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景虎と祝言 壱-そのために-

「できちゃったか~」

「できちゃったて何よ、できちゃったって」

 長屋から景虎の屋敷に向かう途中に景虎に聞かされた。

 ついにできたそうです、景虎の白無垢が。

 できたそう、ていうのは当日まで俺には見せたくないからだそうだ。

「結局、日取りはどうするんだ」

「10日後よ、今日中に重臣たちには知らせを走らせるから2日以内には知らせが届くはずよ、それで準備に3日、ここまで来るのに3日、念のため2日余裕を持たせて、合わせて10日後よ」

「そうかー、まだ10日もかかるのか」

「でも、たった10日よ。あなたはそれまでに、自分が考える誰に見られても恥ずかしくないと思える私の婿になってなさいよ」

 すごい注文付けてきたな。

「景虎、誰か師事できる人を・・・」

「ちゃんと用意してあるわよ」

 さすが奥さんだ、よくわかっておられる。

「で、その人は誰なんだ」

「村上義清殿よ」

「え」

「えって何よ」

「いやべつに、意外に思ったけど、今納得した」

 村上義清は元北信濃の戦国大名で、武田晴信の侵攻を2度撃退するなどの武勇で知られている。

 俺もそんな風に覚えていたから礼儀作法に詳しいとはあんまり思えなかったが、一国一城の主だった人だ、立派かどうかは知らないが景虎が認めるくらいにはしっかりしているのだろう。

「それで、村上殿は今はどこに?」

「今は私の屋敷で待ってもらってるわ」

「まさか俺のことを待ってるのか」

「そうよ」

「ならもっと早く言え、急ぐぞ」

 村上さんに早く会いたい俺は小走りに景虎の屋敷を目指した。


「お初にお目にかかります、長尾殿より紹介にあずかりました村上義清と申します、以後お見知りおきを」

 すげー、なんかかっちりしてる!

 なんかこっちが恐縮しちゃうくらいしっかりとした挨拶だ。

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

「村上殿、本当に何も知らない奴だけどこれでも私の夫だから、5日で仕上げてもらえないかしら、もちろん手段は問わないわ」

 あ、村上さんはやっぱりそっち系の人ですか。

「分かりました。

 ・・・見えないところでしたら・・・」

「構わないわ」

「構え! 構ってくれ!」

 やめて、マジで止めて! 村上さんに何されるのかわからないけど、とにかく痛い目に合いそうなことだけは想像できるから!

