播州へ 壱-道-
「いや!」
「許さない」
「一緒に行きたいです!」
越後です。
久しぶり、というほどではないが1月ぶりです。俺も1月離れていても懐かしいと感じることは無くなってきました。
それでも3人に会えてのは嬉しい。会えなかったことを寂しいと感じていた。
「絶対についていくからね、兄ちゃん!」
「私もついていく。これ以上嫁を増やされたらたまらない」
「あのあの、お荷物で構いませんから! 荷駄にでも括り付けておいていただければ大丈夫ですから」
それで越後に帰って来て一番最初に3人に会ったんだ。
嬉しかったさ、3人を見つけた瞬間に走り出しちゃったさ。
俺を見つけたりょうが全力で走ってきてタックルみたいな勢いで突っ込んできた。
とらもりょうほどではないが勢いよく俺に抱き付いて来た。
向日葵だけはゆっくりと歩いて来たが、背中から抱き付いて来て耳元で小さく「馬鹿」と囁いた。
・・・そこまではよかったんだ。
4人でたっぷりと相手の感触を楽しんだ後に部屋に向かいながら俺は口を滑らせた。播州へ行くことを言ったのは仕方がない、何せ今回甲斐へ行ったときは急に飛び出したせいで3人に何も言わずに行ってしまい随分と寂しい思いをさせてしまったらしいからな。
しかしこの後くーちゃんのことを喋ってしまった。くーちゃんという単語を聞いた瞬間から向日葵の目が鋭く細められ、詰問がはじめられた。
結局あれやこれやで向日葵に全部喋ってしまい、俺が遠くに行くと聞いてりょうが今度からは全部ついていくと言い出し、向日葵もこれ以上嫁を増やされると困るから自分も連れて行くようにと言いだし、連れて行かないなら死ぬと脅しをかけてきた。しかしこの中にあってただ一人俺のことなど全く考えずに自分のことだけを考えている子がいた。
「とら、お荷物でいいとはいうがそんな荷駄なんて使わない、自分の手で持っていけるくらいの物しか持っては行かないぞ」
とらは俺が播州に行くと聞いた瞬間に目を輝かせ、ついていくと言い出した。理由は堺に行きたいからだそうだ。
どうしていきたいのか聞いてみたところ、「もっとたくさんのお料理を知りたいから」だそうだ。
とらに聞いてみると、実は景虎に仕える前は町にある飲食店で働いていて、コツコツと堺までの路銀をためていたらしい。しかしそのお店の店主がえらく安い給金でとらを雇っていたので、そのお店によく足を運んでいた景虎が店を潰すついでに引き取ったんだとか。
「本当に何でもしますから! お願いします、連れていってくれなかったら2度とおみそ汁作りませんよ!」
おっとそれは困る。
とらのみそ汁は美味しい、本当に美味しい。あのみそ汁が飲めなくなるのは大問題だ。
「俺は反対だが景虎がいいと言ったら連れていこう」
そんなわけでいつかと同じことをいってしまう。
苦渋の選択だ。連れていかなければとらの2度とおみそ汁が飲めなくなる、連れていけばまた飲めるがそもそも怪我をしたり最悪死んでしまうかもしれないからどちらにしろ飲めなくなる可能性がある。
「ありがとうございます!」
とらがぎゅっと抱きついてくる。
可愛いから許したくなってくるが、言うことは言わなければいけない。
「ただし、言うことをちゃんと聞くように、言うことを聞かなかったら送り返すからな」
「はい、ありがとうございます! 大好きです!」
おっと、普段なかなか聞けないとらからの大好きですいただきました。幸せいっぱいです。
「とらだけずるい! りょうも行く!」
「貴久、とらだけ連れていくなんておかしなことをしたら殺す」
りょうの言うことはわかるんだが・・・向日葵のはいきすぎている気がする・・・いや、向日葵が本気で俺のことが好きなら当たり前なのかな。
「2人も、景虎がいいと言ったらな」
とらだけ連れていくというのも不公平だ。本意ではないが仕方がないあとはつれていくことになったら頑張って守るしかない。
「兄ちゃん大好き!」
りょうがぎゅーっと抱きついてくる。
「貴久がいいと言わせてこい」
向日葵はまだ機嫌が直っていないようだ。
