やるべきこと
「わかってはいましたが・・・それが正しいと、そうするであろうとわかってはいても、やはり意外といいますかなんといいますか・・・」
昌幸が何やら言いよどんでいる。
言いたいことは大体わかっているが。
「そんなに長政を置いてきたのが意外か?」
今いるのは小谷城の城下町、前に来たときと変わらず町には活気がない。目につく人たちもやはり富裕層ばかりだ。そして俺たちも、そんな小谷の町の中を歩いている。長政とはついさっき小谷城で別れたばかりだ。
「いえ、ですからわかってはいたのですよ? これでも」
昌幸たちの頭の中での俺がどんな人物なのかはこれまでにある程度分かってきているからこちらとしても驚いたり怒ったりはしないけどな。
「あれが正しかったから、ていうのはもちろんあるけど・・・期待しているからっていうのもな」
「期待、ですか?」
「ああ」
長政と久政、どっちがやり遂げるのかはわからないが、長政ならできるという期待がな。
あと長政の最後のつぶやきにはドキッとさせられた。
「で、何か収穫は?」
「・・・」
まあ分かってはいたが、収穫なんてあるわけないか。
今いるのは小谷城。まだ二回目、だがされど二回目、小谷城に来たのは行きとこの帰りで二回目なのだが、小谷城を見たあの感動は全くと言っていいほどに色あせておらず、それに加えて実際に中に入って見てきたからこそ外から見て新ためてそびえたつ小谷城が堅城だとわかってくる。
将軍様と別れて数日、俺たちは淡海を渡って北近江まで帰ってきた、それが何を意味しているのかというと・・・。
「お、尾張まで・・・」
「付いて来ている暇があるのか?」
長政との旅の終わりだ。
しかし長政が尾張までついてくると言い始めている。
だが当然ながら連れて行ったりはしない、播州までは淡海を渡るのとどちらにしても近江まで帰ってくる予定だったから連れて行ったが本当はそれもやりたくはなかった。
なんだかんだといっても浅井家は立派な戦国大名で長政はその跡継ぎだ、それがろくな護衛もつけずに領外を歩き回っているというのは正気の沙汰だとは思えない。
今回は一応だが長尾・武田・北条の推薦する三人が護衛としてついてくれているから妥協したが。
とにかく孝高の時と同じような理由で駄目なのだ。
「どうしてついてきたいのかはわからないけど、今長政には浅井のためにやるべきことがあるだろう? ならそれをやらないと」
浅井はまず、ほとんど六角に完全服従しているこの状態を何とかしないといけない。
正直に言えばこっちの久政に会ったことがないからどっちがやるべきか、やったほうがいいのかなんてことはわからないからこの発言が正しいかどうかなんてわからないが。
「自分の知らない土地へ行き知らない人たちに会い見聞を広げるのも今の僕にとって必要なことだと思います」
「・・・本当にそう思っていて、そうしたいと思っていて、それが正しいと思っているのなら、ついてこい」
俺はそれだけ言って長政に背を向けて歩き出す。
「・・・わかってますよ、そんなの」
後ろで小さく、長政のつぶやきが聞こえた。
あのつぶやきは俺のことを思ってくれている気持ちが浅井のことを思う気持ちと天秤にかけられるくらいには大きいのだと、そう思ってしまってもよいのであろうか。それともやるべきことはわかっていると本当にただそれだけを言っただけなのか。最後のつぶやきがとても寂しそうな、辛そうな、そんな風に聞こえたのは俺の妄想か何かのせいなのか・・・。
「細かいことは考えなくていい、長政は自分のやりたいことをしている、貴久も正しいと思ったことをした、ただそれだけ」
向日葵の言っている通りだな、結局のところ人の心の内なんて誰にもわかるわけがないのだ、なら細かいことをいつまで考えていても仕方がない、二人ともやりたいことと正しいと思うことをしただけ、それだけだ。
「それにしても、貴久殿は勢いや流れで行動することが多いようですね」
「どうしてそう思うんだ、小太郎」
小太郎がさっきまでの話でまったく関係のなさそうなことを聞いてきた。
「小寺殿の時なんかもそうでしたが、今回もこんな時間に小谷城を出てしまいました」
「・・・」
見上げた空はなんだかあかね色に見えた・・・いえ、見えます、はっきりとあかね色に! ええそうですよ今回も俺はすぐにでも宿を探さないといけないような時間にただで泊まれそうな最高の寝床を放り出して野宿していようとしていますよ! しかも今回はまだ町中だから野宿できる場所につくころには真っ暗だろうな、準備にかかる時間のことを考えたら野宿だってまともにできるかどうか怪しいよ!
