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約束

「何してるんですか?」

「いや別に」

 せんが買い物を終えて帰ってきた。そして目にしたのは前後左右を女の子に囲まれた俺だ。

 結局あのまま前にりょう、左にとら、右に向日葵、そして後ろに段蔵がいる。四人とも寝ているが向日葵と段蔵は起こせば起きるだろうがそんなことは必要ないからしていない。

「えー、もしかしてあなたも気持ち悪い人?」

 せんが思いっきり嫌な顔をして後ずさる。

 せんの言う気持ち悪い人って言うのがどういう人なのかは知らないが、そんな人ではないと思う、というか嫌だ。

「何をもって俺が気持ち悪いと?」

「周りに女の子がたくさんいるところかな?」

 前に来た気持ち悪い奴というのもたくさん女の子を連れていたのだろうか? だがそれだけで気持ち悪いと思われるのも迷惑な話だ。

「まあせんがそう思いたいのなら構わないけど・・・その気持ち悪かった客ってどんな人だったの? たくさん女の子を連れてたってことはどっかの羽振りのいい商人とかか?」

 なぜだかは知らないが今の小谷はお金のある人のところにお金が集まるようになっていたからな、特定の商人なんかはそこらへんの下級武士なんかよりもよっぽど裕福なはずだ。

「いやいや、それが旅の芸人って言っててね、とてもそうは見えなかったんだけど身分を隠しているのは分かったから詳しくは聞かないでおいたんだ」

 身分を隠していた女の子をたくさん連れていた人か・・・何となくあいつのような気がするな。

「なあ、もしかしてそいつは尾張から来た、とか堺に行くとか言っていなかったか?」

「おお! まさかお知り合い! てことはやっぱりあなたも気持ち悪い人ってこと?」

 だから、そんなふうにろくな根拠なない理由で気持ち悪い人にしないでほしい。

「断じて気持ち悪い人では・・・」

「でも女の子を連れていれば気持ち悪い人だと言うのなら・・・」

「貴久はせんの言うところの気持ち悪い人」

 昌幸と向日葵がなぜだか好きだと言ってくれていたのに攻撃してくる、まさかこの二人に裏切られるとは・・・というか起きていて話を聞いていたとは。

「まあたとえあなたが気持ち悪くても、口なり手なりが出なければ気にしないから」

「なら貴久の近くにはいない方がいい、貴久はすぐに口なり手なりを出す。私の時はすぐに手が出た」

 なら向日葵はあの時あそこに置いていってほしかったとでもいうのだろうか? でも何か言っても確かに手は出ているから口負けすることが予想できるので何も言わないでおく。

「て、手が出たって・・・まさかあんた・・・こんな小さな子に!」

 盛大に勘違いしている、まあこうなると分かっていたがな。

「小さくても奥さんだから問題ない」

 向日葵は播州で気持ちを確かめあって以来こういう話に遠慮がないな。そろそろ一回注意しておかないと何かやらかしそうに思えて怖い。

「・・・へ?」

 ほらー、せんが変な顔して固まってるよ。

「え? なに、あんた・・・この・・・子・・・と・・・」

「・・・まだ祝言は挙げていないけどな」

 ちょっと悩んだが、別にこの先会うことはない、会っても片手で数えられる程度だと思われる人に何と思われてもあまり気にしない。

「・・・えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ----------------!!!!!」

 せんの声が五月蠅い。

「うにゃ!」

「にゃ!」

「?」

 おかげでみんなが起きてしまった。

「え⁉ でも・・・え⁉」

 せんはなんだかとんでもなく驚いているな、どうかしたのだろうか?

