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加藤段蔵  人の言うことを信じる

「私は屋敷を発ったことには賛成」

「私はどちらでも構いませんよ、野宿も楽しいものです」

「僕はもともと付いて来ているだけなので」

「たかいたか~い!」

「わーい! たかー・・・兄ちゃんほど高くないけどわーい!」

「野宿でも構いません! 少しでも堺に向かって進んでおきましょう!」

 みんなが俺に思い思いの意見を述べてくる。

 さてどうしたものか・・・宿を借りるか、野宿するか。

 どうしてこんなことを考えているのか・・・答えは簡単だ、単純に手持ちの路銀が心許なくなってきているのだ。

 宿を借りたいのはやまやまだが金がないという緊急事態である。

 正確にはないわけではないが、この先尾張や三河に滞在しようと思うとちょっと心許ない額になっている。

 宿を借りてもなんとかならないことはないがそれだと尾張や三河では本当に一銭も使えないような状態になってしまう。

「野宿するか」

 一応誰も反対していないし、野宿することにする。

 りょうと向日葵ととらの三人なんかにはとくに野宿なんてさせたくはないが、今回は野営か何かだと思ってもらおう。三人だってたまにはこんなことも楽しいだろうし、尾張や三河での観光にお金を使いたいと思うだろう。

 あとついでに俺がちょっぴりキャンプ気分でテンションが上がっていることもある。

「では日が暮れる前に準備をしましょう」

 テントやマッチなんかを使った楽々キャンプくらいしたことがない俺や野営の経験ゼロの四人は野営の準備のいろいろを経験のある三人に任せて薪をひたすら拾うことになった。

「枯れて地面に落ちている枝を拾えよー、もいだりしちゃ駄目だからなー」

 薪を拾いに出るときに小太郎に注意されたことを一応繰り返しておく。

 そんなことをしなくてもいいと思うどころか言うだけ無駄だと断言できるレベルだが、他に言うこともないこの状況が辛かったので無言の状態を破るために言っただけだ。

「・・・」

 しかし誰からも返事がない。

 みんな疲れているのだろう、りょうなんて孝高の屋敷にいたときからずっと寝ていたくらいだから疲れていて話したくないんだ、そうに違いない。

 でも全く話さないなんていうのもひどいと思うわけだ、「は~い」くらいの生返事でいいから返してもらいたいものだ。

「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も。成らぬは人の為さぬなりけり」

 諦めるな、為せば成るさ。

 若干用法が間違っている気がするが気にしない。いい言葉はいつ言ってもいい言葉だ。

 しかしながらこんなにいい言葉なのに「何事も」までしか覚えていない人が多くて最後まで覚えている人が少ないのが非常に残念だ。

「格好いい言葉ですね!」

「パッキー!」

 今のは我ながらどうかと思う叫び声だったが出てしまったものは仕方がない、それが俺だと言うことだろう。

 驚いて振り返るとそこには暗くなり始めた夜の色にも負けないほどにきらきらと輝く笑顔を浮かべている段蔵がいた・・・あれ、なんか辺りが暗い。

「段蔵、もしかして俺・・・」

「皆さんはぐれたって心配してましたよ」

 さいですか、はぐれてましたか、つまるところ遭難ですか。

「さ、帰りましょう」

 元気に手を差し出してくる段蔵の手を握って俺は歩き出した。

 段蔵は暗くなり始めた森の中をすいすいと進んでいく。俺はみんなから離れてしまったことも辺りが暗くなってきていることにも気がついていなかったくらいだからもちろん帰り道もわからないので、段蔵に手を引かれながらその後についていくだけだ。

