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「これは?」
「海津城でございます、本日はここにお泊りいただきます」
海津城だ、いつの間にか海津城が出来上がってる。
俺のせいで第四次川中島合戦が史実通りにいかず、かなり前倒しに行われてしまった。
結果的に長尾と武田の争いはなくなったのだから良いことではあると思う。
しかしそのおかげで二年後に長尾家と武田家の争いが本で築城されるはずだったこの城が作られることはなくなってしまったと思っていたが。
「それは構いませんが・・・どうしてこんなところに城を?」
信繁さんなら何か知っているかもしれない。
「はい、この海津城はお屋形様が貴久殿の道中の安全と事によっては自ら貴久殿をここまでお迎えに来られて少しでも貴久殿と一緒にいる時間を増やそうと考えた末に作られたそうです」
これが修正力というやつだろうか、二年ほど前倒しになってはいるが俺が介入しても海津城は築城された。
俺が一人そんなことに感動していると不意に横から耳を引っ張られる。
「痛い痛い! 何すんだ景虎! 離せ!」
晴信にあんなこと言われて自分が行かないわけにはいかないとのことで景虎も俺と一緒に甲斐に向かっている。
まあこんな言い訳をしなくても晴信から招待の手紙が来た時点で、内容がどうであれ行かないと外交的によろしくないのでどの道行かないわけにはいかない。
「晴信が城を建てたことがそんなに嬉しいの? なら私も建ててあげましょか、こんな城よりもよっぽど立派なお城を建ててあげるわ」
景虎は俺が歴史の修正力に感動しているのを、晴信が俺のために城を建てたことに感動していると勘違いしたようだ。
「違う違う! 別に城が欲しいわけでは・・・」
「そうよね、もうあるものね、こんなところに! 愛する奥さんからもらった大事なお城が!」
痛いです痛いです! 耳がちぎれます!
「いーたーい! 離せ! 俺は・・・」
その時、俺の耳から痛みが消えた、そしてその耳に風を切る音が残った。
「・・・なにするの」
景虎の声がとげとげしい。それもそのはず、俺と景虎の間には獲物を狙う獣の牙のような恐怖を感じさせる刃が振り下ろされていた。その柄を握っているのは信繁さんだ。
「いえ、兄上様に無礼を働く輩がおりました故」
「私は貴久の奥さんですけど、今のは夫婦でいちゃついていただけよ」
そんなことはない、さっきのは痛かった、あれがいちゃついていただけなら俺は天寿を全うできる気がしない。
「信繁さん、気にしなくていいですよ、よくあることなので」
「兄上様がそうおっしゃるなら」
素直な性格なのかな?
「なら、今から私と貴久は武田には聞かせられないことを話すから、ちょっと離れててくれない」
「それはできません」
景虎のやりたいことがわかっているがやりたくはない、でも後で景虎が怖いから従っておこう。
「信繁さん、ちょっと離れてもらえないかな?」
「はい、わかりました」
信繁さんが素直に距離をとる。
「・・・」
「よくわかったわ」
俺もよく分かった、信繁さんはとにかく景虎、というよりは長尾のことが嫌いなのかな。
「でも喧嘩はするなよ」
「そんなことは約束できないわ」
「そんなこと言うな、甲斐についたら美味しいお団子でも食べよう、な」
「それなら、この場は・・・」
「甲斐につくまで我慢できたらな」
「・・・報酬が足りないわ」
「ならいい、お団子の話もなしな。さあ喧嘩してこい」
「・・・」
景虎は何もせずに黙って俺に寄り添っていた。
俺が言えたことではないが、やはり「恋は惚れたほうが負け」である。
海津城を発って3日。
「兄ちゃん、お尻痛い」
「我慢しなさい」
「貴久、死ね」
「断る」
