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伸ばされた手

なぜか人気投票をやってみます。できるときにできる方が投票していただければ幸いですm(__)m

全部、もしくはそれなりに読んでくださっている方はどうぞお好きな名前を挙げてください。全文部は読んでないって人が投票したい場合は、とりあえず下↓に選択肢をいくつか挙げておくので、物語とは一切関係なく、名前の響きとか、普通に偉人として好きな人を選んでみて下さい。

1,虎千代

2,長尾景虎

3,上杉政虎

4,上杉輝虎

5,上杉謙信

6,武田晴信

7,北条氏政

8,りょう

9,向日葵

10,とら

ではでは、どうぞ選んでみて下さい。

「あんたはどうなの?」

 四度目の水汲み、ではなく酒の補充をしていたところで信長が質問をしてきた。

「どう、とは何について?」

 さすがに大雑把すぎて分からない、流れ的に全く予想もつかないわけではないが。

「あんたと奥さんの関係よ。私たちと似ているでしょ、身分とかが」

 確かに俺と元亘以外に農民上りはいないだろうな。

「でも似ているのは元の身分だけだぞ。自慢の奥さんと信長、俺と元亘、どっちも全くと言っていいほどに似ていない」

「ん~、奥さんたちのことは分からないけど、元亘とあなたは似ているところもあるんじゃない?」

 いやないだろ? 見た目も、言いたくはないがあいつの方が明らかに格好いいし、本の内容と今日のあいつの動きを見ている限り武芸とかそういう肉体的なものでもあいつに全部負けていそうだしな。

「すまない、全く思いつかない」

「嫁が多い」

 それはなしだろう、確かに多いけど俺元亘の嫁が何人かとか知らないし。

「ちなみに元亘の嫁って何人いるんだ?」

「把握してない」

 うっそ~ん、それはまずすぎないか。

「あいつに嫁が何人もいることはすでに周知の事実なのに隠すのよ。それなのにあいつと相手が隠しちゃうから正確な数が把握できないの」

「でもそれは不味すぎるだろう、理由を話してなんとしても説得しないと」

 奥の管理をおろそかにするととんでもないことになりかねない。それこそ今回の元亘のことなんてまさにとんでもないことが普通に起こり得る。

 ぱっと思いつくとんでもないこととして跡継ぎ問題がある。本来であれば信長と元亘の子が跡継ぎになるのだが、元亘がその隠している奥さんたちとの間に子供を作ってしまっていたりするとこれが怖い。

 まずはっきりと格付けされていないから信長の子がその隠されていた嫁の子どもと立場的に差がない、つまり同等の跡継ぎとしての権利が生まれてしまう。もちろん格付けされたからと言って完全に何とかなるわけではないが、正室の子と側室の子とではかなり強力な違いが出てくるし、信長を快く思わない勢力も信長の子と同等の跡継ぎの権利のある子どもと側室の子のどちらを神輿に担ぐのかと聞かれたらそう簡単に側室の子を担ぐことを決断することもできなくなってくる。

 まあつまるところ、奥って言うのはとっても怖い、そういうことだ。

「何度も話はしたんだけどね・・・あいつは決まってこう言うわ」

 信長がまたお猪口を口に運ぶ、もうヤケ酒のような勢いだ。

「俺に信長以外の嫁なんていない、俺が好きなのは信長一人だ・・・てね」

 信長の顔に悲しみはない、俺から見て取れるのはわずかな諦めだけだ。

「そもそも信長の勘違いだっていることはないのか?」

「詳しくは言えないけれど、あいつに私以外の嫁がいることは間違いないわ」

 言い切るってことは、いることだけは確かなんだろう。

 言うことは言ったとでも言いたげに信長がまたグイッとお猪口をあおる。

「で、また私の話になっちゃってたけど、あんたはどうなのよ、自慢の奥さんたちとはうまくいっているの?」

「全くと言っていいほどいっていないと思う」

「嘘だ~、私あなたたちの動きにはこれ以上ないってくらい気を配っているけど、間諜から聞こえてくるのはあんたと自慢の奥さんの惚気話だけなんだけど」

 惚気話だけって・・・さすがにそんなことはないだろ。もし仮に万が一よしんば奇跡的にそうなのだとしたら景虎たちが上手い具合に情報操作をしているのだろう。うん、さすが自慢の奥さんたちだ。

