真田昌幸 人はこの気持ちを恋と呼ぶのでしょうか?
「向日葵、とりあえず離れてくれ」
「絶対にいや」
「りょう、離れてくれ」
「いや!」
「とら」
「いやです!」
帰ってきたらこうなりました。3人が俺にくっついて離れません。
3人とも突然いなくなってしまった俺のことを心配してくれていたようだ。
ぼーっとしていたせいで勝手に遭難してしまったので何とも格好悪いうえに申し訳ない。
だから3人に離れるように言ってはいるが決してこちらから引きはがしたりはしない。
「3人とも、今日は疲れただろ、もう寝よう、な」
「このまま寝る」
長屋でこうして4人で団子になって寝るのなら俺も別にかまわないのだが、今目の前には普段一緒にいない人が4人もいるわけでして・・・ちょっと恥ずかしんです。
「そうです、このまま寝ます。りょうちゃんなんてもう寝てますよ」
「・・・お団子~」
もうこれはいびきと同じ扱いでいいのだろうか? 他の人が「ぐ~」とかいうのと同じくらいの間隔で「お団子~」とか言いながら寝ているのではないだろうか? ていうかさっきまでの心配はもう過去のものになってしまったのだろうか?
「じゃ、お休み・・・初夜は帰ってからにしてあげる」
向日葵が最後に耳元で本当に小さな声でドキリとする一言を残していく。
というかまだ祝言は挙げていないから今日は初夜ではない。
いやまて、もしかしたらあの小寺家の屋敷での告白から口づけまでの流れがもしかしなくても向日葵的には祝言だったのかもしれない。
あかん、向日葵があれを祝言だと思っていて俺がそう思っていなかった事がばれたりしたら夫婦初の共同作業が心中になってしまうかもしれない。
「明日は堺ですからね! お休みなさい」
だがそんな不安など関係なく、結局2人ともさっきまでの心配は過去のものとしてどこかに置いてきたようだ。早くも3人とも可愛らしい寝息を立てながら寝てしまった。
今日は結局播州からとんぼ返りしてしまった。野を超え山を越え、結構な長旅をしてやってきた播州だったが、滞在した時間は近江よりも堺よりも短かった、京よりは長く滞在してはいたがずっと寝ていたので体感では京にいた時間よりも短い。今日は結構歩いたし、俺が倒れたり遭難したりで心労なんかも溜まっていたのだろう。
「ゆっくり寝なさい」
だから3人の小さな我儘くらいは聞かなくては罰が当たってしまう。
「あの、久兄様」
3人が完全に寝てしまったと思われたところで長政が話しかけてきた。
「前々から気にはなっていたのですが・・・久兄様はもしかして越後の・・・」
「なんだ、気づいてなかったのか?」
まさか今まで気づいていなかったとは。そこにも驚いたがそれを今まで聞かなかったことも驚きだ。
「では、改めて、越後国主の夫である加藤貴久殿にもう一度質問させてください・・・どうして久兄様はあの時僕に「尊敬しています」とか「応援している」だなんて言って下さったのですか?」
げ、今になってまたそんなことを聞きますか、答えにくいことを聞きますか。
「実は私も気になっていました、加藤殿の中には何か深いお考えがあるのでしょうが、いつもまったくと言っていいほど行動の理由が見えてきません。忍びの身でこんなことを聞くこと自体おかしなことではありますが、よろしければ加藤殿のお考えの一端だけでもお聞かせ願えないでしょうか」
げげ、小太郎が便乗してきた。
「ならば私も、いろいろと気にはなっているのですが・・・そうですな、では初めて会った時にお屋形様の名前を知っていたこと、逆に名前さえも満足に知らない小寺殿に会いに行ったこと、他にもあったと聞いていますがこれらのことを知っていたり知らなかったりする理由を教えていただけませんかな?」
げげげ、昌幸まで変なことを言い出してしまった。
というかどうして皆そろって「先の世で史実として知っていたからです」としか答えようのないことばかり聞いてくるんだ。
いやまあそんなところばかり曖昧にしているから仕方がないんだけどさ。
「みんな揃って困ることを聞いてくるね」
さーて段蔵の時よりもどう答えようか悩んでしまう。てか答えようがない。
苦笑いを浮かべながらどうしようか悩んでいると意外にも段蔵から助け船が出た。
「旦那、いまの皆さんの質問は答えないといけないようなことなのですか?」
「いやそんなことはないと思うが」
「なら答えなくてよいのです。我々は旦那を信じて衛としての役目を果たすだけです」
