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甲斐防衛 捌ー防衛成功、そして動き出すー

「ここに来るのよね、氏政は」

「ああ、待っていればそのうち来るはず」

 朝になったら景虎が考えをコロッと変えて、くーちゃんと会ってくれることになった。

 日はすでに昇っているが、夏だからだいたい6時くらいだろうか?

 暑いは暑いが騒ぐほどではない。戦国時代だし、山の中だしでそれなりに涼しい。

「それが本当なら、北条が攻めてくることは無いだろうからいいんだけど、氏政が津久井城に帰っていたら、私たちはかなり危険なのはわかったいるの?」

「・・・分かっていませんでした」

 そうだよな、くーちゃんだから大丈夫だと信じ込んでいたけど、景虎からしたら夫を奪った敵の言うことなんて信じられないだろうな、それにもしかしたら北条家の中に功を焦って勝手に攻め込んでくる人がいるかもしれない。そんな人はいないと思うが。

「ちゃんと考えなさいよ。はい」

 景虎が団子を差し出してくる。

「心得ました」

 俺が団子を食べる。

 くーちゃんと初めて出会ったあの茶屋で、景虎と初めて茶屋に行った時と同じことをする。

 今度から景虎と一緒にいるときはまずこれをしよう、幸せだ。

「景虎も」

 俺も同じように景虎に団子を差し出す。

 景虎が何も言わずにそれを食べる。幸せそうだ。

「幸せそうだね~」

「・・・幸せだからな」

「あんたに見せつけているから幸せなのよ」

 景虎は気がついていたようだ。もちろん俺は気づいていなかった。

 いつの間にか俺の隣にくーちゃんが座っていた。

「くーちゃん、突然現れるのは怖いからやめてくれ」

「驚かせようと思ってやってるんだよ、なのに貴久が全然驚いてくれないからつまらないんだ」

「つまらないならやめてくれ」

「やだ、驚くまでやめない」

 なら次は盛大に驚いてあげよう。

「貴久・・・くーちゃんっていうのはもしかしなくても・・・」

「あ、初めまして、私の名前は北条氏政だよ。君は見たことがないから長尾景虎さんかな?」

 自己紹介は必要なさそうだ。

「どうする、2人で話すか? 邪魔なら俺は散歩でもして時間を潰すけど」

 どの道俺がいても話すことは無い、それよりも俺がいることで話にくこととかありそうだ。

「いや、貴久はここにいた方がいいよ」

「そうね、そうしないと互いに何をするかわからないものね」

 2人がすでに火花を散らしている。

 人を間に挟んでやらないでほしい。挟んでないと手が出るからこうしてないといけないのだが。

「私は結構怒ってるからね、自分の夫を護衛もつけずに戦の最前線に送り出すだけでもありえないのに、その結果その夫をさらわれるなんて、そんな人が貴久の奥さんなんだって思うと殺したくなってくるよ」

 さらった張本人が何を・・・と言いたくなるが、さらった張本人だからこそ、あんなに簡単にさらえる状況に自分の夫をさらした景虎が許せないのかもしれない。

「そのことに関しては言い返せないわね、だから貴久がその代償に何かしろというのならそれは甘んじて受けるわ」

 俺としては景虎に何かさせる気はないんだけどな。それで景虎の気が済むなら何かお願いするかもだけど。

「でも、私だってあなたが貴久をさらったことは許さないわ。貴久をさらわれた責任は私にあるけど、さらった責任はあなたにあるんだからね」

 確かに、さらわれるような危険な状態を作ったのは景虎だが、なんだかんだと言ってもやっぱりくーちゃんが俺をさらったのは変わらない、つまるところくーちゃんが悪いのは確かだ。

「おかしなことを言うね、私たちは今戦をしている真っ最中だ、敵の有力者を捕らえて何がいけない? それが当たり前だろ、それでみんなの安全が守れるのならそうするのが北条家の人としてあたりまでだろ?」

「口喧嘩はそのくらいにしてきなさい、今話し合いたいのは互いの悪いところじゃなくて、景虎が俺とくーちゃんの祝言を認めてくれるか、それともくーちゃんが俺との祝言を諦めるか、だろ」

