帰り道
みんなの待っている部屋に向かって知らない廊下を歩いている。
そして歩いている俺の顔は真っ赤で足取りはおぼつかない。
これは決して隣にいる向日葵が俺の腕を抱いて今までに見たことがない最高に可愛らしい笑顔を浮かべているからでも先ほどの告白が原因でもない。
ではなぜかと言うと・・・。
「すごいです! 憧れます!」
なんてことを小さな声でさっきからずっと言っている黒田如水様、今の名は小寺孝高様のせいである。
何とも情けない姿を見せながらの向日葵への告白。
あれはよかったのだ、お互いの気持ちを確かめあって、こうして前よりもいい関係になれたのだから。
問題は勢いであの話に入ってしまったので、俺としたことがあの場に孝高がいたことが頭から抜け落ちていたことだ。
おかげであの告白を見て聞いていた孝高はさっきからずっと目をキラキラさせている。
「向日葵、頼む、離れてくれ」
「いや」
俺としても向日葵とこうして腕を組んで歩くのはもちろん嬉しいのだが、これを如水様に見られているのかと思うと同時に恥ずかしくて仕方がない。
「孝高にはすでに見られているから気にしない。そんなことよりも、今はこの幸せを一生忘れないように体に覚え込ませることが重要」
さっきから向日葵先生はこの調子だ。顔はあまりの幸せに蕩けてしまっている。恐らくもう二度と拝むことはできないであろうほどに。
そんな嬉しさと恥ずかしさに板挟みにされながら、やっとの思いでみんなのまっている部屋にたどり着いた。
「向日葵、離れてくれ」
向日葵は最後に一度強く俺の腕を抱いてから離れていった。離れたときにはすでに幸せに蕩けた様子はなくいつもの表情に戻っていた。
「みんな、ただいま」
俺も普段の調子に戻して普通に障子を開けた。
「お帰りなさい、貴久様」
とらが笑顔で出迎えてくれた。
「おや、思ったよりもお早いお戻りで」
「このまま一晩戻ってこないことも覚悟していました」
昌幸のはまだわかる、でも小太郎のはちょっとわからないな~。いったい俺が何をしにあの部屋へ行ったと思っているのだろうか。
そして段蔵とりょうと長政だが・・・。
「お団子~」
「久兄様~」
よだれを滴ながら幸せそうな寝顔をさらすりょう。その隣で微妙に反応しずらい寝言を漏らしている長政。段蔵がりょうに膝枕をしているのはいわなずもがな。
「いった通りでしょ?」
とらが呆れたような口調でりょうたちのことを見ながら言ってくる。
「まあそうだが、りょうはこれでいいんじゃないか」
言いながらりょうのほっぺをぷに~と摘まんでみる。
「ほひゃんほー」
幸せそうな寝顔で何か言った、恐らくは「お団子~」と言ったのだろう。
まあ細かいことはどうでもいいのだ、りょうは可愛い、これでよし。
「貴久殿、これで我々は旅は目的を達しましたが、これからどうなさいますか?」
我々の仕事はあなたたちの護衛で変わりませんが、と付け加えながら昌幸が聞いてくる。
「帰る以外に特に予定はないが・・・どこかよりたいところでもあるのか?」
あるのなら少しくらい寄り道をしても俺は構わない。
「堺によりましょう!」
とらのはわかっていたからいい。
「遠回りをしても構わないと言ってくださるなら、尾張によりたいところです」
昌幸の考えていることはわかる、でもそんなことを一応他家で仲間でもない孝高の前で言ってもよいのだろうか。
「よりたいなら俺は構わないぞ、東海道に沿っていけばいいだけだしな」
東海道に沿っていけば播州から堺、京、近江、伊賀、尾張と進み、その後は美濃を通って甲斐かそのまま越後へ、もしくはさらに東海道に沿って三河、駿河、小田原へと進むこともできなくはないがまだ表向き俺とくーちゃんは夫婦でもなんでもないので行くことはないだろう。
「ならお手数ですがお願い致します」
恐らくは堺で本田元宣から情報をすくっていたときに何か気になることでもあったのだろう。
「よりたいというほどではないのですが・・・」
話が終わったと思ったところに、俺としては意外なことに小太郎が話し出した。
「なんだ、小太郎もどこかよりたいところがあるのか?」
「いえ、よりたいというほどではないのですが・・・三河に・・・」