「なあ、段蔵」

「なんですか?」

「京でのことは覚えてるか?」

 みんなのもとに帰る途中、せっかく段蔵と二人っきりになれたのでずっと気になっていたことを聞いて見ることた。

「あー、将軍様って面倒くさそうな人でしたね」

 いやそれも確かにそうだったのだが今話したいのはそのことではない。

「そうじゃなくて、その将軍様に会う直前の出来事だよ」

「・・・あれが、どうかしましたか」

 先ほどまでの笑顔はもうなかった。今も笑顔ではある、しかしそれはどこか猟奇的で恐ろしい笑顔だった。

「怖いですか?」

「そうだな」

「やっぱりこの顔が問題なんでしょうか」

 段蔵が笑顔のままの自分の顔に触れる。

「私は自然にしているとこの顔になるんです。小さい時はこうしていればいろいろと恵んでもらえましたから」

 恵んでもらっていたということは、元は乞食か何かだったのだろうか? 忍びの資料は少なすぎていけない。

「で、それが癖になったと」

 段蔵が暗い顔で俯く。今は自然体ではないと言うことなのだろう、その顔にははっきりと悲しみが浮かんでいた。

「久しぶりのお仕事だったんですよ、これ」

「久しぶり?」

「はい、もうみなさん私がいることなんて忘れているんじゃないかってくらい誰も私のところには来ませんでした、文もお仕事も何にも来なかったんです」

 忍びが一体どんな生活をしているのかは知らない、段蔵がいつから忍びの仕事を始めたのかもわからない、でもきっと辛かったのではないだろうか。

 忘れられているんじゃないかなんて思うほどだ、本当に2,3年くらいは放置されていたのではないだろうか。

 隣を歩く段蔵の背は小さい。俺が大きいことを差し引いても小さい。さすがにりょうよりは大きいがそれでも140cmには絶対に届いていないくらいだ。

 きっと寂しかったはずだ、それこそ誰かに甘えていたい時期に誰にも甘えられなかったのではないだろうか。

 小さい時から誰かに恵みをもらわないと生きていけない、そこから抜け出したかと思えば次は忍びになった、越後の忍びは情報収集とかよりもそのために忍び込んできた敵を始末することに長けていたという、きっと段蔵もそういう仕事をしてきたはずだ。

「それで今回、久しぶりのお仕事が来たんです。それで・・・嬉しくて、ちょっとはしゃぎすぎちゃって」

 その結果があの行動か。

 本当に張り切りすぎてしまっただけなのか、それとも段蔵のもともとの性格がああなのか、俺にはどちらなのかはさっぱりわからない、だから言うことは考えるまでもなく決まっている。

「ありがとうな、守ってくれて」

 結果的に俺はあのごろつきが地面に伏すのを見て清々した。

 段蔵の行動がどんな理由から来たのかなど段蔵が張り切ったというのならそれでいいのだ、俺はあの行動に感謝しているのだから。

「疑わないんですか?」

 段蔵がこちらを見ずに聞いてくる。その顔にはまだ悲しみが浮かんでいた。

「疑うって・・・何を?」

 疑うとは何だろう、段蔵の発言の真偽だろうか?

 と、そこで思い出した、加藤段蔵の生涯を。

 段蔵が越後に来た時は、謙信に命じられて直江家の家宝をとってきて存分に能力を示したが、それが逆に「優秀すぎる」→「味方にしておかないと危ない」→「寝首をかかれるのは嫌だ」→「でも敵になるのも危険だ」→「殺しておけば安全だ」という判断を下されて逃亡。後に甲斐で無事に仕官するが、そこでもあまりに優れた忍者としての技量を恐れられ最後には厠に入っていたところを信玄の命を受けた馬場信房に殺されたとされている。

