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晴信と祝言 弐-真相-

 晴信との祝言を翌日に控えた今日。俺はりょうと向日葵ととらの3人を連れて甲斐の城下町、甲府を歩いていた。

「兄ちゃん! おやきが食べたい!」

「貴久、ほうとうが食べたい」

「私はおねりが食べてみたいです!」

 3人が別々のものが食べたいと訴えてくる。

 甲斐、だいたい山梨県内の山間部など米の生産量の少ない地域の主食は、麦、トウモロコシ、ソバなどの雑穀やイモ、カボチャなどで、「朝おねり、昼おやき、夜ほうとう」という言葉が各地に残っている。

 おねりは、ジャガイモやカボチャを柔らかくなるまでじっくり煮込み、トウモロコシ粉を加えて練り、みそ、しょうゆなどで味付けしたもの。

 おやきは、小麦粉・蕎麦粉などを水で溶いて練り、薄くのばした皮で小豆、野菜などで作ったあんを包み、焼いた食べ物だ。

 ほうとうは、小麦粉を練りざっくりと切った麺を、野菜と共に味噌仕立ての汁で煮込んだ料理だ。戦国時代、甲州地方ではお米が貴重であり、武田信玄がそれに代わる陣中食として考案したとされている。

「3人が言ったのを食べるのは構わないが、さすがに全部は無理だ。だからそこで売ってるおやきに決定」

「「えぇ~」」

 希望が通らなかった2人が不満そうな声を上げる。

「そんな不満そうにしても駄目だぞ、俺の懐事情的にも3つすべては無理だ、そしておやきが3つの中で一番安い」

「越後国主の夫のくせにけち臭い」

「とら、おねりが食べたいんだったか?」

「はい!」

 随分と気に障ることを言ってくる向日葵のことを無視しておねりも食べようか検討する。向日葵もこのくらい素直だったらな~。

「あんまり調子に乗るなよ、艶福家と呼ばれて困るのは貴久の方だということを忘れないように」

「・・・何が言いたい」

「こんな子供に手を出したら2人は黙ってない」

「子供だという自覚はあるのか」

「ある」

 向日葵が俺の腕を抱いてくる、子どものくせに何とも艶めかしい笑顔だ。

「もう少し子供らしく笑え」

「それはりょうの役目。私が子供らしく笑ってもりょうには勝てない」

 そんなこと考えてたのか、こいつは。

「そんなくだらないこと考えてるんじゃない、今のところお前は子どもらしく笑った方が可愛いのは間違いないぞ」

 向日葵が俺のところやって来てすでに約1月、養ってもらっているという事実を微塵も感じさせない図々しさで食べまくった向日葵はすでに細身の可愛い女の子になっていた。いや、子どもなのだから、しかもこの時代ならもはや普通の可愛い女の子と言えるまでになったいた。

「なら笑ったら私を・・・」

「駄目」

 いい加減しつこいな、少なくとも今は嫁を増やすつもりはない。

 ・・・ないのだが、向日葵みたいなかわいい子があんまり積極的に迫ってくるとこちらとしては決心が揺らいでしまって仕方がない。

「・・・」

 ちらりと向日葵の顔を覗いてみると、向日葵と目が合う。

 すると向日葵が今度は子どもらしい花が咲くような笑顔を向けてくる。

 やっぱり可愛いんだよな~向日葵は。

 こっちの基準で考えれば向日葵くらいの年の子が嫁ぐことだってある、つまりは別に向日葵が俺の嫁になってもおかしくはない。身分のことを考えても、今でこそ俺は景虎の夫だがもともとは乞食になってもおかしくない状況だったんだから、どちらかといえば向日葵の方が身分的に近い。

