以後お見知りおきを
「・・・俺は背中が痛いんだが?」
「我慢我慢」
くーちゃんが、温かいです。
くーちゃんが、可愛いです。
背中が、痛いです。
・・・何が言いたいのかなんて特に考えてはいない、ただ事実を述べただけだ。
「そろそろあの女の子のところに・・・」
「行ったら暴れるよ」
あのなんだかよくわからない盗人がどうこうの騒ぎの後、俺はくーちゃんに連れられて俺が捕らえられていた牢からさほど離れていない民宿の一室でただくーちゃんの望むままに膝枕をしてただただ正面の壁を見続けている。
正直に言うと今すぐあの女の子のところに行って戦の心配などないと伝えてきたい。しかしくーちゃんがそれをさせてくれない。
「なあくーちゃん、本当は戦なんてしたりしないだろ?」
あの場ではちょっと気が立ってしまっていただけだろう、こうして冷静になればくーちゃんが本当に戦をしようとはしていないと分かる。
「何言ってるのさ、私は本気だよ、もしあの時、私が偶然あそこに行かなかったら貴久は死んじゃっていたかもしれないんだから」
「そうならないために小太郎がいただろ」
いざとなれば小太郎か段蔵が助けてはくれただろう。
「でもその時はたぶん本当にあの場で血の雨が降っただろうね」
「・・・」
周囲に無造作に転がっている死体、体中に敵の返り血を浴びて、顔について血を舐めながら不敵に笑う段蔵・・・想像してしまった、めちゃめちゃ怖い。
「だから、私がいなかったら大変だったでしょ?」
「ん~、それは分かったんだが・・・なあ、とにかくあの子に早く戦の心配はないって教えてあげたいんだが」
「私とあの女、どっちが大切なの?」
なんか浮気を見抜いた時の奥さんみたいなことを言っているな・・・こっちの場合は出て行かれたりするんじゃなくて追い出されるか殺されるんだけど。
「そりゃどう考えてもくーちゃんだよ」
嫁とその他の女の子を比べて嫁を選ばないわけはない。
「分かっているならいいよ・・・じゃ、いただきま」
「まあまあまあ待て待て待て待て待て待て」
くーちゃんがうつぶせになって変なことを言い始めたから躊躇なく頭を鷲掴みにして持ち上げ素早くくーちゃんの口をふさぐ。
「こんなところで変なことをしないでくれ、そのうち小太郎たちも来るんだろ」
ここには来た時に小太郎にみんなを呼んでくるように言ってある、だからそんなにかからずにみんなここに来るはずだ。
「なにしてるの」
もう来ていたようですね、はい。
声のした方に目を向けてみれば、入り口で仁王立ちしている向日葵先生が。
「・・・いつから」
「たった今ここに来た。貴久が棒で打たれたって聞いて泣きながら走ってきた」
「・・・ありが」
「そしてここに来てみたら貴久が女の子を組み伏せながら口を塞いでいた」
向日葵先生や、その目は泣いていたから赤いんですよね? 決して怒っているから赤くなったなんて言う特殊能力みたいなものではありませんよね?
「お仕置き」
「待て向日葵! 話せばわかる!」
神になんて祈らない、お願いします犬養毅首相よ、私に力を!
