甲斐防衛 伍ー日ノ本縦断ー
「知ってる天井だ」
目が覚めた。見上げる天井の模様には見覚えがある。昨日の夕方に見た天井と同じだ。
焦るな、これはいいことだ。知らない場所、見覚えのない景色というのは、そこにいるだけ見ているだけで不安になるものだ。
そして俺に覆い被さるようにして眠っている人物が1人。くーちゃんだ。
くーちゃんが北条氏政だと名乗った翌朝。くーちゃんが既成事実を作ると言って俺を押し倒した翌朝。
俺とくーちゃんはちょっと描写しにくい格好で朝を迎えた。どのくらい描写しにくいかと言うと、努力・友情・勝利を掲げているあの週刊紙にはちょっと載せられないような格好だ。最近はいけるような気がしないでもないが。
つまるところ、現在俺とくーちゃんはしめすへんに果実の果と書いた漢字で表される状態で寝転がっている。
「あ、おはよう貴久」
寝てなかった、起きていたようだ。
くーちゃんが眠たそうな目をこちらに向けて朝の挨拶をしてくる。
「なあ、くーちゃんや、俺たちは・・・その・・・」
やっていないと信じたいが、状況証拠は揃っている。信じたくはないが、やってしまった可能性を否定できない。
くーちゃんは、俺の言いたいことを理解したのか恥ずかしそうに頬を朱に染めながら最悪な結末を告げてくる。
「気絶している男の子はなかなかたたないんだね、苦労したよ。でも、そのぶんいっぱい楽しみながらやれたよ」
や、やれてしまったのか・・・終わった。
これはもう責任をとらないといけない。
「くーちゃん、介錯を頼む」
もうお仕舞いだ、どういった経緯であれ女の子に手を出してしまったら責任をとらなくてはいけない。
しかし景虎と晴信が、新たにくーちゃん・・・もとい北条氏政を嫁に加えることを許してくれるとは思えない。
しかも氏政ほどの人物だ、側室・愛妾・伽役でいいとは思えない、嫁になるとしたら間違いなく正室だ。だが2人が氏政を正室にすることを認めてくれるかどうか分からない。正室になったら扱いは景虎と晴信の2人と同じにしなくてはいけない。俺はもちろん優劣をつける気はないし、2人もなったらなったで扱いは平等にするよう言ってくると思うが・・・。
しかしどうにもならない問題として、俺の移動がある。
今でも1ヶ月周期で越後と甲斐を往復することになっているのに、ここに相模まで加えたら移動距離がすごいことになってしまう。もう日ノ本を縦断している。
この間2月以上もの間を我慢してもらうというのはひどい話だと思う。
贔屓しているわけではないが、それこそ景虎に関しては、俺が勝手な行動をしたせいで奥さんを増やしてしまい、今でも1月、これで氏政とも夫婦になって3国を行き来することになったら最低でも2月は離ればなれになってしまう。
最低なことを言えば、ずっと景虎に甘えて景虎の屋敷とりょうと向日葵ととらのいる長屋の往復だけをしていれば、景虎に時間さえあれば何時だって好きなときに会える生活をしていたはずだ。そう考えるととてもじゃないがここで新しく嫁を増やしたいだないんて言えたものではない。潔く腹を切る道を選んでも・・・いや、腹を切って詫びるしかないのではないだろうか。
「死ぬのはやめた方がいいよ」
どんどんと暗い方向へと思考が流れていたところに、くーちゃんの声が入り込む。
「貴久が今死んでしまうとどうなるか、考えてごらんよ」
今俺が死ぬとどうなるか・・・危なかった、川中島の時も安易に死のうとか考えていたが、まだ自分が死ぬということの重みを理解していなかったようだ。
「そうだな。今俺が死ぬと、北条が俺を殺したことになるな」
「そう。だから今死んだら、長尾と武田は間違いなく私たち北条家を滅ぼすだろうね」
それに下手をしたら、景虎が俺を守れなかったことを攻めて長尾と武田の間でも戦が起こるかもしれない。
「では、君に聞いてみよう。今ここで、君のとるべき行動は何だい?」
俺のとるべき行動・・・死ぬことではない、死んでも何も解決しないどころか状況は悪くなる一方だ。
「くーちゃんは、2月以上会えなくても大丈夫かい?」
俺のやることは、くーちゃんを嫁にすることを2人に認めてもらうことだ。
くーちゃんとやってしまったからには、俺は責任を取って夫婦になるか、腹を切って詫びるしかない。しかし腹を切ることはできない、なら夫婦になるしかない。
「なんとか我慢できないことは無いけど、こっちで過ごす1月が大変になるよ?」
