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織田信長

「こんなところで何をしているの」

 笑顔で挨拶をしていた成政の顔が凍り付いた。

 声の主はいつの間にか成政の真後ろにいた。

 目を向けてみればそこには一人の女性。自己を激しく主張するために後付でもしたのではないのかと思いたくなるような量感の髪、少女漫画のように大きいのにきりりとしていて可愛らしくも格好いいと思わせる両の目、まあ一言で言ってしまえば美しい女性って感じなんだが・・・でかいな。

 そう、大きいのだ、胸が、とかそんなことではなく本当に背が高いのだ。具体的にどのくらい大きいのかと言うと俺とそう極端に違わないくらい大きい、たぶん170cmくらいはある。こっちの世界で会った人の中では群を抜いて大きい、まともな食事をしている景虎でさえ145cmくらいだったから、この子が偶然たまたま遺伝か何かで大きいだけと言うことはないだろう、たぶんではなく間違いなく身分が高い、成政が声をかけられて顔を蒼くしていたのもいい証拠だろう。

「と・・・殿」

 成政がびくびくしながら後ろを振り返る。女性が冷たい眼で成政のことを見下ろしていた

「こんなところで何をしているのかと聞いているの、私たちは今、あなたのせいで生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのよ」

 この事態で成政にこんな物言いができる人、そして呼ばれ方は殿・・・確定だな。

「わ、私はここで・・・今、現状を何とかしようと」

「当の北条殿がいないのに?」

「それは・・・」

 確かに不味いよな~、実際俺の機嫌を取ったところでよくよく考えてみればくーちゃんが本気になったりしたら俺じゃ止められないからな。

「あの~」

 でも成政のためになるなら頑張ってもいい。

「自分が問題の人物です」

 さっきまで成政に向いていた冷たい視線が俺に向けられる、正直ちょっと怖い。

「あなたが?」

「はい」

 しばらくの間恒例と言ってもいい目を見たらわかる的なあれが行われ、それで俺が嘘をついていないと分かったのか分からなかったのか、とにかく女性が口を開いた。

「先ほどはこの者がすまないことをした、まずは謝らせてほしい、本当に申し訳なかった」

 そしてなんと女性は浅くではあったがしっかりと腰を折って頭を下げてきた。

「え、いや、あなたに謝ってもらわなくてもいいんですよ」

 べつにすでに成政には謝ってもらったのだから今更誰に謝ってもらいたいとも思ってはいない。

「そのお怒りもごもっとも、我々も誠意をもって償わせていただきます。お望みがあると言うのなら謹んでお聞きしましょう」

「いやいや、俺はもう成政には謝ってもらったし・・・」

 ちらりと成政を見やるとつられたように女性も成政を見た。

 見られた成政は一瞬びくりとしたが、一度俺と女性を交互に見て女性に頷き返した。

「なるほど、すでにそのように話がまとまっていましたか。このことは北条殿もご存知で?」

 女性が納得してくれたのか、一度大きく頷いて大事な確認をしてきた。

「いや、まだなんです。成政とは今ここで偶然会っただけでして、北条殿に報告するのは今からなんです」

「そうですか、では今から我々と一緒に寺本城まで参りましょう、北条殿もそこにおいでのはずです」

「そうなんですか、ではご一緒させてもらいます」

 ちょっと安心した、どうやらこれでこの件は無事に終わりそうだ。

 が、こんなことを考えた瞬間こんなことにはならないいんだろうなと言う考えも浮かんできてしまったのは本の読み過ぎからくる経験則か何かだろうか。

「成政、今度は粗相のないようにな。着物や香、部屋なんかも好みを聞いて必要なものがあれば言ってくるように、用意させる」

 うわなんか勘違いが生まれている気がする。

「香? 部屋?」

 案の定成政も女性の言葉の意味が分からなかったのか聞き返してしまっている。

「閨の友を請われたのだろう、話が終わったら湯を使っておけよ」

 あ、なんか嫌な予感がした。

「そっか~、貴久はそんなことを考えていたのか~」

 はいきましたくーちゃん登場です。

 振り返らなくてもわかります、間違いなく俺の後ろには恐ろしい顔をしたくーちゃんが・・・。

「そう言いつつなぜ私の後ろにおられるのですか? 北条殿」

 いなかった。いたのは何と今まで話していた女性の後ろだった。そしてあろうことかくーちゃんはすでに刀を抜いて女性の首にあてていた。

「いやちょっとね、私の夫に変な虫をくっつけようとしている輩がいたからさ、早いうちに殺しておこうと思って」

 おっそろしいこと言うな~。別に俺だってこの話は断ったのに。くーちゃんだって俺が断る事くらい容易に想像できただろうに・・・どうしてこんなにも簡単に抜いたんだ?

「くーちゃ・・・」

「ですが私を手に掻けると、その夫殿の首が空を舞うことになりそうですよ」

 くーちゃんに止めるように言おうとした、しかしそれを最後まで言い切る前に言葉は女性の言葉に・・・いや、その女性と同じように首にあてがわれた白銀の刃によって止められた。

「分かってるよ、でも君たちがここに来た時からそいつは私の夫に敵意むき出しだったからね、こうしておかないと怖くてたまらなかったんだよ」

「では、何もしないように命じますので、この刀を下ろしていただけませんか?」

「そっちが先に下ろして私が間に入れる距離まで離れたら下ろすよ」

「だそうだ、元亘。今すぐ離れろ」

 は? 元亘?

「駄目だ、そっちが先だ」

 あ、この声は聞いたことがある、堺で聞いたあの声だ。

 くーちゃんと元亘が睨み合う。火花が飛ぶとかそんなことはないしそんな表現はふさわしくないと思った。強いて描写するのなら、どちらからも相手を殺した瞬間を想像させられるくらいには殺気立っていた。