しかししょせんはできなかった男の力、俺は普通に向日葵先生のお仕置きを受けた。
「痛い、帰りたい・・・甲斐に」
なぜだかは知らないが向日葵先生のお仕置きに途中からくーちゃんが参加していた。二人に背中をただたださすられた。ひりひりしてかなり痛かったです。
ちなみに越後ではなく甲斐に帰りたいと言うのは越後だと景虎に何をされるのかわからなくて怖いからだ。晴信なら面白半分にいじめたりしないで優しくしてくれるはずだ。
「おお、婿殿もついに長尾と北条を見限り我ら武田のお屋形様の魅力に陶酔なされましたか」
昌幸が嬉しそうだ。
「別に甲斐にずっといると言ったわけではないぞ」
「残念」
さして残念そうに見えないが・・・まあ口だけだろう。
「で、こいつは誰?」
向日葵がくーちゃんを指差して聞いてくる。
本当はそんなふうに気安く声をかけたり指差したりしていい相手じゃないんだけどな~。
「ん? 私かい?」
しかしまあ当のくーちゃんはさして気にしてもいないようだ。
「名前は?」
「北条氏政」
「貴久との関係は?」
「正室にしてもらう約束をしている」
「どこまで進んでるの?」
「貴久の下半身についているあれを一方的にだけど弄り回した」
・・・あれは強姦だったな、今ならもう気にしないさ・・・気にしないさ。
「なるほど、初夜がまだならそれでいい」
「それなんだよね~、このまま貴久を相模まで連れて行って祝言を挙げたいのはやまやまなんだけど、まだ納得していない人もいてね・・・それにまだ家督の相続の準備も中途半端なんだよね~」
「・・・なあ、くーちゃん」
なんか変だ、くーちゃんが否定しないといけないことを否定しなかった気がするぞ? 聞き違いかな?
「なんだい貴久」
「嘘ついてるんだよな?」
「嘘なんてついてないけど?」
「いやだって・・・初夜がまだだって・・・」
「まだだけど?」
「確かに祝言は挙げてないけど・・・あの夜は・・・」
「だから、いじっただけだよ? ・・・手で」
「・・・」
手?
「手? ・・・だけ?」
「だけ」
「・・・」
「・・・」
・・・うそ~ん。
放心してしまっている俺にくーちゃんがとんでもなく楽しそうな笑みを向けた。
「貴久~、もしかして私とやっちゃってたと思ってたの?」
「・・・」
「あの時ちゃんと言ったよね、遊んだって」
「・・・」
「ねえ教えてよ、どんな想像をしたのさ、貴久の頭の中ではあの晩に私と貴久はいったいどんなことをしたのさ?」
「・・・殺してくれ」
恥ずかしい! 顔から火が吹き出しそうだ! え? なに? あの晩ってそんなだったの? 俺が思い悩むような重大なあれやそれはなかったの?
「ねえ貴久、教えてよ」
くーちゃんが抱き付いて来る、甘ったるい声で俺に変なことを言ってくる。
もう放っておいてくれ、これ以上あの晩のことを思い出させないでくれ・・・。
「教えてくれたら・・・近いうちに訪れる本当の初夜に、同じことをしてあげるよ」
耳元で・・・小さなささやきが聞こえた。
これは悪魔のささやきだろうか? それとも天使のお導きか?
「兄ちゃんみっけたー!」
とー! とか言いながら突然部屋に現れたりょうが元気よく突進してきた。
「いってーーーーー!」
当然ながら背中に響いた、背中に回された手が今は切り落としてやりたいとまで思えるほどに背中に強い刺激を与えてくる。
「どうしたの? 兄ちゃん?」
「い、今背中を怪我しているから・・・触らないでくれ」
こんな悪気のない顔で尋ねられたらひどいことなんて言えない、俺が我慢すれば済む我慢すればいいんだ。
「ごめんなさい」
怒ったつもりはないしできるだけ表情も取り繕ったつもりだったが、それでもりょうはちょっとへこんでしまった。
「Does papa has a pain in a back?(パパ、背中痛いの?)」
イリス、今は頭を使わせないでくれ、別に俺は何でもすらすらと英訳できる英語の専門家でも何でもないからな、これでも英語で話すときは結構頭使っているんだからな。
「Yes, I have a pain in it quite.(ああ、結構痛いんだ)」
でもイリスにはそんなこと関係ないし、俺が話さなかったらイリスは誰とも話せないから頑張るしかない。
「さて、ひとまず貴久で遊べて満たされたから、そろそろあの子のところへ行こうかな」
あの子とは俺のことを棒で打つように命じたあの女の子のことかな?
「待ってくれ、俺もついていくよ」
あの女の子のところに行くのなら一緒に言って変に困らせてしまったことを一言詫びておきたい。
「貴久、それは本気で言っているのかい?」
「本気?」
はて、何か気合を入れないといけない理由があるのだろうか?
