七夕
ちょっと時をさかのぼって過去のお話し。
と言っても結構最近。
ちょうど七夕だったから、貴久たちの七夕っていつごろだろうかと調べてみたら都合がよかったのでやっちゃいました。
本編とはあんまり関係はないので読まなくてもいいけど・・・呼んでほしいところもあるんですよね~。
とりあえずここでも言っておきます。
読めるときに読んでいただければ幸いですm(__)m
「そう言えば今日は七夕か」
夜空に浮かんでいるのは無数と言っても差し支えのないほどの星々によってつくられている天の河、いわゆる天の川。壮大であり、神秘的であり、美しい。
そんな美しい天の川ではあるが、織姫と彦星の伝説を考えれば、とてものんきに美しい美しいとだけ考えていることはできない。
織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘であった。夏彦星は、わし座のアルタイルである。夏彦もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めた。めでたく夫婦となったが夫婦生活があまりに楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなってしまった。このため天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離したが、年に1度、7月7日だけ天帝は会うことをゆるし、天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ会うことができた。しかし7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦も彼女に会うことができない。星の逢引であることから、七夕には星あいという別名もある。また、この日に降る雨は催涙雨とも呼ばれる。催涙雨は織姫と夏彦が流す涙といわれている。
ちなみに俺としては夏彦はわしになって天の川を超えたりできないのかとか気になってしまうのだ。
でもまあなんだかんだと言ってもやっぱり年に一度、一日しか会えないのは可愛そうだなと思ってしまうのだ。
「棚機? 貴久は機を織ったことがあるの?」
可愛い可愛い俺の自慢の奥さんが可愛らしく首を傾げながら聞いてくる。
「俺が織るように見えるのか?」
「見えないけど案外器用にこなしそう」
やったことがないから分からないが、俺はそんな何でもできるような器用な男ではない。
「晴信こそそうなんだ? 俺から見たら晴信こそ何でもできそうな感じなんだが」
「見たことはある、でもできない」
ちょっとしゅんとなってしまう晴信。可愛い。
「そうなの、晴信はできないのね~」
可愛い可愛い俺の自慢の奥さんが得意げな笑みを浮かべて話に加わってきた。
「そういう景虎はできるの?」
晴信が頬膨らませてむっとした顔を作っている。可愛い。
「あら、貴久から聞いていないようね。私と貴久の祝言で貴久が来た袴は私が作ったのよ」
あの紋付羽織袴を始めて見た時の感動は忘れていない。あれがさらに自慢の奥さん・・・ではなくて、当時だから愛しの思い人の手作りだと分かったらもう・・・最高の気分だった。
晴信と祝言を挙げた翌日、その夜。夜空に浮かぶ雄大な天の川を眺めながら・・・特に何もしていなかった。
俺がなんとなく天の川を眺めていたら、いつの間にか二人が俺の横に座って同じように夜空を眺めていた。
何をするわけでもない、たったいまはじめて言葉を発した。それだけなのだが、それだけでもとんでもなく幸せだった。
祝言を挙げた、二人と夫婦と言う関係になった、その後では初めて三人だけでいる時間ができた。
「貴久」
おっと、惚気た顔でもしていただろうか、晴信がご立腹だ。
「そういう大切なことはもっと早く言ってくれないと駄目」
「言ったらどうなっていたんだ?」
「私も作った」
まあこの回答は予想できたな、うん。
「それは大層嬉しかったとは思うんだが、景虎が袴を作っていると俺が知ったのは祝言の直前だったからな、あの時点で甲斐に使いを走らせても袴は祝言には間に合わなかっただろ」
晴信は機を織れないみたいだし、それで数日で袴を仕上げるなんて不可能だろう。
「それでも~」
とりあえずぎゅっとした。可愛かったのだから仕方がない。
「ちょ、ちょっと・・・」
反対側から景虎が拗ねたような声をかけてきた。いかんな、腕の数が足りない。
「ふふん、羨ましい?」
今度は晴信が得意げな顔をして景虎に話しかけた。ふふんってところがやたらと可愛かった。
「そういえば最後に景虎に触ったのって茶屋に行った時が最後だったような?」
「・・・そうよ」
つまるところ景虎は欲求不満と言うやつだろうか?