「・・・私よりは若いよね? まさか見た目はそれだけど実は私よりも年上だったって言うことは・・・」

「ないな」

 せんはどう見ても向日葵よりは年上だ、俺とは同い年くらいだろうか? 初対面の女性に年を尋ねたりはしないが。

「べつにこのくらいの年で嫁ぐのは普通、むしろあなたくらいの年で嫁いでいない方が行き遅れ」

 俺は今年景虎と祝言を挙げたんだが?俺とせんはあまり年が離れているようには見えないんだが? 俺も実は行き遅れだったのか? ちょっとショックだぞ。

「あ、ああああたしだってえぇ~・・」

 興奮しながら話し出したがだんだんと声がしぼんでいってしまった、たぶん夫か恋人がいるとか言おうとしたんだろうが追求されてぼろが出ることを恐れたんだろう。

「あたしだって、なに?」

 向日葵が追求を始めた。せんが見栄をはって言い返そうとしたことが明らかなのに追求するとは・・・向日葵先生もなかなか人が悪い。

「す、好きな人の一人や二人」

「二人もいるとは、不純ですなー」

 なぜだか昌幸も攻撃を始めた。

「うぅ~、い、虐めて楽しいか! 人が気にしてることスバズバと言いやがってー!」

 思ったより早く切れたな、なんとなくもう少しくらいいじられているかと思っていたから意外だ。

「虐めてない」

「ただ事実を述べただけです」

 二人には悪い事を言ったという意識はないな、それどころか活き活きとしている気がする。

「兄ちゃん、お腹すいた」

 そしてりょうはいつでもどこでもマイペースである、これはりょうだから可愛いのであって向日葵や昌幸なんかがやったらたぶん・・・なんて言うのだろう、面倒くさい?

「あ! そういえばせんさんにお買い物を頼んでいたのに寝てしまっていました!」

 とらが文字通り飛びあがってそのまませんの方に駆けて行く。

「あの! 頼んでおいたものは⁉」

「・・・ちゃんと買ってきたよ、台所にある」

 せんはまだ先ほどの向日葵と昌幸の攻撃のダメージが抜けていないようだ。

「じゃあ私は台所に行ってきます! 貴久様、ちょっとだけ待っていてくださいね!」

 目をキラキラさせたとらが勢いよく部屋を飛び出していった、恐らく台所がどこにあるのかも知らないのに・・・いや、悪く言ってしまうがこの小さな宿ならすぐに見つかるかな?

「それでは私は婿殿が絶賛する料理の腕を拝見してくるとします」

「私も」

「じゃあ私もー」

 護衛の三人がそろってとらの料理を見に台所へ行ってしまう。そして当然ながら部屋には俺と俺から全く離れようとしない向日葵、いまだに暗い顔をしているせんが残された。

「・・・見せつけてるの?」

 なんだか少々怒りがこもっていたような気がしたがきっと気のせいだろう。

「見せつけているわけじゃない、俺としては向日葵に離れてもらいたい」

 と、素直な感想を口にしたら、向日葵が愕然とした顔をしてよろよろと俺から離れて行った。

「・・・ごめんなさい」

 そのまま部屋の隅でまるくなってしまう向日葵。何かしら声をかけた方が良いのかもしれないが、最近の向日葵は少々調子に乗っていた感があるのでしばらくああしておいてもらおう。

「で、せん」

 なぜだか一対一で話す格好になってしまったが話すことに変わりはないので特に気にしない。

「俺とあそこで丸まっている向日葵についてだが・・・」

 なんだかあれだけやった後でも素直に「夫婦です」と言うのは恥ずかしいな。

「夫婦なんでしょ、いいわよ分かってるから、これ以上あたいをみじめにしないでよ」

 あーもう、なんだかこの子も面倒くさそうだなー。

「あたいだって、お金さえあれば・・・」

「おい、恋はお金で買えるとか考えてないだろうな?」

 そんなことを考えているのなら本当に名前を『銭』に変えてやろうか?

「だって、私貧乏だからさ・・・町で声をかけてきた男も、ここが私の家だって、私が貧乏だってわかった瞬間に手のひら返して逃げていくし・・・」

 そんな悲しい過去なんて聞きたくはなかったし聞く気もない・・・ていうか!

「そんなくだらない男は放っておけ」

 そんな風に相手の価値をお金からしか見いだせないような屑は相手にしなくていい、そんな奴とはたとえ結ばれたとしてもどうせろくなことにならないに決まっている。ドSとドMみたいな関係だったりしたらわからないが。

「じゃああんたはあたいみたいな貧乏な女でもいいの?」

 ここでこの質問なら俺としては「いいよ?」と何食わぬ顔で答えたいと思っているのだが・・・。

「・・・」

 部屋の隅でまるくなっている向日葵先生が聞き耳を立てているのが分かったので簡単にそんなことを答えることはできない。

 ていうかあれはわざとだよな? 俺に分かるってことは隠すつもりがないんだよな?