「宿に・・・泊まろう」
べ、べつに宿に泊まったら死ぬってわけでもないし、お金が全くなくなるわけでもないし・・・だからいいんだよ!
「ではできるだけ安い宿を探しましょう」
「あとぼろいことも」
向日葵が小太郎の当たり前? というよりありがたい条件に普通の状態でもつけないであろう変な条件を付け加えてきた。
「なんでぼろい方がいいんだ?」
「そうすると夜中寒くて貴久が私に抱きついて来るかもそれない」
「小太郎、ぼろいかどうかはどうでもいい、安いところで頼む」
向日葵の提案なんて無視だ、全く必要性を感じない。
「では、行って参ります」
そして小太郎が音もなく唐突に消える。やはり忍びはこうでなくては。
「貴久、顔に出すぎ」
「何がだ」
「そんなことしなくても勝手に抱きついてくるだろうし抱きつくだろう、とか考えてるでしょ」
はい、その通りです。
いやだってさ~、夜中にりょうが布団に潜り込んできたときなんかは特になんだけど、なんか気持ちいいんだよ、あと誰でもいいと思うんだけど安心するんだよね。
だからまあ最近は誰かが近くで寝ててるとぎゅっとする癖のようなものがつき始めている。
「わかっているなら何も言わずに安い宿を探せ」
結局小谷城の城下町の外れにある小さな宿の大部屋にみんなで寝ることになった。
小さな宿の小さな大部屋、今日はここで皆とざっこ寝だ。
ちなみに当然ながら夕食なんてついてはいない、先の世のホテルか何かのように至られり尽くせりなサービスなどありはしない。だがその分安くすむのはありがたい話だ。
「うわ、本当にうちにお客さんが泊まってる」
部屋に入ってボケ~と夕食を一食抜いたくらいなら死なないよな~とか考えていると、いつのまにやら入り口に残念ながら結構可愛い女の子が立っていた・・・残念ながらこれで向日葵先生のご機嫌が多少なりとも悪くなるのは決定かと思われる。
「えーと、この宿の人かな?」
もう向日葵先生のご機嫌が悪くなるのは覚悟して、開き直って普通に女の子に話しかける。
だが決して女の子と仲良くなりたいからという理由ではないことは理解してもらいたい。
「そうだよ、あたいはこの宿の娘の『せん』だよ」
せんですか、どうでしょうね~『銭』とか書いたりはしないのだろうか? そしたら全力で『貫』という子を探してもいいと思う。りょうも入れて三人で長屋で暮らしてくれたらなんとなく面白そうだ。
「そうですか、一晩ですがよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ、こんなみすぼらしい宿なんかにようこそおいでくださいました。さあ、もてなしてほしいのならさっそく袖の下でも」
この子の名前は銭で決定だな。なんだかお金にがめつい気がする。
「悪いがそういうのは無理だ、こっちも金がなくてな。正直に言ってここを選んだのも安そうだったって言うのが一番だ」
こういう感じの子にははっきりと言わないとな。
「はいはい安いですよ~、私の気持ち次第でですが」
この子も随分と輝く綺麗な笑顔で汚いこと言うな~。
「じゃあ・・・これで」
最近女の子に弱いと気づかされてしまったのでもう開き直ってジャンジャンバリバリ優しくすることにした。
そして女の子に渡したのは・・・金平糖だ。
この前堺で景虎たちへのお土産を選んでいた時にみんなのおやつにでもなればと思って買っておいたのだ。
「金平糖かな?」
「およ? 知っていたのか」
金平糖は今ポンと出したがそれなりに値が張っている、この宿の状態を見るに金平糖を買えるようなお金の余裕があるようには思えない。
「うん、前に寄って行った気持ち悪い男の人が忘れて行った」
「気持ち悪いって・・・」
そんな奴が忘れて行ったものなんて食べるなよ。
「いやいや、顔じゃないからまだ大丈夫ですよ」
「顔じゃないとしたら・・・性格か?」
「そうなんですよ、もう気持ち悪いったらなくて」
見た目が大丈夫でここまで言われているとなんだか相手も可哀想な感じがしてくるな。
「話し始めたら延々と歯の浮くようなことを喋りだしてさ、もう耐えられなかったから出て行かれること覚悟で「気持ち悪いです!」ってはっきり言ってやったんだけどね、そしたらそいつなんて言ったと思う? 「そういうこという君もかわいいね」って言ったのよ! も~気持ち悪くって、その日は山の中で野宿したんだ」
これは確かに気持ち悪い、初対面の男にこんなことを言われたら誰だって気持ち悪いと思うだろう。
・・・俺と景虎は別だからな? 棚に上げているわけでも何でもないからな? あれはほら、互いに一瞬で一目ぼれみたいな状態だったから。
「で、そこまで気持ち悪いと思っていた男が忘れていったものを食べたと」
「・・・だんだん気持ち悪くなってきた」
せんが口に手を当てて吐きそうだと訴えてくる。そんなものを食べた本人が悪いから知らない。
「まあ食べ物を粗末にするわけにもいかないし、仕方がないか」
でもやっぱり女の子にはちょっとやさしくというかなんというか・・・ね?
