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素早く

「さあ朝ですよ、貴久様! 起きてください!」

「いやだ、もう少し寝る」

 はいやっぱりとらが朝早くに起こしてきました。

 でも俺は眠いのだ、昨夜は昌幸と小太郎と話していたから眠いのだ、だから俺はまだ寝るのだ。

「そんなこと言っても駄目ですよ、理由は知りませんが貴久様が勝手に夜更かししたのでしょう? ならそんなのは知りません、早く起きてください!」

 とらが強く俺のことを揺さぶってくる、頭が揺れて気持ち悪い。

 そんなとらから逃げようと寝返りをうつと、頭がかっちりと捕まれた。

「貴久」

 耳元で聞こえるのは向日葵の声。まだ完全に目が覚めていないこともあるが、それでも耳元で喋っているのに聞き取れた声はとても小さくて回りのみんなには聞こえていないと思われる。

「このまま起きないなら・・・襲う」

 襲う? 痛いのは嫌だな~、でも起きたくはないな~。

 そうやってうだうだと考えていたのが起きる気がないと判断されたのだろう、向日葵が俺を襲い始めた。

「いただきます」

 俺の耳に何やら温かくて濡れている何かが触れ、それが俺の耳の中に侵入してきた。

「ふにゃーーーー!」

 見なくてもわかる、これは間違いなく向日葵の舌だ!

 向日葵の舌が耳の中でうねうねと(うごめ)く。背中にぞくぞくと快感が走り、背筋をピンと伸ばしてびくびくと震える。

「ちょ! こりゃ! ひ、ひみゃわり!」

 頭が電気でも流れているかのようにビリビリと痺れる。

 逃げようとするのだが、向日葵がその小さな体からは想像できないものすごい力で押さえつけてきていて逃げられない。

「ほひる?(起きる?)」

「・・・!」

 向日葵が舌を入れたまま何かを喋る、その息が耳をくすぐりそれに合わせて反応するように体がびくびくと震える。

「ほひはいはらほっほひゃふ(起きないならもっとやる)。」

「あ、やめ・・・お、起きる・・・起きる・・・から」

 うまく力の入らない手で必死になって向日葵を引き剥がそうとしながら声を絞り出す。

「起きるなら仕方がない」

 起きると言ったら思いのほか簡単に向日葵が離れてくれた。

「次の機会があったら・・・反対の耳」

 以前寝過ごして仕事をサボってしまった時に寝坊はしまいと誓った、そして今回は夜更かしはしまいと誓った。


「堺です!」

 そんなことは見ればわかる。

 にしてもとらは今日も元気だ。長屋で見るときなんかはおとなしくていい子なんだが、堺に来た瞬間に別人のようにはしゃぎだしてしまう。まあとらがたまにこうしてはしゃいでいるのを見るのは微笑ましいからいいのだが。

「さあでは早速あそこの茶屋に・・・!」

「待て」

 俺は目の前の茶屋に突撃していこうとしているとらの腕をつかんだ。

「すまんが俺は用事がある」

「お腹がすいているんですね? お食事ですね! ではやはり早く目の前の茶屋に・・・!」

「待て」

 とらの頭を後ろからでこぴんして止める。

「いったーい! 痛かったですよ貴久様! 今のは本当に痛かったですよ!」

 とらがでこぴんされた後頭部を抑えながら涙目で叫んでくる。怒っているのに可愛く見えてしまうのはとらが悪いんだよな?

 そんなに痛いものだろうか? まあ本気でやりはしたのだが。

「俺は今からお土産を買うためにそういうものを売っている店を見て回りたい。だからとらが俺についてくるか、二手に分かれるかしないといけない」

「二手に分かれましょう!」

「・・・」

 迷いがなかった、当たり前のように答えた・・・なんかショックだ。

「・・・そうか・・・じゃあ、皆はどうする?」

「私は兄ちゃんについていく!」

 真っ先に声を上げたのはりょうだ。やっぱりりょうは可愛い! いい子だ!