何事もなく、無事に帰ってこられたらいいんだけどな。
「どうしてこうなった」
春日山の麓で「いざ播州へ!」と意気揚々と出掛けたいところだが、俺の士気はかなり低い。
「どうかされましたか、婿殿?」
俺のとなりには理由もなくなんとなく苦手意識を持ってしまった真田昌幸が可愛らしく笑顔を咲かせている。
「たかいたか~い!」
「わーい! たかー・・・兄ちゃんほど高くないけどわーい!」
りょうがなんだか失礼なことを言っている相手が加藤段蔵。
「・・・」
「・・・」
「・・・気が合いそう」
「・・・こちらもそんな気がする」
向日葵が気が合ういそうだとは思えないほどの無表情で挨拶を交わしている相手は風魔小太郎。
「貴久様貴久様、早く行きましょう!」
俺の手を握りながらからだ全身でわくわくを表現しているのはとらだ。
俺、りょう、向日葵、とら、加藤段蔵、真田昌幸、風魔小太郎、この7人で播州へ行くことになった。
ことの次第は5日前のこと。
「そんなわけで、あの3人を一緒に播州まで連れていきたいんだが・・・」
景虎に許可を求めてみる。
俺としてはここで景虎に反対してほしい、そうすればあの3人が無駄に危険に巻き込まれることはなくなる。
「ん~、3人ならぎりぎり大丈夫ね。いいわよ、連れていきなさい」
しかし俺の意に反して通ってしまった。
「3人なら、というのはどういうことだ?」
自分から連れていきたいと言ったてまえ、「何でいいんだよ!」とは聞けないので条件から反対を引き出そうと試みる。
「あなたの護衛が3人まで出せるからよ。家から加藤、武田から真田、北条からも風魔が来てくれるそうよ」
「何で北条からも来ているんだ?」
まだ俺とくーちゃんは祝言を挙げていない、同時に北条とは同盟を結んでいない。だから北条が俺の護衛に人を出すのは外から見たらおかしなことだ。
「たぶん氏政の考えたことでしょうね。今のうちに長尾、もしくはあなたとの関係が良好だってことを世間に知らせようとしているんだと思うわ。あとあとあなたと祝言を挙げたときについ最近戦をした相手だと、外聞が悪いでしょ」
そんなところまで考えてくーちゃんは行動しているのか。
俺では考えもつかないだろうな、まず間違いなくお家内の反対派を納得させることしか考えていなかっただろう。
「あ、待てよ? それでも護衛について来てくれるのは3人なんだろ、それじゃあ1人に1人ついても護衛が1人足りないじゃないか」
護衛なんだからいつかどこかの黄門様よろしく、1人に2人とか3人とかついているのが普通じゃないんだろうか?
「今回は正式な使者として播州まで行くわけじゃないから、子ども連れの方が怪しまれなさそうでいいことが一つ。二つ目に・・・護衛は4人、守られるのはあなたとりょうととらの3人よ」
え、じゃあ向日葵は護衛側?
「あなたは忘れたの? 私とあの子が初めて会った日のことを」
初めて会った日、景虎と・・・ああ、そういえば、あんなことがあったか。
「襲い掛かったな、景虎に」
「ええ、あの子は結構強いわよ。たぶんどこかでそれなりの人物に指導を受けているわ。
実力は武官として召し抱えてもいいくらいね」
本当ですか? 向日葵先生はそんなにお強いのですか? もしかしなくても向日葵が今まで言っていた「殺す」とかの言葉はその気になったら本当に殺されていたってことですか? 怖いんですけど、次から今までみたいに軽くあしらうみたいなことできないんですけど。
「今度からは、もう少しあの子に対する態度を考えた方が賢明ね」
「はい」
いまだに何も言わずに小太郎と見つめあっている向日葵を見てみる。
「にわかには信じられないな」
今までの俺のとった行動から考えて、すでに殺されていてもおかしくない気がする。
「何が信じられないのですかな?」
怖いな、急に出てきたよ。隣にいたのは分かっていたはずなのに急に出てきたように感じたよ。
「あのさ、昌幸さんって忍びとしての訓練とか受けているのかな? 昌幸さんが急に出てくると怖いんですけど」
