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晴信と祝言 参-慣れ-

 人はすぐ慣れるんだ、戦い、殺し合いにも。

 バルトフェル〇さん、確かにその通りかもしれない。

 今この瞬間にだって、どこかで人が人を殺しているかもしれない。

 今も昔も、この先だって殺しを生業にしている人がいる。その人たちは人を殺すことをどう思っているのだろうか、何とも思っていないのだろうか。

 まあその話はやめておこう、実際に人を殺したことがない人が考えても机上の空論だ。

 では『人はすぐ慣れる』という部分に注目してみよう。

 この答えは簡単だ。その通りだ、たいていのことなら人はすぐ慣れる。初めて学校に行ったときどうだった? すぐに学校に通うのが当たり前にならなかったか? 初めて1人で出かけたときはどうだった? 何回か出かけたらすぐに1人で出かけられるようにならなかったか? 皆はどうだった、初めてやって緊張したこともすぐに慣れて緊張しなくならなかったか?

 しかし俺はそんなことはない。そりゃ学校行くのにはすぐに慣れたさ、でも俺は人より慣れるのが遅い。部活のバスケだって普通にドリブルつけるようになるのが皆より遅かったのは今でも悔しくてたまらない。

 でまあ、何が言いたかったかというとだな・・・。

「何回やっても祝言なんて慣れるわけないよな」

 今日は晴信と祝言を挙げる日だ、緊張するなと言われても無理に決まっている。

「晴信、早く来ないかな」

 今いるのは祝言の間、俺はしっかりと紋付羽織袴を着こんで晴信が来るのを待っている。

 ただひたすらに座って晴信が来るのを待つ。

 部屋を観察してみる。普段あまり使われていないのかこの部屋には畳の優しい匂いが満ちている。障子を通して差し込む太陽の光が照らすこの部屋の中は夏だが熱いとは感じない、暖かいといった感じだ。全てが俺と晴信の祝言を祝福しているようだった。

 俺がそんなふうに1人感慨に浸っていると、ついにその時がやってきた。

 足音が近づいてくる、足音からして人数は1人、晴信だろうか。

 その足音が部屋の前で止まる、障子にはうっすらと人影が映し出されている。

 障子が開かれる、そのわずかな音が俺の耳に聞こえるすべてだ。

 俺の目は開かれていく障子から目が離せない。そこにいる、俺の愛しい花嫁の姿を一生忘れないように、心に焼き付けるために。

「・・・」

 障子が開ききる、そこには綿帽子を目深にかぶっていて顔こそよく見えないが晴信が立っていた。

「・・・」

 晴信が無言でゆっくりと俺の隣にまで来て座る。

「貴久」

 晴信が俺の名前を呼ぶ。愛しい人が、愛しい声で俺の名前を呼ぶ。

「晴信」

 俺も晴信の名前を呼ぶ。

 晴信が少しだけ顔を俯かせる。

「晴信、下を向かないで。さあ、隠さないで顔を見せてくれ」

 しかし晴信は俺の方を見ようとはしない、それどころかさらに顔を俯かせてしまう。

「どうしたんだい、晴信?」

「・・・」

 晴信は何も答えてはくれない、ただ黙ってうつむいているだけだ。

「晴信?」

 もう一度名前を呼ぶと、今度は反応があった。

「もう少し、待って」

 待つ?

「今は、顔が赤いから・・・もう少し待って」

 なんとなくだが緊張が解けた気がする。人は自分より緊張している人がいると落ち着けると聞くがその通りのようだ。

 そして緊張の解けた俺は晴信をじっくりと観察してみる。

 服装は景虎の時と同じ白無垢だ、過度な装飾はない。だからなのか裾の方に刺繍されている鶴は何とも優雅だ。

 そして当の晴信に目を向けてみる。綿帽子もかぶっているから肌の見えるところはほとんどない、しかしわずかに覗くうなじをは白無垢の白によってひきたてられて赤らんでいるのがよくわかる。

 そんな晴信を抱き寄せようとすると、そこで晴信が待ったをかける。

「待って」

 奥さんからの静止を受けて俺は動きを止める。

「今は祝言の最中、そういうことは、祝言が終わってから」

 晴信が淡々と告げてくる。てっきりもっともじもじしたり、詰まりながら言ってくるものだと思ったが。

「じゃあ、さっそく始めようか」

 晴信も小さく頷いて了解の意を示す。

 盃台に乗せられた朱塗りの三ツ組盃を手にとる。

 まずは晴信が俺に注いでくれる。俺はそれを3度に分けて呑み干す。今度は晴信が俺の盃を受け取って同じように3度に分けて呑み干す。そして俺がもう一度3度。

 3段の盃で順番を変えながらそれを繰り返す。

 晴信が最後の一口を喉に流す。

「・・・」

「・・・」

 これで晴信と俺は夫婦だ。景虎の時もそうだったが、これで夫婦だと頭では理解しているがまだ何が変わったというわけでもないからいまいち夫婦になったのだという実感がわかない。