 ・・・決してとらが付いて来てくれなかったのが寂しかったわけではない。

「なら私はりょうちゃんについていった方がいいですかね、旦那」

 段蔵はりょうのお守りを買って出てくれたようだ。

「とら様にも誰か付いていかなくてはなりますまい、私がとら様についていきましょう」

 小太郎はとらの護衛をしてくれると。

「おや? これは婿殿の護衛は私ということでよろしいのですかな?」

 昌幸がなんだか嬉しそうに聞いて来た。

「違う、貴久の護衛は私」

「僕も久兄様についていきます」

 まあ向日葵と長政はそうなると思っていた。

「小太郎、一人で大丈夫か?」

「はい、とら様一人お守りできぬようでしたらこの旅に付き添ってはおりません」

 それもそうか、くーちゃんが選んだ護衛だし、その相手はあの風魔小太郎だ、余計な心配だったか。にしても小太郎は頼もしい。

「じゃあ頼んだよ、小太郎」

 つかんでいたとらの腕を小太郎にわたす・・・なんだか犬のリードをわたしたみたいな気がする。

「それじゃあ行ってらっしゃい、とらは小太郎にあんまり迷惑をかけるんじゃないぞ」

「はい! では行ってきます!」

 とらは元気に茶屋の中へ駈け込んでいった。

「じゃ、俺たちも行きますか」

 俺はみんなを連れて近くのかんざしくしなんかを売っている店に入った。

 店の中にはたくさんの品が並んでいた。見ただけで高そうで買う気の全く起きない櫛もあれば本当に安いのにそれなりにいい感じの品もある。

 で、こんな感じの品を景虎や晴信にお土産として買って帰ろうと思うのだが・・・。

「どんなのを送ったら喜ばれるのだろうか?」

 いかん、景虎と晴信の好みがわからない。

 とりえず景虎は髪が長いし美しいしと言うことで櫛か簪を選ぼうと思ったのだが・・・どんなのをあげたら喜ばれるのかさっぱりわからない。

 晴信なんてさらに何を上げたらいいのかわからない。

「私に二人の好みを聞いてきたりしたらそこらじゅうにある簪をひたすら貴久の喉に刺しまくるから」

 実際に聞こうとしていたわけではないし聞きはしないからいいのだが、そんな恐ろしいことを言わないでほしい。

「昌幸」

「お屋形様の好みなんて知っているわけがないではありませんか」

 当たり前のように言わないでほしいが、晴信がそんな感じの子だから仕方がない。

「一応言ってはおきますが、お屋形様は貴久殿が選んだものならなんでも喜んでくださいますよ」

 本当にそうだろうか? 俺だったら景虎や晴信にお土産をもらったらなんだって嬉しいが、あの二人がそうかどうかは分からない。

 でもそんなことを考えていても仕方がないから早く選んでしまおう。

「じゃあこのシンプルな櫛と簪にするか」

 景虎には簪を、晴信には櫛をあげるつもりだ。

「婿殿、シンプルとは?」

 くそ、英語を使ってしまった。こっちに来てからは使わないようにしていたんだけどな~。でも堺でぺらぺらと英語で話した後だから今更なのかな~。

「・・・えーと、南蛮の言葉で無駄な飾り気なんかがないってことだ」

「なるほど」

 あってるかな? simple is best! とか考えていたら口に出ちゃったから説明したけど・・・あんまりあっている自信がない。

「婿殿、確かに我らのお屋形様はそのシンプルな櫛で良いとは思いますが、長尾殿はシンプルなものよりももっと華美なものか実用的なものを好みそうな気がするのですが」

「どうして笑顔で言った。実用的というのが何に対してなのか言ってみろ」

「忍び込んできた刺客を消すのに、とかでしょうか」

 こいつは悪びれもせずに・・・まあそれが昌幸か。

「それができることに問題はないが、それを基準にして選ぶつもりはない。あとその刺客というのは昌幸自身のことを指してるのか?」

「私はお屋形様の家臣ですよ?」

 こいつ否定しなかったよ、驚きだよ。

「・・・まあいい。とにかく、これにするよ」

 景虎だって女の子だ、俺の可愛い奥さんだ、自慢の奥さんだ、そんな物騒な基準で選びたくはない。

「婿殿がそれでいいと思っているのならそれでいいのですが・・・」

「なんだ?」

「ずいぶんと早く終わってしまいましたね」

「・・・」

 その後俺は他にもいくつかの店を巡って景綱さんや信繁たちのお土産を買って回って、一刻ほどしてからとらと小太郎に合流した。

 その後はとらと一緒にたくさんの店を巡ってたくさんの料理を食べた。

 何の問題も起こらず、楽しく堺の観光ができた。

 そして翌日の早朝、俺たちは京へ向けて出発した。

 できたらあのめんどくさそうな将軍様には会いたくない。

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