やっと帰れる
前の第2話を消して、新たに新第2話・新第3話・新第4話を投稿しています。
(この文章は2015年07月27日には削除します)
どうやらこの斎藤龍興、随分と目が良いようだ。
こっちの竹中半兵衛がどんな人なのか、どれほどすぐれているのかは知らないが、俺の知っている竹中半兵衛はたった6人で堅城、稲葉山城を落とした天才だ。
いったいいつ頃から才覚を表していたのかはわからないが、半兵衛の話からすると、まだ何もやっていないはずだから、今この時点で、当主が打ち首と決めた半兵衛にここまでの価値を見出したのは、龍興に先見の明があるとみてよさそうだ。
「自分の主、母上をそのように言うとは、随分とお怒りのご様子で」
「五月蠅い! もともと我ら斎藤家は下剋上で成り上がって来たのだ! 母上はつい先日、先代の道三様を討たれたのだ。俺だって、今更母上を討つことにだって躊躇いはない!」
う~ん、味方にするのは怖いけど、ぞれでも随分と立派なことを言ってくるな~。
確かに斎藤家は下剋上で成り上がって来た。初代当主の斎藤道三は油売りから戦国大名にまでのし上がったし、二代目の現当主斎藤義龍はその父道三を長良川の合戦で打ち取って美濃の支配を進めた。目の前にいる龍興は義龍の死後その後を継いだが、まだ若かったこともあるのだろうが、そういった下剋上みたいな話はない。
だがこの斎藤龍興もなかなかの人物。稲葉山城の戦いで信長に敗北し長島に亡命した龍興は、元亀元年、1570年に始まる長島一向一揆に長井道利と共に参加し、信長に対する抵抗活動は継続した。
その後伊勢から畿内へ移り、永禄12年、1569年1月には本圀寺の変または六条合戦と呼ばれる戦で、結果は失敗だったが三好三人衆と結託し、信長が擁立した室町幕府第15代将軍・足利義昭を攻め殺そうとした。
更に永禄13年、1570年8月には、野田城・福島城の戦いにおいて三好康長・安宅信康・十河存保や石山本願寺法主・顕如らとともに三好三人衆の籠城を支援し、信長が朝倉・浅井に後背を脅かされ、退却するまで持ちこたえた。
その後、縁戚関係にあったことから越前国の朝倉義景のもとへ逃れ、客将として遇された。天正元年、1573年8月、義景が信長と対決するために近江国に出陣すると、これに従軍したが、朝倉軍が織田軍に敗れて刀禰坂で追撃を受けた際、戦死した。享年26と言う若さだったのは惜しい。
「なるほど、あなたの考えは分かった。だがそれを誰に示した? どうやって伝えようとした?」
国のため、お家のためを思うその志も、考えも立派ではある。しかしそれも伝えるべき人にそれなりの方法で伝えなければ意味はない。胸の内に秘めておくだけでは意味がない。
「お前には関係のないことだ! 指図される覚えはない!」
つまり上手く伝えていないのだろう。
義龍殿が半兵衛のことをどう考えているのかは知らないが、息子・・・ではなくて娘がこれだけのことを言っても打ち首にしようとするほど嫌っているわけでもないはずだ。
こんな近いところでさえ亀裂が生じているようでは、斎藤家も長くはないだろうな。
「そうだな、俺には関係のないことだ」
これはお家の問題だ、斎藤家でもなければその家臣でも何でもない俺なんかが口を出して良いことではない。
「だから、口を出すのなら、おまえだろ」
なんとなくわかった。後ろに半兵衛がいると。
「・・・半兵衛」
「・・・」
龍興が小さな声で半兵衛に呼びかけた。それに対して半兵衛は・・・答えないのか、答えられないのか。
「・・・」
半兵衛は何も言わず、そっと龍興に歩み寄ると、懐から手紙を取り出し、龍興の前に置くと足早に去って行ってしまった。
「半兵衛・・・」
龍興が愕然とした顔をしながら、去っていく半兵衛の背中を見つめていた。
「よかったな」
「なん・・・だと」
今の間はどっちだろうな、俺の言葉に対する怒りか、それとも半兵衛に見限られたことに動揺しているのか。
「半兵衛は、あんたのことが嫌いなわけではないようだぜ」
「そんなことはどうでもいい、あいつが行ってしまうことに変わりはない」
「それに関しては、手紙を読んでから自分で考えるんだな」
俺個人ではどうにもできない。どうにかできるのは半兵衛だけだ。
「貴久、そろそろ」
「ああ、わかっている」
向日葵に促されて、俺もみんなに続いて斎藤勢の間を抜けて行った。
「貴久、やっぱり戻ってあいつ殺してきてもいい?」