 目の前の段蔵が今までどんな人生を送ってきたのかはわからないが、もしかしたら常に周りに疑われて生きてきたのかもしれない。

 だから俺がさらりと段蔵の発言を信じたことが、段蔵は信じられないのかもしれない。

「段蔵は疑ってほしいのか」

「ち、違います! そんな、つもりでは・・・」

「疑うのは簡単だが、疑ったところで俺にはお前の言っていることが本当かどうかなんてわからないからな、信じた方が得だし俺は段蔵のこと好きだから信じたいんだ」

 人が何かを信じる理由なんて所詮は二択だ、よっぽどしっかりとした根拠がある、もしくはただ信じたいか、だ。

 俺はただ信じたいから信じる、それだけだ。

 そして俺は言ってからちゃんと気づきました、いまの「好き」は余裕で誤解を生める発言であったことに。

 案の定と言うか何と言うか、急に立ち止まった段蔵が俺のことを見上げていた。

「好き、ですか」

 ん~これは誤解されただろうか。

 俺が史実の加藤段蔵のことが好きなのは事実だ。

 しかし目の前の可愛い女の子のことを好きなのかどうか。

 恋愛感情なしで考えればもちろん好きなのだが・・・今のところ女の子として好きかどうかと言われるとまだそんな感情はない。

 さて、どう答えたものか。

 しかし考えても仕方がない、ここは素直に答えておこう。

「待ってください!」

 だが俺が答えようとしたのを見計らったかのような瞬間に、俺が答えるよりも早く段蔵が必死そうな声で俺の答えに待ったをかけた。

「いいです、言わなくて構いません・・・ただ今から聞く一つだけ、答えていただけませんか」

 段蔵の目は必死だ、何が段蔵をそこまでさせているのかはわからないが、その必死そうな目は今の段蔵をとても弱い存在に見せた。

「構わないぞ、言ってみてくれ」

 俺はそんな段蔵を放っておくこともできず、かと言ってこちらから何かしてあげられることもないのでとにかく段蔵の頼みを聞くことにした。

「旦那は・・・私のことを、無条件に信じてくれますか?」

 無条件にときたか。

 さっきの段蔵の発言を信じろと言うことなら無条件に信じても一向に構わないのだが、これからずっと段蔵のことを無条件に信じろと言われているのだとしたらそれは難しい。

「無理だな」

「そう・・・ですよね」

 段蔵の顔が笑顔に戻った、恐らくは悲しいとかそんな感情を抑え込んでいるのだろう。

「今その顔は怖いからやめてくれ・・・それと」

 優しい笑顔でも浮かべておきたいところだが、残念ながら段蔵の笑顔のせいで随分と苦笑いのようになってしまった。

「段蔵が俺の味方で、俺のことを信じてくれるという条件付きなら、俺は段蔵のことを信じるよ」

 一見すると対等な関係にしているように見えるし当たり前のことだと思うかもしれないが、実際にはかなり俺に有利な関係だ。

 まず俺は段蔵のことを信じるだけだが段蔵は俺の味方であることを求められている。この条件で俺と段蔵の立場を考えると、俺が「できると信じているからやってこい」とか言って無理難題を押し付けて段蔵を間接的に殺すこともできてしまう、この時段蔵は俺のことを信じないといけない上に主の命には逆らえないから断れない、実に不平等な関係だ。

 あと根本的なところで俺は段蔵が味方でありさらに俺のことを信じていなければ信じなくてもよいと言っている、つまり段蔵が本当に俺の味方であり俺のことを信じていても俺がそう感じないと言って信じずにいることができてしまうのだ。

「俺は臆病だからな、はっきり行っておくが俺は段蔵の力が強すぎて怖い、だから今はこんな条件を付けないと段蔵のことを信じてあげられない・・・悪いな」

 随分と酷く、身勝手なことを言っているが、段蔵の言っていることもかなり難しいことだったからお相子ということで勘弁してほしい。

「味方です! 信じます! だから・・・だから信じて下さい!」

 しかしこの条件を段蔵はのんだ。

 しかも段蔵が答えるまでに間はほとんどなかった、もしかして何も考えずに返事をしたのではないだろうか。

「ちゃんと考えているのか? 自分で言っておいて何だが、さっきの条件はかなり不平等だったんだが」

「そんなことありません! 誰かに信じてもらうために自分から信じるのは何でもありません! それに私はもともと旦那の家臣です、旦那が私を要らないと言うまで私は旦那の味方です!」

 この時代の人がこのことを当たり前というか。

「まあ、段蔵がそれでいいと言うならそれでいい。これからもよろしくな、段蔵」

 段蔵の元気になった姿のおかげで、今度は普通に優しそうな笑顔を浮かべられていると思う。

 ついでにちょっと段蔵の頭をなでなでしておく。

 頭をなでられた段蔵は嬉しそうに目を瞑って逆に頭を押し付けてくる。

「ただ、気を付けろよ」

「何をですか?」

「俺は段蔵のことをまだよく知らないから言っておく、依存はするなよ」

 アニメやゲームである俺の言うことなら何でも聞いてしまうみたいなことにはならないでほしい。

 もちろんそんなことになるなんてことはないと思うが、信じてくれと言ってきたときの段蔵をのこと思うとなんだかそんな風になりそうな気がしてしまう。

「分かりました!」

 今回も答えるまでに間がほとんどなかった、これは本当に考えていなさそうだな。

 本当にこれだけ考えていないのなら逆に依存だなんてことはなさそうな気がするな。

「それじゃ、話も終わったし皆のところに戻ろうか」

「はい! 旦那!」

 段蔵が俺の手を握ったまま小走りに駆けだした。だがちょうどその時、目の前の暗くなり始めていた景色の中から小さなた焚火が姿を現した。

「段蔵、あそこにみんながいる、もう走らなくてもいいだろ」

「いいじゃないですか、早くいきましょう、皆さんの所へ!」

 段蔵はさらに走る速さを上げる。

 焚火は、暗いなかでも輝く光は、みんなは、もう目の前だと言うのに。

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