「僕は護衛じゃないんだけど」
「それでも旦那のことを信じていればあんなことは些細な問題です」
段蔵が胸を張って堂々と告げる。
段蔵が依存とかしないかと心配したがこれは違うと見た、段蔵は単に頭が弱い子なだけだ。
あとなんだか犬みたいだ、今もなんか誉めて誉めてみたいな目で俺のこと見てるし。
「婿殿、この話は無理に聞き出すようなことではありません、そもそも我らは聞き出すなんてことができるような立場でありません、ですから「言いたくない」と一言いってくださればよいのですよ」
昌幸が当たり前のことを当たり前だと言ってくる。これは暗に「当たり前のことくらい当たり前にできるようになれ」としかられているのかもしれないな。
「僕にとっては些細な問題ではないのですが」
なんか昌幸が話を終わらせてくれたような気がしたが、長政はまだ納得していないようだ。
不満そうにわずかに膨らませた頬は不機嫌さを感じさせようとしているのだろうがそんなことはない、逆に可愛いと感じてしまう。
「ん~じゃ長政の質問だけ答えておこうか」
「本当ですか!」
自分から聞いておいてそんなに意外そうな嬉しそうなよくわからない顔と反応をしないでほしい。
「えっと、尊敬してるとか応援してるとか言った理由だっけ?」
「はい!」
「たぶん浅井が歴史の表舞台で500年先の世でも燦然と語り継がれるような存在になってほしいと本気で思っているからだ」
「どうして浅井にそんなことを? それこそ久兄様が自分で長尾を・・・」
「長政、君は無理だと思っているのか? 浅井を何とかしようという気持ちはもうなくなってしまったのか?」
「いえ、そんなことは・・・」
「ならさっきの「どうして浅井にそんなことを?」というのは言ってはいけないな。言うにしても先に「お任せ下さい」くらいのことは言わないと」
とたんに長政が悔しそうな顔をして俯いてしまった。恐らくは自分でも今の発言が失言であると感じたようだ。
「ま、そんなわけで俺は浅井のことを信じているから、辛くなったら思い出してみてくれ、信じている人が一人いる、そう思うとなんとなく頑張れるものだ」
この言葉はもちろん長政に、しかし言っている途中でちらりと段蔵を視界の端に捕らえる。俺は段蔵の表情を確認できなかったが、なんとなく笑っているような気がした。
「なら・・・困ったときは・・・頼ってもいいですか?」
「今からそんなに弱気ではいかん! とか言いたいところだけど、俺が逆の立場だったら無理だって言った逃げ出しているだろうからな、俺なんかで良ければ頼ってくれて構わない・・・何にもできないだろうけどな」
「では、見ていてください! 僕は必ず浅井家の名を天下に轟かせて御覧に入れます!」
「その意気だ、しっかりやれよ」
快活そうな少年のような笑顔の中にわずかに堂々とした風格みたいなものを感じさせる長政の態度を嬉しく思いながら俺は精一杯の応援を返した。
「では、そろそろ休みましょうか。みなお疲れの上に明日も早くなるでしょうからな」
昌幸が今度こそ話を閉めにかかった。
今度はみんな思い思いの格好で本当に寝ようとし始めた。
「火の番は我々3人がしておくので、婿殿はゆっくりと休んでくださいね」
「そうか、では遠慮なくそうさせてもらおう」
俺も疲れていたのだろう、昌幸に一言ことわった後すぐに眠ってしまった。
「婿殿・・・婿殿」
耳元で小さく俺のことを呼ぶ声が聞こえる。
「婿殿」
婿殿、と呼んでいるのだから相手は昌幸だろう。
「なんだ、昌幸」
眠いことは眠い、だがなぜか俺の意識は昌幸の声に掬い上げられるかのように覚醒した。
「起こしてしまって申し訳ありません」
しかし昌幸の顔には申し訳ないなんて色はない、とりあえず起こしたから言っておいただけだろう。
「何かあったのか?」
話しかける昌幸の様子を見ても軽く回りを見てみても特に何かが起こっている様子はない。
「何もありませんよ。ただ婿殿と少しゆっくりと話してみたかったもので」
昌幸が笑顔でそんなことを言ってくるものだから少しドキリとしてしまう。
昌幸のことは基本的に可愛い女の子と認識しているからこんな寝起きなんかに可愛いところを見るところっとやられてしまいそうでいけない。
「一応晴信との祝言のあとに話しはしたんだがな」
「あれはお屋形様のためにしたことなので別ですよ」
だからそんな風にちょっと首を傾げて人差し指をほほにあてるみたいな可愛らしい動作をするな、惚れてまうやろ!
