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「過ごした日数の差か? いやそれなら500年後の我が家の圧勝だよな、ならどうしてだろう」

 越後に帰ってきた翌朝、布団から起き上がって考え事をしている。

 議題は「どうしてどこも自分が住んでいる家なのに、越後の長屋が一番『我が家』って感じがするんだろうか?」だ。

 甲斐で寝泊まりしていた時も普通に寝起きしていたし、越後の景虎の屋敷でも安心して眠れている。だがなぜかこの長屋の方が安心できるし、熟睡できる。

「分からん」

 だがまあ分からないものは分からない、人間自分のことが一番分からないものだ。

「りょう、起きろ」

 下らない思考をバッサリ切り捨てて毎回俺の布団に潜り込んでくるりょうを起こす。

「あー、兄ちゃん・・・おはよう」

「はいおはよう。

 さあ、顔洗いにいこう」

「ん~」

 りょうが寝起きの目を擦りながら立ち上がる。

 寝ぼけて真っ直ぐに歩けていないりょうの手を引きながら井戸へ向かうと、そこには既に向日葵ととらがいた。

「あ、おはようございます、貴久様にとらちゃん」

「おう、おはよう」

「おはようございま~す」

「・・・」

 向日葵が複雑そうな顔をして俺を見ている。

「どうした、向日葵?」

「寂しかったなら私を・・・」

「はいはい違いますからね」

「寂しくなくても・・・」

「来なくていいからね~」

「私が寂しいから行きたい」

「・・・なら・・・仕方がない」

 向日葵がにやりと嫌な笑みを浮かべる。してやったりと顔に書いてある。

「これで今日から堂々と一緒に寝れる」

「え~ずるい! だったら私も兄ちゃんと寝る!」

 しっかりと目を覚ましたりょうが俺の腰にがっちりとしがみつく。

「ずるくない、りょうはなんだかんだで結構貴久と一緒に寝てる。たまには代わって」

「わざとじゃないもん!」

「故意であろうがなかろうが関係ない、やったかどうかが肝要」

 そのままりょうが感情的に叫び、向日葵が理論的に言い返す構図が続いた。

 俺はいつものことだと思って、先に井戸を使おうと思い2人を素通りしようとしたら・・・。

「あの・・・」

 とらがおずおずと俺の着物をつかんで声をかけてきた。

「どうした?」

「あの・・・私も・・・」

 とらはその先が言葉にできなくなって口をつぐんでしまう。しかし一度俯いてからちらっとこっちを見る。俺と目が合うとまたすぐに俯き、またちらっと俺を見上げてくる。

 とらが言わんとしていることはよくわかった。

「おーい2人とも」

「「今忙しい!」」

 2人がそろって同じ言葉を返してくる。

「まあそういわずに聞け」

 容赦なく2人の頭を鷲掴みにしてこちらを向かせる。

「痛い! 痛かったよ兄ちゃん! 今の結構痛かった!」

「今ので首の骨が折れた、責任取って私の婿になって一生つきっきりで世話をしろ」

「言うことを聞くなら今日から一緒に寝てもいい、4人で」

「わかった!」

「仕方ない」

「お願いします!」

 三者三様に了解の意を示してくる。

「はい、じゃあ喧嘩はやめて、さっさと顔を洗って朝餉あさけを食べよう」

「はーい」

 我が家は今日も平和だ。


「景虎~、入っていいか~」

 朝餉を終えて、景虎の屋敷にやってきた。

「入っていいわよ」

「お邪魔しまーす」

 中では景虎が1人紙に筆を走らせていた。

「何か用なの」

 景虎がこちらを見ずに言ってくる。

「なんだ、仕事中か。なら別にいいよ」

 景虎の迷惑にならないようにと、すぐに俺は部屋を出ようとする。

「いいから、さっさとここに来た理由を言いなさい」

「いやいいって、本当にどうでもいいことだから」

「早く言いなさいって言ってるの! こっちも暇じゃないんだから!」

 暇じゃないんなら俺が帰ろうとしたのを呼び止めなければいいのに。

「なんとなく景虎と話したかったから」

 それを聞いて景虎の顔があっという間に赤く染まっていく。しかし首をぶんぶんと振って何やら思い直すと、深呼吸をして顔から赤みがに抜けたところで、筆をおいて腕を組み、抱きしめたくならない笑顔を向けてくる。