「どうなのよ、本当に惚気ているだけのぐうたら生活を送っているの?」

 正直に言ってはいそうですとは言いたくない、でも本当に景虎たちの情報操作のたまものだった時に備えておこう。

「さすがに惚気てばっかってわけじゃないぞ。それこそ景虎となんて奥さんが増えたこともあって喧嘩もよくしているしな、晴信は今川と北条が動きだしたりのごたごたのせいでまだ甲斐、主に晴信の傍に十日以上いたこともない、くーちゃんに関してはまだ祝言だってあげてないし・・・はっきり言ってみんなと一緒にいる時間なんてさほど多くはないんだよ。まあその分一緒にいる時にはその間諜の言う通り惚気ているのかもしれないが」

「ふーん、そんなものなんだ」

「そんなものだよ」

 ああ、何だかこうして景虎と晴信のことを話していたら無性に二人に会いたくなってきた。今頃何しているんだろうな~会いたいな~。

「じゃあさあ、あんたは普段どんな生活してるわけ? 奥さんたちといちゃいちゃするでもなく、見た感じ腕っぷしが強いってわけでもなさそうだし・・・まさか頭がいいとか?」

「おい、まさかって何だ? それじゃまるで俺が頭悪そうに見ているみたいじゃないか」

「頭いいの? そう見えると思ってるの?」

「・・・」

「・・・」

「思っておりません」

 くそう、悔しいな、やっぱり。

 帰ったら何かしようとは考えていたが、それじゃあ遅いな、今からでも何か始めなくては。

「で、何してるのよ、聞いた話だと貧しい子たちを囲っているって聞いたんだけど」

 これも情報操作なんだよな? 保護とか養いとかではなく囲っているだなんて情報が自然に流れるわけないよな? ・・・そうなんだよな? 頼むからそうだあってくれ!

「まあ・・・長屋にそういう子たちを住ませているのは事実だな」

「へえ、本当だったんだ、いいことしてるのね」

 いいこと、か。果たして本当にそうなのだろうか。

「暗い顔してるわね、その子たちに何か心配事の種でもあるの?」

「いや、そうじゃないよ」

 りょうと向日葵が原因であることに間違いはないんだけどな。

「さっき信長が言った通り、俺は長屋で身寄りのない子たちを集めて生活させている。それ自体が悪いことだなんて俺自身思ってはいないんだけどな・・・それは俺とその子たちだけにとってなんだよ」

「あ~、それは確かに・・・でも、それでも不仲だなんてうわさは全く聞こえてこなかったんだから、本当にすごいわよね」

 どうやら信長は理解してくれたようだ。

 長屋に身寄りのない子たちを集めて生活することの問題点、それは単純に俺が景虎や晴信、くーちゃんと一緒にいる時間を減らしていることだ。さらに言うと、景虎は佐渡の利益をまわしているから使っているのは全部俺のお金とのことだが、周りに佐渡のことはめったに言えたことではないから知らないものは多い。そして知らない者からしたら嫁のすねをかじりながら、贅沢で女におぼれながら暮らしている憎悪の対象くらいのものだろう。

「不仲、か・・・そうだなー、信長の言い方を借りると、不仲ではない、でもだからと言ってうまくいっているのかと言われるとね」

「どんな問題があるの?」

「本当に、何もできないんだ」

「何もって・・・何も?」

「ああ、本当に、俺は何もできない」

 だから何とかしようとは思っているんだけどな。

「どうやったのかは知らないが、なんだかんだと言いながらも元亘は結果を出した、それも悪くない形で。でも俺は内政に口出しできるような知識も、戦で敵将を打ち取れるほど腕が立つわけでもない」