 気づかないうちに向日葵のことを見つめてしまっていると、向日葵の子どもらしい笑顔が最初の艶めかしい笑顔に戻る。

「はぁ~」

 俺は小さくため息をついて向日葵から目をはなす。

 その後おやき、おねり、ほうとうの順に3人が食べたがっていたものは全部食べた。


「貴久!」

 躑躅ヶ崎館に帰ってくると晴信が心配そうな顔をしてこっちに駆けてくる。

「どうしたんだ晴信、何かあったのか?」

「どこに行ってたの⁉」

「ちょっと甲府の町を見て回ってただけだけど」

「体は! 大丈夫⁉」

「ああ、なんともないが?」

 俺の回答を聞いて晴信がさっきまで見せていた心配を消したが、入れ替わりに怒りが顔を出す。

「勝手に出歩いたりしたら駄目!」

「え、どうして?」

「駄目なものは、駄目」

 晴信がさっきまでの見てわかる表面に表れていた怒りをおしこめて、言葉だけからわかる静かな怒りをまた強烈にぶつけてくる。

「わかった・・・」

 結局、晴信の迫力に負けて俺は頷いてしまう。

「付いて来て」

 晴信が俺の返答を待たずに1人スタスタと言ってしまう。

 俺も何も言わずに晴信の後を追った。

 その場にはいまいち話を飲み込めていないりょうととら、そして何かを感じ取った向日葵が残された。


「まずは聞きたいことがある」

 連れてこられたのは晴信の私室、過度な調度品はなく全体的に質素な感じがする。

「なんだ?」

「信繁がここに来る途中に・・・貴久が・・・吐くのを・・・」

「げっ! 見られてたのか・・・」

 人目には十分注意を払ったつもりだったがあの状態では籠で水汲むだけだったか。

「じゃあ・・・本当に・・・」

「ああ、その・・・格好悪いな」

 梅干し食べただけで吐くとか格好悪すぎるだろ。

「それは、治るの?」

「どうだろうな、向こうでは10年くらい頑張ったけど結局駄目だったからな、たぶん治らないと思う」

 たぶん意識の問題なんだろうけど、ここまで治らなかったらもう諦めるしかないだろう。俺は梅干とあの紫色の野菜だけは食べられないのだ。

「そ・・・んな」

 晴信が目を大きく見開きながらかすれたような声を出す。

「おい、どうしたんだ晴信?」

 魂の抜けたような顔で呆けている晴信の両肩を軽く揺すってやる。

「っ!」

 急に正気に戻った晴信が今度は躊躇なく俺の胸に飛び込んでくる。

「いや」

「? 何が?」

「・・・景虎には、教えてあるの?」

「教えるわけないだろ」

 俺の質問には答えてくれなかったが、こういうなんかよくわからない時は黙って相手のやりたいようにさせておくのが一番だ。

 てか、教えてしまったら草陰に隠れた意味がない。

「なら、私から話しておく」

 それはー、少し複雑だ。

 吐いたのは事実だしもう梅干しは食べたくないが、好意で食べさせてくれた景虎に悪い、それに晴信を経由して伝えるっていうのもおかしい気がする。

「いや、言わなくていいよ」

 わざわざ知らせなくてもいいのではないだろうか、どうしても今度食べさせられそうになったときに梅干しが好きじゃないことを言えばいいだけだし。

「貴久・・・」

 晴信が何とも悲しそうな顔で名前を呼んでくる・・・なぜに悲しそうなんだ?

「・・・」

 晴信が無言で見つめてきた。

「ええっと・・・」

 俺はなんとなく恥ずかしくなって目をそらす。

 すると晴信が一つ深呼吸をして俺から離れる。そして瞳に強い意志をみなぎらせて部屋を出て行った。

「なんだったんだろう?」

 俺はいまいち晴信の行動の意味が分からなかったが、何やら本気の目だった気がしたから深く考えることもなく同じくその場を後にした。


 夕食、今日は武田と長尾の主だった人たちが一緒に食事をしている。

 当然のことながら俺の両隣に景虎と晴信が座っている。ちなみに右が景虎で左が晴信だ。

 まさに両手に花、可愛い女の子が隣に座っている状況で食事できる、幸せだ。

 しかし、俺は今この幸せを満足に味わうことができない。理由は簡単だ、俺の前に置かれている膳には今日の夕食が乗っている。

 まず目を引くのは白いご飯だ、こっちに来てからこんな真っ白なご飯を口にするのはかなり稀だ、米一粒一粒が宝石のように輝いて見える。そしておかずに何と魚がまるまる一匹、名前まではちょっとわからないが山国の甲斐だから鮎だろうか? にしても美味しそうだ、味付けは匂いから醤油だと思う、表面の色とこの匂いが何とも食欲をそそる。そして俺の大好物のみそ汁が温かな湯気を立ち昇らせている、とらが作ったみそ汁とは明らかに違うからどんな味か楽しみだ。