「村上殿、次に喚いたら殺って良いわ、前に稽古をつけて時も峰打ちまではいいって言ってたから、今回も大丈夫なはずよ」

「それはそれは、なかなか見どころのある夫殿で」

「ありがとう。

 それじゃあ私は行くから、後は任せるわ」

 景虎はそれはそれは愉快そうな笑顔で出ていかれました。

「では、加藤様」

 村上さんが俺に呼びかける、腰のあたりまで伸びた黒い髪がなんとなく大和撫子を連想させる。

「稽古を始めましょう」

 そんな言葉とともに、見た目からは想像できない地獄の特訓が幕を開けた。


「あ、ありがとうございました・・・」

「いえいえ、私は言われたことをしたまでです、それでは加藤様、明日も頑張りましょう」

「・・・はい」

 それでは、と残して俺はとぼとぼと屋敷に向かって歩き出した。


「あら、意外と元気そうね」

 景虎が嫌な笑みを浮かべて声をかけてくる。

 やっとこさ礼法の稽古が終わって屋敷に帰ってきたところで景虎に呼び出された。

「そう見えるか」

「ええ、そう見えるように頼んだんだもの」

「そういえば言ってたな、見えないところなら構わないって」

 だから見えないところは痣だらけだ。

「お前にやられたとき以来だ、こんなに痣だらけになったのは」

「なに、怒ってるの?」

「痣だらけになったことについては怒っているが、これくらいのことが必要なんだということは理解している」

「なら何の問題もないわね」

「おい、痣は嫌だって言ってるだろ、やるにしても何かほかの方法はないのか」

 景虎は俺の言葉を聞いて笑顔を消す。

「そんなに嫌なの」

「そりゃあ、誰だって痛いのは嫌なもんじゃないのか」

「当たり前でしょ、私だって嫌よ」

「だったら人にするな」

「でも貴久はこうなりたかったんじゃないの?」

 どこのドMだよ。

「んなわけないだろ、どうして俺が・・・」

 景虎はいつの間にか手に小さな入れ物を持っていた。

「これ、何かわかる?」

 笑顔で聞いてくるってことはろくなものじゃない。

「知らん」

「なら教えてあげるわ、これは・・・塗り薬よ」

 ・・・・・・ほう。

「何が言いたい」

「別に何も、貴久こそどうしたいの? 言ってくれないと分からないわ」

「・・・そのくす・・・」

「この薬は私の私物だからあげないわよ」

 つまりは塗ってくれと言わせたいわけだな、絶対に言わないけど。

「ならいい、このままで。

 それと、今日は長屋で3人と寝るから。朝には戻ってくるから仕事の方は心配しなくていいぞ」

 俺は一人で言い残して勝手に部屋を出ていく。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「なんだ?」

「痣、痛いんじゃないの?」

「痛いけど」

「だったら・・・その」

「でも景虎が薬は私物だから分けてくれないって言ったから、仕方なく諦めた。だからせめて美味しいみそ汁でも飲めたらと思って長屋に行きたいんだが」

「え・・・その・・・えっと・・・」

 困ってる困ってる、いや~嬉しいね、景虎が困っているのを見るのは。

 特に笑顔をを消してからのは最高だね。

「どうしたんだ」

 でも顔に出すんじゃないぞ、ばれたら締められる。

「その・・・薬を・・・」

「え、分けてくれるのか!」

 いかにも嬉しそうに。

「いや、その・・・」

「駄目なのか?」

 いかにも寂しそうに。

「え、え~と、そんな・・・ことは・・・」

「じゃあ!」

 もう一度嬉しそうに。

「うぅ~」

「・・・そうか」

 俺は寂しそうな感じで踵を返す。

「待って! ・・・ええと・・・その・・・わ、私が・・・塗って・・・あげ・・・る・・・から」

 景虎が消え入るような声で言ってくる。

 俺はここで間違えない、間違っても聞き返したり伺いを立てるなんてことはしない、まして茶化すのは論外だ。なぜなら・・・俺だって景虎に薬を塗ってもらいたいから!

 でも恥ずかしいからそんなことは言わない、あと景虎に言うのはなんか悔しい。

「そうか、ありがとう景虎」

 素直にお礼を言っておく、これで任務完了だ、稽古でできたこの痣もこのためだったと思えばどうということはない。

「え、ええ! じゃあ、そこに座って!」

 景虎の顔が笑顔になる、しかしこの笑顔は・・・いかん、ぎゅーってしたい。

 俺は自制心を総動員してこの衝動を抑えながら言われた通りに座って、薬を塗るために上を脱ぐ。

 耐えるんだ、ここでぎゅーってしたらさっきまで演技してたのがたぶんばれる、どうしてばれなかったのが不思議だったくらいだったんだからぎゅーとしたりしたら間違いなくばれる。

「じゃあ、塗っていくわね」

 景虎の指が俺の背中を這っていく。

「う!」

「ご、ごめん! 痛かった?」

「いや、そんなことない、大丈夫だから、続けてくれ」

 今のは景虎に触られて・・・いかん頭の中が官能的なことで埋め尽くされていく。

「ぅ・・・ぁ・・・ぁぁ・・・!!」

 いかん、本当にいかん!