「まあ俺はお金のあるなしで相手を選んだりはしないな」

 あんまりやりたくはないが、やらないとあとあとが怖そうだったので、俺はゆっくりと部屋の隅で丸まったままの向日葵のもとへ。

「向日葵も、初めて会った時は一文無しで道端で死にかけてたからな」

 せんが驚いて向日葵のことを見た。

 今の向日葵からはどう見ても道端で死にかけていたような状態は想像できない。

「貴久が見つけるのがあと一日遅かったら死んでた」

 せんが口をだらしなくあんぐりとあけて向日葵のことを見ている。恐らくは向日葵の白馬の王子様が迎えに来てくれたみたいな夢物語のような人生を信じられていないのではないだろう。あ、こっちだと白馬はともかく王子様よりも若殿とかの方が適切かな?

「羨ましい」

 なぜだろう、せんの目が座っている気がする。

「私だって、そんな出会いがあった・・・ら」

 なぜだろう、せんの目が俺をとらえて離さない。

「あんたってさ、その女の子を養えるくらい裕福な家の人なんだよね?」

 これはまさか変な気を起こしているのではあるまいな? 嫌だよ俺、これ以上女の子と関係は持ちたくない、本当に景虎に申し訳ないし殺されてしまう。

「そんなことはない、家に帰っても俺の自由にできるお金なんてお団子一本程度くらいだけだ」

 景虎曰く佐渡の金山から出る利益は俺のものにしてくれるらしいが、俺からしたら「あるんじゃね?」と提案しただけで実際に何をしたというわけでもないし、どの道景勝の代になれば見つかっていただけに俺のものだと主張するのはなんだか気が引ける。

「でもその子を養えるくらいにはあるんでしょ?」

「それも最近だと俺は本当に何もやってないからどちらかというと俺が向日葵に養ってもらっている気がするな」

 冷静になって考えなくても俺ってこちに来てしたことなんて何かあるのかな? 菜種を植えようと言ったこと以外には本当に何もしていない気がする。長屋での家事くらいならできるのだが、お使いをりょうが、掃除を向日葵が、その他をとらがやっていて俺が手伝おうとすると皆そろって自分の仕事だと言って手伝わせてくれない。だから前にとらが出かけている隙に夕食を作ってみたのだが、その時の反応が「私のお料理・・・まずかったですか?」と泣きながら言ってきたのでもう家事は手伝わないと決めた。

「じゃあ向日葵は普段何やってるの?」

「・・・掃除?」

 たぶんそうなんだろうな~、掃除だって住んでいるからには何かやらないといけないからってとらに頼み込んでやっと分けてもらった仕事だからな、他に何かをやっているはずもないか。

「え? じゃあどうやってお金を稼いでるの?」

 正確に言うと佐渡の金山の運営ということになってはいるが、先に言った通り俺は佐渡の金山が自分のものだと言う自覚もないし、そもそも俺自身は運営なんて全くしていないどころか佐渡に行ったことすらない。

「まあそれは秘密ってことで」

 あんまり深く追及されるとぼろが出るし、今みたいに答えられない質問が増えても困る、そろそろこの会話は打ち切ろう。

「さて、俺は何かつまみ食いにでも行こうかな~」

「貴久、そんなことしたらもう二度ととらは料理を作ってくれない」

「それは困るな、なら見るだけにしておくか」

 俺と向日葵はせんを置いて台所に向かった。


「とら~お腹すいた~」

 とらが美味しい料理を作っている台所にやってきた。ちなみにとらが美味しい料理を作ることはすでに決定事項だ、皆もそこは信じて疑っていない。

 ついでにだが、この時代の台所というのは裕福かどうかは関係ないんだな、春日山城の台所も上野原城の台所もここも、竈の数が違うくらいで他に目立った違いが見受けられない。強いて言うなら広いか狭いかくらいかな?