思い出したところで景虎に触れたくなってきた。
「駄目」
しかし晴信がいち早く俺の感情を読み取ってぎゅっと抱き付いき離れたくないと意思表示をしてくる。可愛い。
「晴信、そんなこと言わないでくれよ。晴信は奥さんだけど、景虎だって俺にとっては大切な奥さんなんだ」
背中を軽くポンポンと叩いてやると、晴信がしぶしぶと言った感じではあるが背中に回していた手を放してくれた。
そして景虎をぎゅっとしようとしたのだが・・・。
「・・・馬鹿」
俺が晴信から手を放す前に景虎が背中から抱き付いてきた。
「どうしたんだ、景虎。別に後ろからじゃなくても」
「甲斐にいる間だけよ」
「分かってる」
よくは分からんが、これは甲斐にいる間は遠慮してあげるという景虎の気遣いだろうか?
正直に言えば今すぐにでも景虎を抱きしめたいとは思うのだが、せっかく景虎が気を使ってくれているのだから、今は晴信のことを優先しておこう。
「ところで、棚機がどうかしたの?」
ここで晴信が最初の話を掘り返して来た。
「ああ、七夕ね。俺のいたところでは七に夕暮れの夕と書いて七夕と読んでな、7月7日に笹に願い事を書いた短冊をつるす風習があったんだ」
「どうして笹に願い事を書いた短冊をつるしたの?」
「さあなー? そもそも七夕って織姫と夏彦が天帝に認められて結ばれたはいいけど、夫婦生活があまりにも楽しすぎて仕事をおろそかにしたから天帝に引き離されて、年にたった一度、一日だけ会うことを許された日であって、そんな日に、そんな二人に願い事を叶えてもらおうなんて考えはおかしいと思うんだけどな」
ふむ、実に不思議だ。なぜにそんな悲劇の二人に願い事などしているのか・・・分からん。
「貴久は何か願い事を書いたことはあるの?」
「あるぞ?」
「なんて書いた?」
「たくさん本が読めますようにって書いた」
そういえばこっちに来てからまともに読書に励んだことがない気がする。でもこの時代に物語を読もうって言うのも贅沢か。
このころの本は全部手書きだ、同じ本でも大量生産出来たりはしない。それに読み手もあんまり多くはない、いくら識字率が高くても、人口のほとんどを占める農民たちのほとんどが字を読めないしな。
「本って・・・あなたの手荷物にあったああいうの?」
「べつにそれに限ったりはしないけど・・・とりあえず何でもいいからまずは読みたい」
「意外だったわ」
「言ってくれれば用意してたのに」
そうか、この二人にかかれば貴重な書物でも手に入らないことはないのか、失念していた、今度じっくりと読ませてもらおう。一日中こもってしっかりと読ませてもらおう。
「二人は願い事が叶うとしたらなんて書く?」
何気なく、軽い気持ちで聞いただけだったのだが、この二人はやたらと真剣な回答を返して来た。
「とりあえず今すぐに叶えてほしいことで言うと、土壌の改善ね。次に田植までに間に合うように頼みたいわ」
「私は飢饉を何とかしてほしい」
重い! 重いぞ! 織姫と彦星にそんな重いことを願うんじゃない!
いや待てよ? この願いは織姫や彦星なんかに願う必要はないのか? もしかしたら橋を架けるカササギが姿を変えた天帝かもしれないし、その天帝あたりに願えばそのあたりの願い事も叶えてもらえたりするのではないだろうか?
「おい、どんな願い事してるんだ、そんな重い願い事するんじゃない。織姫も夏彦も神や仏じゃないんだぞ」
でもとても七夕にするような願い事ではないから他の物を聞きたい。
「なら貴久と二人でいる時間が増えますように、でいいわ」
「貴久とイチャイチャしている時間が増えますように」
一気に願い事の格が落ちたな。
「楽な願い事になったとか思ってないでしょうね」
「楽、要は貴久が景虎といる時間を減らせばそれで済む」
「そんなことしたらどっちかが死ぬわよ」
間違えた、格は上がってた。
「で、夏彦はどうしてくれるのかしら」
「まずどっちが織姫?」
「・・・」
まさか選べとでも言いたいのだろうか? そんなことできないと分かっているだろうに。
しばらく無言の時間が続いた。二人はずっと俺のことを見つめ続け、俺はどうすればこの場が丸く収まるのかを考えていた。
そしてその静寂をため息とともに破ったのは景虎だった。
「選べるわけないわよね。だって私の夫だもの」
「ここで選べないのが私の旦那様」
「私たち、と言う気は二人にはないのか?」
「「ない」」
さいですか。
もう少し二人が仲良しになってもいい気がするんだよなー、仮にも今は同盟関係にある味方で、家族なんだから。