 飯・汁・焼き物、十分ではないか! これ以上は望むまい。

 ・・・なのに、どうしてなのだ・・・どうして菜物なんて用意してしまったんだ・・・どうして茄子の田楽なんて用意してしまったんだーーーーー!

「随分と奮発したわね」

 ああそうだな、でもどうして茄子なんだ。

「特にこの茄子なんておいしそうです」

 どこがー! いらないよ茄子なんて、夏野菜なら他にもあるだろ、ピーマンとか南瓜かぼちゃとか胡瓜きゅうりとか! あ、ピーマンはないか。

「お屋形様がどうしてもと言われるので、明日のために用意していたものを前倒しする形で使っております」

 どうして止めなかったんですか信房さん!

「ちょっと、そんなことして明日からの分は大丈夫なの?」

「心配いらない。それよりも今が大切」

 晴信が俺の方を見ながら言ってくる。

「・・・そうね、今が大切よね」

 景虎も俺の方を見ながら言ってくる。

 何だろう、2人の目がやたらと優しい。なんか慈愛みたいなものが見える気がする。

「さて、では冷めないうちにいただきましょう」

 昌秀さんが2人の話が途切れたところで食事を勧めてくる。

「そうね」

「そうする」

 そして皆でそろって「いただきます」と言って食事を始める。

「わあ! この茄子の田楽は美味しいですね!」

 景綱さん、そんなこと言わなくていいんですよ。

「本当に美味しいわね」

 景虎も、そんなに茄子のことなんて褒めなくていいんだよ。

「今日収穫したばかりですからな、美味しいのも当たり前というもの」

 信房さんもそんなこと言わなくていいんですってば~!

「貴久、美味しい?」

 ほら回ってきた~。

「ああ、美味しいなーこのみそ汁」

「みそ汁じゃなくて茄子の話をしてるのよ、茄子の感想を言いなさい」

「いや~、みそ汁好きだからさ~」

「はいはい、そんなの知ってますからね。いいから茄子を食べて感想を聞かせなさい」

「いや~俺実は茄子・・・」

 嫌いなんだ~とか言おうとしたら晴信がびっくりなことを言ってくる。

「実は、この茄子の田楽は私が作った」

「・・・」

 嫌いだから食べたくないとか言えねーーー!

 晴信がわざわざ作ってくれたのに嫌いですなんて言えない!

「え、あんたが作ったの? 褒めて損したわ」

「別に景虎に褒めてもらいたいわけじゃない。

 貴久、さっき茄子がどうって言ってたけど、どうかした?」

「・・・いや、茄子好きだからさ、最後まで取っておきたくて」

「なら良かった、でも今は早く食べて」

 晴信が感想が気になるのかそわそわしている。

 どうしても茄子を、あのまがまがしい紫色の野菜を食べなくてはならないのだろうか・・・食べなくてはいけないのだろうな・・・だって晴信だけじゃなくてみんなこっち見てるもん! 何でこっち見てんだよ、そんなに俺が茄子食べた感想を聞きたいのか⁉

「じゃあ、いただきます・・・」

 俺はゆっくりと茄子に箸を伸ばす、つかむ、そして口に運ぶ。

「・・・」

 何でそんなに固唾を呑んで見守ってるんだよ!

 ああ、だんだんと茄子の何とも言えない不快な口触りが広がっていく、不味い!