「昌幸さん、なんて言い方はやめて下さい、仮にもお屋形様の婿殿なんですから気安く昌幸とお呼びください」
「じゃあ昌幸、さっきの質問の答えは?」
「受けておりませんよ」
ならもっと普通にしていてくれないかな、急に現れるのは忍びの特権にしておいてほしい。
本当に嫌だ、この人とこれから一緒に旅をするとか耐えられるか不安でたまらない。
ああ、どうして俺はわざわざ遠回りになる近江を通ろうだなんて言ってしまったのだろう。どうして景虎の意見に反対してまで遠回りになる近江を通ろうだなんて言ってしまったんだろう。
琵琶湖が見たかった、あとできたら浅井長政かお市様に会いたかった。
ああ欲を出してしまった。まだ鉄の町が辺りに建ち並ぶとかいう腐った風景ではなく美しい緑が生い茂る自然が当りを覆う美しい琵琶湖が見たいとか、諸説いろいろあるけど朝倉への義を貫いて華々しく散った男に会いたいとか、ああどうして欲なんて出しちゃったんだろ、さっさと目的を果たすために播州まで最短でいける道を選択するべきだったのに。
「は? 近江を通って播州へ行きたい?」
景虎が3人の動向を許可してくれた後、どのような道を通って播州まで行くかの話になったのだが、ここで分かっていたが意見が割れた。
景虎は北陸道を使って越後から越中、加賀、越前、若狭を通って京へ行きそこから播州へ行く道を提案してきた、しかし俺は欲望を満載した提案で途中までは景虎と同じで、越後から越中、加賀、越前を通るのだが、越前から若狭へは行かず近江を通って京へ入る道を提案した。
「どうして近江なんて通るのよ、若狭を通って北陸道を南下した方が早いし楽じゃない」
確かにその通りだ、近いかどうかは分からないが、それなりに整備してある北陸道を使った方が仮に多少近くても各国が整備している入り組んだ道を使うよりも、道が真っ直ぐなのと歩きやすいのとで早く着くことは間違いない。
しかし俺はここで欲望を通すために屁理屈をこねる。
「まあ確かにその通りなんだが・・・覚えているか、俺がこの先に起こると言った戦いのこと。あそこでは言っていなかったんだが、俺の知っている史実だとそう遠くないうちに浅井が動くんだ」
野良田の戦い、浅井長政の初陣で、長政の父である浅井久政が六角氏の勢力に押され、配下となって失った領地を六角承禎を破って取戻し北近江に独立した戦いだ。
「・・・で、浅井を見ておきたい、と」
「さようです」
はい見ておきたいんです。まだ若い、それどころか家督を継いでさえいないけれど、それでも浅井長政を見てみたいんです。
「一つだけ、約束しなさい」
景虎が諦めたふうに言ってくる。
「嫁を増やさないこと」
諦めておられるのですか、俺は行く先々で嫁を増やすと思われているのですか。
「分かったら返事は」
「はい」
話したいことは全部話し終えた、さっそく播州までの旅支度をしなくては。
いるものは何だろう、路銀については持っていけるだけ持っていけばいいだろう、多くて困ることは無いはずだ。3人を連れて行かなくちゃいけないから馬も1頭くらいは欲しいところか、荷物をまとめたら相談しないとな。
そんなことを考えながら部屋を後にしようとしていたら景虎に呼び止められた。
「本当に、これ以上増やしたら・・・怒るわよ」
これもどこか諦めたふうに言ってくる景虎、しかし念を押してきたほどだ、嫁を増やしてほしくないのは本当だと言いたいのだろう。
「分かってるよ。じゃあまた何かあったら相談に来るよ」
俺は自分の欲が満たされて、いい気になって部屋を後にした。
「婿殿は私のことがお嫌いですかな?」
ちょっと過去の行動を後悔していたら、昌幸が思ってもいないことを言ってくる。
「嫌いじゃないよ、苦手なだけだ」
正直に言って見た目はかなり可愛いんだよ。
見た目は日本人形なんかを想像すると近い、あれを本物の人間にして可愛くしたら真田昌幸になる。
長くて艶のある黒い髪、白粉でも塗っているのではないかと疑いたくなるような白い肌、細い目も笑顔の一部とみれば何とも可愛らしい。
どうして俺はこんなに可愛い女の子が苦手なんだろうか?
