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対抗策

 尾張の織田が動いた、恐らくは本田元亘の考えで。

 本田元亘の、主人公の狙いは何だ?

 越後の長尾と甲斐の武田が結んだ今、これを叩こうとした今川に敵対している織田家。これが示しているのは次の2つだ。

 一つ目は、長尾と武田に刃向う今川を叩くことでこちらに少しでもいい印象を植え付けること。

 そして考えたくない二つ目は・・・領土の拡大、つまり・・・天下統一へ動き出したかだ。


 上野原城で織田が動いたことを知った3日後、俺と景虎は晴信がいる下山城へやって来た。

「なるほど、話は理解した」

 晴信に上野原城で起こったいろいろを説明し、同時に風魔の忍が持ち帰った情報も報告する。

「・・・1つ教えて」

 晴信が悲しそうに聞いてくる。見ているこっちが辛くなるほどだ。

 どうしてそんなにも悲しそうな顔をしているのか、俺がさらわれたからか、新たに嫁を増やしたいなんて言ってきたからか、それとも他に何かあるのか、分からない。

 だから今は晴信が話してくれるのを待つしかない。

「貴久は、北条氏政のこと・・・好き?」

「当たり前だろ、好きじゃなかったら夫婦になろうとは思わない」

 好きじゃなければ、本気じゃなければ、奥さんに向かってこんなことは言わない。

 晴信は何も言わずに俺のことを見ている。俺の目を通して心の奥を覗いているような、そんな気がする。

「わかった。貴久がそうしたいなら構わない」

 晴信は俺の心の中が見えたようだ。俺には晴信の心の中は見えないから本当かどうかは分からないが。

「そっちの話が終わったんなら、早く織田と松平、今川についての話をするわよ」

 俺と晴信の話がひと段落ついたところで、景虎がもう一つの議題を持ち出してきた。

 織田が動いた、駿府屋形が落ちた。

 いろいろと考えなくてはいけない。

 駿府屋形を落とした織田がこれからどう動くのか。駿府屋形を落とされた今川がこれからどうするのか。

 もちろんこの二つだけではない。織田が尾張を空にしているのになぜ美濃の斎藤が動かないのか。松平は本当に織田と組んだのか、最終的な目的は何なのか。

 考えなくちゃいけないことはいっぱいある。

「今川のことなら心配しなくていい」

 しかしその考えなくちゃいけない議題の一つの回答はあっけなく提示された。

「貴久から報告されたことならすでに知ってた、今川に関しては手も打ってある」

「ちょと、私知らなかったわよ!」

 晴信がすでにこの事態を把握して手を打っていたことに驚き、感心していたのだが、景虎は晴信が知っていて自分が知らなかったことが納得いかないようだ。

「それで、いったいどんな手を打ったんだ?」

 景虎のことを放っておいて、一番気になることを聞いておく。

「教えない」

「え、どうして?」

「絶対に教えない」

 晴信がものすごい覇気をみなぎらせている。よっぽど言いたくないらしい。

「何をしたのかはどうでもいいのよ、晴信が私の知らないことを知っていたこととそれを教えてくれなかったことが問題なのよ!」

 ここで晴信がものすごく勝ち誇って堂々と告げた。

「この程度の情報もてに入れられないそっちが悪い。要するに無能」

 景虎の顔つきが変わった。

「無能とは・・・よく言ったものね」

「本当のこと。いくら同盟しているとはいえ、他家にこれほど重要な情報の開示を当たり前のように要求してくる。それに、いくら早くばれないように手を尽くしても戦をしている、この情報がつかめないんて、まさに無能」

 晴信はとにかく嬉しそうだ、景虎の上に立つことが嬉しくてたまらないのだろう。

 ここで景虎も食って掛かると思いきや、何度か深呼吸をして気を落ち着かせると普通に話し出した。

「いいわよ、無能でも何でも好きに言いなさい。で、その打った手とやらを早く教えなさい、これは教えてもらうよ」

 か、景虎が大人の対応をしている⁉

 景虎だって国主だし、こういった対応ができることは知っていたし見てもいる、でもこと晴信を相手に大人の対応をしていると何か信じられないものを見た気がする。

「・・・今は言えない」

 晴信がつまらなさそうに言う。

 晴信は景虎が怒って絡んできてくれることを期待していたようだ。

「いつなら言えるのよ?」

「それも言えない。でもちゃんと話すから待ってて」

 事は急を要している、そんなのんきなことを言っていられる場合ではないだように。景虎だって納得しているはずが・・・。

「そう、できるだけ早くお願いね」

「わかった」

 あ、あれーーーーー⁉

 おかしいな? 景虎なら絶対に認めない回答だと思ったのに⁉

「じゃあ今川の事はいいとして、織田と松平の事はどうするの?」

「それはこれから考える」

 あ、こっちはなにも考えてないのか。

「それにしても驚きね、織田がこの時期に動いたこと、松平が織田と組んだこと、どっちもおかしいとしか言えないわね」

「私も同じ、これはおかしい」

 何がおかしいのだろうか? 織田は今川が出掛けたから・・・なるほど、同じことか。

 景虎と晴信が言っているおかしいというのは恐らくこういうことだろう。

 まず織田が駿河に攻め入ったこと。この頃の織田は美濃の斎藤と敵対していたはずだ、織田がもぬけの殻になった駿河に攻め入ったように、清洲に斎藤が攻めてきてしまうはずなのだ。だが織田は撃って出た。