「元亘、命令よ、刀をしまいなさい、そして10歩後ろに下がりなさい」

 しかしそんな殺気など微塵んも恐れることなく女性は口を開いた。

「だが信長・・・!」

「命令よ、刀をしまって下がりなさい。今すぐに」

静かな怒りを感じた、本当に殺したいとかそんな風に憎んでいたりするわけではない、ただただ怒っている

それだけを強く感じさせられる怒りだった。

「・・・わかった」

 元亘がしぶしぶと言った感じ全開で刀を引いて後ろに下がった、そしてそれを確認したところに小太郎が俺と元亘の間に現れていた。

「よしよし小太郎、よくわかっているじゃないか」

「いえいえ、金の縁が切れていないのでまだまだ殿のために働かせていただきますよ」

 なんだか二人の声音が普通にほのぼのとした感じがする、しかし二人の目はいまだにそれぞれ信長と元亘からまったくそれてはいない。

「で、そちらさんは人の夫にあんのことをしておいてさらに何をするつもりだったのかな」

「私たちはたまたまここで夫殿にあっただけです、何の用意もありませんでしたし、するつもりもありませんでした」

「でもあっちの男はそんなことなさそうなんだけど」

 くーちゃんが眼球さえうつさずに元亘を見る・・・いや視界にとらえたと言った方が適切だろうか。

「それは・・・謝る以外には何もできないわ、あいつはああいうやつなのよ」

「それで納得するとでも?」

「試せばわかるけど、どうする?」

 ふと気がついた、いつの間にか二人の言葉が砕けたものになっていた。

「じゃあやってみようか。どうしたらいい?」

「私から離れればそれでいいわ」

 女性・・・もう信長でいいか、さっき元宣が言ってたし。

 信長が言った通りにくーちゃんが信長から離れて俺の隣に並んだ。

 そしてれは気がつかなかったが、俺がくーちゃんを目で追っている間に元亘が信長の隣に・・・。

「こういうことよ」

 なるほど、よくわかった、つまりはそういうことか。

 元亘は信長の隣に立っている、それは間違いない、しかし・・・。

 俺たちは三人そろって、と思ったら何と信長と成政も合わせて五人で。

「「「「「はぁ~」」」」」

盛大にため息をついた。

 元亘は信長の隣で・・・信長を抱きしめていた。

 それはもうしっかりと、サバ折で背骨を折りにかかっているのではないかと思えるほどに力強く抱きしめていた。

「元亘、離れなさい」

「嫌だ!」

「離れなさい」

「嫌だ!」

「「「「「・・・はぁ~」」」」」

 また五人そろってため息をついてしまった。でもなんだか仕方がない気がする、これはため息もつきたくなると思う。

「何というか・・・信長さん、大変ですね」

「分かってくれるの?」

 信長がかなり疲れたような目を向けてきた、なんだか結構迷惑していそうなんだが。

「これは・・・やりすぎじゃないのかい? 気持ち悪いよ」

「・・・」

「貴久、どうして今私から目をそらしたんだい? 理由を詳しく聞きたいな~」

 え、いや、だって・・・ねえ?