「でも奥さんたちは満足しているんでしょ? 今のあなたが良いって言ってくれているんじゃないの?」

 確かに言ってくれている、しかしそれでは俺のせいでみんなに迷惑をかけてしまう。

「景虎たちはそう言ってくれているんだけどな、でもそれに満足して今の生活を続けていたらみんなの迷惑になるだけだろ? だから、何とか周りを納得っさせられるような成果を出したいんだけどな」

「それはただの浮気よ」

 ドキリと、心臓が跳ねた。

 浮気? 確かに奥さんを増やしているのは浮気と言えなくもないのだろうが、こっちでは側室と言う制度がある、なら信長が奥さんを増やしていることを浮気だと表現するのはおかしい。

 なら、何が浮気だと言うのか。

「あんたの奥さんは誰?」

「・・・景虎、晴信、氏政の三人だ」

「で、その三人は今のままでいいって言ったんでしょ?」

「言った」

「ならそれでいいのよ」

「は?」

 何が良いと言うのだろうか? 信長は俺が問題に挙げた周りからの批判について何も言っていない。

「あんたはどうして周りに分かるような成果が出したいんだっけ?」

「・・・奥さんに迷惑をかけないようにと思って」

「で、奥さんは今のあなたになんて言ってるんだっけ?」

 ・・・なるほど、そういうことが言いたかったのか。

「ありがとう、おかげで少し楽になったよ」

「それはよかったわ」

 信長が言いたかったこと、それは簡単なことで、よく見失ってしまうこと。

「成果を出す、その結果景虎たちに迷惑がかからないようにする。それは俺のやりたいこと・・・つまり俺の幸せだ、景虎たちにとっての幸せじゃない」

「そうね」

「本当に景虎たちの幸せをを思うなら、そうやってみんなと過ごす時間を削るんじゃなくて、その分みんなと一緒にいる時間を増やすべきなんだな」

「よくできました」

 信長は満足そうにまた水・・・ではなく酒をあおる。

「おかしいな~、さっきのは今まで物語の主人公を見ながら絶対に間違えない自信があったのにな~。どうして間違えていたんだろ」

 今までさんざん本に出てくる鈍感主人公や自分の望みや幸せ、価値観を相手に押し付けてそれが相手の幸せだと言う糞野郎のことを嫌っていたんだけどな・・・いまでは俺がその糞野郎か・・・分からんものだな。

「物語? あんた何もしてないとか言いながら物語読んでるの?」

「ん~、読めるものだけ」

 こっちでは書物は全部手書きだからな、誰かが長い時間と苦労を掛けてなんとかかんとかやっとこさ一冊写せるもので、そうほいほいと市場に出回ったりはしていない。

 なのに今の俺の発言だと、俺ってたくさん本を読んでいそうな感じだよな・・・景虎のを読んだってことでいいかな?

「あんたが長尾と今の関係になったのってだいたい四ヶ月くらい前だったわよね」

「・・・そうだが?」

 なんだか信長の目が真剣だ、これは下手なことは言えないな。

「ここに来たのは堺見物の帰り」

「ああ」

 下手なことも何も事実の確認だから肯定するしかない。嘘でもつこうものならそれこそ下手なことだ。

「なら越後からここまで来るのに少なくとも一月はかかるとして、越後にいたのは三ヶ月」

「だから?」

 とりあえずこういう問答はかなりやばそうだと言うことは分かるのだが、残念ながら何が不味いのかまではさっぱりわからない。

「農民あがりが夫になるなんてかなりもめたはず、それにすぐに武田とのいざこざもあった、さらにその後には今川と北条との戦もあった」

「・・・」

 何が言いたい、とりあえず俺に時間がなかったということが言いたいようなことは分かったが・・・。

「実際あなたが自由に過ごせていたのは武田との祝言が終わってから今川と北条との戦が起こるまでの一月くらいだけ」

「・・・」

 信長が真剣な眼に鋭い光を宿しながら聞いてきた。

「あんた、いつ字を覚えて物語なんて読んだの」

「・・・」

 しまった。

 字なんて読み書きできた当たり前、そんな常識がこっちで通用するはずがない。

 そりゃ字が読める農民がいないことはないだろうが、それでも極小数のはずだ。そんな希少性のある農民ならその気になって調べれば何かしらの情報が出てくるはずだ、なのに俺からはそんな何かしらの情報が出てこなかったのだろう。だから信長は思ったんだ、何の情報も出てこなかった、つまりは本当にただの農民の出なんだと。しかし俺の話を聞く限りどうやらそうでもないようだ。なら俺はいったいどういう人物なのか、それが気になるのは当然だろう。

