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景虎と祝言 参-ばか-

「(緊張する)」

 どうあがいても無理だ、これで緊張しないとかそいつはまともな人間じゃない。

 掌は汗で気持ち悪いし心の臓は破裂しないのが不思議なくらいに大きく鼓動している。

 どうして俺がこんなにも緊張しているのか。答えは簡単だ。


 今日はいよいよ、景虎との祝言だ。


「景綱さん」

 極度の緊張から情けない声が出てしまう、しかし今はそんなことは気にしない、藁どころか雑草にだって躊躇なく縋りたい。

「大丈夫ですよ貴久殿、部屋に入るときの所作は完璧です、祝言の間に入ったら後は黙ってそこに座っていればいいのです。ああ、できれば威厳みたいなものが備わってれば言うことはありませんね」

 威厳なんて無理です、そんなものが出せるなら景虎の威圧感・・・もとい敵意にもう少し対抗していた、数秒耐えられるかどうかもわからないが。

「いいですか、緊張なんて必要ありません、貴久殿は御大将が上座に座った後に座につく、あとは訳の分からないことをつらつらと述べてくる家臣を適当にあしらっておけばいいんです」

 訳の分からないことって・・・言い過ぎだろう。

「その適当にあしらうって言うのが無理です」

「いえいえ簡単ですよ、此度の祝言で貴久殿は御大将の夫になるのです、「大儀である」とか何とか言っておけばいいんです。もし何か不満を漏らしたり問いかけたりしてきたら「この不忠者め!」とか叫んで容赦なく切ってしまって構いませんから」

 できるかーーーーーーーー!!!

 実際にそんな不躾なことをしてくる奴はいないと思いたいが、たとえやってきても俺が切れるわけないでしょ! ・・・でも景虎ならやりそうだな「試し切り~」とか言いながら殺っちゃいそうだな。

「大儀、とだけ答えることにしておきます」

「そうですか、残念です。

 それではそろそろ御大将がやってきます、我々もお迎えに上がりますよ」

「はい」

 俺は震える手と足を同時に出しながら蚊のとまるような速さで歩き出した。


 だんだんと輿が近づいてくる。

 あの中に景虎がいる。

 想像してみる、白無垢を着た景虎のことを。

 大丈夫だ、普通に想像できる、焦る必要はない、景虎と祝言の間に行き挨拶を受ける、それだけだ。

 さあ来い景虎、準備は万端だ。


 景虎が輿から出てきた瞬間に頭の中が真っ白になった。

「・・・」

 何というのだろ、可愛いとは違う、何と表現すればいいのかわからないが、とにかく見入ってしまった。

「貴久」

 景虎が俺に声をかけるが、それでも俺は動けない。

 俺が動けないでいると景虎がゆっくりと近づいてくる、そして景虎が目の前から俺を見上げる。

 ・・・その顔には、涙があった。

 そこでようやく我に返った。

「どっどうしたんだ景虎! 何があった!」

「どうもしないわ」

 景虎の声は震えていた、目の前にいる俺が聞き取るのがやっとくらいの大きさだ、ただ事とは思えない。

「そんなわけないだろ! 何があったんだ」

「ほ、本当に・・・何でもないの・・・ただ・・・ただ嬉しくて」

「・・・嬉しいこと言いやがって」

 何だよ嬉しくてって・・・こっちまで嬉しくなってくるじゃないか。

「あなたこそ・・・どうしたのよ、涙・・・出てるわよ」

「・・・何でもない」

 俺もそう答えるしかなかった、ほかに答えようもなかった・・・ただ、嬉しかった。


 外でひとしきり泣いた後、俺と景虎は家の中で最も奥の庭に面した部屋、祝言の間に入った。

「お二人とも、まずは此度の祝言、言祝ぎ申し上げます。

 不肖ながらこの直江景綱が待上臈を務めさせていただきます」

 待上臈とは簡単に言ってしまえば式の進行役だ。

 まずは「式三献」と呼ぶ酒式から始められる。

 各人に御膳が三つずつ置かれ、そこに盃が3つ添えられている。女房が3人出てきて、嫁より盃を始め、婿、待上臈と3人が3度ずつつぐのである。

 まずは景虎が盃を始める、続いて俺が、そして景綱さんが続く。

 式三献のあと、初献、雑煮が出る。これは夫婦だけの宴だ。

「それではお二人とも、ごゆるりと」

 景綱さんも部屋から出て行く。

「・・・これで、夫婦か」

「そうね」

「・・・何というか・・・」

「実感がない?」

「まあ、そうだな。これが祝言だと分かってはいるんだが・・・俺のいたところで一般的にやっていたのとは違い過ぎてな、もちろんこんな感じのやつもちゃんとやってる人はいるんだが・・・なにぶん実際に見たことはないし、まだ祝言なんてできないからどんなものか調べたこともなかったからな」