「あんがと、じゃあおもてなしはこれくらいで。この金平糖分くらいは働いたかな」
その金平糖はそんなに安くはないと思うのだが・・・まあいいか。俺のお金じゃないからいいか! ・・・よくはないか。
せんがおいしそうに金平糖を食べる。
俺としてはさっきのお喋りよりもこの笑顔のほうがよっぽど嬉しいが、そんなことを言うと気持ち悪いとか言われそうだし、向日葵先生には殴られそうだしだしで怖くて口にはできない。
「貴久、今夜は気を付けたほうがいい」
向日葵が怪しげな笑みでこっちを見ている、どうやら思っただけでも伝わってしまうようだ。これは愛の力か何かだろうか?
「ところで、食事はどうするのですか?」
とらが聞いて来た。
なんだかんだでここまでの旅の間とらの料理を食べていなかったことを思い出した。これまでの旅での食事はどこかの店で食べるか小太郎たちが狩ってきた何かしらの肉を焼いて食べていただけだったからわざわざとらが料理をするようなことがなかったのだ。
「久々にとらの料理が食べたいな~」
思わず口にしてしまったが材料も何もないこの状況で愛しいおみそ汁を飲むことはかなわない。それ以前に何もつくることなんてできないだろう。
腕のいい料理人が何人いても食材がなければ美味しい料理は作れないのだ。
「お金さえくれれば私が作ってもいいよ?」
せんが当たり前? いやこっちだとそんなことはないのかな? まあどちらにしてもちょっとありがたい提案をしてくれる。
「気持ちはありがたいけど、今俺が食べたいのはこの子が作ってくれる料理だからね。もしよかったら食材だけ融通してもらえないかな?」
とらの頭をなでながら言う。
せんの提案はありがたいが、こうしてもらえるのならこっちの方が俺としてはありがたいし、たぶんだがとらも作りたくてこんなことを言ったのだろう。
「ん、別にいいよ、こっちは貰うもの貰えればなんだってするよ」
便利屋かよ、いやこっちで言うなら万屋かな? まあどっちでもいいがさっきの言い方だとかなり怪しい仕事とかしていそうで怖い。
「じゃあお言葉に甘えて頼もうかな」
「頼まれましょう、あ、お代は先払いね」
「はいはい」
と俺が返事をしたが、お金を渡したのはとらだ。
実は俺、いまだにこっちの世界の相場がどの程度なのかをほとんど把握していない。だからお金が絡む何かをするときは必ず誰かと一緒に行動するようにしているし、お金のやり取りもその相手に任せている。
自慢じゃないが、こっちの世界での相場で覚えている価格は景虎との思い出の団子だけだ!
「そんじゃ、ちょっと行ってくるね」
そんなあまりにも情けないことを頭の中で考えていると、いつの間にやらとらがせんにお金を渡し買ってほしいものを伝え終わっていたようだ。
「私が買いに行ってもよかったのですが」
とらがなんだか自分の仕事を取られてしまったとでも言いたげな顔でせんが出て行った障子を見つめていた。
「でもとらは小谷の町のことなんてわからないだろ、ここはわかる人に頼っておけばいいさ」
俺が現在頼るしかないから自分を正当化しようてして言っているように聞こえて嫌だな、これ。
「そうですかね?」
「そうだ、たぶん」
いいよね? ここは頼っていい場面だよね?
