恋は惚れた方が負け
躑躅ヶ崎館についたのはいいが、やることがない。
越後にいたときに何かやることがあったわけではないのだが、それでも長屋に行けば暇になることはなかった、それに一応だが景虎の草履取りの仕事はあった。(それも夫になるのだからと辞めさせられたが)
「暇だな~」
案内された部屋で寝転がりながら何をするでもなくボケボケとする。
「天井のしみを数えたいのにしみがない」
綺麗だ、新築みたいだ。
「畳の目は多すぎるからやだ」
この部屋にある畳は8枚、きっとやろうと思えばやれないことはない、でもやりたくはない。
「でもお散歩はな~」
信繁いわく(晴信の前で信繁さんと呼んだら怒られた)まだ甲斐には俺と晴信の祝言を喜んでいない人はたくさんいるとのこと、そんな人たちがいる城の中を歩き回るのは嫌だし、町に出てもどこに何があるのかもわからない、帰ってこられるのかも自身がない。
そんなことを何回も考えているとお腹がすいてきた。
「とらのみそ汁が飲みたい」
「お呼びですか!」
とらが勢いよく障子を開けて入ってくる。
「・・・とら」
「おみそ汁ですね! すぐに作ってきます!」
とらがまた勢いよく部屋を出て行こうとするので頭をつかんで止める。
「とら、いつからそこにいた」
「貴久様がこの部屋に入った時からです!」
「元気に言えばいいってものじゃないぞ」
とらは元気に答えてくるが、それでいいかと言われればそうでもない。
「どうして部屋の外でずっと待ち構えてたんだ?」
「やることもなかったので、あと強いて言うなら貴久様のお世話をするためにこちらについて来たのでこれがやることです!」
そういえばそんな目的で着いてきたんだった。
「でも別にそんなところで待ってなくても用事があったらこっちから呼ぶか会いに行くかするから好きにしてていいんだぞ」
「そう言われてもですね・・・」
とらが言いよどむ、何となく言いたいことはわかるが。
「とらもやることがなくて暇だったんだな」
「はい!」
元気に返事をされても困る。
「でも悪いが、今お腹がすいたところで用事を思い出した、今から出かける」
「なら私も一緒に・・・!」
「駄目、景虎との約束だからな」
景虎の名前を出されてとらは仕方がなくといった空気全開で引き下がる。
「また今度な、今度はりょうと向日葵もつれて4人で出かけような」
「・・・はい」
最後にとらの頭を軽くなでて景虎の部屋へ向かった。
「景虎、いるか?」
部屋の外から声をかける。
しばらくすると中から返事が返ってきた。
「何か用?」
「約束してただろ、お団子食べに行くって」
「・・・」
おかしいな、てっきりすぐにでも出かけようとすると思ったのに、なかなか返事が返ってこない。
「景虎? どうしたんだ?」
「・・・行きたくない」
え?
「ど、どうしたんだ景虎⁉」
自惚れも入っているとは思うが、俺と景虎は新婚でラブラブだと自負している。
それなのに景虎が町歩きを拒否してくるとは・・・ただ事とは思えない。
「景虎、入るぞ」
俺はたまらず部屋の中に入る。
「・・・何してるんだ、景虎」
部屋に入ると、景虎が寝転がりながら刀を持ち上げて眺めていた。
それだけなら手入れと言われればまだそうですかと納得もできるのだが、今景虎の部屋には刀が何振りも、槍も何槍か転がっている。
普段の景虎がこの状態を作っていたら、試し切りの対象にされないか怯えるところだが、今はさっきのなんだかおかしい景虎が頭にあるから、自殺でも考えているのではないかと心配になる。
「貴久・・・刀ってどうして人を切れるの?」
怖いです! 怖すぎですよ景虎さん!
そんな沈んだ感じでそんなこと言われたら次の瞬間に景虎に切られている自分の姿がありありと想像できちゃいますよ!