「どうしたのよ、急に黙り込んじゃって」

 景虎が声をかけてくる。

「どうもしないよ・・・あ、茄子美味しかったよ」

 俺は急いでみそ汁を口にする。美味しい、確かに美味しいんだがそれでもこの嘔吐感はどうにもできない。

「そんなに急いで食べなくても逃げたりしないわよ」

「ゆっくり食べた方がいい」

 景虎と晴信がもっともなことを言ってくるが、今はとにかく早く食べて厠に行きたい。

「ごちそうさまでした!」

 結局みんながまだ7割食べたか食べていないかくらいで俺は食べ終わった。

「どちらに行かれるのですか?」

 すぐに立ち上がった俺に信繁が声をかける。

「あ~あれだ、気にしないでくれ」

 それだけ言って俺はいそいそと部屋を出る。

 そして部屋を出て数歩歩いてから後ろを確認する、誰もいない。

 それを確認した瞬間に小走りに駆けだす。本当は全力で走りたいところだが、そんなことをしたら厠まで持たない。


「あ~気持ち悪い」

 厠で出すもの出してすっきりしたが、吐いて気持ちがいいということはないだろう。

「「貴久」」

 壁に手をつきながらふらふらと歩いていると後ろから声をかけられる

 手遅れだとは思うが壁から手を離し背筋を伸ばして振り返る。

 声からわかっていたが、そこには景虎と晴信の2人がいた。

「どうしたんだ、2人とも」

「何してたの」

 景虎が何でもないように聞いてくる、しかしその眼は嘘は許さないと物語っていた。

「えーと・・・」

 俺はちらりと晴信を見る。

「聞いてるわよ、来る途中に吐いたって」

「なんだ、知ってたのか」

「つまり、本当に・・・吐いたのね」

「ああ」

 3人でしばらく無言の時間が続く。

 夕日が燃えてしまえと言わんばかりに俺たちを赤く照らす。夏はまだまだこれからだというのに迷惑なことだ。

「夏は暑くて嫌だな」

 あんまり吐いたことについて触れてほしくはないから適当に話を変える。

「甲斐の夏は暑い、逆に冬は寒い」

「越後は甲斐ほど夏は暑くないけど冬は寒いわ」

「そうだなー、越後は雪がよく降るからな」

 越後は雪が多い、場所によって差はあるが新潟は確か降雪量がトップ10に入っていたはずだ。日本海側と内陸から太平洋側を比べたならどこでも日本海側の方が多いかもしれないが、とにかく越後と甲斐に降る雪の量は段違いに越後の方が多い。

「本当に多くて困ってるわ、雪の下敷きになって作物は駄目になるし、道も通れなくなるし、雪の重みで家が潰れることだってあるのよ」

「甲斐ではそんなことはまず起きない、そこまで雪が降ったことなんて私が生きているうちにはなかった」

「俺は尾張だからなー、雪なんてほとんど降らなかった。越後の人には悪いかもだけど、そんなにたくさんの雪が降るところを、1度は見てみたいなー」

「なら・・・見ればいいじゃない」

「んー、見れるかなー」

 越後と甲斐を行き来するから都合よく雪が降るときに越後にいないことも考えられる。

 あ、今思ったけど、雪が降って道が通れなかったりしたらどうするんだろう? いっそ季節ごとくらいの間隔で行き来するか?

「何・・・言ってるのよ・・・」

 景虎が俺の目の前まで歩いて来て、そのまま俺にもたれかかる。

「どうしたんだ、景虎。今日は随分と甘えてくるじゃないか」

 嫌じゃない、むしろ嬉しいから俺は景虎の肩を抱く。

「家が潰れるほどの雪・・・降るところが見たいんでしょ」

「ああ、見たい」

「なら、見ればいいじゃない。ずっと・・・私と居なさいよ」

 景虎の声がやたらと小さい、どうしたんだろうか?