「貴久様・・・馬に乗るのって大変ですね」
「同感だが、自分から言ってついて来たんだから我慢しなさい」
りょう、向日葵、とらの3人が苦情を言いたてる。
気持ちはよくわかる、何を隠そう俺も同じ気持ちだからだ。
3人と同じく俺も馬に乗る訓練なんて全くしていない、だから俺たち4人は馬にまたがっているだけで手綱を兵に引いて貰っている。
「兄ちゃん、一緒の馬に乗りたい」
「私も」
「できることなら・・・わ、私も」
「それも無理」
俺だって可愛い女の子と一緒の馬に乗っていたいが、そんなことはできない。なぜなら馬が耐えられないからだ。
この時代は人の平均身長がかなり低い、馬もこの時代は人に合わせてかなり小さいのだ。大きさは現在の時代劇で使用されている馬はサラブレッドで、体高160~170cmだが、実際にこの時代の馬の体高は約120cm。
絶対に無理というわけではないが、身長180cmでこの時代では頭一つどころか人によっては2,3つ大きい俺が乗っていると、馬が疲れるのなんの。大層な身分になったのでそこらへんの馬よりもかなり強い馬を使っている、しかし、それでも1刻ほど馬に乗っているともう馬が汗をかいている。ここにさらに小さい女の子とはいえ、人1人プラスしてしまったら半刻もせずに馬が潰れてしまうだろう。
「では、そろそろ一度休息をとりますか」
信繁さんが休もうと提案してくれる。
「それはありがたい、では遠慮なく」
俺は信繁さんがわざわざ気を使ってくれたので遠慮なく休ませていただく。
信繁さんが隊に休むとの指示を出す。
「ふぅー」
疲れた、わかってはいたけど馬にただ乗ってるだけだけど疲れたね、なんか3時間だか何だか知らないがそのくらい乗ってると死ぬなんて話も聞いたような聞いてないような気もするし。
休んでいると景虎が近づいて来た。
「あんた、馬に乗ったことあるの?」
「ないけど、どうかしたのか?」
「姿勢だけはしっかりしていたのが気になったのよ、なんだか風格があったわ」
そんな風に見えるものだろうか、俺としてはただ乗っていただけなのだが。
「でも降りた瞬間にそんなんだからね~、まともに乗ったことがあったらこのくらいじゃ疲れないわよ」
たぶんそれはない、それは景虎とか並の人じゃない人たちの話だ。
「そんなもんかな」
「そんなものよ、周りを見てみたら」
言われて周りを見てみる。
信繁さんと朝信さんは全く疲れているようには見えない、一方りょう、向日葵、とらの3人は疲れてぐったりだ。
この人たちを見ても極端だから参考にならんな。
「ほら口開けなさい、いいものあげるから」
そういいながら景虎が後ろ手に何かを隠している。
「何だ、隠してるのは」
「いいから、目を瞑って口を開けなさい」
たぶん何か食べさせてくれるのだろう、食べるのはやぶさかではないのだが・・・まあ悪戯したがってる顔だし、いいか。
「これでいいか?」
俺は言われた通りに目を閉じる。
「いいわ、それまま口を開けなさい」
これも言われたとおりに口を開ける。
何かが顔の前にあるのがなんとなくわかる、あと酸っぱそうなにおいがする・・・酸っぱそうなにおい?
そして俺の口に何かが放り込まれる。
「!!!」
俺は口を押えて悶絶する。
「ははは! 面白い!」
景虎が笑っているがこちらはそれどころではない。
「お! ・・・ぉ・・・ぉぉ!」
「・・・いつまでそうしてるのよ、梅干し一つで」
梅干し一つで? その一つがどれほど危険かわかっていないようだな。
「お前・・・」
俺が結構怒りを込めて見たからだろうか、景虎少しだけ心配そうに俺を見る。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ」
「こ・・・ご・・・んん!」
にょーーー! 酸っぱい!