「貴久」
「ん? どうしたんだ、晴信」
気のせいだろうか? 晴信の目がとろんとしている気がする。
「さっきから貴久に抱きしめられてたら、その気になってきた」
その気ってどんな気だ! おかしいな~そんな雰囲気ではなかったはずなのだが。
「貴久、今のこいつは危険よ。このままくっついていたら食べられるわよ」
「景虎といても食べられそうな予感はあるんだが」
俺としては実体験で晴信に食べられてはいるのだが、それでもやっぱりというかなんというか、晴信よりも景虎の方がそういうことをしそうな感じはする。
「大丈夫、今度は痛くない。後ろ手に縛らずに柱かどこかに縛れば肩も凝りにくい」
いや何処に縛っても肩は凝るだろうし縛られたら痛いと思う。
「ちょっと待ちなさい、今の話を聞いた限りだと・・・貴久は・・・まさか・・・」
「貴久は景虎の時よりも満足したって言ってた」
ここで晴信が渾身のドヤ顔を決めてきた。
いつも思うのだが、この子は火に油を注ぐ事に、主に景虎と言う火に油を注ぐ事に命を懸けているのではないだろうか? いつもいつも景虎がうまい具合に激昂するように挑発している気がする。
「そうだったの・・・ごめんなさいね、気がつかなくて・・・だから私の時も縛らなかったのね・・・縛ってほしかったのなら」
「んなわけないだろ!」
景虎が変な方向に勘違いをしている、これはちゃんと正しておかないと今後なんやかんやする機会があったときに・・・と言うか日常でも事あるごとにそういう性癖のある人とつして扱われる恐れがある!
「じゃ、じゃああんたは・・・縛るのと縛られるのとなら、どっちがいいのよ」
「どっちもやりたくない、俺は普通でいい」
流れ的に聞いてくるのは分かっていたが、それでも俺がそのどっちかを好んでいるとでも思っているのだろうか? だとしたら私生活をもう少し改めないとな、こんな勘違いをされているようではかなわない。
「普通にやったら、またあの時みたいにボロボロになることになるわよ」
「それでもいい。素の景虎、あと恥ずかしがっている景虎は下手したら一番可愛いかもしれない」
「な・・・この・・・!」
ああ、こんな顔ね。顔を赤く染めて焦っている感じね、これ最高かも。
「貴久、私は? どんなところが可愛いの?」
晴信はこの自己主張しているところが可愛いんだけどなー、これでもいいのかな?
「今その感じ」
「どんな感じ?」
「あ、これもいい。首を傾げて分かりませんって感じになってるの」
「ちょっと待ちなさい! どうして晴信は二つ出たのよ!」
「貴久が私の方が好きという証拠」
「違う、景虎が勝手に途中で切ったからだ」
「なら他にどんなところがいいのか言ってみなさいよ」
他に、かー・・・怒ってるところ?
「・・・どうして出てこないのよ」
「あ、この拗ねてる感じ良い」
「どうしてあんたはそんな変なところばっかり好きなのよ!」
「さあな、好きなのだから仕方があるまい」
別にそんな特殊なところばかりが好きと言うわけではないのだがな。たまたま今景虎がそういう仕草をしたと言うだけだ。
「ついでに聞きたいんだけどさ」
こういう話が出たのだからついでに聞いておきたいことがある。
「何よ?」
「二人はさ、俺のどこが気に入ったわけ?」
「どこって・・・えっと・・・」
悩まれた、どれにしようか迷っている感じではない、本当に俺のいいところが出ない感じだ。
「全部」
晴信が変なことを即答してきた。
「私は貴久の全部が好き」
嬉しいっちゃ嬉しいのだが・・・抽象的だからなのかいまいち喜びが薄いな。
「背が高くて格好いい、知識も豊富、何より誰に対しても優しい・・・特に私に」
最後のがなければ赤面してしばらく顔を上げられなかったに違いない。
晴信は俺の中では頭もいいし、運動もできるし、みんなに慕われているしで完璧な人って感じなのだが・・・今までの晴信を思い返してみるとそうでもないのかな? 頭は・・・いいのかどうかは分からないが、とりあえずお花畑な感じがする。運動はできるだろうな、少なくともこっちにいる人は俺の基準で考えれば総じてできると考えてよさそうなものだが。慕われているっているのは・・・なぜだかわからないが慕われている。結構な暴君な気もするのだが、甲斐に来てからと言うもの晴信の悪い噂はあまり聞かなかった。あまりと言うのはお屋形様のお考えがよくわからなくて悔しいとかお屋形様はどうしてあんな何処の馬の骨ともわからぬ輩を婿にしようなどとお考えになられたのか、とか何とか多少は聞こえてきたからだ。それでも聞こえてきた噂は考えが分からなくて「悔しい」とのことだった、やっぱり理由は分からないが慕われてはいるのだろう。