さっきまでは気がつかなかったが、小太郎が三河と言ったから気がついた。
小太郎の名前は風魔太郎、今三河には伊賀出身のあの有名な人がいた、服部半蔵だ。
服部半蔵の名前は代々受け継がれている、この時代の服部半蔵はすでに二代目で忍ではなく武士となっているが、「服部半蔵って何したの? 誰に仕えてたの?」と聞かれたときに答えた事はだいたいこの二代目服部半蔵のことを指している。
小太郎なんかは忍だから特に残っている文献なんかも少ないく二人に接点があったという記録は残っていないが、記録が残っていないからこそ実はすごく仲良しだった何てこともあるかもしれない。
「三河か、ちょうどいいじゃないか、尾張によるならそれこそ帰り道だ」
「あの~」
今度は何故だか孝高が話しかけてきた。
「加藤殿は越後の方ですよね?」
「いえ、甲斐の人間です」
小太郎がすかさず訂正してきた。
「あ、そうですね、加藤殿は越後の人であり甲斐の人でもありますね。
では改めて、越後と甲斐の方である加藤殿がどうして尾張と三河によるのですか?」
「そんなこと聞いて答える人なんていないと思うよ?」
普通に聞いてきたがそんなことをほいほいと喋るほど俺は馬鹿ではない。堺であったあいつはほいほいと喋っていたが。
「まあまあそう仰らずに、一番聞きたい私に会いに来た理由は聞かないでいてあげているのですから」
別にどちらを聞かれても答える気などないのだが。
「観光だ」
とか考えながらもさらっと答える。
昌幸や小太郎がどうするのはかはわからないが、俺が尾張と三河に行く目的は観光だ。俺には情報収集なんてことはできないからな。
よって嘘などついていないから堂々と言えるし、皆さんお得意の目を見ればわかる攻撃も効きはしない。
「あの!」
「何か?」
なぜだか知らないが孝高の目が輝いている、こういう目をした人は割と面倒なことをすると相場が決まっている。
それでも普通に返してしまっているのは俺が如水様のこと好きだからだろう。
言っておくが俺はまだ孝高のことを好きになってはいない。まだ可愛い女の子って感じで落ち着いている。
「私もついていってもいいですか!」
だからこんなことにでもなって一緒にいる時間が増えるのはご遠慮願いたいと思うのだが・・・。
「俺は構わないけど・・・そっちは大丈夫なのか?」
こんなふうについてくることを受け入れてしまっているのはやっぱり如水様が好きだと言うことなのだろう、孝高のことが好きなのではないと思っておきたい。
尊敬なり憧れなりならいいのだが、一緒にいて好きにでもなったら冗談抜きで孝高のことを贔屓してしまいそうで怖い。
「私なら大丈夫です、まだ家督もついでいないですし、父はまだ元気なので」
ん~ますますわからなくなってきた、名前は既に小寺孝高なのに父親はまだお元気なようだ。これも本のご都合主義というものだろうか? あまり深く考えないでおこう。
「でも帰りはどうする? 私たちはそのまま越後に帰る」
向日葵が俺の気持ちを代弁してくれた。
そしてそれなのだ。俺の聞いた大丈夫の中にはもちろんそのことも含まれている。
孝高がついてくるとして、尾張と三河までの旅は一緒にいられるから安心だとは思うが、帰りは尾張から播州まで一人で帰ることになってしまう。
この孝高が尾張から播州までの道のりを一人で帰れるかといわれるとかなり怪しいところだと思う。
「・・・えっと~」
もしかしなくてもこれは考えていなかったな。
「どうしましょうか?」
あれ~俺の中で如水差なの株が・・・いや違う、孝高の株が大暴落を始めたぞ? おかしいなー、そんなことはありえないはずなんだが・・・。
「なら諦めて。貴久に迷惑かける様なら私が殺す」
「おいこら向日葵、それは言い過ぎだ」
いくら大暴落したとはいえ頭の中ではまだ孝高は黒田如水様と同一人物となっているのでそんなに悪い扱いにはならない。まだ自分が危険でも身を挺して助けに行くくらいのことはできると思う。
「とにかく、今回は諦めて」
「むむ~」
むむ~ではない、何でこんなことが考えられなかったんだ? 勢いで行動しちゃう子なのか?