「貴久がついてくると言うことは、私はあの子に貴久のことを紹介しないといけない、その時に、もう君のことを夫だと紹介してもいいのかい?」
それはあんまりよろしくない・・・かな?
今俺とくーちゃんがそういう関係だと織田に伝わるとあんまりよろしくない。さっきくーちゃん自身が言っていたが、くーちゃんはまだ家督を相続していないしその準備も中途半端とのことだ。この状態で俺がくーちゃんと夫婦の関係になっていると、景虎と晴信の立場が悪くなってしまう。「あれだけの勢力なのに、その代表は北条家では当主ではなく跡継ぎ程度」だと言うことになってしまう。それは避けたいところだ。
それに仮にくーちゃんがすでに北条家の当主になっていたとしても、織田がこの一大勢力を相手に下ってくれればいいが、もしも敵対して来ようものならそれこそあれがこうなって~とかなんとかいろいろ考えなくても天下分け目の大戦が起こるのは間違いないだろう。その戦の勝者が日ノ本を統べると考えて間違いない。
「で、ついてくるのかい?」
「・・・行かない。あの子に気にしないでくれって伝えておいてくれ」
「気が向いたら伝えておくよ」
「気が向かなくても伝えてくれ」
くーちゃんは戦大歓迎の戦闘狂ではなかったと思ってたんだけどな。
「じゃ、ちょっと行ってくるからここで待っててね、帰ってきたらいなかったなんてなったら人をたくさん巻き込んで暴れるから」
暴れ方がさらにひどくなった。
俺の心配などどこ吹く風でくーちゃんは気楽に「気が向くような対応だったら言っておくよ~」なんて言いながら行ってしまった。
「心配だ」
「大丈夫です、あれでも北条家の次期跡継ぎです、やるときはやるし、やるべきこともやります」
「自分の主をあれでもって言うのはどうなんだよ」
「いざとなったら逃げるので何の問題もありません」
うわそんなつもりだったんだ! 何ですか、北条家の家臣の主家への忠誠はこんなものかなの?
「さて、婿殿」
嫌な予感がする、昌幸がなんだか心持笑顔な気がする。
「北条殿がああ言ったことですし・・・さっそく出かけますか」
何でそんな結論に至るんですか昌幸さん。
「北条殿は、帰ってきたときに婿殿がここにいなければ暴れると言っていました。ありがたいですね、北条殿は宣言通り長尾と武田、そして騒ぎのきっかけを作った織田を巻き込んで大暴れ、私は危険だからと婿殿を一番近い味方の領土である甲斐に連れて行く。これでお屋形様は大喜び、北条は戦を起こした張本人として完全に敵国に、その北条に敵である織田を潰させておいてどさくさに紛れて越後を消耗させて甲斐が越後を下に敷く形を作る、長尾が何を言っても力で黙らせられるくらいに。これでめでたくお屋形様と婿殿は一生を添い遂げられると言う・・・」
「はいはい壮大な絵空事をありがとう、そんなことにはならないからね~」
いくらくーちゃんでもそんなことはしないはず、まあせいぜい暴れると言ってもここにいる皆を困らせるくらいだろう。
「でもま、出かけたいって言うのはあるんだけどな」
あの子がくーちゃんのところに行っていたら意味はないが、それでももし会うことができるのなら直接会って悪いことをしたと謝っておきたい。
「では、行きますか」
昌幸が嬉々として立ち上がり俺がついてくるのも確かめず外へ向かって歩き出した。
「で、とりあえずどこに行こうか?」
とりあえず外に出てみたが、あの子がどこにいるのかわからないし尾張の土地勘もないからいそうなところもわからない。
「大丈夫ですよ、婿殿が歩いていれば勝手に女性が寄ってきます」
なんですか、犬は歩けば棒に当たる、俺は歩けば女に当たるとでも言いたいのですか?