「だから、駄目亭主じゃないんですからもっと尊厳みたいなものを・・・」

「ああ、それはさっき向日葵と話していて駄目亭主であることがはっきりしたから」

 一切働かずに奥さんたちに養ってもらっている、自分で言うのもなんだが完全にひも生活だな。

「駄目亭主なんかじゃありません!」

 とらが勢いよく振り返って大きな声を上げた。

「貴久様はとっても立派なお方です!」

「具体的にどこが?」

「・・・」

 おおう、ここで黙られるか。俺としてはとらが何か言ったところでそんなことないだろうと返していく予定だっただけに拍子抜け・・・と、本当にいいところが全く出てこなかったことに精神的な攻撃を受けてしまった。

「これはこれは、とらさんもなかなかきつい攻撃をしますな」

「私も見習わないと」

 そして昌幸と向日葵の二人がまた以上に厳しい攻撃をかましている。

「うう~でもでも~」

 よし、ぎゅっとしよう。この可愛い小動物をぎゅっとしよう。

「とらは可愛いな~」

 あー間違えた、優しいな~と言おうと思っていたのに、まあ可愛いのも事実だからいいか。

「これは・・・玉の輿」

 小さなつぶやきが台所の入り口から聞こえてきた。見て見ればそこにはせんが顔半分だけをのぞかせた状態でたっていた。なんだ、家政婦か何かですか?

「とりあえず言っておくが、仮に俺と夫婦になったとしても玉の輿だなんて考えない方がいいぞ」

「ぎく! いいいや、べべ別にそんなことは・・・」

「俺の奥さんは怖いぞ~、実際に何度か死ぬんじゃないかって体験はしているしな」

「え⁉ 向日葵ってそんなに危険な人なの⁉」

「私をあの野郎と一緒にするな」

 あら、まだ向日葵は景虎のことが嫌いだったのか。早く仲良しになってくれないかなー、その方が俺個人の周囲が平和になってくれるからありがたい。

「あの野郎って・・・えっと、ひどい目に合わせているのは奥さんだから・・・」

「俺は婿入りしている」

 間違っても愛しい景虎を嫁にもらったりはしていない、婿入りである。

 でも景虎のためだったら頭の固い頑固おやじに「娘さんをください!」みたいなことをしてみるのもよかったかもしれない、そうしたら景虎は喜んでくれただろうか?

「えー、婿入りしているのに新しく奥さんを娶るって・・・」

「もちろん了解は得て・・・・・・・・・あ」

 まずい。

「どうしたの?」

 向日葵が可愛らしく首を傾げながら聞いてくるが今はそんなことは気にしていられない。そう、俺は今ここにいたってとんでもないことを思い出した、それは景虎と播州までの道どうするか話し合っていた時のことだ。

『嫁を増やさないこと』

 こんなことを言われていた。

『本当に、これ以上増やしたら・・・怒るわよ』

 こんなことも言われていた、間違いなく。

 まあつまり何が言いたいのかというとだ・・・向日葵を嫁にするのはまずくないか?

 だってなんだかんだと言っても嫁を増やしてしまっている、それはつまり景虎との約束を破っていることには間違いないわけであり・・・。

 ちらりと無言で隣の向日葵を見た。俺が焦っている理由を知らない向日葵はただ訳がわからないといった風に俺のことを見ていた。

 まずい、このままでは非常にまずい。残念ながら今の俺には向日葵に「やっぱり夫婦の話しはなし、少なくとも延期で」何てことは言えない。

 やばい、本当にどうしようか・・・。


「大丈夫ですか? 貴久様」

 優しいとらが心配そうに顔を覗き込んでくる。しかし残念ながら今の俺にとっては嬉しくもなんともない。むしろ悩ましい。

 とらの料理ができた、俺の大好きなみそ汁だ。しかし俺はそのみそ汁を含め目の前に用意されている夕食にい一切箸をつけていない。

 何に悩んでいるのかと言えば・・・景虎との約束だ。

 俺は越後を出る前に嫁は増やさないと景虎と約束した、しかしは播州で向日葵を嫁にすると、そして嫁ではないが昌幸からははっきりと好きだと告白され小太郎も何だかんだで保留状態。