「だから、駄目だと言っているだろうが」
いい加減くーちゃんが五月蠅い。
無事に斎藤の手から逃れて甲斐に向かって進行中。あとは中山道を通っていけば、一日二日歩けば信濃に、三日もあれば信濃の木曾福島城に着くはずだ。
そこからさらに二日、敵意襲われる危険もないから、本気になって馬を飛ばせば一日でもつけるかもしれないな、躑躅ヶ崎館に。
「晴信は元気にしているかな」
「貴久、今君は苛立っている私と話しているんだよ? そんなときに他の奥さんのことを思って私のことを無視するなんて・・・今夜君の布団に向日葵と昌幸を突っ込むよ?」
「やめてくれ! 恐ろしい!」
そんなことをされたら百回くらい心を折られそうだ。それはもうポッキーもかくやと言うくらいポキポキと折られることだろう。
「呼んだ?」
「呼ばれた気がしたので来てみました」
そして気がつけば俺の後ろに向日葵と昌幸がいた。
「昌幸、勝手に入ってきたりしたら甲斐に着いた時に晴信に報告するからな」
「それはひどすぎませんか? 自分のことを愛してくれている女の子を殺そうだなんて」
そうなることが想像できるのならあんまり変なことをしないでほしい。
「ふ、勝った」
「向日葵は俺に触ったら、翌日一切口を利かないからな」
「いつものぎゅっとするあれは・・・」
「今晩に限っては駄目」
「不可抗力と言うものが」
「ない」
きっぱりと言い切ると、向日葵が暗い顔をして何やら呪詛のようなものをくーちゃんを見ながらつぶやき始めた。恐らくはこんなことになるきっかけを作ったくーちゃんを呪い殺そうとでもしているのだろう。そんなことはできないと思うが。
「これだから日ごろ自分の立場に甘えている人たちはいけないのです」
今度はなぜだか昌幸が勝ち誇っているような気がする。
「私は入るのではなく・・・」
「昌幸の場合は理由のいかんにかかわらず、俺の布団に入ったら晴信に今回の旅でのいろいろを迷惑だったって報告するからな」
「・・・やっぱり私の扱いがひどくありませんか?」
そんなことはない。自分の意志ではなく北条氏政と言う権力者に無理やり入れられたから大丈夫、なんてことを平気で言うようなやつは危険だからこのくらいは言っておかなくては。
「なら・・・早く帰りましょう」
昌幸が偉くいびつな笑顔で提案してきた。
「いいですよもう、そんなに私のことがお嫌いなら、早く帰ってお屋形様といちゃいちゃすればよいではありませんか」
何か昌幸が拗ねている。なんとなく悪いことをした気がしないでもないが、もう昌幸の立場はこんな感じで固定だな、うん。
「私はゆっくりの方がいいな。だって甲斐に着いてしまったら私は貴久とはお別れだからね」
「そっか、と言うことはくーちゃんといられるのはあと長くても五日くらいなのか」
躑躅ヶ先館までに四日かかったとしても、くーちゃんたちはこれでも織田への使者としてこうして国本を離れているのだから、そう何日も甲斐に滞在したりはしないだろう。翌朝には小田原に向かって甲斐を発ってしまうはずだ。
「と言うわけで、しばらくは私に優しくしてね」
「自分で言わなければ優しくするつもりだったんだけどな~」
なんかこういうのは自分で言ってしまうと台無しだと思うわけだ。
「そう言いつつも、優しくしてくれるのが貴久なんだよね」
くーちゃんが優しそうな顔をしながらやたらと可愛らしい笑顔を向けてくるものだから・・・危うく馬を飛び下りてぎゅっとしてしまうところだった。馬に乗っていなかったら間違いなくぎゅっとしていたな、うん。
「兄ちゃん、お腹すいた」
はいはいいつも通りのりょうですね。
今思えば朝から道端でお叱りを受け、昼過ぎに龍興に捕まり、そして今はそのまま甲斐に向かって馬に揺られている・・・朝からご飯を食べていなかった。
「りょう、何が食べたい?」
「とらが作ってくれる何か!」
おお、とらは愛されていますなー。
「だそうだぞ、とら」
「はい! お任せ下さい!」
料理となるととらは元気になるな。単純と言うか可愛いというか・・・可愛い、だな。
「で、何を作ってくれるんだ?」
「実はですね、貴久様が尾張の出だと聞いて、ぜひとも食べていただきたいと思っていたものがありましてですね」
そう言うと、とらが馬に括り付けていた荷物の中から何やら小さな茶色っぽい塊を取り出した。
「なんだ、それは?」
茶色くて、丸くて・・・なんだあれは?