「ね、ねえ? 本当に大丈夫なの?」
景虎が本当に心配そうにしている。
が、悪いがそんなに心配することではない。
俺が悶絶している理由は梅干を食べたからだ。はっきり言うが俺は梅干が嫌いだ、今まで生きてきた中でたった二つだけ体が受け付けなくて食べられなかったものがある、その一つが梅干しだ、ほとんどの食べ物はどれほど嫌いだったとしても我慢して飲み込めてしまうのだが、梅干しとあの紫色の野菜だけは何度挑戦しても吐き出してしまう。それほどまでに俺は梅干が嫌いだ。
「んん~!」
でも景虎からもらった梅干しだから意地でも吐き出したくはない、せめて今は飲み込んで景虎のいないところで・・・。
「みず~」
「水ならここにあるわよ!」
景虎が自分の竹筒を差し出してくる。
「んくんくんく!」
俺は一息に竹筒の中の水を飲みほしてしまう。
「はぁ~~!」
あ~なんだか気持ち悪い、梅干しが体の中にあると考えるだけでもう吐きそうだ。
「ねえ、大丈夫なの?」
景虎が涙目で聞いてくる。
「だ、大丈夫だ。喉に梅干しが詰まっただけだ」
俺はそれだけ言ってそそくさとその場を後にする。
景虎はなおも心配そうに俺のことを見ていたが吐き気がひどかった俺はそんなことには気づかずに人目に付かない場所を求めて歩き出した。
「~~~!」
危なかった、たぶん見つかっていないと思うが人目に付かない場所って言うのが案外ない、結構な時間彷徨い歩いてしまったからもうすぐ出発するとの声がこの草葉にまで聞こえてきた。
「何をしているのですか兄上様?」
目の前に信繁さんがいた。
「な、何でもない」
俺は何か追及される前に足早にその場を離れる。
「しかし兄上様、どうにも顔色が・・・!」
「気にするな」
後ろから信繁が声をかけてくるが俺は適当に返しただけで振り返らずにその場を離れた。
「兄上様はいったい何を?」
信繁は去り際に見た貴久の顔が真っ青になっていたのを見逃さなかった。
あんな顔をしていて何でもないから気にするなと言われても無理な話だった。
「ん? これは?」
信繁はそこで変なにおいがすることに気がついた。
「これは!」
信繁が貴久のいた草陰をのぞき込むと、そこは一角だけ地面がやや赤く変色していた。
実際には貴久が梅干しと飲んだ水を吐き出しただけだったが、信繁には・・・いや傍目から見るとそれは血を吐いた跡に見えなくもなかった。
「やっと着いた」
目の前にあるのは甲斐武田氏の本拠地、躑躅ヶ崎館。
躑躅ヶ崎館は天守閣がそびえる様な立派なお城ではなくまさに館だ。信虎、晴信、勝頼3代の60年余りにわたって府中として機能し、後に広域城下町としての甲府や、近代以降の甲府市の原型となった。
「貴久」
俺が信繁さんに連れられて屋形の門をくぐると懐かしい声が聞こえた。
「おお晴信! 元気にしてたか!」
川中島で分かれてまだ1月程度だが俺の感覚からしたら随分と長く離れていたように感じる。
そう考えるとこの時代の人ってすごい、たとえば俺はあまり物事に優劣をつけないのだが、そんな俺でも戦国の世で最も頭の良い人物だと言い張っている黒田如水様のことを例に考える。
石田三成と徳川家康がぶつかった天下分け目の戦い、関ヶ原の戦いにおいて、如水様は両陣営が戦っている間にもぬけの殻になった九州を制圧、そして九州から四国を通り上方へ行く間にさらに軍を増強、そして最後に関ヶ原の戦いで疲弊した勝者と戦い自らが最終勝利者になるという策を立てています。この時如水様は最初に足の速い船を使って上方の情報を当時の黒田家の領地である豊前にわずか3日で届くように手を打っています。
これは黒田如水様がいかに情報を大切にしていたことと同時に、天才が知恵を絞ってもあの距離の間で情報を運ぶのに3日もかかったことを意味しています、往復すれば単純に倍の6日はかかるでしょう。
これを人に、さらに一般の行商なんかに置き換えるとさらに時間がかかる事でしょう、人の脚は船には勝てず関を通るのも面倒なことです、道々の安全を考えて大回りすることもあったはず。
そんな風に考えると越後から甲斐まで人が行き来するのは大変なことで時間もかなりかかる事であったことがお分かりいただけるのではないでしょうか。
ああ、如水様のことを考えていたら急に晴信のことが愛おしく感じられてきた。いや、もともと祝言を挙げたいと思うほどに好きではある、さらに好きだというだけだ。
「こっち」
1人考え事に耽っていると、いつの間にか目の前にまで来ていた晴信が俺の腕をつかんで歩き出した。
「ちょっちょっと待て! 晴信!」
しかし晴信は俺が何と言おうと手を放すことも歩みを止めることも、こちらを振り返ることもなかった。
そして気がつかなかった、この時景虎が俺と晴信のことを何も言わずに見送っていたことに。
晴信に連れてこられたのは館の一室。
「晴信、どうしたんだ?」
部屋に放り込まれたところで自由になったので振り返って晴信に問いかける。
「・・・」
しかし晴信は何も答えない。
晴信はただじっと俺のことを見ていたが唐突に話し出した。
「元気だった?」
「ああ、元気だったよ」
「けが、してない?」
「してないよ」
そこまで言って晴信はふっと力を抜いて柔らかい笑顔を浮かべる。
「よかった」
「どうも」
「・・・」
「・・・」
そしてまたしばらく会話が途切れる。
「なあ晴信」
「なに?」
「何でここに連れてきたんだ?」
今の質問くらいならわざわざここに連れてこずとも良かったはずだ。
「・・・みんなの前だと、できない」
「?」
どうしてみんなの前だとできないのだろうか?