 俺としてはくーちゃんがやったこともたいがいだったから、とてもではないがくーちゃんが人にそんなことを言っているのを信じられなかった。

「なんだか同じ匂いがする気がするわ」

 信長の目が何だか真剣だった、そしてその目から俺はなんだか信長の考えが伝わった気がした。

「あー、そっちも元亘が?」

「そっちも北条殿が?」

「もしかしなくても常に?」

「くっつく感じなんじゃない?」

 俺と信長はどちらからともなく歩み寄って肩を叩いた。

「「お互い大変みたいだな/ね」」

「ちょっと家で飲まない?」

「酒はあんまり飲みたくない」

「いいのがあるわよ、いくら飲んでも酔わないのに何よりも甘くて美味しいのが」

「いいね、行こうか」

 俺は信長の隣に並んで歩き出した。

「「待て」」

 残された二人が怖い顔をして止めてきた。

「貴久~隣にいるのは新しい奥さんかな~? 危ないよ~、女は皆狼だからね、襲われちゃうよ~・・・ていうか殺すよ?」

「駄目だぞ信長、そんな何処のお馬の骨とも知れないやつなんかと一緒にいたら!」

「「お前が言うな」」

 何だろう、信長に同情し始めてきた。

「お互い大変なんだな」

「でもあんたほどじゃないわよ」

「だ~か~ら~、どうして私よりも信長と親しそうにしているんだい?」

「信長! 早く離れるんだ!」

 結局、五月蠅い二人なだめすかして俺は信長について寺本城にやってきた。

 寺本城、中庭に面した一室、その縁側。時刻はすでに夕焼け小焼け、見上げた空は綺麗な橙色だ、直にあかね色になり瞬く間に夜のとばりが下りるだろう。

「お宅の旦那さんはいつもあんな感じなんですか?」

 縁側には俺と信長がいる。

「そうなのよね~。あ、喋り方はもっと砕けてていいわよ」

 二人の間には徳利が二本置いてある。

「そりゃどうも。で、常日頃からあんな感じと」

 言いながら俺は手に持っていたお猪口を口元へ運ぶ。

「そうよ、そばに私がいればとりあえずくっついてくるの、いなくても探しているらしいけど」

 信長が空いたお猪口に徳利の中身を注いでくれる。

「迷惑?」

「最近はちょっとね、やりすぎなのよ」

 信長がとても疲れたような顔をしながら言葉を吐きだし、変わりに穴を埋めるようにお猪口をあおる。そしてまた諦めるようにため息をつく。

「そっちはどうなのよ、今日見ただけでも大変そうじゃない」

 信長が無言でお猪口を差し出してくる。

「いやいや、そっちの旦那さんみたいにひどくはないよ」

 俺も当たり前のように徳利の中身を注ぐ。

「でもそっちは三人でしょ? あれが三人って・・・私だったら倒れちゃうけど」

「いやいや、三人って言っても同時にいることなんてまずないし、みんな人前では恥ずかしがってあそこまではなかなかしないよ」

「でも北条殿、くーちゃんだっけ? は結構大胆にしてきそうな感じだったけど?」

「それでも今日はやりすぎた感じだったよ? いつもは二人きりの時にしかあんなことはしませんよ」

「それでも二人きりの時はするんだ、あとそれを受け入れてるんだ」

 言われてみたら確かにおかしいな、今俺はくーちゃんの行動をなんらおかしいとは思っていなかった。

 おかしいことをおかしいと思っていなかったことがおかしい・・・なんだか早口言葉みたいで面白いな。