「これは・・・みその匂いですか?」
段蔵がとらの馬の後ろに乗って匂いを嗅いでいた。
「そうです。これはお芋にみそを塗って乾かしたものです」
「なるほど、つまりみそ汁か」
陣中食みたいなものだろう。というか陣中食そのものか? 非常食かな? まあどっちでもいいか。
この芋はあとは陣笠でお湯を沸かして入れるだけで簡単にみそ汁が作れる素晴らしいものだ。あとここに同じくお米を干して乾かしたものを入れても美味しいのだ。
「貴久様は結局尾張ではおみそ汁を飲んでいませんから、故郷のおみそ汁を作ってあげられたらと思いまして」
何なんだこのいい子は、とりあえず今すぐぎゅっとしておこう。
俺はとりあえず馬を飛び下りてとらの元へ。
「兄ちゃん! え、え!」
おっといけない、りょうがお馬さんに一人取り残されて慌てている。
ここまでの移動で、とりあえず馬は手綱を引けばとまるということが分かりもうお馬さんを完璧に乗りこなせると自分を錯覚させた俺はすでに手綱を自分で操っていた。だから俺が馬から降りると、りょうが一人で馬を操らなくてはならなくなる。
「大丈夫ですよ、りょうちゃん」
お、やっぱり段蔵が何とかしてくれたようだ。頼りになるな。
と言うわけで俺は遠慮なくとらをぎゅっとしに・・・。
「じゃあ今日は少し早いけど、この近くの村で休むとしようか」
どうしてだろう、ただ指示を出すだけならくーちゃんはその場で声を発すればいいだけなのに・・・どうして俺ととらの間に馬を進めているのだろうか。
「貴久、嫁の名前を言ってみな」
「すみませんすみませんすみません! 謝りますから! とりあえずその物騒なものをしまってください!」
くーちゃんが、俺ととらの間に入って来たかと思うと、質問しながら何気ない動作で刀を抜いて俺の目の前に突き出していた。
「嫁の名前、言ってごらん」
「・・・景虎と・・・晴信」
「・・・こんな時くらい氏政も入れておかないと、本当に刺されちゃうよ」
と言いながらも刀を治めてくれるくーちゃん。
「もう少しだろ。正月にはみんなで集まれるように頑張れよ」
「貴久も頑張ってよ・・・て言っても、できないか」
「おい、できないのは確かにそうかもしれないが・・・」
「じゃあ小田原に付いて来て手伝ってよ」
「・・・」
それはちょっと困る。本当にそろそろ越後に帰りたいのだ。
「越後に、帰りたいんだろ」
「はい」
と言うかこれは景虎と晴信に会いたいのだろう、かれこれ一月以上会っていない。
「分かってるよ。だから頼まないんだから」
呆れられているのかな、これは。
くーちゃんがため息をつきながら目をそらした。嫌われる一歩手前かもしれない。信長と元亘の関係と同じような状態になりそうだ。
「心配しなくていいよ」
「え?」
「私に嫌われないか心配なんでしょ?」
また心を読まれてしまった。今回はもろに顔に出ていたかもしれないが。
「心配しなくていい。私が貴久のことを嫌うなんてありえないから。そうやって悩んでくれただけで、私は嬉しくてたまらないから」
本当に、俺には過ぎた嫁さんだ。
「さあ、とらがおみそ汁を作れるように、早く宿を探そうか」
「ここからなら、遅くはなってしまうかもしれませんが、苗木城の辺りまで行けば、翌日には信濃にも入れますし、ちょうどいいのではないでしょうか」
「うん、じゃあ小太郎の言う通り、苗木城まで行こうか」
「では、私はここでお別れですね」
昌幸が急にお別れだと言ってきた。どうしてだろう。
「婿殿、お屋形様に知らせる者が必要でしょう」
「そうか、もう信濃だもんな」
晴信が何かするのかしないのかは知らないが、一応国主の夫と北条家の者が武田の領土に入るのだ、国主に何の報告もしないのはおかしい。
「そっか、じゃあ昌幸とはここでしばらくお別れか」
「はい、次に会うのは武田の領内でですね」
たぶん甲斐につくのは四日後になるだろう。甲斐に何日滞在するかはわからないが、甲斐から越後までは、それなりに馬に乗れるようになった今なら五日ほどでつけると思う。だから越後に帰りつくのは20日後と言ったところだろうか。
「それでは、私は一足先に行きますね」
「おう、晴信によろしくな」
「そんな惚気たことを言っていると刺しますよ」
そんな言葉を残して、昌幸が俺たちから離れ甲斐へ向かっていった。
「兄ちゃん、おみそ汁」
「はいはい」
いつも通りのりょうに促されて、俺たちも苗木城に向かって進み始めた。




