動をしたが、何年もやっていたことだからそれほどのことでもない。

「・・・とりあえず、お風呂」

「・・・」

 そっかお風呂かー、そりゃ汗もかいたし、晴信は恥ずかしいのだろう。どうぞどうぞお入りくださいませ。

「・・・」

 しかしなぜだろう、晴信が俺の手を引いているのは。

「・・・」

「・・・」

 え、なに? この展開は期待してもいいんですか? そういう流れなんですか⁉

 晴信はどんどんと進んでいく。当たり前のように、俺の手を引きながら、お風呂のある方へと・・・。

 そして着きました、お風呂に。

 中からはすでに湯が準備されているのだろう、熱気と湯気が立ち上っている。

「・・・一緒に入る?」

 ・・・ここまで来てからそんなことを聞きますか。

 うーん、これはどう答えたらいいのだろうか? 俺の本能は「一緒に入れよ! 雄なんだから!」と言っているが、俺の理性は「自ら望むなんていけません! ここは相手に一緒に入ろうと言わせるのです! ここは超有名な「俺は一緒に入りたいわけじゃないんだけど、晴信がどうして持っているのなら考えなくもないぞ!」みたいなことを言うべきです!」とか言っている。

 つまるところ本能も理性も、晴信と一緒にお風呂に入れと言っている。ていうか理性の台詞長くないか? こういう時は簡素に短くまとめておくものなんじゃないのか?

「・・・入りたくない?」

 おっと、俺の沈黙を拒否だと受け取った晴信が変なことを言ってきた、さっさと一緒に入りたい意思を伝えておかなくては。

「いや、入るよ」

 よしよし、当たり前のように言えたな、完璧だ。

「・・・貴久、焦らなくても大丈夫」

 はて? 焦るとは何のことだ? 分からんなー。

「そんなに急がなくても、お風呂は逃げない」

「・・・」

 おっと、無意識に体がお風呂に向かって歩き出していたようだ。

 だがいけないのは俺ではない、こんなことを、一緒にお風呂に入ろうとか提案してきた晴信がいけないのだ。

「助平」

「何のことやら」

 なんとなく後ろの晴信の視線が気にはなるが、そんなことは些末な問題だ、気にせずお風呂に入ろう。

「・・・先に入っていて」

 おや? ここにきて恥ずかしくなってきたのかな? まあそのくらい構わない、晴信と一緒にお風呂に入れるのなら!

 そして、俺は先に一人脱衣所で服を脱ぎ、風呂場で晴信を待つ。

「・・・」

 いかん、ここにきて俺が緊張してきた。

 初夜も済ませているくせに何をいまさらと言った感じではあるが、なにぶん明るいところで奥さんの裸身を見るのは初めてなのだ。いまだに景虎も晴信も、明るいところで俺に素肌をさらしたことはない。

「・・・」

 まあ待て、焦るんじゃない。とりあえず緊張するのは晴信が来てからだ、それまではただ待てばいいんだ。

「・・・」

 待つって・・・どうしていればいいんだ?

 ここはお風呂場だ、だからあるのはお風呂だ。檜でできたお風呂は先の世の一般家庭のお風呂、FRPことガラス繊維強化プラスチックと比べて何とも風情があるし、いい香りがする。

 でだ、ここにはその風呂しかないわけだ。

 いや、あと桶があるにはあるが、他には何もない。

 俺が持ってきた手ぬぐい、おいてある桶、あとはお湯、他に何もない。

「・・・」

 待つって言ってもやることがない。体を洗おうにも石鹸がないからいまいちやる気が起こらない。

「・・・」

 でも今はそんなことを言っていても仕方がないか、他にやることもないのだし。

 どうせ手拭いで拭くだけのことだ、さっさと済ませて・・・。

「・・・」

 いやいやちょっと待て、俺はここに何をしに来たんだ? そう! 晴信と一緒にお風呂に入りに来たんだよ! だったら今体を洗ってしまうのはあまりにももったいないだろう! だって、この後晴信に洗ってもらえるかもしれないのだから!

 うむ、わざわざ自分からその可能性を潰していおく必要はないな、うむ。

「・・・」

 でもそれならやっぱり何をするのか、再びやることがなくなってしまった。

「・・・」

 とりあえず掛け湯をしておくか、ついでにお湯の温度も確認しておかないとな、俺は熱いくらいが好きだからぬるかったら調節してもらおう。

「・・・」

 ・・・オカシイナー、ウデガウゴカナイヨー。

「これで良し」

 いったい何が良しなのか。

「えい」

 膝かっくんをくらった。そして俺が膝を付いてところで結構きつめに目隠しをされた。

「・・・」

 いつかの状況に似ている。具体的に言うと、晴信との初夜の時の状況とよく似ている。

 後ろ手に腕を縛られているのは全く同じだな。違うのは場所が晴信の部屋からお風呂へ、そして俺に目隠しが追加されたことか。

「・・・晴信なんだよな?」

「もちろん」

「どうしてこんなことを?」

「お背中御流しします」

 こんな風に縛られていたら、背中はさぞ洗いにくいことだろう。

「縛った理由は?」

「貴久の背中を洗ってあげるため」

 そのために縛る・・・分からん。

「貴久を自由にしていたら、何をするかわからない」

 何をって・・・何かするのかな?

「絶対にべたべた触ってくる。じろじろとなめまわすように見てくる」

「・・・」

 それは・・・しないとは約束できないな。だって俺は晴信の夫だし! 悪いことじゃないし!

「だから、いろいろしてあげるために、満足してもらおうと思ったから、縛った」

 そっかー、じゃあ仕方が・・・満足?

「晴信、今のはもしかして・・・」

「そういう意味。大丈夫、初夜で練習はできた、今回はもっとうまくやれれる。満足させられる」

 ああやっぱりそういうことする気なのね・・・大歓迎だからいいけど。

「じゃあさっそく」

 背中にぬるっとした感触が走った。

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