「それは・・・他の2国でも同じだと思うから・・・頑張るよ」
そこは頑張るしかない、逆に言えば俺が頑張ればそれで済む話だ。
「無理して倒れたら意味ないよ」
「その時はくーちゃんと一緒にお昼寝だ」
疲れて、やっとの思いで家に帰りついて、そしたら奥さんと一緒に・・・。
「お団子食べて」
くーちゃんが俺の考えを読んで、俺の頭の中の思考を言葉にする。
「お茶飲んで」
「「のんびりとお昼寝する」」
まだ幸せを感じている場合ではない。この後、昨日の内藤さんをはじめ、北条家の方々に俺とくーちゃんの祝言を認めさせなくちゃいけない。
そしてなにより景虎と晴信の2人にくーちゃんとの関係を認めてもらわないといけない。
「頭だけじゃなくて、心の方もつかまれてしまった」
くーちゃんがぎゅーと抱き付いてくる。
幸せを感じている場合ではない、と、わかってはいるのだが・・・この幸せを拒絶することはできそうにない。
俺たちはしばらく抱き合って互いのぬくもりを感じていた。
くーちゃんが「満足満足~」とか言いながら上機嫌に俺から離れたところで、互いにしめすへんに果実の果の状態だったことに改めて気がついて、しばらく恥ずかしくて部屋の隅でうずくまっていた。
「貴久~、そろそろ行こうよ~」
くーちゃんが俺の着物の背中を引っ張っている。
本気でやれば簡単に俺を運ぶことができるだろうに、なぜだかそれはしない。
「気にしないでくれ、くーちゃん。俺の問題だから、内側の問題だから」
俺はまだ夫婦になっていない女性の裸を見てしまったことに対して自己嫌悪に落ちいっている。
夫婦でもなく、体だけの関係だと割り切っている相手でもない女性の裸を見たことを、いけないことだと理性が告げている。
くーちゃんとは夫婦になる予定ではあるが、それでもまだ夫婦ではない。だからなのかどうしてもやってはいけないことをやってしまったと思えてしまう。
くーちゃんが気にしなくていいと言ってくれているが、気持ちの問題なのでどうしようもない。
「ねー貴久ーー、もうそろそろこれ飽きてきたからー、遊んでいい?」
「あー良いぞ、好きなだけ遊んでいなさい」
できればこのまましばらくそっとしておいてほしい。俺の心の力が回復するまでそっとしておいてくれ。
「それじゃあ遠慮なく」
その時の俺は、あまりにも物事を考えていなかった。くーちゃんの言う遊びが、いったいどんなものなのか、全く考えていなかった。
「いただきます」
右の耳に生温かくてぷにぷにと柔らかい感触が。
「はむはむ。ほいひい(おいしい)」
くーちゃんが、俺の耳に甘噛みしている。
「うわわわわぁぁぁぁあああぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!」
理解が追いついたところで体が急に反応し始める。
まずはくーちゃんを引きはがすために立ち上がって状態を激しく揺らす。
「離せーーーーー!」
「はむはむ」
しかしくーちゃんは相変わらず甘噛みを続けている。
今回はくーちゃんも学習しているのか、甘噛みに強弱をつけてくる。唇で本当に優しく、弱々しくなでるようにはさんでくる。そこでふにゃっとなったところで、歯を立てて鋭い刺激を加えてくる。唇での甘噛みで油断していたところに、歯を使った鋭い刺激を加えられて、背骨がピンと伸びてしまう、さらにだんだんと足腰に力が入らなくなってくる。
「ちょ・・・くーちゃん! や、やめてくれ」
すでに力が入らなくなってきていて、上体を揺らしたら倒れてしまいそうなので、言葉での説得を試みる。
「じゃあ、一緒に評定に出ようか」
「わ、わかった。行く、行くから・・・とにかくやめてくれ」
「よろしい」
くーちゃんがやっと口を離してくれる。
「ふ~」
「ひにゃ!」
完全に油断したところにとどめの一撃がやってきた。
俺は耐えきれず崩れ落ちてしまう。
「くーちゃん、怒るぞ・・・」
降参している敵を攻撃するとは、なんと卑劣なやつだ!
「わかったわかった、今度こそもうやらないから、このままおんぶして評定の間まで連れて行って」
できればここで降ろしておきたい、このままではまたいつ攻撃されるかわかったものではない。
「先に言っておくけど、降りる気はないから。これは敗残兵が裏切った時に、いつでも攻撃できるように準備しているんだから・・・次は左だよ」
敗残兵の扱いなんて、なんだかんだ酷いものだ。