「なんだ、それは先の世の知識を使って答えればいいのか」
だが落ち着くんだ、ここで焦ったらいけない、とにかく今は冷静に話をつなぐんだ。
「ねえ・・・貴久」
景虎が刀をわきに置いてごろりと体を転がして俺を見る。
「私のこと・・・好き?」
「当たり前だろ」
好きじゃなかったら夫婦になんてならない。
「本当に?」
あ、これは腹が立った。
「景虎、俺は本当に景虎のことを愛してる。疑ってるなら怒るぞ」
「・・・」
景虎は何も言い返してこなかった。
「・・・おい景虎!」
「なら」
俺が起こって声を荒げた瞬間、景虎が話し出した。
「教えて・・・貴久がどのくらい私のことを愛しているのか」
「いいだろう。どうしたら、愛を示せる」
「・・・自分で考えなさい」
「なら好きなさせてもらう」
俺は何も言わずに景虎の元まで歩み寄る。
「・・・」
景虎は何も言わない。
俺も何も言わずに景虎を抱き上げる。
「・・・え?」
ここにきて景虎が初めて声を上げる。
「どうした」
「え? あれ? ・・・どうして部屋から出てるの?」
「愛を示せと言われたから」
「だっだから! どうして部屋から出る必要があるのよ!」
「町までお団子を食べに行くからだ」
「ど、どうしてそれが愛を示すことになるのよ!」
「みんなの前でいちゃいちゃしているところを・・・」
「馬鹿! 離しないよ! 馬鹿ーーーー!!」
景虎が暴れだす、足で鳩尾を、手で鼻や顎なんかの狙いやすい急所を的確に襲ってくるものだから性質が悪い。
「おいこら暴れるな! 痛ぶっ! ぐえ!」
マジで痛い、顎殴られるたびに脳が揺れてくらくらしてくる。
俺がそんな暴れる景虎を無理やり外に運び出そうと少しづつ廊下を進んでいると。
「何してるの」
場の空気がすっと冷え込んだ気がする。
「っ!」
景虎が息をのむ。たぶん一番見られたくなかった相手だろう。
「何、してるの」
晴信が景虎を抱っこしている俺を見ている、後ろに真っ赤に燃える炎が見える。
「抱っこしてるだけだが」
でも今の俺は動じない、今は景虎のために、奥さんのためにやらなくてはならないことがある。
「・・・私も!」
晴信が俺の腕に抱き付いてくる。
「悪いな、今は景虎のための時間なんだ」
正直に言うとぎゅっとしたいが、今は景虎のためにやることを・・・!。
「・・・ふふ~ん、悔しい?」
景虎が急にいつも通りの笑みを浮かべて俺の首に腕を回してくる。
「ん~・・・貴久!」
晴信がおもちゃを買ってもらえなかった子供のようなぐずった顔をしてくる。
しかし今は景虎の・・・!。
「悔しいでしょ? 悔しいわよね? でも駄目よ、今日はきゃ!」
俺は容赦なく肩に回していた手だけを放した。
「ちょっと! 危ないじゃない!」
幸い景虎は首に回していた腕で俺の首にぶら下がっている。
「晴信、お団子食べに行くか?」
「行く!」
うーん、この声は大きくないけど体全体で、主に目で感情を表している姿は何とも言えない可愛さがある。
「何言いだしてるのよ! 今から私とお団子食べに行くんでしょ!」
「そうだな、俺も最初は2人だけでいこうと思っていたんだが」
「ならどうしてよりにもよって晴信なんて連れて行くのよ!」
「俺は何も2人で行くなんて約束はしてないし、さっきまでは景虎がやたらと落ち込んでたから元気づけてあげようかと思ってたんだけど、なんかもう大丈夫みたいだし」
さっきまでの自殺でもしようかという雰囲気はもうみじんも感じられない、いつもの景虎だ。
「そそそんなことないわよ、まだ落ち込んでるわ」
どこが。
「うそ、どう見ても落ち込んでいるようには見えない」
俺の気持ちを晴信が代弁してくれる。
「あんたに私の気持ちなんてわかるもんですか!」
「あれ、川中島では目を見れば・・・」
「黙ってなさい」
「はい」
今のは怖かった、本当に殺されるかと思った。