「まあ、そうできればそれもいいんだが」

 俺は明日には晴信の夫だ、ずっと越後にいるわけにもいかない。さらに言えば越後と甲斐の往復だ、どのくらい留まるのかにもよるが下手したら一国にとどまる日数は往復にかかる日数より短くなってしまうかもしれない。

「できる、あなたがそうしたいと願うなら、きっとできる」

 そういいながら晴信が景虎と同じように俺にもたれかかる。

 2人のおでこが俺の胸のあたりに当たる。俺は大好きな2人を抱きしめる。

「晴信までどうした、俺個人としては嬉しいんだが・・・恥ずかしいな」

 これも夫の特権だろうか、こんなにも可愛い女の子2人とこうしていられることがいまだに信じられない。手に抱いている2人の体は小さく柔らかい、抱いている俺の腕は2人をしっかりと抱けている、そして力を入れてしまったら折れてしまいそうな気がする。

「私は、恥ずかしくない」

「俺が恥ずかしいんだ」

「そのくらい我慢しなさい」

 2人がもたれかかるだけでなくそれぞれが俺の背中に腕を回して抱き付いてきた。

 2人の体がさっきよりも密着する。

 ほのかに香る女の子の匂い。この時代にいい匂いのする石鹸なんてものはない、匂い袋なんてものもあるが俺はさっき言った石鹸やスプレーなどの人工的に作られた匂いはどうしても好きになれず匂いを嗅ぐと咳やくしゃみをする癖がある。でも今はそんな拒否反応がない、大好きな2人の人の匂いだ。

「いい匂いがする」

「恥ずかしいじゃない、やめなさいよ」

「嫌だね」

 俺は景虎の頭に顔をうずめる。

「変態」

「変態で結構」

 俺は開き直って景虎の匂いを嗅ぐ。何だろう、甘い匂いがする。

 我ながら変態かもしれないが、好きな人の匂いを嗅ぐとこんなにも幸せになれるとは。

「貴久、私は?」

 晴信が自分もと言ってくる。

「言われてからやるのは恥ずかしさが違うな」

 景虎には流れでできたが、やってと言われて女の子の匂いを嗅ぐのは何とも恥ずかしい。

「いいじゃない、してあげれば」

 景虎が止めるんじゃなくて後押ししてくる。

「どうしたんだ景虎、本当に」

「どうもしないわ」

「貴久」

 晴信が待ちきれなくて俺の名前を呼ぶ。

「はいはい」

 今度は晴信の頭に顔をうずめる。

「どう?」

「景虎と同じ、甘い匂いがする」

「貴久は汗のにおいがする、なんだか安心する」

「やられると、恥ずかしいな」

 するのとされるのとではやっぱり全然違う、晴信の鼻が俺の胸に当たっているのがわかる、晴信が息をしているのがわかる。

「すぅー」

「ひ!」

 急に景虎が大きく息を吸う、それも鼻から。

「か、か景虎⁉」

 晴信のことを意識し過ぎていたから景虎が急に匂いを嗅いだのはびっくりした。

「いいでしょ、晴信だってやってるんだから」

「そ、そうだけど・・・」

 2人が俺の匂いを嗅いでいるのがわかる、胸のあたりの空気が動いているのがくすぐったくてしょうがない。

「嫌なの?」

「そんなことないよ」

 恥ずかしい、今すぐ離れたい気持ちもある、でもそれよりも2人を抱いている幸せが大きい。

「ずっとこうしていたい。それだけで俺は幸せだ」

 このまま時が止まれば、そんなことを考える日が来るとはな、俺も随分とロマンチストだ。

「ならそうすればいい、私たちはそれでいい、それがいい」

「私たちって、景虎はそんなこと言ってないだろ」

「私もそれでいいわ、一緒に居られればそれでいい」

 どうしたんだ、やっぱり今日の景虎は・・・いや晴信もだ、2人ともおかしい気がする。でも俺も雰囲気で変なことをすることがある、今の2人もそんな感じなんだろうか。

「本当に、2人とも正気か?」

 2人がそろって俺の顔を見上げてくる。

「貴久は嫌なの?」

「そんなわけないだろ、俺だって2人と一緒に居られたら幸せだ」

「なら・・・どうせあと少しなんだから、こうしてればいいのよ、したいようにしてればいいのよ」

 あと少し?