 そして松平が織田と組んだことについては、そもそも松平は独立勢力だったが、力をつけ始めた織田を恐れて今川の傘下に入ったのだ。それなのにその織田と手を組むというのはおかしい以外何とも言えない。

 つまるところとにかくおかしい。

 なぜ織田は斎藤を無視して駿府を攻められたのか? 同じくなぜ斎藤が清州を攻めないのか? なぜ松平が織田と組んだのか?

「これは・・・行ってみないと分からないな、人からいくら伝え聞いても仕方がない、百聞は一見に如かず、だ」

 分からないことは多い、しかし尾張が動いている以上本田元亘が一枚かんでいるのは間違いないはずだ。一度行って俺が見てくることに意味があるはずだ。

「あなた、まさか自分で織田のところへ行ってくるつもりじゃないでしょうね?」

「そのつもりだが?」

 目的は織田というよりも本田元亘だが。

「晴信、縄ちょうだい」

「ここにある」

 どこに隠し持っていたんだ、その結構長い縄は!

「まあ待て焦るな、何でそんなに反対するんだ?」

 別に顔がばれているわけでもない、たとえばれていても敵対しているわけでもないしそんなに問題か?

「分かってないわね、あんたが敵に捕まったら越後と甲斐は終わりなのよ? いい加減理解して、行動を慎みなさい、あんたは弱いんだから」

 心に刺さりますよ景虎さん、結構痛かったです。

「なら・・・正式に使者として・・・」

「今織田は今川と戦の真っ最中よ、話し合いなんてしている暇はないわ。今となってはこっちから同盟を打診するのも難しいしね」

 こっちの方が強いからか。

 仕方がない、それなら本田元亘との接触は見送るとするか。今は他にできることを考えておこう。

 織田が、こちらが考える一つ目に行動をとってくれれば大きな問題はない。

 なら二つ目ならどうか、織田が天下を狙っているとしたら。

 別にこちらが天下を取ろうとしているわけではないが、相手が天下を狙っているなら間違いなく甲斐と越後は尾張と戦をすることになるだろう。ならその可能性を、織田が天下取りの夢を捨てるような手を打っておく必要がある。

 ではその手はいったいどんなものがあるか?

 簡単に思いつくのは、こっちが圧倒的な戦力をもって戦わずして今すぐに出に織田を降伏させること。しかし今の戦力を考えるとそれは難しい。

 なら他にはどうだ?

 敵の有力武将を引き抜くのはどうだろう? それこそ柴田勝家なり羽柴秀吉でも引き抜ければ織田の戦力はがた落ちだ。勝家が抜ければ織田の現在の最高戦力が消える、秀吉が抜ければ単に今の戦力がさっがるだけでなく将来秀吉が引き込んだであろう多くの有能な人材が織田に流れなくなるはずだ・・・あ!

「ごめん、ちょっと播磨国まで行ってきたい」

 もしかしなくても今行けばあのお方に会えるかもしれない。

「晴信、縄」

「私がやるからいい」

 景虎が俺を抑えて、晴信が足から順番に縛り始める。

「待て待て、どうしてこれでも縛るんだ、播磨へ行くのはいつでもいいんだ、だからことが落ち着いたら急いで越後に帰って北陸道を使えばそんなに危険もなく播磨へ行けるだろ?」

「あなたの狙いは分かっているわ」

「だから行かせない」

 俺の狙い・・・分かりますか?

「黒田官兵衛ね」

「間違いない」

 はい、間違いありません。

 俺が会いたくて会いたくて震えているのは黒田官兵衛様、のちの黒田如水様のことを思ってです。

 もう会いたくてたまりません、遠くから一目見るだけでも構わない、とにかく生きているうちにどうか一目見ておきたいのだ。もし会えたらもう死んでもいいかもしれない、死にたくはないし景虎や晴信、くーちゃんとは離れたくはないが、まずはとにかく黒田の如水様に会いたいです。

「なんだよ、どうしてそんなに黒田官兵衛様に会いに行ってはいけないんだ! 頼むよ、できることなら会って話をしたいが、それが無理なら一目見るだけでもいいんだ、だから頼むよ!」

「あれ?」

「違った?」

 何が違ったのだろうか。俺の如水様に会いという思いの大きさだろうか?