「私も行く、もう貴久からの許しはもらった、景虎の許しをもらう必要はない」
「必要に決まってるでしょ、今回は私と貴久がお団子を食べに行く約束をしていたのよ、どうしてもついてきたいなら貴久と私の2人から許しをもらうべきよ」
「・・・」
「・・・」
2人が睨み合いを始める。
どうなのだろう。今は尾張にいるであろう主人公、本田元宣はこんな場面を何度も経験しているはずだ、そのとき彼はどんな気持ちだったのだろう。2人にこんなにも愛されて幸せだったのだろうか、それともこの愛を重過ぎると嫌っていたのだろうか、はたまた2人の愛の重さに気づいてさえいなかったのだろうか。
俺は重いと感じてしまう、失礼かもしれないが、今の俺のどこにそこまで好いてもらえる要素があるのかわからない、それなのにこんなにも愛してもらうのは申し訳ないという気持ちがある。
しかしそんなことは絶対に表には出さない。俺が2人を好きで愛しているのは変わらない、そして幸いなことに2人も俺のことを好きだと言ってくれている。
なら今はそれでいい、景虎の時に決めた、それは晴信の時でも同じだ。
流れで受けるわけじゃない、自分の意志で景虎と晴信の2人と祝言を挙げることを決める。だからこの先、この祝言を元に何が起きようとそれは俺の責任だ。
覚悟をもって2人と一緒にいるんだ。
「こんなところでにらみ合ってる暇があるのか、2人には?」
「ないわ、だから晴信、さっさと諦めなさい!」
「景虎が諦める!」
そしてまた2人は睨み合いに戻る。
「はぁ~、3人で行くぞ」
俺は2人を置いて1人先に行く。
「ちょっと! 何1人で先に行ってるのよ!」
「待って!」
2人が慌てて俺を追ってくる。
「喧嘩したらおいていくからな」
2人がものすごく不服そうな顔をしているが俺の隣に並ぶ。
「なんだ、2人とも来るのか」
「私はもともと行くって約束してたもの」
「貴久がいいって言ったから」
2人がおずおずと俺の腕を抱く。
本当に、『恋は惚れた方が負け』だ。
町に出た、そこで俺は間違いに気づいた。
「あんた、もう少し離れなさいよ!」
「嫌、景虎こそ離れて」
躑躅ヶ崎館から出て今は町中だ、民衆は武田晴信のことを知っているのだろう、さっきからめちゃくちゃ見られてる。
そして問題はその武田晴信が男と腕を組んでいるということ・・・に加えて、男が反対側にもう一人女の子を連れていることだろう。しかもその女の子は武田晴信と正面から言い合っている。
「なあ、離れてくれないか?」
「「嫌」」
だそうです。
でも困るんですよ、部屋の中みたいに周りに人がいないところならどんとこいですけど、人前では恥ずかしいです。
「こっちはただでさえ抱っこ辞めてあげたんだからこれ以上の譲歩はないわ」
「私はまだ抱っこしてもらってない、むしろしてほしい、してくれるまでは離れない」
・・・恥ずかしいけど我慢しよう。
1度深呼吸をして気持ちを落ち着けたところで俺は晴信をお姫様抱っこする。
「わお」
何とも感情のこもっていない「わお」が、晴信の口から発せられる。
「これで満足か?」
「まだ」
晴信が俺の首に手をまわしてく抱き付いてくる。
「待ちなさい!」
景虎が慌てて声を上げる。
「あんたたち・・・何してるの」
「抱っこだ」
「いちゃいちゃ」
晴信、確かにそうかもしれないが、ここでそう答えるのはどうかと思うぞ。
「貴久、どうして急に晴信を抱っこしたの」
「晴信が抱っこしたら離れてくれるって言ったから」
晴信がしまったと言いたそうな顔をする。
そして景虎は対照的に愉快そうな顔をする。
「そういえばそんなこと言ったわね」
晴信の俺の首に抱き付く腕に力がこもる。
「晴信、もう満足でしょ? さっさと離れなさい」
「嫌」
「知らないわ、もう貴久に抱っこしてもらったんだから離れなさい!」
「嫌!」
「あ、危ない・・・から・・・やめろ! ・・・あと首が・・・絞まる・・・」
