甲斐防衛 参-くーちゃん-
「これ以上艶福家だと思われるのは嫌だ・・・」
とりあえず城の中を歩き回っている。
まだ日はかなり低い位置で輝いている。夏だから気温は高いが、それでもさすがに朝ならそれなりに涼しい。ちなみに1日の中で1番暑いのは2時~3時頃だと言われているが、あれは道路がアスファルトで舗装されていることが大きい。1番太陽光が降り注ぐ12時頃に熱をため込んで、それを2時~3時頃に排熱していくから2時~3時頃が1番熱いらしい。
だがこっちの道はアスファルトで舗装されてはいない、建物が密集しているわけでもないし、大量の家電が恐ろしく大量の熱を排熱することもない。
だから12時頃と2時~3時で明らかに後者の方が暑いということは無い。さすがに昼間や2時から3時ともなれば暑いが、元いた世界よりは結構涼しい。
だがそれでも夏だ、動き回れば汗もかく。だからあんまり動き回りたくはない。
なぜ俺がこの暑い中歩き回っているかというと、昨日の女の子を探しているからだ。
俺は昨日のあの子の服装から、あの子がこの城にいる武士かその子どもではないかと思っている。
だからこうして朝から精を出して探してみているのだが、一向に見つからない。
「仕方ない、茶屋に行くか」
ここでいたずらに時間を潰しても意味はない。
何もここで見つからなくても茶屋に行けば会えるし、そこで名前を聞いておけば今度会う時はもっと楽に会える、それで何の問題もない。
景虎は昼まで城で評定をしているから、昼まで勝手にしてろと言ってきた。よって今日はお昼までは自由に過ごせる。
だから、今から茶屋に行けばだいたい3時間から4時間くらいはあの女の子を寝かせてあげられるはずだ。
なので早速昨日の茶屋に向かおう。
「おや、また来たのかい」
おばちゃんが今日も優しそうな笑顔を向けてくる。
「ああ。おばちゃん、昨日の女の子は来てるかい?」
「あの子かい? いや、今日は来てないよ」
どうやらまだ来ていないようだ、でも俺は昼までしかいないから早く来ないとお昼寝の時間が無くなってしまう。
とりあえず団子を2本頼んで、今日は女の子が来たときにすぐわかるように外の腰掛に座って待つ。あとあの子がお昼寝しているときに雲を眺めていた方が楽しそうだからというのもある。
「はいよ、お団子2本ね」
「ありがと」
団子を受け取ってとりあえず1個口に入れる。今日も団子が美味い。
「今日も団子が美味い」
「・・・うん、そうだな」
確かに美味しいんだが・・・。
「いつからそこにいた?」
「ちょっと前」
いつの間にやら昨日の女の子が俺の隣に座って俺のお団子を食べていた。
「今日もいい天気だなー」
だがまあそんなことは大した問題ではないので、なんとなく頭に浮かんだことを喋りつつ団子を食べる。
「ぽかぽかするなー」
女の子も気のない返事をしながら団子を食べ続けている。
2人でどうでもいい話をしながらモグモグとお団子を食べる。
しかし、もともとお団子は3個しか刺さっていなかったのですぐに食べ終わってしまう。
「お団子、もっと食べるか?」
「ん~、それもいいけど・・・」
女の子がごろんと俺の膝の上に寝転がってくる。
「こっちの方がいい」
「あっそ」
それだけ言って、俺も特に抵抗することなく受け入れる。
「ところでさ、君のことは何て呼べばいいかな?」
昨日から気になっていた名前を聞いてみる。
「ん~、何て呼びたい?」
そう返されると困ってしまうのだが・・・。
「団子ちゃん?」
「ご飯の方が好き」
好き嫌いの話ではない。
「食いしん坊でどうだ」
「お昼寝の方が好き」
そういう話でもない。
「やっぱり君が決めてくれ」
面倒くさくなったので女の子に丸投げする。
女の子は雲を見上げながら考え始める・・・が。
「何でもいい」
すぐに諦めて俺に投げ返してくる。
「もう少しよく考えてみろ。何か無いのか、普段よくしていることとか好きなこととか?」
女の子はもう一度雲を見上げながら考え始めて、今度はすぐに答える。
「・・・くーちゃんで」
「よく寝てるからか?」
「そのとーり」
「んじゃ、よろしくな、くーちゃん」
「おやすみ」
よろしくしてくれないようだ。
「しっかり寝なさい、寝る子は育つと言うしな」
「・・・くー・・・」
すでに寝ていたようだ。
「くー」
なるほど、確かにくーちゃんでぴったりだ。くーくー言ってるよ。
何とも可愛らしい。
にしても早かったな。さっきまで普通に会話してたのに、終わった瞬間にもう寝てる。
どこでも寝られるのは才能だと思うが、こんなに早く長時間眠れて、起きようと思ったらすぐに起きられるんだから、これはもう天才ではないだろうか? それとも鬼才までいくだろうか?