「む~・・・なら私もこのまま越後まで」
「ふざけるな、それは絶対に駄目だ!」
そんなことをしたら景虎に殺されてしまう。
「私のことを評価してくださっているのでしょう?」
「それはそうなんだがこのまま俺がお前を連れて帰るといろいろと不味い」
俺が殺されるだけですんだらまだいい方かもしれない。
まず晴信との仲が再び悪くなって戦が始まり、その後くーちゃんとも不仲になるだろうし、そもそも俺がこっちに来るなんて言い出すきっかけを作った織田や松平なんかとも殺り合いそうだ。
「では護衛として何人か・・・」
「これ以上大所帯になんてしないでくれ」
ただでさえ8人と大所帯なのだ、これ以上増やされたら、特に女の子なんて増やされたら本当にお縄に付きそうだ・・・いや、逆に多すぎたらそんな風に見えないかな? いやどっちにしても最低でも10人を超えるなんて絶対に嫌だけどな。
「では帰りにだけ用心棒を雇います!」
「何の伝手もない尾張で信用できる用心棒を探せるのか? あとどういうふうに雇うのかは知らないが、播州まで雇っていられるほどの金を持っていくつもりか?」
まず尾張から播州までずっと護衛をしてくれるような用心棒なんていないだろう。ただ長い期間雇われるのなら相手も構わないと思うが、こんな長距離移動を了承してくれるような人はまずいないだろう。そして国ごとで雇う用心棒を変えていたら最低でも5人の護衛が必要になってくる。果たしてこんなにも厳しい条件の用心棒をしてくれる人が各国で見つかるのかどうか、雇えるだけの金を持っていけるのか?
「な、なら~・・・」
孝高が両手の人差し指をこめかみに当てて必死に考え始めている。なんだか一休さんみたいな格好だ。
「なら使者として正式に越後まで行くことにして・・・」
「それじゃあ結局護衛はつくだろ」
「・・・行くことにして、行きは皆さんにお願いして、帰りは長尾殿のご機嫌を取って帰りの護衛をつけさせます」
「たぶんだがそれは無理だ」
孝高の舌がどの程度回るのか知らないが、俺があれだけ会いたい会いたい言っていた孝高とどんな形であれ一緒に帰ってきたりしようものなら孝高は俺と一緒に打ち首とかになりそうだ。播州へ帰るための護衛は1人もつかないかもだがあの世までの護衛になら俺が1人つけるかもなことになりそうだ。
「ならもう加藤殿が尾張からもう一度播州まで送ってくださればよいではありませんか!」
何でそんな風に怒られなければいけないのか・・・でもなんとなくかわい・・・いやそんなことはない!
「そんな怒られても困る。だいたいそんなことしていられるような立場じゃない」
もしそんなことをして帰るのが遅れたなんてことが景虎に伝わりでもしたら・・・やっぱり殺されそうだな。
「む~・・・なんとかなりませんかね?」
それを考えるのが君のやることなのではないのか?
「自分で考えろ、それで思いつかないようなら残念ながら一緒には行けない」
「むむ~」
またむむ~と唸り始めた。
孝高のことはこれから「む~むちゃん」と呼んでみようか?
「む~・・・護衛がついても人数が増えなけれはよいのですよね?」
「忍びにこっそりと護衛させるのか」
「そ、そです・・・」
「・・・」
「・・・」
「できるのか?」
「で、できます」
「まだ家督を継いでないのにそんなことができるのか?」
「・・・できません」
孝高がいやにしょんぼりしてしまった。今にも泣き出してしまいそうで、何か悪いことをしてしまった気がしてくる。
「無理はするなよ、また会えるだろうしまた尾張に行く機会だってある。急いては事を仕損じるぞ」
「むむ~」
なんだか孝高のこの「むむ~」がとても可愛く見えてきた、これは早く別れた方がいいかもしれない。
「ま、また今度会ったら、その時はみんなと一緒に町歩きでもしような。播州まで来られるかはわからないが、加賀や越中の辺りまで来てくれればこっちからも会いに行ける、俺たちも京や堺なんかに行くような用事ができたら知らせるようにするから」
若干の名残惜しさはあるが、これ以上孝高と一緒にいることの危険を考えて俺はさっさと屋敷を出ることにした。
「それじゃあな、孝高。今回は助かったよ、今度何かお礼はさせてもらうから」
孝高の残念そうな顔に見送られて俺たちは屋敷を後にした。