「あ、なくなっちゃった」

 信長が空になった徳利を逆さにして振っている。

「どうします、お開きにしますか?」

 空を見上げればすでに真ん丸なお月様が昇っていた。いつの間にこんな時間になってしまっていたのかはわからないが、夜空に浮かぶ月は美しい。名月と言うやつだろうか。

「いい月が出てるじゃない、これを肴にしないなんてもったいないわ、もっと付き合いなさい」

「へいへい」

 俺と信長はそろって中庭の隅にある井戸まで行って、空になっていた徳利に水を注いでいく。

「案外酔えるものね」

「人は雰囲気とかで酔えるものらしいぞ」

「嘘だって言いたいところだけど、実際かなり気分がいいのよね~、ちょっと根拠もなく突っぱねられないわね」

 すでにこうして水を汲みに来ること三回目、空けた徳利は四本、なんだか俺も気分がいい。

「う~ん、でもまだまだ飲みたい・・・これが酒の力か」

「すごいわよね、お酒って。さあまだまだ飲むわよ」

 水を汲んだ徳利を持って再び縁側に。

「でさぁ、北条殿はあれとして、長尾と武田も似たような感じなの?」

「ん~似たようなもとと言えなくもないけど、やっぱり全然違うよ」

「似ているけど全然違う?」

「ああ。自慢じゃないが幸せなことに俺は景虎と晴信にも愛してもらえている、くーちゃんも含めて・・・まあいちゃいちゃしてくれるわけだが、その内容が全然違うんだ」

「違うって、どんな風に?」

「それは本人の了解なく言うのはいけない気がするな」

「あっそう」

「そっちはどうなんだ? 自慢の旦那様は信長に甘えたりしているのか?」

「そうね、本人に自覚はないんだろうけど阿呆みたいに甘えているわね。あんたも実際にその眼で見てたように、何でだか知らないけど、あいつってとにかく人にくっつきたがるのよ」

「おい待て、『人』って何だ、まるで誰でもいいみたいじゃないか」

 それじゃただの危険な人になってしまう。

「いやいや、その通りなのよ。あいつは本当に誰とでもくっつくのよ、私の目の前でも平然とね」

 ・・・それはなんだか変だな。

「信長と元亘は夫婦なんだよな」

「そうね」

「で、その信長の目の前でくっついたって言う相手は元宣と・・・?」

「夫婦でも何でもないわよ。何度でもいうけど、あいつは本当に誰でもいいみたいなの、最近ではそれが行き過ぎて屋敷の奉公人にまで手を出したみたいでね。相手が相手だからその奉公人も断れなかったみたいで、運よく私が通りかかるまで抱き付かれてたらしいわ」

「・・・その奉公人は?」

「辞めちゃったわ。他のところで仕事をしないかとか町中の全く違う仕事も紹介したんだけど全部断られちゃったわ。挙句お詫びにと思って渡したお金や品々も全部手つかずで部屋に置いて出て行かれてね、さすがにあの時は本気であの馬鹿を殺しかけたわ」

 たしかにそれはやりすぎだ、ただのパワハラだ、職権乱用だ。

「ちなみにあんたはどうなの、そういうことやる人?」

「まさか、俺はやらん、やるとしても相手の了解がある前提だ」

 元亘って一応俺と同じくらいの時代の出身なんだよな? だったら自分の今やっていることがどんなことなのか分かったやっているんだよな? 倫理観は一緒だと思っていたんだけどな~。