そんなわけで起きるかどうか試してみよう。決してほっぺをぷにぷにしたいからではない。
というわけでほっぺをつんつん。
「・・・」
反応なし。
そして・・・柔らかいです。
白い肌は絹のようになめらかで、つついた感触は付きたてのお餅のようにもちもちだ。
あーこれは癖になりそうだ。帰ったら晴信にやってみよう。景虎にやったら後が怖そうだからやろうとは思わないが。
ぷにーっとつまんでみたりもしたいが、さすがに起してしまいそうだったので止めておく。ぷにぷにもほどほどにして終了。
そして今日ものんびりとくーちゃんを起こさないように景色を眺めるお仕事に取り掛かる。
辺りにはとても立派とは言えない木造の家が何件か見える。森の中から木の葉が擦れあうざわざわという音、道端の草が発するさらさらという音、風が木や草の楽器を使って奏でる美しい音だ。香るのは飲食店から漏れる甘い甘味や揚げ物の油の匂いではなく、なんとなく安心させられる土の匂いだ。
「いいものだな~」
今日もお仕事は順調にいきそうだ。
日が結構高くまで昇ってきた。もうお昼だろうか? そろそろ帰らないとまた景虎に怒られるかもしれない。
「くー」
しかしくーちゃんはまだ眠っている。
帰らなければいけないとは思うが、なんとなくくーちゃんを起こしたくない。
今ここでくーちゃんを起こして景虎にに怒られずに済ませるか、くーちゃんを起こさずにこのまま寝かせてあげて景虎に怒られないように祈るか。
少しだけ空を流れる雲を見上げて考える。そして結論が出た。
「このままでいいか」
ここでクーちゃんを起こせば景虎には怒られないだろうが、間違いなくくーちゃんの機嫌を損ねてしまうだろう。誰だって眠りを妨げられるのは嫌なものだ。
だからここはくーちゃんが自分から起きるまで待って、くーちゃんの機嫌を損ねないようにする。そして後は景虎が怒っていないことを祈る。
何事も目の前のことが第一だ。
「何か難しいこと考えてるの?」
何だ、起きたのか。
「くーちゃんを起こすかそれとも寝かせておくか悩んでいて、このまま寝かせておこうと思ったんだが・・・起こしちゃったか?」
「私が勝手に起きた、あなたのせいじゃない」
今日もすでに3時間以上は寝ているはずだが、その眼は眠たそうに見える。しかしその顔はとても笑顔で、嬉しそうだ。
「嬉しそうだな、いい夢でも見られたか?」
「違う」
くーちゃんは短く答えると、くるりと回って顔を下にする。
「この枕が気に入った~」
くぐもった声が帰ったくる。
口が太ももにくっついているからもごもご動いてくすぐったい
「よく聞こえないぞ」
本当はちゃんと聞き取れていたが、くすぐったいのが我慢できそうになかったので聞こえないふりをする。
ついでに頭を優しく撫でておく。
撫でていたら上を向いてくれないかもしれないが、こうしたいのだから仕方がない。
「がぶ」
「ふぉ!」
くーちゃんの口があったている場所に温かい刺激が走る。甘噛みだ。
痛いことは無い。太ももにはっきりと感じる歯の感触と、口の中の温かさが気持ちいいようなくすぐったいような、何とも言えない感覚を伝えてくる。
「ごめんごめん! 悪かった、やめるから!」
正座の後で痺れた足をつつかれた時の感覚に似た感触に耐えられず肩をたたいてやめるように促す。
「がぶがぶ」
「ちょっ! こら!」
しかしくーちゃんはやめてくれない。
最初からずっと変わらず、絶妙な力加減で甘噛みを続けてくる。
たたいていた肩にそのまま手をかけて引きはがしにかかる。
くーちゃんも俺の脚にしがみついて抵抗する。抵抗していても甘噛みはしっかりと継続されていて、太ももへの悩ましい感触は消えない。
何回か引きはがそうと力を込めたがくーちゃんが離れるとは思えなかったので、仕方がなく我慢することに決める。
我慢するのはやぶさかではないのでが、この体制だとほとんど動けないから、甘噛みで伝わる刺激がほとんど逃げてくれない。
ちょっと耐えられるか不安だ。
しばらく甘噛みに耐えていると、やっと満足したのかくーちゃんが甘噛みをやめてくれた。
「満足した」
くーちゃんが満たされた顔を上に向ける。
「・・・そ、そうかい」
やっと終わった。
まだ耐えられないことは無かったが、だんだんと頭の中が痺れてきてプツンと行きそうだったからよかった。
「男は胃袋でつかめ」
「ん?」
「そいう言う言葉がある」
その言葉は俺も知っている。
料理上手な妻を持つ男性は、仕事が終わるとまっすぐうちに帰るので、浮気なし、家庭 円満などと言われている。
「なら女は何でつかむの?」
「女の話は聞いたことがないな」
男は胃袋でつかめと言うのはよく聞くが、女は〇〇でつかめというのは聞いたことがない。
「なにでつかむと思う?」
くーちゃんが問いかけてくる。
「知らないな。全く思いつかない」
一瞬お金かと思ったが、さすがに失礼だと思うので口には出さない。実際に女の子が目の前にいるのならなおさらだ。
「私もわからない」
くーちゃんがあっけらかんと言ってくる。
「なんだ、くーちゃんもわからないのか」
「分かるわけがない」
自分から聞いておいて本当にどうでもいいことのように言ってくる。
この話も突然だったし、暇つぶしになんとなく話したってところだろうか。
「人はしょせん己の知る事しか知らぬ、か」
何でも知っているとか言われている人だって、知らないことはある。
「おー、なんかいい言葉。まさにその通りかもしれないね。私は世の女性の掴み方なんて知らないけど、私自身の掴み方なら知ってる」
「それはぜひとも聞いてみたいな。くーちゃんみたいな子をつかむにはどうすればいいんだい?」
「頭でつかむ」
「頭?」
頭でつかむ・・・鷲掴みにでもすればいいのだろうか?