 俺から諦めろなんて言うことは無いけどな。

「だって。長尾殿、私と貴久殿との祝言を認めていただけないでしょうか」

 さっきまでの緩い感じを消して真剣な顔でお願いをするくーちゃん。

 必要ならこういうこともするとは知っていたが、なんかくーちゃんがやると違和感があるな、そのうち慣れるとは思うけど。

「無理ね」

「どうしたら認めてくれますか」

 くーちゃんがどうしたら景虎が祝言を認めるか・・・思いつかないな。

「まずは家督の相続ね、それができないなら話すことは無いわ」

 あ、そうか、くーちゃんってまだ北条家の当主じゃないのか。

 このままくーちゃんと俺が夫婦になると、景虎と晴信と氏政が同列になるのか。

 国主にはその内なると言っても、まだ当主じゃない格下の人と同列になるのは認められないのか。

「・・・やっぱり、そうしないといけないよねー」

 くーちゃんは分かっていたようだ。でも乗り気ではない。

「やる気なさそうね、貴久と夫婦になりたいんじゃないの?」

「なりたいよ、なりたいんだけど・・・国主か~、これから面倒くさくなるな~と」

 面倒くさいって・・・気持ちは分かるけどね。

 血縁だからという理由だけで国主になるのは理不尽であると思う。

 これが思い人と結ばれるためにも必要とは・・・因果なものだ。

「わかった、わかっていたことだし、どの道何時かはそうなると覚悟はしていた、家督のことは気にしなくていい、今すぐは難しいかもしれないが必ず私が相続する。それまで、貴久との祝言は我慢する」

「それでいいの? 言っちゃ悪いけど、北条氏康殿がすぐに退くとは思えないけど」

 北条氏康は未だ健勝だ、政治の手腕も悪くない。また、死ぬときに患った中風ちゅふう以外は病を患った記録もなかったと思う。そんな人からどうやって家督を相続するのだろう?

「そこは貴久がいい考えを教えてくれたからね、頑張ってみるよ」

 もしかしなくても徳政令のことだろうか?

 意図せずして、歴史よりは少し早いが北条家の家督の相続が行われるかもしれないのか。

「なんとかなるならそれはいいわ。じゃあ次に貴久が越後、甲斐、それと相模になるのかしら? その3国を回ることになるとして、どのくらいの期間滞在するのかを決めましょう。今は越後と甲斐を1月ごとに往復しているわ」

「それは1月のままでいいんじゃないかな、2月にすると半年近く会えなくなるからね」

「でも貴久の移動のことを考えると、2月でもいいのよね」

 移動が単純に半分になるんだからありがたいと言えばありがたいが、それは俺個人の都合だから自分からは言わないでおく。

「貴久は頑張るって言ってたよ」

「こいつが頑張るとかそんなのはどうでもいいのよ、私たちがそれでいいのかって話よ。こいつが頑張るのは当たり前なのよ、自分から嫁を増やしたいだなんて言っているんだもの」

「それもそうか」

 そうなのか。

「で1月でいいの? 2月の方がいいの?」

「1月でいいよ。私自身4ヶ月以上も貴久と会えないのは辛いからね。

 後決めるのは、回る順番かな?」

「そうなのよね、越後、甲斐、相模の順に回ると移動するのにかかり日数を考えると、明らかに越後が損をして相模が得をするのよね」

 相模から越後へ行くのは、越後から甲斐、甲斐から相模へ行く時間の倍くらいかかるもんな。

「私がどこか適当な地に移ることも考えたけど、当主になっちゃうからな~。小田原から移ることの益を示せそうにないし、無理かな」

「なら私たちのところから出発するのは月の初め、あなたのところから出発するのは月の終わりってことにすればどうかしら?」

「それじゃあ私のところだけ1日少ないじゃないか」

「いいじゃない、あとから無理矢理加わったんだから。1日くらい我慢しなさい」

 これ当然、とでも言いたげに景虎が告げる。

「じゃあ景虎は我慢できるの?」

「無理ね」

 これまた当然、とでも言いたげに景虎が告げる。

「じゃあどうするのさ?」

 2人とも腕を組んで考え始める。

 俺も考えてみるが、いい考えは思いつかない。国主とはいえ、本拠地を変えるなんてことはそう簡単にできることではない。かと言って馬よりも優秀な移動手段の実現は難しい。

「仕方ないわね、これは晴信と3人で考えましょ。とりあえず、貴久があなたとの祝言を本気で望んでいるのなら、私は嫌だけど認めてあげるわ。あとは晴信に聞いて許可が出て、家督が相続できたら、改めて話をしましょう」