「官兵衛のことが好きとか奥さんにしたいとか・・・」

「そういうことが目的だと思った」

 2人ともひどい、増やす気はないと言ったのに。

「ていうかそもそも官兵衛様は女の子なのか? 男だと・・・いや、男だったら良かったのにな」

 何と言っても黒田如水様だ。どう間違えても恋愛対象ではない。

「嫁にすること以外が目的だとすると・・・何が目的なのかしら?」

「見当もつかない」

 そこまでですか、俺はそんなに女の子大好きな軟派野郎に見えますか。

「行っちゃ駄目か?」

「駄目ってことは無いけど」

「どうして今行くのかが問題」

 信長なり秀吉なりに毒される前の如水様に会いたいからです。

「だから、会いたいからだよ」

「やっぱりこのまま縛りましょう」

「あんなところに嫁を増やされたらたまらない」

「俺だっていくらなんでも播州まで行ったり来たりなんて嫌だよ」

 電車や新幹線、飛行機を使っても4時間とかかかるからな。とてもじゃないが馬であそこまで通うなんてまっぴらごめんだ。

 景虎と晴信はしばらく目を瞑って考えていたが、最後に2人で諦めてような顔で目を合わせてため息をついた。

「あなたは誰か出せる?」

「・・・昌幸を出す」

 何の話だ、俺あの人苦手な感じがするんだが。

 まさか俺の護衛の話じゃないだろうな? 護衛に誰か必要だということは理解しているが、昌幸さんはご遠慮願いたい。あの人と一緒に旅をするとか精神的に辛そうだ。

「仕方がないからこっちも段蔵を出すわ」

 段蔵って加藤段蔵のことか? まだいたのかよ、言ってくれれば会いに行ったのに。

 優秀すぎて殺されたほどの人物だ、しかも同じ加藤さんだ、ぜひともお会いしたい。

「じゃあ今川のことは任せたわよ」

「分かった。あなたはこれ以上貴久の嫁を増やさないように」

 景虎が嫌そうな顔をしながら適当に返事をして部屋を出て行こうとする。

「おい、斎藤のことはいいのか?」

 まだ松平のこともあるのだが。

「いいのよ。どうせ何かあるとしても事に当たるのは武田か北条なんだから。私はあなたが安全に播州まで行けるように手を尽くすだけよ」

 結局のところ武田に丸投げってことですか。

 晴信に視線を送ってみると、目でうなずいて構わないと言ってきた。

 それを見届けて今度こそ景虎は部屋を後にした。

 俺と晴信が部屋に残された。

「本当に全部任せていいのか?」

 俺に何ができるわけでもないが、何も言わずに丸投げするのはさすがに悪い気がした。

「大丈夫、あなたの奥さんはとっても強い、そして優秀」

 晴信が自信に満ちた笑顔で言ってくる。

 俺の心配なんて無用だったようだ。

 もう少ししっかりと奥さんを見ていないとな。

「私のこと、嫌い?」

 急に晴信が変なことを聞いてくる。

「何言ってるんだ? 嫌いなわけないだろ?」

 どうしてここでそんな話になるのだろう? 俺が晴信を嫌っているみたいな発言をしただろうか?

「これ以上、嫁を増やさないで」

 言いながら俺に抱き付いてくる晴信。よく見えなかったが、晴信は泣いているように見えた。

「・・・増やさないよ、絶対に。晴信が増やすなって言うなら、増やさない」

 晴信を優しく抱きしめながら囁く。

 俺が嫁を増やすことで、晴信がこんなにも苦痛を感じている。これ以上嫁を増やすことはできない・・・いや、増やしてはいけない。奥さんを大切にしないなんて夫失格だ。

 しかし晴信は何も答えてはくれない、それどころかわずかに体を震わせている・・・泣いているのかも知れない。

 俺にはどうしたらいいのかわからなかった。

 だからせめて、晴信を離さないように、離れないように、強く強く抱きしめた。



 貴久がいる。

 私の目の前に、手で触れられる距離に、貴久がいる・・・いてくれる。

 いて・・・くれる・・・。

 私のことを抱きしめている腕に力がこもっている。苦しいほどではない、あくまでも強くなったというだけ。

 嫁を増やさない、貴久はそう言った。嬉しかった。

 私のことを嫌っていない、貴久はそう言ってくれた。嬉しくなかった。

 長尾景虎が同じことを聞いたらどう答えたのだろう。

 北条氏政が聞いたらどう答えたのだろう。

 祝言の時に連れて来ていた3人が聞いたらどう答えたのだろう。

 分からない、それが怖い。

 考えただけで体が震えてしまう。目頭が熱くなる。無駄だと分かっていても強く抱き付いて震えているのを隠そうとする。せめて見られないように顔をさらに強く押し付ける。

 貴久は気がついて、私を抱きしめている腕にさらに力を込める。嬉しい。

 でも嬉しくない。

 力強く抱きしめてくれる、嬉しい。

 これ以上嫁を増やさないと約束してくれた、嬉しい。

 私のことを嫌いじゃないと言ってくれた、嬉しい。

 でも嬉しくない。

 貴久は私が一番言ってほしいことを言ってはくれない。

 たった一言、言ってくれればそれでいい。それ以上は望まない。

 優しく抱きしめてくれなくていい。

 もっと嫁を増やしても構わない。

 ・・・私が一番言ってほしいこと。

 一言でいい、言ってほしい。

 『好きだ』と。

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