「まだできないってどういうこと?」

「俺のいたところでは祝言を挙げられるのは男は18歳以上、女は16歳以上っていう法度があってな、それにそんな相手もいなかったしな」

「なら、こっちに来られてよかったわね」

「そうだな」

「で、そっちの一般的な祝言はどんなことをやってたの?」

「こっちで言う祝言の間を用意して、親族や友達なんかも呼んで盛大に宴をやる」

「それだけ?」

「まあ・・・あとは・・・口づけ・・・かな」

「・・・へぇ~」

「なんだ、その顔は」

「今言ったってことは、してほしいってことでしょ?」

「・・・そんなことは言ってない」

「じゃあしなくていいのね」

 景虎が・・・可愛い顔で言ってくる。

「こんな時くらい・・・」

「素直になりなさい」

 俺の言葉の途中で景虎が言葉をかぶせてくる。

「いいだろう」

 今日くらいは本気で景虎に甘えてみよう。

「景虎、俺・・・!」

「でも駄目よ」

「どうして!」

 やめてほしい、せっかく覚悟を決めたのにここでお預けなんて耐えられない。

「私が、甘えたいの」

 どうしてこんなことを言うかな、駄目なんて言えないじゃないか。

「なら・・・早く甘えろ」

 このままだとそのうち我慢できなくなって暴走しそうだ。

「じゃあ、とりあえずちょっとだけ・・・口づけがしたいの、お願い」

 俺は何も言わずに唇を合わせた。


 こうして祝言が終わった。

「(う、うまくできたんだよな?)」

 現在、祝言の間で家臣の皆々様から挨拶を受けております、はい。

 全然誰かわからないし名乗られても名前にいろいろ付きすぎていて分かりにくい。

「赤田城主、斎藤朝信~~~」

 なんかいろいろと口上を並べているがいまいち緊張していて分からない。でもどうせ「景虎様、結婚おめでとう」くらいに要約できることしか言っていないに違いない。

 それよりも斎藤朝信という名前が俺の脳内検索に引っかかった。

 赤田城主、斎藤朝信。

 越後の医者、斎藤定信の子として生まれたが、軍人として戦争に参加してみると、医者の息子のくせに相当に戦上手であることが発覚して為景に見出され、500騎を率いる大将となった。

 武勇の誉れ高く、「越後の鍾馗しょうき」と呼ばれたという。

 また上杉謙信からの信頼も絶大で、謙信の関東管領職の就任式の際には、柿崎景家と共に太刀持ちを務め、謙信は強敵と思われるところには朝信を差し向けたといわれている。

「(うわーなんか感動する!)」

 さっきまでの緊張は何処えやら、俺は斎藤さんの顔を記念に頭の記録しておく。できれば男の方がよかったのだがこっちではやはり女の子だ、可愛いから頭に残りやすくて助かる。

「ありがとう、あなたに来てもらえてうれしいわ」

 景虎もこのころから信頼を置いていたのか随分と嬉しそうな気がする。

「朝信、あなたを見込んで一つ頼みたいことがあるわ、明日の朝一番に私の屋敷に来てちょうだい」

「分かりました、明日の朝に必ず」

 そう言い残して朝信さんは祝言の間を後にした。

「さっきの話は、この場でしなきゃいけない話なのか」

 他の家臣達にはこんな話はしていなかった、みんな労いの言葉をかけるくらいだったのに朝信さんのときだけ頼みがあるとは・・・いったい何の話だろう。

「明日、朝信が来たら話すわ。それまでは聞かないで」

「わかった」

 明日話すというならそれでいい、今話せない理由も気になるが、今は朝信さん以外の人もたくさん挨拶に来ているから当然時間もない、話したくないことを無理やり聞き出すようなことをする必要もない。


