側室
「ねえ本当に大丈夫なの?」
景虎が心配そうに聞いてくる。
「本当に大丈夫だ、そんなに心配するな」
景虎が心配しているのは俺の体中にある痣やひっかき傷や歯形のことだ
なぜだか知らないが俺の体は一晩寝ればだいたいの怪我は動けるくらいには回復している。
「無理しちゃだめよ? 辛かったらちゃんというのよ? 武田になんていかなくてもいいのよ?」
「さらっと混ぜるな」
そう今日は春日山城に武田からの迎えが来ている。
迎えの理由はもちろん俺と晴信の祝言のためだ。
「でも・・・でも~」
景虎が俺の腕に抱き付いてきて上目づかいに見上げてくる。
「か、可愛くしても行くからな」
「・・・ち」
「おい、今のあからさまなのは舌打ちか何かか?」
でも頬を朱に染めてそっぽを向きながらの舌打ちは・・・可愛かった。
「どうしても行くの・・・」
「ああ、行くよ」
そこで景虎は少し沈んだ顔をして悩んでいたが意を決したように話し出した。
「なら・・・お願いがあるわ」
「朝信、あなた貴久の側室になる気はない」
朝、景虎は昨日約束した通り朝信さんと会っていた。
「御大将、それはいったいなぜ」
「質問を許した覚えはないわ」
「失礼いたしました」
景虎が朝信さんの当然ともいえる質問を拒絶した。
「景虎、それはないだろう、どうして朝信さんが俺の側室になるなんて話をするんだ」
「貴久、少し黙ってて」
景虎はこちらを一顧だにしない。
「・・・」
「・・・」
景虎と朝信さんが無言で見つめ合う、俺も何も言わずにそれを見守る。
「失礼ながら、私めには過ぎたことにございます」
朝信さんが断るとあからさまに景虎の顔に安堵の色が浮かんだ。
「理由は」
「私めのような戦場をかけるしか能のないものが恐れ多くも御大将の旦那様の側室になどなれません。
もし旦那様が私めの体をご所望とあらば側室になどなさらなくともご自由にお使いください」
朝信さんが応えると景虎があからさまに不機嫌になった。
「た、貴久・・・あなた、朝信と会ったのは昨日が初めてだったんじゃないの」
「そうだ、初めてだ、だからその振り上げた拳をゆっくりと俺に当たらないように下ろせ」
「朝信、どうなの」
「はい、私めと旦那様は昨日初めてお会いしました」
それを聞いて景虎は拳をおろした・・・。
「どうして夫の言葉聞いても下ろさなかったのに家臣の言葉を聞いて下ろすんだよ」
朝信さんのことを信頼しているとは言っても夫としてショックだ。
「なら、浮気はしないことね」
「俺がいつ・・・」
「晴信」
「大変申し訳ございません」
言われてみればそうか、俺が晴信と祝言を挙げると決めたのは景虎と祝言を挙げると決めた1月ほど後、つまり婚約して1月で不倫したようなものだ・・・不倫は文化だと解釈しておこう。
「まあいいわ、この件については朝信との話が終わったらじっくりとしましょう、だからそれまで正座したままね」
昨日のあれをするつもりか、だが今日は抵抗するからな、昨日のようにはいかん。
「今日は縄もちゃんと用意してあるから楽しみにしてていいわよ」
・・・見せてやろう、ポケモン不思議のダンジョンにおいて威力30のブラストバーン・ハードプラント・ハイドロカノン・はかいこうせんに並ぶ事実上の最高値をたたき出す奥義、わるあがきを・・・。
「で、朝信、あなたを貴久の側室にしようとした理由だけど」
何だ言ってくれるのか、ならさっき朝信さんが聞いたときに教えてくれればいいのに。
「あなたには、貴久と一緒に甲斐に行ってもらいたいの」
「甲斐に・・・ですか」
「そうよ、私はどうしても貴久のことが心配なの、ついこの間まで敵対していた国に最愛の夫を一人で向かわせるなんてことできないわ。
だから朝信、あなたに貴久の護衛として甲斐についていってほしいの」
「景虎・・・」
そこまで俺のことを思って・・・。
「御大将、私めは御大将の命とあればどんなことでもやってごらんにいれます。旦那様の護衛の任、私めにお任せ下さい」
「信じてるわよ」
「この命に代えましても」
命に代えられるのも困るんだが。
「てか、それなら別に側室になんかしなくても普通に護衛でいいんじゃないか?」
「そんなことないわ、朝信ほどの猛者を護衛に付けるのは相手からしたらそれほど信頼されてないって解釈されるわ、私が武田にやられたら祝言挙げてそのまま戦を始めて晴信の首も挙げるわ」
「ふざけるな、前半はよくわかったが後半に関してはやりすぎだ、そんなことしたら離縁するぞ」
「・・・」
「・・・何してるんだ」
景虎が無言で俺に抱き付いている。
「・・・ごめんなさい」
「え?」
「だ、だから・・・お願い・・・離縁なんて・・・・・もう言わないから」
景虎が震えている・・・それどころか泣いている・・・。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい」
「わ、悪かった⁉ 本当にごめん! そんなつもりじゃ無かったんだ、離縁なんてしないから!」
「・・・本当に?」
な、なんだこの可愛い生き物は⁉ 今の景虎には笑顔で甘えてくるりょうでも勝てないだろう。
「ああ本当だ! 絶対に離縁なんてしない、するわけない!」
そう言って景虎を抱きしめる、もう放したくない、できることならもうこのまま永遠に景虎とくっついていたい、そうしていられたらどれほど幸せだろうか。
「ずっと傍に居てくれる?」
「ああ、ずっと傍に・・・ん?」
あれこれって前にも・・・。
「居てくれないの?」
「ぐ!!」
か、可愛い! こんなにも可愛い景虎今までに見たことない!