「ただの農民が字を読み書きできるのはいけないことか?」

「そうじゃないわ、でもそんな人なら家が何の情報も持ち帰れないはずはないわ」

「そんなこと俺は知らないよ、そっちの間者に聞いてくれ」

 日ノ本の識字率って高くなかったっけ? 確かペリー辺りが来た時には日本の識字率の高さから日ノ本の民は頭がいいから植民地化は不可能だと思わせるくらいだったはずなんだけどな~。

「なら聞くわよ」

 まだ信長の目は鋭いままだ。これは何か怖いことを言ってきそうだな。

「何を聞きたいんだ?」

 昼間のくーちゃんとの会話から俺に何かするのは得策ではないと考えていることは読み取れているんだけど・・・何をする気だろうか。

「あんたじゃないわ、その何の情報も持ってこられなかった間者を拷問するわ」

 うわ、俺のこと理解している感じだな。

「どうして俺ではなく間者に聞く?」

「あいつはあんたが少なくとも字が読める程度の学があるなんて報告はしなかったわ、つまりあいつがあんたたちと通じているかもしれないってこと。いろいろと聞くことがあるのよ」

 捻くれた解釈だったら否定しようとも思ったが、めちゃめちゃごもっともなことを言われてしまったから困ったしまった。

「ちょっと困ってるわね」

「嬉しそうに言うんじゃない」

 嫌なんだよな~、何でか知らないけどこっちの人って俺が困るときには結構な確率で笑顔なんだよ。

「聞きたいんだけどさ~」

「答えるとは限らんぞ」

「答えなかったらあんたのせいで無能な患者に制裁が・・・」

「・・・」

 信長、史実と俺の勝手な想像から考えると本当にやりそうなんだよな~。

「あんたってさ・・・」

 くそ、笑顔のままだな。これはきついのが来そうだ。

「元亘と同じでしょ」

「・・・? 同じ、とは?」

 さっきもそんな話しなかったっけ? 嫁が多いとか何とか。

「あんたも・・・先の世から来たんでしょ」

 ・・・何で今日会っただけの人にばれるかな~。俺って隠し事が下手?

「何のことやら」

 言われた瞬間に一瞬固まってしまった、あれでもう悟られただろう。

 諦めたふうに徳利を直接手に取って中身をあおる。おかしいな~、さっきまではあんなに気分がよかったのに・・・。

「そっかー、私の思い違いかー」

 信長が同じように直接徳利を手に取り、中身を一気に呑み干した。

 まあ今の言葉も棒読みだったし、分かっていて言わないでいてくれているのだろう。

「・・・」

「・・・」

 しばらく無言で月を眺めた。夜空には真ん丸で綺麗なお月様が、太陽が嫉妬でもしそうなほどに光り輝いている。

「なんだかあの月、ドヤ顔みたいで腹が立つな」

 ドヤ顔ってこっちにもあるのだろうか? ないと思って使っているのだが。

「ドヤ顔って何よ」

 よかった、ちゃんとなかったようだ。

「言葉で説明すると難しいが、たぶん何か仕事が終わった後の自慢げな元亘のことを想像すると近い」

「あー、それは確かに腹が立つわね」

 う~ん、通じてしまうのもなんだか複雑だな。別にあいつがどう思われていようとどうでもいいちゃどうでもいいのだが。

「今、私が元亘のことをどう思っているのかはどうでもいいとか考えたでしょ」

 だからどうしてこっちの人は人の胸の内が読めるんだ? ここって実は本の中じゃなくて人の心が読めるのは当たり前な感じの異世界ですか? そんな世界の本を読んだことがあるが、あれの最後は悲惨だった。みんながみんな意図せずして他人の心の中を知れてしまい、夫婦なのに実は互いに愛し合っていない、実は友達同士で同じ人のことが好きだったなどなど・・・物語の最後ではみんな、誰かの心が分かってしまわないくらい遠く離れて住むという終わりだった。そんなことにならないためにも、ここがそんな摩訶不思議な世界でないことを祈ろう。