 この後もいろいろな人から挨拶を受けた、さっきの朝信さんを含め、川中島のときに会った柿崎影家さん、甘粕景持さん、初めて会った人で北条高広さん、宇佐美定満さん、小島弥太郎さん、当然ながら直江景綱さんに村上義清さん、他にも何人もいたが名前が覚えられなかった。


 そしてついに延々と続いた家臣からの挨拶が終わった。

「これで終わりなんだよな?」

「ええ、もう楽にしていいわよ」

 俺はゆっくりと正座していた足を延ばす。

「えい」

 景虎が俺の脚をつついて来た。

「甘いな、すでに俺の脚には全く感覚がない、何をしても無駄だ」

 普通ひゃーとか叫びそうなものだが行き過ぎると本当に何も感じない。

「ふーん」

 景虎が嫌な笑みを浮かべる。

「景綱ー」

 景虎が景綱さんを呼ぶ。

「何かご用ですか? 花嫁様」

 景綱さんは笑顔で冗談を言っている、俺には分からないが恐らく景綱さんは景虎が何を考えているのかおおよそ見当がついているのだろう、だって顔がにやついてるもん。

「私たちはもう床入りするからあとは好きにやってちょうだい」

「はい、わかりました」

 景綱さんが立ち上がる。

 ・・・床入り?

 床入りってあれだよな? 夜の営みだよな?俺まだ心の準備ができてないんですけど、それよりもまだ明るいんですけど!

「婿殿、頑張ってくださいね」

 景綱さんが満面の笑みを浮かべながら去っていく。

「・・・」

「何してるの、早く来なさい」

 そういいながら景虎が俺の腕をつかんで引きずっていく。

「ま、待て! 俺まだ足が・・・」

「そんなの分かってるわよ、でもその足で遊ぶんだから早くしないと駄目でしょう?

 床入りってことにしておけば絶対に誰も近づいてこないわ、大きな声を出しても誰も来ない・・・最高ね」

 タカヒサハジタバタシタ。

「離せーーー!!」

 足はまだ全く感覚がなくてうまく動かせないのでとにかく上半身をひねって何とか景虎につかまれた腕を解放しようとじたばたした。神よ、俺にコイキン〇並みのじたばたを!

「楽しみね、朝までどのくらい時間があるのかしら」

 貴久はさらに激しくじたばたした。

「私、貴久が苦しんでたり、困ってたりしてる姿を見てると楽しくなってくるの」

 貴久は必死にじたばたした。

「部屋にはちゃんと縄を用意してあるわ」

 貴久はわるあがきをした・・・貴久は力尽きた。

 俺の必死の抵抗もむなしく俺はどこかの部屋に連行された。

「景虎、冗談だよな?」

 景虎が笑顔で近づいてくる。

「ほら、縄とかもないし・・・冗談なんだろ?」

「冗談じゃないわ・・・それじゃ、始めましょうか」

 景虎の手が俺の脚に伸びてくる。

「な何してるんだ、今は何しても無駄だって」

「本当に? まだ何も感じないの?」

 いえ、本当はちょっと感覚が戻ってきてます・・・つまり

「えい」

「ひゃー!」

 足が! 足がーーーー!!!

「ほら、気持ちいいでしょ」

「んなわけあるか!」

 正座した後のあの何とも表現できないあの感覚、痛いわけではない、かと言って気持ちいいわけでは・・・。

「ほらほら」

「ぎゃーーーー!!!」

「やっぱり楽しいわね」

「ふざけるな! 楽しいわけあるか!」

 景虎の手が再び俺の脚に伸びてくる・・・が、ゆっくりだったので捕まえた。

「離しなさい」

「嫌に決まってるだろ」

「今日は甘えさせてくれるんでしょ?」

「これは甘えてるとは言わん!」

 これは嫌がらせというのです。

「甘えてるわよ、あなたの好意に」

「・・・どんな字を書く」

「好きって字に意思の意って書くわ」

 ・・・惚れた方が負けですからね。

「今日だけだからな、今後は絶対にこんな我儘ぎゃーーーー!!!」

「え、我儘がどうしたって?」

「離せー!」

「嫌よ」

 しばらくの間、俺の叫びが途切れることはなかった。


「・・・」

「・・・」

 夜、景虎の部屋、そして目の前には布団が一組。

「・・・」

「・・・」

 二人とも障子を開けてこの光景を見てから一言も喋らないし、微動だにしない。

 いや、わかってますよ? あれですよね、あれやるためなんですよね?