おかしい、本当に可愛い! 今までの景虎ならこんなことをするときは顔には隠しきれないあくどさが滲んでいる、しかし今の景虎にはそんなものが全く見られない・・・だと⁉
「貴久ぁ・・・」
「お、同じ手は・・・くわん」
「・・・あとで覚えておきなさい」
景虎が何時かぶりのゴミを見るような目で俺を見る。
「あれ?」
「あれ、じゃないわよ、なに? そんなにあいつと祝言を挙げたいの?」
「あ、え、あれ? さっきまでのは?」
「なによ」
「全然・・・嘘に感じなかった」
「当たり前でしょ、本気だったんだから」
・・・この子は本当に何でこんなこと言うんだ。
「悪いな」
「謝るくらいなら、私のこと幸せにして見せなさい」
「分かった」
ほんの少しだけ景虎を強く抱きしめてからはなす。
「ありがとう」
「どうも」
「じゃあ朝信、そういうことでよろしく」
「・・・」
そうでした、いましたね・・・朝信さん。
「は」
朝信さんが短く返事をして部屋を出て行く。
もう恥ずかしくて死にたい。
「さて、それじゃお仕置きを始めましょうか」
「は?」
「そろそろいい具合に痺れてきたんじゃない?」
泣きっ面に蜂だ。
「あの・・・大丈夫なのですか?」
「は、はい、ちょっと激しい運動をしただけですから」
「そうですか、ならいいのですが」
優しい、社交辞令程度に聞いただけなんだろうけど、このくらいのことでも嬉しく感じてしまう。
ついさっきまで続いていた景虎からの容赦ない攻めのおかげで足はとりあえず大丈夫だが正座することに大変な恐怖を植え付けられた。今の俺の心は恐怖でいっぱいだ。
「貴久のことなんてどうでもいいけど、いつ出立するの?」
「早いに越したことはありません、こちらの準備はもうできているので」
「ならもう今日中に連れて行きなさい、あんまり長くいて貴久が行きたくなくならないとも限らないしね」
「そんなわけないだろ」
「へぇ~」
もう余計なことを言うのはやめよう。
「帰ってきたらまたお仕置きが必要ね」
人前で変なことを言わないでほしい。
「あの」
「まだ何か用なの、信繁。こいつなら今日にでも連れて行ってもらって構わないのよ」
「いえ・・・あの、お屋形様からのお手紙は拝見しておりませんか?」
「手紙?」
「はい、すでに届いているはずなのですが・・・」
「知らないわよ、そんなの。貴久は何か知ってる?」
「いや、俺も知らない」
「おかしいですね」
3人で首を傾げてみるが手紙のことなんてやっぱり知らない。
3人集まっても文殊の知恵とはいかないようだ。
「そのお手紙のことなら、存じておりますよ」
「え」
声を挙げたのは景綱さんだった。
「景綱、どういうこと」
「ご安心ください御大将、すでに戦の支度はできております」
「待て! どうして急に戦始めようとしてるの⁉」
手紙の話なんだよね? そうだよね?