「なんだか残念だなー、思い込みと言うのは恐ろしい」

「思い込みって?」

「農民出身だと言う男が一国の主の夫になったんだぜ? さぞ素晴らしい人物だと思うだろ?」

 本で読んでいた時はもっと好きだったんだけどな、なんだか残念だ。

「でも悪いところだけじゃないし、悪いところだって頑張って見方を変えれば何とかいい感じに解釈できるのよ」

「頑張るとか何とかとか・・・頑張りすぎだろ」

「こっちにだって責任があるのよ、私が夫にしちゃったんだから」

「ちょっと待った」

 今無視できない言葉があったな。

「責任って何だ? 信長は今責任であいつと一緒にいるのか?」

 元亘の方は今日見た感じだと随分と信長のことを好きなように見えた。もちろん信長から聞いた話から絶対という自信はないが。でも信長は今責任だと言った。

この時代で思い人と結ばれることは奇跡だ、だから駄目と言うわけではない、でも確認はしておきたかった、これの答え次第ではちょっと困ったことになるかもしれない。

「そうねー・・・たぶんそうなっちゃっているわね」

 想定外だ、俺は信長と元亘はもっとらぶらぶいちゃいちゃくらいの関係だと思っていた。しかしそれは違った、元亘の方はどうなのか知らないが少なくとも信長の方はすでに冷めてしまっているようだ。

「踏み込んでいい話か?」

「普通駄目でしょ」

 駄目と言いつつも、信長はぽつぽつと語りだした。

「あいつと初めて会ったのはだいたい一年前ね、今だってこんなんだけど、とにかく尾張が混乱の真っただ中にあったころよ」

 信長は水と言う最高の酒をぐいっと煽りながら、月を見ながら、淡々と語っている。恐らくは口をはさむなと、そういうことだろう。

「あの頃は大変だったわ、今が大変じゃないって言うわけじゃないけど今はまだ人がいる分楽なのよ、あの頃私の傍に居たのは本当に少数の家臣だけだったわ」

 家臣と言うのは恐らく意識して使っているのだろう、わざわざ一回こっちを見たし疑いようがない。

「ある雨の日のことよ、訳もなく雨の降る町中を歩いていたの、今どころか当時の自分でも何してるんだろうって思っていたわ。けどそんなときにね、木の下でずぶ濡れになったいたあいつを見つけたの。見たこともない格好をしていたから興味が湧いちゃってね、声をかけてしまったの、『何してるの』って」

 あいつと言うのは元宣のことなのだろう、もともとあいつのことを話しているのだから当たり前か。

 でもそれを話す信長の顔に笑みはない。夜空に浮かぶ月を見上げるその横顔からは喜びも悲しみも、浮かんではいないように見える、強いて言うならただ迷っているように見えた。

「たぶんだけど、間違ってはいなかったのよ、でもたぶん正しくもなかったのね」

 信長がお猪口を口に運ぶ。

「・・・」

「何がだ」

 ここで信長が話し始めた後で初めて俺が言葉を発した。

 曖昧なこと言った信長の顔には今度ははっきりと迷いが浮かんでいた。でもすべてを吐きだしてしまいたかったのだろう、信長の口はぱくぱくと開閉を繰り返し、言葉を飲み込んでしまっているようだった。

 そして俺に背中を押されるようにして信長が意を決したように話し始めた。

「私があいつを夫にしたこと、よ」

「・・・」

 正直、何を言っていいのかわからなかった。

 てっきり「話しかけて事が」とか「あんな日に出かけてしまったことが」とか帰ってくると思っていた。今日見た信長からは少なくとも元亘のことを嫌っている様子はうかがえなかった、俺が分からないだけと言うのも十分にあり得るが、それでも「夫に『なった』」ではなく「夫に『した』」と言ったのには驚いた。

「夫に『した』のが間違いだったのか?」

 さすがに気になってしまったから聞き返してみた。

「分かってもらえてうれしい・・・ていうのは、ちょっといけないかな~」

 「でも嫌いではないんだろ?」と、そう聞いてしまいたい。でもそれはいけない。信長にも当てはまるのかはわからないが、人は質問されると正しいか間違っているかの二択で答えを出してしまうことが多い、そしてその答えは自分の中で確かなものとなってしまいその後の自分の考えに大きく影響してしまうことが多々ある。その結果、考えに考えてようやく出した結論が自分の意志によるものではなく他人の考えをもとに作った他人の結論になると言うことが起こる。