 景虎との約束を守る最も手っ取り早い方法として向日葵を嫁にする話をなしにしてもらうという方法がある。しかし男として、人として、一度あんなことを言っておいてやっぱりなしというのは最低だ、それこそ殺されても文句は言えまい。

ならどうするのかというと・・・。

「うぅ~」

 なにも思い付かないので顔を真っ青にして唸っています。

「貴久、悩んでいるのは私のせい?」

 俺と同じく夕食に一切手を付けていない向日葵がズバリ答えを言い当ててきた。

「・・・そうだ」

 隠しても無駄だと思ったから素直に答えた。

「なら仕方がない」

「・・・いつか、としか言えない・・・だから、いつかな」

 謝りはしない、それが正しいと思ったから、謝ることで向日葵を傷つけてしまうと思ったから。

「ん、わかった。いただきます」

 向日葵が特に驚くでも怒るでも、悲しむでもなく何でもないことのように流して食事を始めた。

 りょうが一人この重い空気を気にすることもなくぱくぱくと食事を続けていたが、他の四人は俺と向日葵の会話を理解しているからか一言も発することもなく黙々と食事を続けている。

「いただきます」

 食べないのはもったいないし、何よりこんな空気に何一つ口を出さないでいてくれているとらに悪いから俺も食事を始めた。

「貴久」

 静寂が支配していたこの食卓で声を上げたのは向日葵だった。

「私は奥さんじゃなくてもいい、貴久の傍に居られるならそれでいい。欲を言えば貴久がほんの少しでもいいから私のことを好きでいてくれたら嬉しい」

 何だこの子は? この子の名前は何だ? あれーおっかしいなー、さっきまで別れ話していたはずなのにその相手をぎゅっとしたくてたまらない。

「駄目ですよ婿殿、それが向日葵さんの狙いですから」

「・・・」

 無言で向日葵のことをじっと見つめる。

「・・・」

 向日葵も俺のことをじっと見つめてきた。

「・・・」

「・・・ふっ」

 向日葵が突然怪しく笑った。

 こいつ、絶対に今度泣かせてやる。女の子とかそんなこと関係ない、ちょっと怒った、自分のこと棚に上げているけどこれは怒った、泣かせてやる。

「・・・」

 しかしこんな俺の怒りの炎はすぐに鎮火した・・・向日葵はすでに泣いていた。

「こ・・・これ、で・・・満足か?」

 言葉の最後の方はかすれていて聞き取れなかった。向日葵は声を上げるでもなく、肩を震わせるでもなく、ただただ俺を見ていたそのままの姿勢で、表情で、涙を流していた。不謹慎にもその怪しく笑いながら涙を流している向日葵を、俺は美しいと思ってしまった。

「すまない」

 これは嫁になる云々のことについてではない、不覚にも強がってくれた向日葵に対して酷いことを考えてしまったことに対する謝罪だ。

「許してやろう」

 改めて思う、俺にはもったいないな。こんなにもいい子が奥さんだなんて。

 心の中で思った、思ってしまった。

「(この子を幸せにしてあげたい。望んでくれるのなら、奥さんになってもらいたい)」


「で、どうしてこうなった?」

 夜になりました、暗くなりました、寝ようとしています・・・。

「離れてくれ、暑苦しい」

「お団子~」

「離れてあげるから嫁にしろ」

「あの・・・最近なかったので・・・その・・・」

 三人が俺にくっついている。右半身にとらが、伸ばした右腕にりょうが、そして左腕には向日葵がくっついている。

 ちなみにりょうはすでに寝ている、さっきのは寝言だ。で、向日葵にそんなことを言われるとこちらとしては頭が上がらないのでやめてほしい。とらもやめてほしい、今のは速攻で許してしまいそうだった。