「兄ちゃん、眠い」
そんなところに突然りょうが眠たそうに目を擦ってふらふらとこちらに向かって歩いてくる。
「そうかそうか、なら寝ちゃっても構わないよ」
りょうはふらふらと俺のところまで歩いてくると、そのまま胡坐をかいて座っていた俺の脚の上に座って寝てしまった。
俺は軽く触っているくらいの力でふんわりとりょうを抱きしめる。・・・幸せだ。
「旦那、どうしてそんなにも幸せそうなのですか?」
段蔵に言われて気持ちが表に出ていたことを自覚する。そしてなんだか周りの目が冷たい。
「いや、だってさ、最近りょうが段蔵にばっかり甘えててさ、その・・・寂しかったというかなんというか・・・」
「貴久、言ってくれれば・・・」
「貴久様!」
向日葵が何か言いかけていたが、その言葉はとらの大きな声にさえぎられてしまった。
「あのあの、その!」
「落ち着け落ち着け落ち着きなさい。どうしたんだ、とら」
顔が近くて困ります。
「あのあの、つまり貴久様はもっと甘えてほしかったってことですよね⁉」
「まあ・・・そうと言えないことも・・・」
というか甘えてほしいと言うのは最も的確に俺の心情を言い表していると思う。なんの力もないくせにとは思うがそこは仕方がない。
「じゃ、じゃあ! ちょっとだけですから!」
とらが左腕にぎゅっとしてきた。左腕にかかる重みがなんだか心地いい。
これはとらが俺に甘えているのだろうか? 堺では結構な時間手を握っていたから何とも思わないのだが。
「じゃあ右腕は私」
そして当然のように向日葵が右腕を抱いてきた。
「なら私は背中から」
そしてなぜか昌幸が便乗するようにして俺の背後に回った。
「いや昌幸はそんなことしないだろ?」
昌幸の動きがぴたりと止まる。
「それは・・・どういうことでしょう?」
「どういうことって・・・なんとなく見た目と普段の言動から、かな?」
なぜだか昌幸が暗い顔をして俺から離れて元いた場所まで戻っていった。
あれ、もしかして本気で俺に甘えたかったとか? いややっぱり昌幸だと想像できないな~。
「旦那! 私は駄目ですか?」
「段蔵なら構わない」
「やった!」
段蔵が俺の背中に回って抱き付いてくる。
女の子に囲まれて幸せだな~・・・とは考えていない。だって目の前の昌幸先生が怖いんですもの。
昌幸は笑顔だ、しかしその笑みは不規則にぴくぴくと痙攣していた。
「貴久殿・・・怒っていいですか?」
「嫌です」
「貴久殿が怒られて喜ぶか喜ばないかという特殊な癖など聞いてはおりません、怒っていいか駄目なのかを聞いているのです」
「じゃあ駄目!」
「じゃあ怒ります」
昌幸がゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。景虎たちなんかと違って威圧感や敵意なんかは感じないが、ひきつった笑みと何となく感じる雰囲気で怒っているということだけは分かった。
「まあまあ待て待て、何で怒ってる? どうしてそんなに怒ってる?」
怖いです怖いです、周りを女の子に囲まれて幸せだなんて感じません、身動き取れないです逃げられません最悪です!
「残念です、それを聞かなければもう少し穏便に済ませようと思っていたのですが」
あかん、火に油を注いでしまってようだ。
「そのままじっとしていてくださいね、痛いのはお嫌いでしょう?」
そして昌幸の顔がだんだんと近づいて来て・・・額にやわらかくて暖かい感触が。
「本当は唇の方が良いのですが、そこまでするとお屋形様に首をはねられそうだったので」
あかん、昌幸が可愛い。
余裕そうに話しているがその顔は自分でも恥ずかしいのか真っ赤になっている。あと狙っているのかどうかは分からないが、その赤くなっている顔がちょうど俺の視界いっぱいに収まる距離でとまっているのはかなりドキドキする。
「俺から言わせてもらえばこれも十分に駄目なんだが」
「それはそんなにも弱い婿殿がいけないのです。私はただ自分の女に素直になっただけですから」
ええ~この時代の人ってもっと自我を押し殺して生きているものじゃないの? 昌幸みたいにそれなりの地位にいる人ならなおさら。
でもよく考えたらそんなことはないのかな? 景虎や晴信、くーちゃんの三人なんかは思いっきり自我を爆発させているからな。
「どうなっても知らないからな」
「それはどういう意味で?」
昌幸が嬉しそうに聞いてくる。恐らくわかっていて聞いているのだろう。
「本気で好きになっても知らないからな」
「確かに真田昌幸は困ってしまいますね」
しかし、やっぱり昌幸は嬉しそうだ。
「しかし、私は嬉しいですよ」
話し始めてから終始、昌幸は笑顔だった。