景虎が晴信を降ろそうとして肩を強く引っ張っている。晴信はそれに対抗してより強く俺に抱き付いてい来る。
俺としては晴信が強く抱き付いてきてくれて嬉しいのだが、強く抱き付きすぎて首が絞めるまって苦しい。
「は~な~れ~な~さい!」
「い~や!」
と、その時。首を絞められて体の力が抜けてきた俺の腕が晴信の体を離してしまう。
「あ」
「「きゃ!」」
晴信の体を引っ張っていた景虎がバランスを崩して尻餅をつく。
俺は前から引っ張る力がなくなって後ろにたたらを踏む。転ばなかったのは意地だ。
晴信は・・・。
「「「・・・」」」
どうしても離れたくなかったのだろう、今は俺の後ろに回りながらも俺の首にぶら下がっている。
「「「・・・」」」
後ろにぶら下がっている晴信は何も言わないし動かない。
この状態で晴信が「お菓子買ってー!」とか言いながらじたばたしたら可愛い気がする。
「っ! ちょっと! いつまでぶら下がってるのよ! いい加減離れなさい!」
一番最初に回復したのは景虎だ。もちろんいまだに俺にぶら下がっている晴信を引きはがしにかかる。
「まあ待て待て」
それを俺がなだめる。
「どうして止めるのよ」
「もう晴信はこのまま後ろにぶら下げていく。晴信もそれでいいか?」
「いい」
晴信の声には勝ったとでも言いたげな感じがあった。
「・・・」
景虎が泣きそうな顔になる。
俺はそんな景虎を抱っこした。
「ちょちょっと! 何してるのよ⁉」
「このまま茶屋に行くぞ」
「なっ何言ってるのよ⁉ 恥ずかしいじゃない!」
「なら、私が前!」
後ろから晴信が参戦してくる。
「どうする景虎、景虎が下りるなら晴信を抱っこしていくが?」
「うぅ~」
景虎があまりの恥ずかしさに声を震わせながら唸る。
しかし、景虎は顔を真っ赤にしながらも俺の首に絶対に離れまいと抱き付いてきた。
「貴久、私も前がいい!」
「駄目、景虎が前がいいって言ってるからな。それに晴信は後ろでいいんだろ」
「うぅ~」
晴信が悔しそうな声を出す。
「じゃあそろそろ茶屋に向かうぞ」
俺は2人を抱えたままゆっくりと歩きだす。
景虎は恥ずかしそうにしながらも、周りに顔を見られないようにするためか俺の胸に顔をうずめている。
晴信は後ろでプラプラと揺れながら、「貴久、貴久! 私も前がいい!」と訴えかけてくる。人前では寡黙な子を演じるのではなかったのか。
まあとにかくだが、2人とも可愛い!
しばらく歩くと2人は黙って俺につかまっているだけになった。
「どうした? 喧嘩したら降ろすつもりではいたが、話をするなとは言ってないぞ?」
「話をしたら間違いなく喧嘩するわ」
「そしたら降りないといけない」
景虎が俺の胸に顔をうずめながら、晴信は俺の後ろにぶら下がりながら言ってくる。
「降りるくらいなら恥ずかしくても、話をしなくても、このままでいいわ」
「私も、このままでいい」
2人とも威厳とかは捨てていくつもりか?
まあ、今更かな、さっきから皆さんいけないもの見た、みたいな感じで気まずい顔して歩いていくもん。
そして今の俺は2人のことよりも自分のことで困っている。
「(恥ずかしい!)」
だって可愛い女の子を前と後ろに2人も抱えてるんだよ⁉ 恥ずかしいでしょ! 普通!
あ~まずい、顔が熱い! きっと真っ赤になっているに違いない。
・・・そう、本当に真っ赤になっていました
「・・・貴久~、もしかして恥ずかしいの?」
景虎がニヤニヤした顔で見上げてくる。
「首筋が真っ赤」
晴信が後ろから言わなくていいことを言ってくる。
「でも、離しちゃだめよ」
「どうして」
「私たちが離れたくないから」
晴信が肩から顔を出して言ってくる。
下から景虎が、右から晴信が見つめてくる。
これは2人を降ろしたいとはとてもではないが言えない。
ここで改めて痛感した。
『恋は惚れた方が負けだ』