「ちょっと、どうなのよ」

「はいはい思いましたよ、だからどうかしましたか? 褒めてほしいんですか?」

「別にそんなわけじゃないけど・・・あんたにとって、元亘が私のことをどう思っているのかはどうでもよくても、私が元亘のことをどう思っているのかはとっても大切なのにな、と教えてあげようかなと思って」

「どうして?」

「元亘には天下統一の野心があるわ、でも私にはそんな物かけらもないわ」

 普通そういう大切なことを他国の人間にほいほいと話していいものではない。

 ていうかこいつ、今迷わなかったよな? 何のためらいもなく他国の人間に、しかも敵対勢力に最重要機密みたいなこと話したよな?

「言っておくけど、私にとってあんたたちは今のところ敵対勢力じゃないわよ」

 だ・か・ら! 勝手に人の心の内を読むな!

「信長にとってどういうやつが敵対勢力に当たるんだ?」

「そんなの、私にとって大切な人を苦しめる人たち、に決まったるじゃない」

 すがすがしいくらいきっぱりと言ってくれた。

 だがしかしなるほど、確かにその基準なら武田と北条に関しては分からないが、景虎が当主である限りは確かに俺たちは敵対勢力じゃないな。景虎は前に他国のことなんて知らんって言ってたしな。

「相手が何もしてこなければ、私にとってその勢力は敵ではないわ」

「なら攻められたらどうする気だ?」

「二度と刃向えなくなるようにボッコボコに叩きのめすか、手が出せなくなるような取引をするわ」

「でもそのためには力が必要だろ? 駿河を取る前の信長たちじゃあ俺たちをボッコボコにはできなかっただろ?」

「その辺は・・・敵に敵を差し向けてなんとかするしかないでしょうね」

「まあ、そうするしかないか」

 要するに他力本願・・・ではないぞ? 敵に敵を差し向けるのは簡単ではない。三国志の孔明さんのことを思い浮かべればよくわかるのではないだろうか? 赤壁の戦いを起こすために命を懸けて、さらに言うと自分個人だけではなく国やそこに住むみんなの命を背負って動くのだ、他力本願などと気楽に考えていてはこんな大役は務まらない、他に頼るにしても、そのためには自分たちもそれ相応に頑張らないといけないわけだ。

「で、そんなわけだけど・・・」

 そこで、あたりがふっと暗くなった。雲が月を隠したのだ。町灯りなんてもののないこの時代、月が隠れてしまえば辺りは本当に何も見えない。

 そんな闇の中から、小さく、しかしはっきりと、言葉は聞こえてきた。

「私を垂らさなくてもいいの?」

 半分ほどだろうか、月にかかっていた雲が消えた。あたりに月の灯りが戻ってきて見えるようになった。

 そして、ここで初めて、最後に見えた一瞬だけ・・・信長が悲しそうな、辛そうな顔をした。

「信長・・・お前」

 信長の手が俺に向かって伸びてきた。まだまだ暗い夜の闇の中から延びてきたその手はとても恐ろしく見え、俺は無意識に逃げようと体を後ろにそらした。

 しかしその手は止まらずに俺の顔めがけてのびてくる。

「・・・!」

 そしてその手の人差し指が、優しく俺の口を塞いだ。

「何も・・・何も、言わないで」

 雲が消えた、たぶん。

 確認はしていない。なぜなら、俺は正面を向いたままだからだ。そう感じたのは周りが明るくなったように感じたからだ。

 明るくなった、月から雲が完全に外れたのだろう。よく見えるようになった目の前には、頬を朱に染め、優しく、可愛らしく、そして儚く微笑む、織田信長がいた。

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