 きっと景虎もわかっている、でも分かっているからどうだと言うのか。

「景虎」

「わ、わかってるわ」

 景虎の顔を見てみると真っ赤になっていた、体もかすかに震えている。

「じゃ、じゃあ・・・始めましょうか」

「・・・」

 景虎が震える手で俺の手を握って歩き出す。

 俺はされるがままに布団に向かって歩き出す。

「はい・・・これ」

 そう言って景虎が差し出したのは・・・縄?

「なんだ、これは」

「縄よ」

「それは分かってる、どうして縄なんて用意してるんだ」

 景虎がこれ以上ないほどに顔を真っ赤に染めて、プルプルと震えながら言ってくる。

「今日は・・・初めての夜だから・・・今日くらいは・・・その・・・あなたの満足するように・・・してあげたいの」

 ま、満足・・・。

「でも・・・私だから・・・絶対に、抵抗すると思うの・・・それじゃあ、貴久は満足できないと、思う・・・から・・・その・・・・・縛りなさい」

「は?」

 そこでなぜ縛る?

「だ、だから・・・このまま普通にやったら、絶対に・・・殺っちゃうと思うから・・・」

「えぇ~」

 マジですか、夫婦になってその初夜で殺っちゃいますか・・・。

「さすがに落胆を隠せないんだが」

 俺は肩を落とし、さっきまでの緊張もどこかに捨て置いて半眼になって景虎を見る。

「だ、だから縛りなさいって! 死にたくないでしょ! 私だって殺したくなんてないもの!」

「そこで死ぬか奥さんを縛るかの二択しかないって言うのが驚きだ」

「じゃあどうするのよ」

「・・・景虎が我慢する」

「無理ね」

 即答ですか、俺を満足させたいから自分を縛れなんて言っていたのに我慢は無理ですか。

「そんなことできるなら最初からやってるわ」

 そんな胸を張って堂々と言われても。

「威張るんじゃない、拳骨でいくぞ」

「いいわよ、それなら私は刀でいくわ」

「どうしてこっちが素手なのにお前は刀なんだ⁉ だいたい刀でって殺す気だろ⁉」

「当たり前でしょ、初夜なのに伽をしないで夫に拳骨お見舞いされるのよ、心中する以外の道は見当たらないわ」

 そんな生きるか死ぬかしか道がないことはないだろう、あと俺を道ずれにするな。

「道ずれにするなとか考えてないでしょうね? 奥さんが死ぬのよ、夫も奥さんが三途の川を渡るのを手伝うべきよ」

 え、何その夫婦の初めての共同作業みたいなのりは。

「さあ、そろそろ選びなさい、私を縛るか、心中するか」

 おかしいな、ここだけ聞いてると景虎がものすごいドMみたいだ。

「そんなの選べるか」

 俺は景虎をお姫様抱っこで持ち上げる。

「ど、どうする気」

「奥さんを信じて普通に・・・」

「嫌嫌嫌無理無理無理!!!!! 絶対無理! 間違いなくあなたを殺すわよ!」

「そうか、でも心中はしてやれないが愛する奥さんに殺されるなら本望だ」

「いやーーーーーーー!」


 翌朝、俺の体は痣とひっかき傷と歯型でいっぱいだった。

「その・・・夜は・・・ごめんなさい」

 祝言から一夜明けて、今はぼんやりと明るくなってきた部屋で景虎と同じ布団に横になっている。

「いいよ、気にするな」

「でも! ・・・期待していいって言ったのに・・・」

「言ったな」

「それなのに・・・あんなに暴れて・・・」

 俺に体の痣やひっかき傷、歯形は昨夜景虎を縛らずに情事に及んだ結果だ。

「いいんだよ」

「・・・」

「俺は満足してるぞ」

「どう満足したのよ」

「やりたいことやって・・・十分幸せだった」

 景虎が恐る恐る俺に抱き付いてきたから俺も景虎を抱きしめる。

「・・・ばか」

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