「あんた、よくそんなこと言えたわね」

「そんなこととは?」

「祝言を挙げて間もない愛しい奥さんを目の前にして、その奥さんと愛を語らうことがどうでもいいこととは、よくもまあ言えたものね」

「す、すみません。そんなつもりでは無かったんですでは早速愛を・・・」

「黙りなさい」

 景虎が毎度よろしく威圧感を放ってくる。

「本当にあなたは学ばないわね。いい加減どうしたら私が喜んで、どうしたら怒るのかわかってこないの?」

 景虎が楽しそうに言ってくる。

「ま、待て・・・とりあえず、お、落ち着いて話そう」

 恐らく加減しているのだろう、俺はなんとか言葉を発する。

「・・・ま、いいでしょう」

 その瞬間にふっと俺を押さえつけていた圧力が消える。

「で? 落ち着いて話を聞いてあげるけど、あなたはどんな話をしてくれるのかしら? どうでもいい愛を語らってくれるのかしら?」

「え、えっと・・・」

「どうしたの? あなたが望んだ通りにどうでもいい話を聞いてあげるって言ってるんだから、早く聞かせてちょうだい」

「聞かせてくれって言われても・・・どうでもいい話をしたかっただけだから、特に何を話したいっていうのはないんだが・・・」

 さらに言えば景虎が見られればそれでよかったので話さなくてもいいとさえ思っていた。

「分かってないんだろうけど、今のは結構嬉しかったわよ。何かしたいことがあるわけでもないのに私に会いに来た、それって時間があったらとにかく私に会いたい、それくらい私のことが好きってことでしょ」

 景虎が頬をわずかに赤く染めながら、さっきまでと違って抱きしめたくなる可愛らしい笑顔で、自分自身では意識していなかった感情を言い当ててくる。

「ち、違わい! 誰がそんなこと・・・」

「思ってくれないの?」

 景虎がさらに目を潤ませながら聞いてくる。

「ぇ・・・ぁ・・・その・・・」

「私は、貴久に対して、さっき言ったような感情を持っているのだけれど」

「うぅ・・・」

「貴久は、そんなふうに感じてはくれないの?」

「ぬうぅ~・・・ああそうだよ! その通りだよ! 今日はただ景虎に会いたくて来たんだ! 何もしてない時はおろか、何かしてたって常に景虎に会いたいとか考えてるよ!」

 景虎のあまりの可愛らしさに声を大きくしてしまう。言いながら恥ずかしくなっていって、途中から景虎を見ていられなかった。

「ならいいわ」

 そう言いながら、いつの間にか俺の隣にやってきていた景虎が抱き付いてくる。

「景虎はいつもいつも・・・」

「いつも、何なのよ」

「俺が好きだって言えば顔赤くしたり、慌てたりするのに、自分からはこんなことを普通にやってくる。恥ずかしくはないのか・・・」

「恥ずかしいわよ。でも、こうしていると、恥ずかしいって気持ちよりも、貴方のことを愛おしいと思う気持ち、あなたに触れていることで得られる安心感が、恥ずかしいって思う気持ちよりもずっとずっと大きいの」

「だから・・・今言ったことも、恥ずかしくはないと?」

「ええ」

 景虎は俺に触れると愛おしいと感じてくれている、安心すると感じてくれている。

 なら俺はどうだろう。俺は景虎に触れていると、愛おしいと感じるのか? 安心できるのか?

「・・・なあ、景虎」

「なに」

「俺もさ、同じだよ」

 そう、同じだ。

「景虎に触れていると、景虎のことが愛おしくてたまらない」

「そう」

「景虎に触れていると、安心するんだ」

「ありがとう」

 安心するんだ。

 1番安心できる、熟睡できる場所が『我が家』なら、俺にとっての『我が家』とは、景虎のいるところなのだろう。


 だってそこが、1番安心できるのだから。


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