「わかった。それじゃあ私は帰るよ、軍も引かせるから君たちも帰っていいよ」

 問題は先送りになったが、ひとまず北条との戦は回避できたようだ。

「あんたたちが帰ったのを見届けたら私たちも帰るわ」

 やっぱり景虎はまだくーちゃんのことを信用していないのだろうか? 晴信から任された以上はこうするのが当たり前か、まだ同盟を結んだわけでもない、それこそ俺を取りに来る可能性も考えないといけない。

「はいはい、少しでも早く帰れるように頑張るよ」

 くーちゃんは呑気にそんなことを言いながら・・・俺の膝の上に頭をのせた。

「ちょっと! 帰るんじゃなかったの!」

 当然景虎が食って掛かる。

「だって、ここでこうしておかないと貴久とは当分会えないんだよ? 今だけだからさ~」

 くーちゃんが寂しいと顔で表現している。

「下半分だけよ」

 景虎が頭を肩にのせてくる。

「景虎はしばらく一緒だろ?」

「何よ、嫌なの?」

「大歓迎だ」

 右手で景虎の肩を抱き、左手でくーちゃんの手を握る。

 日の光が暖かい。静かに風が吹く。風が土の匂いを運んでくる。

「ここは平和でいいな」

「晴信がいないけどいいのかい?」

「いた方がいいに決まってるだろ」

晴信も入れて4人で・・・。

「あら、りょうと向日葵ととらの3人はいなくていいのね」

あの3人も入れて7人で・・・。

「もっといそうな気がするな」

「そんなにいない」

 俺は主人公ではない、そんなに嫁はできないだろうし、増やしたくはない。

「でも増やす気でしょ?」

「自分から増やすつもりはない」

「相手が望んだらどうするのさ?」

「増やさん」

 夫婦になるから頑張っちゃうわけだから、相手が夫婦になろうとしたら、そこで拒めば大丈夫なはずだ。

「増やしそうね」

「増やすだろうね」

 2人が揃ってため息をつく。

 増やさないと言っているのだから、少しは信じてもらいたいものだ。

「じゃあ試してみようか」

 くーちゃんが楽しそうに笑みを浮かべながら、俺も知っている有名な名前を呼ぶ。

「小太郎、出ておいで」

「ご用でしょうか」

「うわ!」

 音もなくくーちゃんの前に1人の女の子が姿を現す。

 黒い髪は短く切りそろえられているが前髪だけが長くのびていて目を隠している、身にまとっている着物は普通の町娘の着物を少しみすぼらしくした感じだ。

「小太郎は貴久のこと好き?」

「ご命令とあらば、たとえどれほど醜い姿をしていようと、鬼畜外道よりも性格が悪かろうと、自分に対して愛がなかろうと、一生の伴侶と尊び傍に侍って見せます」

 それは何だ、俺が醜い姿をしていて、性格が悪くて、小太郎のことを愛していないと・・・最後のは置いておいて、とにかく人に好かれるようなやつではないと言いたいのかな?

 実を言うと服部半蔵よりも風魔小太郎の方が好きだから、出てきた瞬間は驚いたけどすっごい興奮してたし感動していたのに・・・なんか台無しだ。

「あれ? 小太郎ってこういう人は嫌いだっけ?」

「いえ、むしろ好みです」

 え、どっち? 喜んでいいのかな?

「突然越後に表れ、気がつけば長尾景虎の夫に収まり、謀略を立て武田晴信を取り込み、今またお屋形様を誑し込み北条家をも手中に収めようとしています」

 景虎の件はその通りだが、菜種のことは謀略ではないし、俺はくーちゃんを誑してなどいない。

「これで武田が今川に勝てば、形だけ最強と思われた同盟が、東海一の弓取りをも退けたと箔をつけます。そして北条ほどの有力大名が同盟に加盟します。北条が同盟に加盟するのは実際は今川が敗れた後なので、周りから見れば強大な力を前に北条はうまく取り入り、同盟は来る者は拒まずの姿勢を見せることができます。これで周りの小国はこぞって加藤殿の伽役にでもと血縁を送り込んでくることでしょう。これで周りの小勢力が刃向うことは無くなり、有力大名もいち早く正室に見合うものを送り込むことで周りの同盟に入っていない者を蹴落とし、少しでも自分が有利に立とうとして、人質を送ってくれることでしょう。よってそう遠くない内に日ノ本で加藤殿に逆らえるものはいなくなると考えます」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 小太郎が盛大なことを言ってきた。

 確かに小太郎の言うとおりに事が運べば、まさに俺が天下を統一したと言えなくもないような気がする。

 朝廷から官位をもらっていないから、京から見れば俺だってそこいらの農民と変わらない立場なのにだ。

 あれ? 俺って主人公みたいな道を歩んでいないか?