「これはもう、この膝から離れられそうにない」
どうやらこのひざまくらが相当お気に召したようだ。
その証拠にその顔にはまさに満面の笑みを浮かべている。
「頭でつかまれてしまった」
「俺からつかんだわけではないんだが」
くーちゃんが勝手に寝っ転がってきて、勝手に気に入っただけなのだが。
「迷惑だった?」
「そんなことない、のんびりできて楽しかったよ」
何をしたわけでもないが、昨日今日と景色を眺めるだけでも不思議と退屈はしなかった。むしろ幸せだと感じたくらいだ。
どうして幸せだと感じたのかはわからない、でもそう感じてしまったのだから仕方がない。
まあ本気を出して考えることでもないだろう。
答えの出そうのない思考を切り捨てて、再び空を見上げる。大きな空を見ているとさっきの思考が本当にどうでもいいものだったと改めて思う。
「どうして起こさなかったの?」
空を見上げていると、唐突にくーちゃんが声をかけてくる。
「さっきも言ったけど、のんびりできて楽しかったからだよ。迷惑でも何でもなかった。それに
今日はもともとくーちゃんを寝かせるために来たようなものだしな」
朝からくーちゃんを探して城の中を歩き回っていたくらいだ。
「昨日は?」
「ん~、のんびりしたかったからかな?」
昨日は一応情報収集という仕事はあったが、有って無いようなものだった。
やらなきゃいけないことは無かったし、ここまで来るのに疲れてもいた、だからくーちゃんを寝かせてあげる云々を抜きにして、単純に俺がのんびりしたかっただけだろう。
「のんびりするのは好き?」
「ああ、大好きだ。適度に暖かい場所で、お団子食べて、お茶飲んで、のんびりとお昼寝する。最高だな」
いつか隠居したら1日中こんな生活をしたいものだ。
空を見ながらそんな隠居後の生活に思いをはせていると下から声が聞こえた。
「・・・見つけた」
その声の主を見てみると、今まで眠たそうにしていた眼を大きく見開いて俺のことを見ている。
「どうしたんだ、くーちゃん?」
ほっぺをつんつんしながら聞いてみる。
そしたらくーちゃんが目にもとまらぬ速さで起き上がって俺の手を掴む。
「あ、ごめん、嫌だったか?」
「理解者」
理解者? 何のことだろうか、くーちゃんのことはお昼寝が好きだということ以外は何もわかっていないのだが。
「政を執り行った経験は?」
「ない」
景虎と晴信の夫にはなって頑張って内政の勉強もしたから、いざとなれば少しくらい力になるが、まだ実際に政を執り行った経験はない。
「興味は?」
「無いことは無い」
「少し頑張るだけで、今すぐにさっき言っていた最高の暮らしが手に入る方法があったら? 望みがかなうなら?」
「それは頑張るしかないだろ」
くーちゃんはさらに目を輝かせる。
「なら付いて来て!」
くーちゃんが握っている手を引っ張ってくる。
「おいおいちょっと待て! どこへ行く気だ⁉」
「あなたの望みがかなう所!」
それって、さっき言った暮らしができるところがあるって言うのか?
「私と来て」
さっきよりも強い力で俺のことを引っ張ってくる。
「だから待てって!」
くーちゃんの手を、結構な力を入れて振り払う、そうしないと離れられなかった。
「俺はこの後ちょっと約束があるんだ、だからあんまり遠くへはいけないんだ」
昨日の今日でまた景虎を待たせたりはしたくない。
くーちゃんとはもっと一緒にいたいが、流石にこの場合は奥さん優先だ。
「・・・さっき、望みがかなうなら、頑張るって言った」
くーちゃんがゆっくりとこっちに近づいてくる。
「だから、私も少しだけ頑張る」
「うっ!」
お腹に強い衝撃が走る。
あまりの痛みに膝をついてしまう。
殴られた、恐らくはくーちゃんに。
どうしてくーちゃんがこんなことを? 分からない。
苦痛でうまく頭が回らないところに、優しく声がかけられる。
「ちょっとだけ我慢して」
さっきまで前にいたはずのくーちゃんの声が後ろから聞こえてくる。
「がはっ!」
最後に首の後ろに強い衝撃を感じたところで俺は意識を失った。