「貴久」

 晴信がまた名前を呼んでくる。

「なんだ」

「貴久」

「だからどうした」

「貴久~」

 晴信が甘えるような声を出しながら俺にもたれかかってくる。

「貴久~」

 また名前を呼んでくる。

 なるほど、つまり晴信が名前を呼んでくるのは、ただ呼びたいからか。晴信は俺と違って頭で理解するだけじゃなくてちゃんと夫婦になった実感があるんだ。

「晴信」

 俺も名前を呼んでみる。

「晴信」

 もう一度呼んでみる。

 なんとなく心に温かいものが湧いてくる気がする。やってみるものだ、俺もやっと夫婦になった実感がしてきた。

「貴久」

「晴信」

 晴信が抱き付いてくる。俺もそれに応えて晴信を抱きしめる。

 晴信が顔を上げる。

「やっと見られた」

 今日初めて晴信の顔を見た。その顔はまだ赤いままだ、目はとろんと蕩けている。だが何より目についたのは両の目から流れる涙だ。

「可愛いよ、晴信」

「可愛いわけがない・・・こんな泣き顔・・・見られたくない」

「なら、どうして顔を見せてくれたんだい」

 晴信の涙を指で掬い取りながら聞いてみる。

「見せたわけじゃない・・・愛する夫の顔を見たかっただけ」

 晴信が恥ずかしいことを言ってくる。でも嬉しい、自分の顔が熱くなってくるのがわかる。

「あんまり、嬉しいこと言うんじゃない」

 互いの顔を見つめてしばらくして、俺たちは自然と唇を合わせた。


 場を移して晴信の私室へ。

 特に何もしていない、まだ日も高く床入りする気分ではないが、あとは事に及ぶのがいつになるかというだけで実際にはもう床入りしたようなものだ。

「なあ、晴信」

「なに?」

「・・・呼んだだけ」

 俺は何も考えずに畳の上に寝頃がる。

「・・・そう」

 晴信が短く答えて俺のお腹の上に頭を載せて寝転がる。

「・・・幸せだな」

「・・・幸せ」

 何もしない、それでも幸せだ。

 寝転がっているだけ。たがいに何か話すわけでも何でもない、ここに互いがいるだけで幸せになれる、これが夫婦というものだろうか。

「このまま、時が止まったらいいのに」

 晴信がぽつりと漏らす。

「それは・・・いやだな」

 晴信の頭を撫でてみる、晴信は抵抗しなかった。

「時が止まったら、こういうことができなくなる」

「それは、嫌」

 晴信が寝返りを打って顔を下にする。

「ひひにほひかふる(いい匂いがする)」

「なんて言ってるんだ?」

「ふぁいふき(大好き)」

「ま、いいか」

 何と言っているのかわからないが、晴信もわかっててやってるんだろうから無理に聞き出す必要もないだろう。

「ぎゅー」

 晴信が顔を俺のお腹に押し付けてぐりぐりしてくる。くすぐったいが気持ちいい、不思議な感覚だ。

「犬みたいだな」

「わん」

 ちらりと天井から晴信に視線を向けると晴信もこちらを見ていた。晴信が何とも無邪気な笑顔を向けてくる。

「わん」

 もう一度わんと鳴いたところで恥ずかしくなったのか再び俺のお腹に顔を押し付けてぐりぐりしている。耳や首筋が真っ赤になっているのがよく見える。

(恥ずかしいならやらなきゃいいのに)

 とか変な考えが頭をよぎるが、そんなことを口に出したりはしない。むしろ晴信が可愛くて仕方がない。性行為をしたいとは思わない、そんなことをするよりもこうやってじゃれあっていられるならその方がきっと幸せだ。