「景虎、あと少しって何だ」

「っ!」

 景虎がしまったという顔をして口を押えながら後ずさる。

「ぁ・・・その・・・ごめん・・・なさい」

 景虎の目には既に涙が今にもこぼれそうなほどたまっている、その手も、足も、景虎が震えている。

「・・・」

 気がつけば晴信も小さく震えながら再び俺の胸に顔をうずめながら小さく嗚咽を漏らしていた。

「ど、どうしたんだ2人とも! やっぱりなんかおかしいぞ!」

 事ここに至って俺は大きな声を上げてしまった。

 どうして? なぜ? 分からない、景虎と晴信が泣いている理由がわからない。

「ぉ・・・おね・・・がい」

 景虎が小さな声を漏らす。

「お願い・・・」

 なんだ、何がお願いなんだ。

「お願いだから・・・」

 晴信も言ってくる。

 何なんだ、何が・・・!

「「死なないで」」

「・・・は?」

 死なないで、とは何のことだろうか?

「お願いぃ・・・」

 晴信が俺の胸に顔をうずめて泣きながら懇願してくる。景虎も再び俺に抱き付いて「お願い」と懇願してくる。

「ま、待て待て待て! どうしたんだ2人とも! 死ぬって何だ! 何のことだ!」

「だ、だって・・・貴久がここに来る途中・・・吐いたって」

「ああ」

「血を・・・吐いたって」

「・・・・・・・・・は?」

 血? 何のことだ?

「血って、何のことだ?」

「・・・ふえ?」

 景虎が涙にぬれた顔を上げる。

「え・・・だって・・・信繁が」

 晴信が充血して赤くなった目をこちらに向けてくる。

「信繁・・・もしかして」

 もしかして・・・あの時の・・・。

「信繁から、俺が血を吐いたって聞いたのか?」

「うん」

「景虎は・・・」

「わ、私は晴信から」

 じゃあやっぱり信繁から間違った情報が広まったのか。

「・・・まず先に行っておくが、俺が血を吐いたって言うのは間違いだ」

「ま・・・間違い」

 景虎がひきつった笑みを浮かべながら言葉をこぼす。

「本当に?」

「ああ、本当だ。俺は血なんて吐いてない」

「はは・・・ははは」

 晴信が全く感情のこもっていない笑みを浮かべながら乾いた笑い声を出す。

「っ~~~!」

 景虎は俺の胸に顔をうずめながら声にならない叫びを発する。

「・・・」

 俺はただ無言で2人が落ち着くまで抱きしめていた。


 2人を抱きしめてどのくらいの時間がたっただうか、真っ赤な夕日はすでに山の端に隠れてしまい満天の星空の中に真ん丸な月が輝いている。

「落ち着いたか?」

「落ち着いたわ」

「落ち着いた」

「ならそろそろ離れてくれ」

 俺は言いながら2人の背中に回していた手を離す。

「「むり」」

 む、むり?

「恥ずかしくて顔が上げられないのよ」

「私も、無理」

 暗くなってきていてよく分からなかったが、よく見てみれば2人の耳たぶや首筋は赤く染まっていた。

「大丈夫だ、俺も恥ずかしくて顔が熱い、たぶん真っ赤だ。3人一緒なら恥ずかしくないだろ」

 晴信がちらっと俺の顔を確認して目が合うとまた顔を伏せてしまう。

「(可愛いーーーーー!)」

 駄目だってやめてよ何でこんなに可愛いんだこの子は!

「いて!」

 急に背中に鋭い痛みが走る。

「今晴信のこと可愛いって思ったでしょ」

 景虎がこちらを見ることなく言ってくる。

「なんだ、やきもちか」

 景虎は無言で俺に抱き付いている腕に力を込める。

 景虎は意識なんてしていないんだろうが、景虎のこの行動は可愛すぎる!

 俺はさらに力強く2人を抱きしめた。


 俺たちはその後もずっと抱き合ったままだった。

 そして見回りでやってきた信繁に見つかり、それに気がついた景虎が離れたところで俺の至福の時間は終わりを告げた。

 後に聞いた話だが、信繁は景虎と晴信に恥をかかせたがそのおかげでいい思いもできたということで誰にも言わないと約束させられただけでお咎めなしだった。

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