「でも暑いだろ?」

「夏はそういうもの」

「暑くなんてありません、あったかいんです」

 ならせめてその額に浮かんでいる汗は隠そうか、説得力がないぞ。

「暑いと仰るのならとりあえず布はどけましょう」

「いや、確かに暑いからいらないけど、寝たら夜中の内に蹴飛ばしていると思うんだけど、俺は何かしらかぶっていないと眠れないんだ」

 ないと眠れないと言うのは言い過ぎたかもしれないが、そうしないと寝つきが悪いのは本当だ。

「なら、これでどうですか」

 昌幸が俺に覆いかぶさってきた。思いのほか大きな昌幸の胸が当たってドキドキする。

「向日葵に殺されそうだからやめてくれ」

 結構切実です、割と本気で恐れています。特に今離れてほしいと思っている理由が胸が当たっているからだと言うのが相当不味いです。

「そのような理由ではどくわけにはまいりませんな」

 昌幸がさらに俺の肩を掴んで顔を目の前までもってくる。

「私が納得できる理由がないようでしたら、明日からもこうしますよ」

 それは本当に不味い、昌幸なんかだとたぶん性的に不味い。

「あ、やらないつもりだったけど今のは怒った」

「痛い痛い痛い!」

 向日葵大先生が抱いている俺の右手の人差し指をあらぬ方向に曲げてきた。

「当たり前、痛くないと意味がない」

「いやでも折れるから! この強さは笑って許せるような強さじゃないから!」

 本当に向日葵があとちょっと力を込めるか俺が不用意に動いたりしたらぽっきりいってしまいそうだ。

「なら今後は気をつけるように」

 向日葵大先生が指を解放してくれた。

「それじゃあお休みなさい。夜中に引きはがそうとしたりしたら容赦なく折るから」

 そんな何とも恐ろしい言葉を残して向日葵大先生は眠りについた。

「あの・・・」

「とらもいいよ。今更とらにだけ駄目だなんて言えるわけないだろ」

「はい!」

 とらが元気に返事をしてぎゅっと抱き付いて来た。暑いとは思ったが、我慢するしかないか。

「で、昌幸は離れてくれるんだよな?」

「おや? この流れだと私にも離れるようには言えないのでは?」

「いや言えなかったのはこの三人だからであって、昌幸は関係ない」

 というか昌幸は覆いかぶさっているから本当に暑い、暑いのは得意ではないのでどいていただきたい。

「おやおや、私だけ特別扱いですか、後で知られたら怒られますよ?」

 そう言いながらも昌幸は離れてくれた。

「では、婿殿が眠ったと確認できたらこっそりと」

 昌幸が艶めかしく舌なめずりする。

 今夜は暑いのと昌幸の警戒のせいでよく眠れないであろうことが予測できた。

「ご安心ください、私と段蔵で押さえておきますので」

「最近の昌幸さんはやりすぎですよ」

 おお、やっぱり小太郎は役に立つ!

 いやまあ昌幸や段蔵が役になっていないと言うわけではないが、こういう時に昌幸みたいにならないでいてくれるのがなんだか嬉しい。

「やりすぎとは何ですか、恋仲の二人が一つ屋根の下で一夜を共にするのですからそういうことが起こっても何の不思議もありますまい」

 いったいいつから俺と昌幸は恋仲になったのか、小一時間問い詰めたい。

「そういえば私はまだあの時の答えを出してはいませんでしたね」

 小太郎、それは今言うことかな? あとそのことについてはぜひとも「好きではありませんでした」との回答を頂きたい。

「え! 小太郎さんも旦那のこと好きだったんですか⁉」

「それはまだ考え中です」

 なんだ、まだ考え中なのか。

「皆さんすごいですね、自分の主の旦那様に思いを伝えるだなんて」

「婿殿が断れば何の問題もないのですよ」

「私はまだ本当にそうかわからないので」

 何だか段蔵も来そうで怖いな、なんか流れ的に。

 でも段蔵はさすがにないか? 多少特殊な感情もあるかもしれないが、それもこの前の信じる信じないである程度そっちに流れていると思うし。

 だがまあ怖いからさっさと話を打ち切ろう。

「みんな、俺はかなり眠いんだが・・・寝てもいいか?」

「はい、お休みなさいませ、婿殿」

「お休みなさいませ」

「お休みなさいませ、旦那」

「ん。じゃあ昌幸はよろしく」

「私の扱いはやっぱりおかしいと思います」

 そんな昌幸のつぶやきを最後に聞きながら、俺は眠りについた。

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