「貴久」

 晴信が「よいしょよいしょ」とか言いながら俺の体を上ってくる。可愛い。

「ぎゅってして」

 そう言いながら晴信の方から俺の肩をぎゅっとつかんでほっぺをすりすりしてくる。可愛い。

 とりあえず言われたとおりぎゅっとしておく。

「甘えんぼだな、晴信は」

「貴久は、こういう子は嫌い?」

 晴信が笑顔で聞いてくる。俺がどう答えるかわかりきっている顔だ。

「そんなことないよ、大好きだ」

 俺は晴信を抱く手に力を込める。

 晴信もそれに応えてより俺に密着してくる。

 そんな幸せな時間を堪能していると、いつしか俺は眠ってしまっていた。


「んん~」

 ゆっくりと目を開くと部屋の中はすでにかなり暗くなっていた。かろうじて見えているがあかね色よりも黒に近い色だ、もう夕日は沈んでいるだろう。

「ん?」

 起き上がろうと思ったがうまく起き上がれない、それもそのはずで目をしっかりと開けてみれば俺の上には晴信が一緒になって寝ている。

(可愛いな~)

 何とも頭の中がお花畑なことを考えつつ晴信の頭をなでようと手を・・・手を・・・あれ?

「え・・・」

 手が・・・動かない。いやそれだけではない、足も動かない。手と足に感じる感触から縛られていると分かる。

 なぜだ、どうして縛られている。

 誰が縛ったかは考えるまでもなく晴信だろう。俺の手は後ろで縛られている、俺が寝てしまった時にはまだ晴信は俺の上に乗ったままだったからもし晴信じゃないなら一度晴信を俺の上からどかさなければならない、それで晴信が起きないことはないと思う。仮に晴信が席をはずしたすきに俺を縛ったとしても、戻ってきた晴信が黙って俺の上に戻って寝ているとは思えない。そもそも晴信の私室に勝手に入ってこられるものなど甲斐にはいないはずだ。

 だから縛ったのは晴信で決定だ、だから問題はどうして俺が縛られているのか、だ。

 縛ったのが晴信だとして、ならば晴信が俺を縛ることでどんな得があるのかを考えてみる。

 まずは俺を縛ることで俺がどうなるかだが・・・動けない、それ以外にはない。

 では俺が動けないことで晴信にどんな得があるのか・・・分からん。俺が動けないからなんだというのか、晴信がこの後するのは・・・俺とあんなことやこんなこと?

 ・・・いやいやいやいやいや、待て、焦るなtakahisa kato。縛るって何だ、なぜ事に及ぶのに晴信が俺を縛るんだ? 普通縛るとしたら景虎の方だろう、景虎がやるならまだ想像できる。「あははー! おもしろーい!」とか言いながら縛られた俺をいたぶる景虎なら容易に想像できる。しかし晴信はどうだ? 晴信がそんなことをする姿を想像することなんてできない、晴信はそんなことできない優しい子だ。

 ならどうして晴信は俺を縛ってるんだ?

「んん~」

 晴信が目を覚ました。

「おう、晴信、起きたのか」

 晴信はまだ開ききっていない目をごしごしとこすると・・・そのまま口づけしてくる。

「・・・」

 晴信が顔を離す。一度俺の顔を確認した晴信は何も言わずにまた唇を合わせてくる。

「・・・」

 俺は何もしないで黙ってされるがままだ。

 いや、何もしないというのは語弊がある。正確には思考が追いつかなくて動けないだけだ。

 俺が思考を停止して動けない間にも晴信は躊躇なく俺の口を吸ってくる。

「むうう~ちゅ」

 晴信さんがそれはもう一心不乱に俺の口を吸う。

 ・・・普通なら興奮してキャッホーイ! とか叫びながら襲い掛かるかもしれないが・・・縛られているこの状況ではいまいち素直に喜べない。

「~はっ」

 晴信が息継ぎのために一度口を離す。

「おい、晴信」

 その隙をついて俺は晴信に話しかける。

「なに?」

「どうしてこんなことをしてるんだ」

「?」

「よくわかりません見たいな顔するな、とにかくどうしてこんなことをしたのか順を追って話してみなさい」

「まず貴久を縛った」

(そこがおかしいーーーー!)

 が、今それを指摘して話が脱線しても困るからとりあえず我慢だ。

「で、寝た」

「はあ」

「起きたら外が暗くなっていて、貴久が起きてた」

「おう」

「だから始めようかと」

「・・・」

「・・・」

 え、それだけ?