「わ! 私は!」
景虎が大きな声を上げながら俺を強制的に振り返らせた。首が変な方向に曲がっている気がするが気のせいだろう。生きているのだから大丈夫だろう。
「私は・・・その・・・」
え? そんなに考えても出てきませんか? そんなにいいところがありませんか? わかってはいても破壊力は抜群なのだが。
「全部・・・好きなのよ」
全部って・・・晴信と同じことを言ってきたな。そこまで答えに窮しましたか。
俺が精神的に深刻な攻撃を受けたと感じていたら・・・大きな勘違いだった。
景虎が背中をなでてきた。
「この広い背中が好き。こうして抱き付いていると、あなたがここにいるんだって思えてなんだか安心できるわ」
景虎が俺の腕をなでた。
「この長い腕が好き。この腕に抱かれているととても暖かくて、とても嬉しいわ」
景虎が俺の手をなでた。
「この大きな手が好き。この手で触られると、撫でられると、私がここにいていいんだって思える」
景虎が背中にもたれて・・・耳を背中に押し当ててくる。
「あなたの心が好き。誰にでも優しい、いつも愛してくれる。愛されていると感じさせてくれる」
景虎が大きく手を広げて俺を抱きしめてくれた。
「私は、あなたの全部が好きなの」
景虎が小さな声で囁いてきた。
「愛してるわ、貴久」
「俺もだ。愛しているよ、景虎」
「ちゅ」
急に晴信が唇を奪ってきた。
「どうして急にそんなことをしたんだ」
晴信とこういうことをするのは嫌ではないのだが、今この雰囲気でやることだろうか?
「急じゃない、さっきも言った。そういう気分になった」
とろんとした目をしながら言ってくるものだからなんだかこっちもそんな気分になってしまう。
「貴久、こっち向きなさい」
何をされるのか何となく予想がついた。俺はそれが嫌ではないから素直に景虎に向き直る。
「・・・」
「・・・」
唇が軽く触れただけ、でも景虎と口づけをしたのだという実感はわくくらいの口づけ。
「可愛いよ、景虎」
「今は私の時間」
「遠慮はするけど、あげるなんて言ってないわよ」
「貴久は景虎のものじゃない」
うむ、俺は誰かのものじゃ・・・。
「私の物」
それも違う。
「俺はどっちの物でもないぞ」
「なら何なのよ」
景虎さんや、目が怖いです、体に穴とか開きそうな感じがします。
と言うか何なのよって・・・二人の「物」以外に選択肢はないのか?
「二人の、夫だ」
「つまらないわね」
「もっと面白い回答を期待した」
「お前らは俺がどんな奴なのかわかっていないのか?」
「分かってるから、期待してたのよ」
「どんな回答を?」
「私たちが嬉しくなるような回答」
「・・・」
ここで「私たち」と来ますか。
「なんだかんだと言いながら二人って仲がいいよな」
「そう見えるんだったら、それはあなたの頭がおかしいだけよ」
「たぶんそう見えるのは都合のいいところだけを見ているから」
「どんなところだよ?」
「貴久の気を引こうとして良い子を演じている時」
マジですか? いつもの可愛いあの感じの時は演技?
「これが嘘だと見抜けないのが、私たちの夫なのよね~」
そんな残念そうな声を出さないでくれないかな、まだまだ修行中なんだ。
「でもそんなところも好き」
「結局のところ、俺のことどう思ってるの?」
「だから・・・」
「・・・言いたくない」
ここに来て言いたくないですか。
「じゃあ私は言っておくわ。
・・・あなたと同じよ」
「なら私も言う。
・・・愛してる」
「ちょっと! 今のは素直に言わない流れじゃなかったの⁉」
「それじゃあ馬鹿な貴久には伝わらない」
二人が俺を挟んで言い合いを始めた。
賑やかなのはいいことなのだが・・・。
「あんまり素直に言うのも癪に障るじゃない!」
「それは景虎だけ。気持ちは伝わらなければ意味がない」
あんまり間で聞きたい話ではないな。
夜空にはあいも変わらず満天の星が瞬いている。俺には分からないが、その中にベガとアルタイル、織姫と夏彦もいるのだろう。
「二人は楽でいいなー」
愛する人が互いに一人だけなら、こんな悩みは抱えなくて済む。
「へぇ~、私たちが楽に見えるの」
「ちょっと聞き逃せない」
小さいときに俺は短冊にたくさん本が読めるようにと書いた。今回は少し変えよう。
「「貴久、正座」」
いつか、今この時を描いた物語を、笑い話として読めますように。