「話すのは構わんが、三人を起こさないようにな」
俺はそのついでに三人の頭を順に撫でておく。三人が何となく笑ったような気がするのでちょっと嬉しくなった。
「それで、何を話そうか」
「なんでも構いませんよ、私はあなたに興味があるだけです、話す内容などなんでもいいですし正直話さなくてもいい、私はあなたのことが知りたいだけです」
もうちょっといい雰囲気で言ってきたりしたら本当に惚れてしまっていたかもしれない。
本当にこのまま旅を続けていたら昌幸と恋仲くらいにはなってしまいそうだ。
「じゃあ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ええ、構いませんよ」
昌幸のお許しをいただいたので、ちょっと失礼かもしれないが聞きたいことを聞いてみた。
「その目っていつも開いているのか?」
そう、この事がずっと気になっていた。
昌幸のアニメや漫画よろしく開いているのか開いていないのかわからない目。本当のところ開いているのかいないのか一度はっきり確認してみたかった。
「婿殿、これが開いているように見えますか? 婿殿の方こそちゃんと目は開いておりますか?」
えぇ~まさかそんな風に返されるとは・・・いや確かに開いているようには見えないけれども。
「まさか婿殿、今の言葉を信じていたりはしないでしょうね?」
「え?」
俺は本当に開いていないと思っていた。もう昌幸は心の目で何でも分かる生き物だと思い始めていた。
「目を開けずに前が見えるわけがないではありませんか。私は今婿殿が面倒くさそうな顔をしているもしっかりと見えておりますよ」
どっちなんだよ、お前の目は開いているのかいないのか!
「・・・開いてるんだな?」
「はい」
「・・・」
「・・・」
「わからん」
「おや、私の言葉を信じてはくださらないのですかな?」
「信じてるよ、だから昌幸に目は開いている、それで納得した。でも俺にはどう見ても開いているようには見えない、今度は俺の目が開いているのかどうかわからなくなってきたよ」
「ちゃんと開いておりますよ」
昌幸の目が、俺でもなんとかわかるくらいにわずかに開かれた。
「その眼で見たから、我らがお屋形様の素晴らしさに気がついたのでしょう? この世にお屋形様以上の女性はおりません」
俺の中では残念ながら晴信はたった一人の1番ではないが、昌幸の言葉は武田家の家臣という立場から来ているのかそれとも本気でそう思っているのか・・・。
「そうだな」
だが細かいことはどうでもいい、俺の中で晴信が景虎たちと並んでいて、そろって1番であることは間違いない。
「これからもお屋形様と共にいてください」
「ああ」
言われなくてもそうするさ。
「あと・・・できることなら私の傍にも」
「・・・」
「・・・」
ついつい見つめてしまった昌幸の顔が赤らんで見えたのは昌幸が照れていたからだろうか、それとも赤々と燃えるた焚火がそう見せているだけなのだろうか・・・。
「男に簡単にそういうことを言うなよ、俺以外だったら押し倒しているかもしれないぞ」
「それは婿殿から見て私に魅力がないと言うことでしょうか?」
「だったらこんなに顔は赤くなっていない」
自分では確認することができないが今俺の顔はそれはもう真っ赤なりんごと並べても区別できない程に赤くなっていることだろう。
「私と同じように、焚火のせいにしておけばよいものを」
「・・・そうだな」
「・・・」
「・・・」
「婿殿」
「なんだ」
「人はこの気持ちを恋と呼ぶのでしょうか?」
こんなことを聞いてきた昌幸の顔は笑顔で、その眼は確かに開いていた。