「苦手、ですか」
昌幸顎に手を当てて可愛らしく考える。
やっぱり可愛い。この人は可愛い、それは間違いない。しかし苦手だ。
この謎を解明するのは不可能に違いない。
自分のことこそよく分かっていないというのには納得しているが、自分のことが他人に分かるとも全く思えない。
ならば人は何を知っているのか? という話になる、でもこんな面倒くさそうなことは考えたくないのでもう考えるのはやめよう。
「なら、どうしたら苦手ではなくなりますかな? いくらお屋形様たちのように夫婦ではないとはいえ、これから長い旅を共にし、護衛としてそうそう離れる事もないでしょう、こんな苦手なやつといて心休まる瞬間もないようでは何のために護衛についているのだかわからなくなってしまいます」
苦手だなんて言ってごめんなさい、すごくいい人でした。思い返してみれば初めて会ったあの日も昌幸は俺と晴信の思い出作りのために動いていたのだ、悪い人じゃないんだ、俺が苦手だなんて思っていてはいけないんだ。
「ごめんな、うまく言えないんだ。だから俺が自分で頑張って直すよ、昌幸は気にせずに普通に接してくれればいいよ」
相手は可愛い女の子だ、苦手だなんて思う必要はない。むしろ積極的に接触していけばいいのだ。
苦手意識がなくなり旅が楽しくなる、可愛い女の子と仲良くなれる、一石二鳥だ。
「おや、私が普通に接してよいのですか?」
「ああ、いいとも。気軽に・・・ん?」
あれ、なんだか今危険な感じがした。なんと言うか、こう・・・にたぁ~と笑う人がいた気がする。
「これは嬉しいことを仰ってくださる。ではでは、さっそく普通に接しさせていただきましょう」
あ、これは間違えたかもしれない。
「あんまり貴久をおちょくるな」
昌幸の攻撃に備えていたから気がつかなかったが、いつの間にやら隣に向日葵が立っていた。その顔はやや厳しい感じだ。
「ははは、これは申し訳ない。邪魔物は消えますゆえ、出立まで御ゆるりと」
軽く言い残して昌幸は段蔵とりょうの方へと歩いていった。
「何を話してたの?」
向日葵が厳しい相貌を崩さずに問いかくてくる。
「べつに、大したことは話してないさ」
「貴久の言う大したことない、は信用ならない」
そうなると内容を話すしかない。
「俺が昌幸のことを苦手だって言ったら、どうしたら苦手じゃなくなるかって言われたから、俺が頑張るから普通に接してくれって答えた」
「馬鹿、死ね、垂らしにかかるんじゃない」
いやそんなことはしていないんだが。
「貴久にそんな気がなくても、相手がそうとらえたらお仕舞い。これからはもっと女に冷たく接するように」
「それだと向日葵にも冷たく接するようにしなくちゃいけないんだが?」
こう言えばさすがに冷たく接しろというのは撤回しないだろうか。
「そんなことをしたら殺すかもしれない」
「・・・あ、ああ。ごめん、気を付けるよ」
向日葵の「殺す」という言葉に反応してしまった。景虎に向日葵の強さを聞いてから、なんとなく向日葵のことを怖いなと思っていたような気がしていたが、当の向日葵から「殺す」という言葉を聞いて動揺したのがあからさまに表に出てしまった。
そんな俺を見て向日葵が訝しそうにする。
「いつもの貴久なら軽く流してお仕舞いたった・・・本当に何もなかった?」
「ああ、本当だ」
まだ声が恐れをはらんでいたような気がする。
だが言ったことは嘘じゃない、昌幸とは何もなかった。あったのは景虎とだ。
向日葵が嘘を見破ろうとしているのか、俺の答えを聞いたあとも俺から目を離さない。
「貴久がそういうなら、信じるから」
向日葵がまだなにか言いたそうにしながらも、いつの間にか俺から離れていたとらを捕まえて話し始めた。
何だったのだろうか。向日葵の言う通り、景虎から話を聞いて俺の態度がおかしかったのはその通りだが、向日葵の態度もおかしかった気がする。
俺はやや複雑の気持ちを残してもやもやしたが、そんなことはお構いなしに時間は過ぎ、出立の時間がやってくる。
春日山の麓、時刻は明け六つと言っていいくらい、俺たち7人は播州へ向けて旅立った。