「私は、人前ではあまり話さない」
つまり緊張するとかそういうことだろうか。
「寡黙な子で通してる」
「・・・」
違った、想定外だ、まさか晴信が寡黙キャラ演じていただけだったとは・・・。
「なら、晴信は本当はどうしたいんだ?」
晴信は考えるそぶりを見せず、まっすぐに俺に向かって歩いてくる、そして。
「ぎゅってしたい」
俺にぎゅって抱き付いて来た。
「べ、べべべ別に寡黙な子でもこういうことはするんじゃないかな、むしろ寡黙だからこそ言葉よりも行動で意思を表したりとか」
「私はできるだけ周りに自分の考えを悟らせないように生きてきた」
「それはまたどうして?」
「みんなのことが嫌いだから」
え?
「みんな、私が何かしようとすると、危ないから駄目だって言う」
「危なければ止めるのは家臣の務めだからな」
「町に行くのも護衛がごろごろついてきて楽しくない」
「何のために町に行くんだ?」
「前はお団子を食べるために」
それくらい館で食べればいいのに、護衛も城下町に行くくらいで付け過ぎなのでは? それともやっぱりお屋形様のためを思うなら当然なのかな?
「けど今は青虫を探しに行ってる」
青虫?
「どうして青虫を探してるんだ?」
「私と貴久をめぐり合わせてくれた」
この子も可愛いことを言うな~。
「でも、なかなか見つからない」
「もういないんじゃないか?」
詳しくは知らないが、俺と晴信が見たのはモンシロチョウになるやつだから春に青虫で夏に蝶になるんじゃないのかな?
だとしたらもう7月になるし、青虫は蛹か蝶になっているからいないんじゃなかろうか?
俺の言葉を聞いて晴信が打ちのめされたような顔をする。
「・・・本当?」
「いや・・・絶対じゃないけど・・・」
晴信は俺の言葉をもう青虫がいないと解釈したようで急に無表情になると、ゆっくりと話し出した。
「だから、嫌い」
「ん?」
「みんなが邪魔をするからなかなか探しに行けなかった」
「でも前に勘助さんが一人で出歩くなって困ってたような」
「みんながあんまり邪魔をするからたまに抜け出す」
だから護衛がぞろぞろとつくんじゃないだろうか。
「で、菜種を見に行って変なのひっかけてきたから出歩くなと」
「そう」
俺のせいじゃん。
「出歩けないのは我慢する、でも貴久のことを馬鹿にしたのは許せない」
「それで何をした」
「いつも以上に何も言わなかった」
なかなかの暴君じゃないか。
「やめろよそんなこと、それでみんなに背かれたらどうする気だ」
「心配ない、やることはやってる」
やる事って言うのが仕事なのかみんなと分かり合うためのなんやかんやなのかは分からないが、心配しなくていいようにちゃんとやっているようだ。
「本当に大丈夫なんだろうな? 俺のせいで晴信が不幸になるのは嫌だかな」
「大丈夫」
「ならいいよ。
ところで、祝言はいつ挙げるんだ? あと着るものとか、作法とか、俺なんにも用意がないんだが」
越後と甲斐でいろいろと違うものなんだろうか? だとすると祝言の前にいくらか練習させてほしいのだが。
「心配ない、祝言は2人だけで挙げるから、作法なんて気にしなくていい」
「は?」
ならどうして景虎を呼んだのだろうか?
「初日に2人だけで祝言、2日目に親類縁者と祝う、3日目以降にその他から挨拶とかを受ける」
「その初日はいつなんだ?」
「3日後」
なら景虎を俺と一緒に連れてきてもおかしくないか。
「なら3日後まで俺は何をしてればいい?」
「私と一緒に居ればいい!」
久々に見たがこのキラキラした目は反則だな。
俺はあまりの可愛さに頭をなでなで。
「こういうことは、祝言の後」
そういいながらも晴信は頭をなでられて嬉しそうだ。
「どうしてもだめか?」
「・・・貴久がそうしたいなら、仕方がない」
素直じゃないな~・・・でもそこも可愛いからよし。