「はい。
手紙の内容・・・お知りになりたいですか?」
景綱さんの額に血管が浮き出ている、なのに顔は笑顔のままだ・・・これは怖い。
「教えてちょうだい」
景虎が手紙の内容を教えるように催促する。
「では要点だけをかいつまんで説明いたします。
こんにちは、武田晴信です。景虎も私と貴久の祝言に来る? 私はどこかの腹黒くて汚い国主とは違うから景虎が来ることを拒んだりしないよ。来たければ来れば?
・・・とのことです」
・・・これは・・・何というか・・・酷い。
「・・・はは・・・ふふふ・・・」
景虎が壊れた。
「い、いい度胸ね・・・分かったわ、お招きいただいたからにはしっかりと挨拶しておかないとね・・・分かったわよ、私も甲斐に行くわ」
怖い怖い怖い! 止めてくれ! 威圧感出さないでくれ! 俺に向いてなくても怖い! なんだこれ、今まで感じたことがないほどに怖い!
「景綱、戦はいいわ、今すぐに甲斐に行く支度をしなさい」
「分かりました、誰を連れて行きますか? あとお返しに・・・ではなくお祝いに何を用意しましょうか?」
「とりあえず何人でも行けるように支度しておきなさい、祝いの品は塩でいいわ」
「分かりました」
「信繁、悪いけど少しだけ待っててもらうわ、支度が出来たらこちらから声をかけるから、それまで待ってなさい」
景虎と景綱さんが部屋を出て行った。
「あの・・・信繁さん」
「何でしょうか、兄上様」
あ、兄上様・・・なんかいい!
「もしかしなくても・・・あの手紙の内容のこと・・・」
「はい、存じておりました」
武田信繁さんは随分と性格がひねくれているようだ。
「大丈夫ですよ、私がこんな態度をとるのは長尾に対してだけです、他はたとえ敵対勢力であろうとそれなりの対応をいたします。
あ、兄上様のことですが、私は尊敬しております! あの無口で気難しいお屋形様をたった一日で籠絡するなんて・・・。まだ甲斐には兄上様のことを見聞きしたことのない者が多く、祝言に反対する勢力が多くいるのが事実ですがご安心ください、お屋形様と兄上様の祝言、この武田信繁が必ずや無事に挙げて見せます!」
ひねくれているついでにかなり熱い人なようだ。
「と、言うわけでもうすぐ甲斐に行くから、留守番よろしく」
出発まで少し時間があるみたいなので、俺は長屋に戻ってりょうと向日葵に甲斐に行く胸を伝えて、とらに二人と長屋のことをお願いする。
「兄ちゃん、甲斐ってどこ?私も行く!」
「私、嫁がすでに二人もいるなんて聞いてない」
「・・・」
りょうは可愛い、向日葵は怖い、とらは・・・なぜに無言?
「とら、どうかしたのか?」
どうしたのだろうか、今日のとらは元気がない気がする。
「・・・あの、貴久様」
「なに」
とらがいつになくもじもじとしながら話し出す。
「私も・・・連れて行っていただけませんか?」
「え?」
「だ、だって、身の回りのお世話をする人って必要だと思うんですよ! 甲斐に行ったら貴久様のことを知ってる人はいないと思います、その点私なら貴久様のことを多少は存じておりますし、家事なら一通り何でもできますから・・・」
なんだかとらが積極的だ・・・顔赤くしながら必死に訴えてくる姿はとても可愛い・・・あといじめたくなる。
「でもとらが俺について来たらりょうと向日葵のことはどうするんだ? こいつら二人にこの長屋をまかせておいたら俺が帰ってくるころにはゴミ屋敷どころか廃屋になってるぞ」
とらがうーうーうなっている・・・可愛い、これはりょうの仕事だと思っていたのだが。
「で、でもぉ~・・・」
「よし、一緒に行こう」
「はい!」
連れて行くしかないよね、とらのくりくりした目に涙をためて上目づかいに見てこられたら。
「ならりょうも行く!」
「当然私も」
仕方ないよな? とらがいなかったらこの二人を長屋においていくことなんてできないもんな。
「ああ構わないぞ、一緒に甲斐にいこう」
3人が笑顔で頷いてくる。
「ただし、景虎が許したらだからな」
「「「はい」」」
「いいわよ、連れて行きなさい」
あっさりと許しがもらえた。
「どうしてそんなにあっさりと許すんだ?」
「あの3人はあなたのお気に入りでしょ、だからその3人が一緒に来ればあなたが晴信と二人でいる時間が多少なりとも短くなるでしょ?」
「あ~、お前の趣味って・・・」
「嫌がらせよ」
そうでしたよね。