 でも嫌だな~、主人公の歩む道が、あとはこのまま放っておけば頂点まで行ける、なんて生易しい道であるわけがない。きっとそのうち・・・。

「それではいい機会ですのでご報告があります」

 小太郎がくーちゃんが呼んだ当初の目的などすでに忘れているかのようにお仕事の話を始めた。

「甲斐武田は、間違いなく今川に勝つでしょう。これは推測ではなく決定事項と言っても構わないほど状況は武田優勢で進んでおり、今川の退却は時間の問題だと思われます」

 お、晴信はちゃんと今川を退けることに成功したようだ。これで帰ったらのんびりと・・・いかないから今話しているんだろうな。

「しかし、今川の耳にはおそらく届いていないと思われる我々にとっても不測の事態が起こりました」

 ほらきた。

「へー、いったい何があったんだい?」

「私も気になるわね、何なのよ、その不測の事態って言うのは」

 国主である2人は、この話に興味津々なご様子だ。

「はい、こちらも全く予想していなかったため何の対策も立てられていない事態なので、正直に申しましてこんな話などせずに早くお話ししたかったのですが、勝手に出てくるなとの仰せでしたので話すことができませんでした」

 それほど重要なことなら命令を破ってでも知らせるべきなんじゃないのかな?

「なら知らせてくれてもよかったのに」

「言いつけを守らないと銭が入らないので」

 うわ! 風魔小太郎ってすごい現金なやつだ! 最後は盗賊になったって話だし、この辺の性格が関係しているのかも。あ、この代じゃないかもしれないか。

 そういえば初めて会った時のりょうも似たようなところがあったな、合わせてみたら気が合うかもしれない。

「はいはい、金の切れ目が縁の切れ目ね。ちゃんと給金は出すから、早くその不測の事態とやらを教えてくれないかい」

 くーちゃんもその辺は理解して付き合っているのか、なら大丈夫・・・かな?

「では報告いたします。

 現在今川が総勢2万2千の大軍を引き連れて甲斐に侵攻しています。そしてもぬけの殻となった駿河に織田、松平の両軍合計1万が攻め込み、駿府屋形を落としました」

 織田が駿府を落としただって⁉

「それは本当なんだろうね?」

 くーちゃんがさっきまでのふざけた雰囲気を消して、北条氏政として小太郎と話している。

「はい、確かな情報です」

「・・・これはまずいことになったね」

「そうみたいね。私と貴久はすぐに晴信のいる下山城へ向かうわ」

「私もすぐに兵をまとめて小田原に帰るよ。小太郎、先に帰ってお父様にこのことを知らせておいてくれ」

「承知」

 小太郎が短く答えて、現れた時と同じように音もなく姿を消した。

「氏政、夫婦だ何だの話は全部落ち着いてからよ」

「やむを得ないね。それじゃあ貴久、景虎、また会おう」

 そう言い残してくーちゃんは茶屋の後ろへ回る、少しして馬の走る音が聞こえてきた。

「さあ、私たちも行くわよ」

 景虎も勢いよく立ち上がると、俺の手を掴んで走り出した。

 まさか織田と松平が今川を攻めるとは。

 桶狭間の戦いが起こるのは2年後、今川がここで動いた以上もう桶狭間の戦いは起こらず、織田が日の目を見ることは無いと思っていたのだが・・・。

 この時期に、織田が松平と組んで今川を攻める・・・急に思いついてできることだとは思えない。

 恐らく、周到な準備があったに違いない。

 そしてそれをしたのは恐らく・・・本田元亘だ。

 尾張の織田が動いた、恐らくは本田元亘の考えで。

 本田元亘の、主人公の狙いは何だ?

 越後の長尾と甲斐の武田が結んだ今、これを叩こうとした今川に敵対している織田家。これが示している可能性は次の2つだ。

 一つ目は、長尾と武田に刃向う今川を叩くことでこちらに少しでもいい印象を植え付けること。

 そして考えたくない二つ目は・・・領土の拡大、つまり・・・天下統一へ動き出したかだ。

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