「そんなわけ・・・」
「あ!」
ない、と否定したかったんだが・・・。
「・・・」
無言で後ろを振り返ってみるとそこには件の女の子が蒼い顔をして俺のことを見ていた。
「ほら、寄ってきたでしょう」
本当なら昌幸の得意げな顔についているほっぺたをぷにぷにとこねくり回したいところだが、残念ながら言ったことが当たってしまったし目の前の蒼い顔をした女の子を放っておくこともできないので今はしない。
「えっと・・・こんにちは、でいいのかな?」
はじめましてではないしな、時間もおはようと言うには少々遅い。
「さ、先ほどは失礼いたしました!」
女の子が勢いよく土の下に座ると書く土下座をしてくる。土の上に座ってるのにね。
「いや土下座なんて」
しなくていい、必要ない、と言おうと思ったのだが・・・。
「そうですよね、こんなことでは許してはもらえないですよね」
そう言って女の子はおもむろに腰にさしていた刀に手をかけた。
「待て待て待て待て! ええい、どいつもこいつも行動が極端だな!」
俺は慌てて刀を握っている女の子の手を掴んで刀から引き離した。
本当に嫌だ、こういうあんまりにも極端な人達。景虎は怒ったらとりあえず殺そうとするし向日葵も当たり前みたいに手を出すし・・・あれ? 極端って言っても暴力的な方の端しかいなくね?
「はぁ~、こうして嫁がまた一人」
おいこら怖いこと言うんじゃない! 一応ここ敵国だから、これでこの子が嫁になったりしたら・・・あ、内通者か、すっごくありがたいか。でもこの子がすっごく危ないからそんなことさせないと思うけど。
「貴久、いつまでその女の手を握ってる」
大丈夫ですって向日葵先生、そんな怖い顔しなくてもすぐに離しますから、俺だってこの子と関係を作るつもりなんてありませんから、ほら、もう離しましたから、早くその恐ろしい顔で睨むのをやめてください。
「貴久殿、早く言うことを言ってしまった方が良いのではないですか?」
小太郎が状況を進めてくれた、ありがたい。
「えっと、さっきはごめんね、あのことは気にしなくていいから。北条殿もそんなに気にしていないと思うから」
くーちゃんと言うのはまずいと思ったから北条殿と言ったが、もしかしたら殿とか言った方が良かったかな? くーちゃんが俺のことを向こうで俺のことをどう紹介しているのかわからないからちょっと怖いな。
「い、いえ! 謝ったりしないでください! 悪いのは私なんです! 罰せられるならいくらでも受け入れますが、謝ってもらうなど恐縮です」
「まあまあそう言わないで、ああなる前に何とかできなかった俺も悪いんだから」
くーちゃんが来た段階でああなることを予想してもっと早く手を打つべきだったのだ、そうできなかった俺にも十分に責任がある。
「そう言っていただくと気が楽になった気がします。あっあの、これ薬です、よろしければ受け取ってください」
差し出されたのは手のひらに収まるくらいの小さな壺、なんだか景虎の持っていたあの薬の入っていた壺に似ている。
「ありがとう、ありがたくいただいておくよ」
思えば棒で三度打たれたけどまともに処置していなかった、この話が終わったらさっそく戻って使わせてもらおう。
「そういえばあなたのお名前は?」
この子はくーちゃんを連れていた、それはこの子がそれなりに身分が高いか有名な人だと言うことだ、ちょっと気になったしまう。
「すみません、名乗りもせずに長々と。私の名前は佐々成政です」
・・・え、佐々成政? 佐々成政ってあの佐々成政? 黒母衣衆筆頭のあの佐々成政?
うわー感激だ! どうせ尾張に来たなら会いたいと思っていた人のうちの一人だよ。ちなみに他で言うと前田利家や森長可とかな。・・・いやまだ長可じゃなくてその親の森可成の時代かな? まあ可成でもめちゃめちゃ会いたいからいいけど。
にしても運がいい、棒で打たれたことなんて些末なことに思えてきた。
「あなたがあの佐々成政殿ですか、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。私のことは気軽に成政とお呼び捨てください、以後お見知りおきを」