「始めるとは・・・その・・・」

「房事」

「・・・まあ、そこに関しては納得しておこう」

「じゃあ続きを・・・」

「待て、まだ話は終わっていない」

 俺が待てというと晴信が不満をあらわにしながらもとりあえず止まる。

「まだ俺を縛った理由を聞いてない」

「あ~」

「『あ~』じゃない、そこが一番重要だ。早く理由を聞かせろ」

「貴久は、景虎との初夜は満足したって聞いた」

「誰から」

「景虎から」

「どうしてそんなこと聞いた」

 そこで晴信が少し迷うような素振りを見せたが、すぐに言葉を返した。

「私は初夜にどんなことをすればいいのか知らない」

「ほう」

「だから経験者に聞いた」

「ふむ」

「そしたら自慢そうに貴久は私としたときは常時幸せそうだった、終わった後も朝まで抱きしめていてくれたし、朝起きてすぐに愛を囁いてくれたって話してくれた」

 そう話す晴信の背後には真っ赤に燃える炎が見える、さらにその眼にもメラメラと燃える炎が見える。要するに燃えてます、たぶん機嫌が悪いです。

「で、なんだ、対抗意識でも燃やしてるのか?」

「そう」

「でもそれは俺を縛る理由にはならないよな」

「そんなことない」

 晴信が言葉に力を込めて言ってくる。

「どう関係あるんだ?」

「景虎の時は互いが互いを満足させた、だから私は私のために使われる時間を使ってその分貴久に尽くす。そうすれば私は景虎の2倍貴久を満足させられる」

「・・・なるほど、晴信の言いたいことは分かった、でもやっぱりそれは俺を縛る理由にはなっていないだろ」

「なる。貴久は優しいからそんなことないとか言って私を満足させようと頑張る。そんなことされたら、私は嬉しすぎて流されてしまう、そしたら景虎よりも貴久を満足させてあげられない」

 晴信が眼に炎を灯したまま熱弁をふるう。

「つまりは何だ、景虎に負けたくないのか、負けず嫌いか」

「そう!」

 晴信が力強く返事をする。

「まあ・・・なんだ、晴信の好きなようにさせてやりたいとは思うのだが・・・これは嫌だ」

「・・・貴久の意見は聞いてない」

「え?」

「ちゅー」

「ん!」

 晴信がまた俺の口を吸ってくる。

 さっきまでと違って晴信の可愛らしい気持ちを知ってしまったからか、この口づけが気持ちいいと感じてしまう、性的な興奮も憶えてしまう。

「~! ぷは! おい晴信やめ・・・ん!」

 晴信は俺の静止も聞かずにまたひたすらに俺の口を吸ってくる。

「今の貴久は縛られていて動けない。大丈夫、すぐに良くなる」

 え、なんか危険なこと言ってない?

「んん~」

「んんん!」

 俺は体をひねって何とか晴信から逃げようと暴れるが、思いのほか強い晴信の力に勝てず逃げ出せない。

「暴れないで。大丈夫すぐに慣れる」

「んんんーーーーー!!!」

 いつまで事が続いていたのかはわからない、俺は途中で気を失ってしまった。


「・・・」

 目が覚めた。外はすでに明るい。

 晴信が俺の上で気持ちよさそうに寝ている。

 可愛らしい寝顔だ、ほっぺをつんつんしてみたい。

 しかし勿論そんなことはできない、俺はまだ縛られたままだからだ。

 昨夜のことから、晴信が結構な負けず嫌いであることが分かった。あとそのせいなのか何なのかは知らないが、昨夜のこととこれまでのことを考えてみて結構積極的であることもわかった。

「ん~」

 晴信が目を覚ました。

「おはよう」

「おはよう」

「・・・」

「・・・」

 晴信が期待した目で俺を見ている。してほしいことは分かってはいるのだが・・・。

「晴信、まずは縄をほどいてくれ」

 晴信がむっとした顔をして俺の胸に顔をうずめて返事をしない。

「・・・愛してるよ晴信、満足した」

「よろしい」

 晴信がやっと俺の縄をほどきにかかる。

「やっと自由になった」

 なんだかんだで10時間くらい縛られていたから体を動かすと筋肉が伸びて気持ちがいい。

「貴久」

 晴信が抱き付いてくる。

「晴信」

 俺も晴信を抱き返す。

 そのまま俺たちはしばらく幸せな時間を・・・。

「また・・・お願い」

「・・・何をだ」

「今度はもう少し痛くないように縛る」

「・・・」


『人はすぐ慣れるんだ、戦い、殺し合いにも』

 人はすぐ慣れる、その通りだという考えは今でも変わってはいない。

 しかし、世の中には慣れてはいけないことや慣れたくないこともある。

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