 だから俺は待った、信長がどうして本田元亘を夫にしたことを間違ってはいなくても正しくもなかったと言った理由を話してくれるのを。

 しばらくして、ポツリと信長が言葉をこぼした。

「好きじゃなかったのよ、あいつのこと」

 もっともと言えばもっとも、でもこれでは間違っていなかったと言うことに対する説明はなされていない。

「ずいぶんと興味津々ね、まじまじと見てきて、目が私からそれてないわよ」

 そんなにまじまじと見てしまっていただろうか? まあ今はそんなことは些末な問題だろう、当の信長もただ間を取っただけのようだ。

「分かっているわよ、間違ってもいなかった理由でしょ。それはね、簡単なことよ、ただあいつのおかげで尾張は大きくなれて今ではあなたたちの大同盟に対抗できる数少ない勢力にまでなれたわ」

 元亘が何をしたのかはわからないが、どうやら先の世の知識なりなんなりを使って尾張を大きくしたことは間違いないようだ。

「なら勘違いをしていたようだから聞いておきたいんだが・・・間違っていた理由と言うのは何だ?」

 てっきり愛がないからとかそんな理由かと思ったが、それだと一国の主の判断としては薄い気がする。

「これも簡単なことよ、大きくなっただけだったってことよ」

 ・・・予想はつくのだが・・・あいまいだな。

「国は大きくなった、でもそこで終わった、これでどう?」

 信長が補足を入れてくれた。おかげで俺も間違っていた理由に確信が持てた。

「なるほどね」

 つまりは入れ物だけが大きくなっていって中身がついていかなかったってことね。大きくなった国を支えるにはより多くの人が必要だ、だけど元亘はそのための策は用意していなかったと。

「でもそこは信長たちが何とかしてあげろよ、元亘は大きくはしたんだから、その穴を埋めてあげるのは仲間の役目じゃないのか?」

「大きくしたのも、ほとんどあいつの独断なのよ」

 は? どういうことだ?

「どうしてあいつの独断でそんなことができるんだ? なんだかんだと言っても織田の頭は信長なんだろ?」

 確かに当主の夫と言う力は大きいだろうが、それでもその当主の力を超えることはないはずだ。こっちに来たばかりの元亘ならなおさら信長をしのぐほどの力を得るなんてことは考えられない。

「どうやったのかは知らないけど、あいつ、いつの間にか嫁を増やしていたのよ」

「は?」

 今度は声に出てしまった。いやでもこれは仕方がないだろ? だってなんの力もないポッと出てきた当主の夫に嫁が増えていくとかありえないだろ? あとそもそもの問題として正室の信長に相談もなく嫁を増やすとか・・・俺では考えられない。

「その嫁が、うちの文官のほとんどと来ているのよ」

 ・・・俄かには信じられないな。

「で、頭の回る奴らを抑えて、あとはその嫁たちに自分の指示をもっともな理由を作らせて通させる、これがあいつのやり方よ」

「・・・」

 いかん、ふつふつと・・・どころではなくメラメラと殺意が湧いて来た。

「それでもね」

 しかし俺のそんな怒りを知っていての発言なのであろう、信長はいつの間にか空になっていた徳利を片手にもって庭に下り、笑顔で振り返る。

「尾張を大きくしてくれたことには感謝しているし、何もあいつのことが嫌いなわけじゃないの、だから悪いところがあったら直してあげるのよ、それが仲間の役目でしょ」

 信長は最後にふっと微笑むと、そのまま井戸に向かって歩き出す。

 俺はちょっと行儀が悪いとは思いながらも、徳利に残っていた残りわずかとなっていた中身を徳利が口に付かないように傾けて喉に流し込んで、空にした徳利をもって後を追った。

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