 俺が痛がっていると思っているのか景虎の手の動きがどんどん弱く、くすぐったくなっていく。でもそれが気持ちいい。

「はっ・・・く・・・ひ!」

 声が大きくなってきた・・・ばれる。

「ごめんなさい・・・私、その・・・ちゃんとやるのは初めてだから」

「いい、気にしなくて・・・」

「あ、ありがと」


 結局なんとかばれずに堪能できた、ほとんど我慢しているだけだったがやっぱり好きな女の子に触られてると思うと幸せいっぱいだった。


「やっぱり治るのか」

 村上義清さんに礼法の稽古をつけてもらった翌朝、やっぱりというかなんというか、痣は痛むが動くのに何の差支えもない程度まで回復していた。

「今日も張り切っていきますか」

 もちろん張り切るのは稽古だ、景虎に恥をかかせるわけにはいかない、決して痣だらけになるためではない、Mに目覚めたわけではない。

「兄ちゃん!」

 部屋から出た瞬間に廊下にいたりょうが飛びついてくる。可愛い。

「どうしたんだりょう」

「食事の準備ができたから呼びに来た!」

「おお、そうかそうかよしよし」

 りょうの頭をなでてやる、りょうも気持ちよさそうに目を閉じてされるがままだ。

 これが幸せというものだろう。

 そんなことを考えていると後ろから声がかけられる。

「そんなことしてないでさっさと食べろ、貴久が食べないと私たちが食べれない」

 今日も向日葵はなぜだか上から目線だ。

「別に先に食べててもいいんだぞ?」

「それは駄目、一緒に食べられるなら一緒に食べる」

「上から目線なのに言ってることは割と可愛いな」

「惚れた?」

「全然」

「どのくらい肉がついたら健康的って言うんだ、貴久から見て」

「さあな、そうなったら言って教えるよ」

「できるだけ早くしろ」

「なら早く健康になれよ」

「ならたくさん飯を用意しろ」

 そんな軽口をたたきながら食事をする部屋へ。この長屋はもともと大人数での生活を想定しているからどこの部屋も大部屋と呼べてしまう、だから名前なんて付けずに「〇〇する部屋」で呼び方を統一した。

「「「いただきます」」」

 ああ、やっぱりみそ汁は美味しい。

「今日のみそ汁はとらの方かな?」

「そうだよ、私、早く虎さんよりおいしいみそ汁を作れるようになるからね!」

「おう、頑張れよ」

 りょうのみそ汁がとらに劣っている気はしないが、誰かに聞かれたらたぶんとらの方が美味しいと答えてしまうだろう。ぜひともりょうが作った方が美味しいと言わせてもらいたいものだ。

「ところで、貴久は昨日ずいぶんと辛そうにして帰ってきたけど、何かあったの?」

「礼法を学んでいるんだが、教えてくれる人が何とも厳しくてな」

 今日も習いに行くんだが、行かなきゃ駄目だと分かっている分余計に憂鬱だ。

「礼法?」

「ああ、景虎との祝言のときに必要だからな。景虎が恥をかかずに済むくらいには上達しないとな」

「貴久は礼儀作法に疎いの?」

「ああ、まったくと言っていいほどに礼儀作法なんて知らない」

「・・・私が教えてやろうか?」

 向日葵がびっくりすることを言ってくる。

「お前は礼法に詳しいのか?」

「そこらへんのにわかには負けない」

「なら俺に教えてくれ」

 冗談のつもりだったのだが、向日葵は本気だったらしく条件を出してくる。

「教えてあげる、でもその代り・・・」

「俺は取引で奥さんにしたりはしないぞ」

「・・・金よこせこの野郎」

「それは金額によるが・・・まあいいだろう、じゃあこの後景虎か村上さんに見てもらってお墨付きをもらったら向日葵に習おう」

「なら村上に見てもらう」

「景虎ではなく?」

「あんな奴に見られてたら殺したくなる」

 本当に景虎のことが嫌いなんだな。

「じゃあ食べ終わったら、一緒に村上さんのところに行こう」

「はーい」

 向日葵が自分から言い出したのにやる気のなさそうな返事をする。

 しかしその顔には笑みがあった。


「・・・」

「・・・」

 俺と村上さんは黙って向日葵の行動を見ていた。

「・・・どうですか、向日葵は」

「素晴らしいですね、これならどこに出しても恥ずかしくありません」

 びっくりだ、お腹を空かせて死にかけていたのに、このままいくと俺の礼儀作法の先生だ。

「じゃあ今日から貴久は私を師匠と呼ぶように」

 呼びたくないが本当に呼ばなければならない関係になってしまう。

「まだ呼んではいけませんよ、加藤様」

 しかし村上さんは言いたいことがあるようだ。

「確かにしっかりしていますが、できるのと教えられるのとは違います」

「でもそれはやってみないと証明できない」

 村上さんの言う通り、できるからと言って教えるのがうまいというわけではない、よくいう、スポーツで優秀な選手が優秀な監督になれるわけではない、というやつと同じだ。

「じゃあ少しだけやってみるか? やってみて駄目ならそれまで、大丈夫なら向日葵が先生になるってことで」

「おやおや、加藤様は私のことがお嫌いですか」

「そんなことありませんよ、むしろ好みです」

 俺は髪型や色でこれが好きでこれが嫌いってのはないが、この色ならこの髪形がいいていうのはある。

 その一つが村上さんの髪だ。まっすぐに伸びた艶のある長い黒髪、きっと結い上げても似合うに違いない。

「ではお妾にしていただけますか」

「それはまだどうとも言えないですね、景虎にも相談しないと」

「そうですか、失礼いたしました」

「話は終わった? 早く始めたい」

 向日葵が苛立ちを隠さずに顔に出す。

「分かりました、では早速始めましょう。まずは・・・」


 結果だが、向日葵は村上さんからお墨付きをもらった。どこに出しても恥ずかしくないし、誰に教えても大丈夫だろうと。

 確かに向日葵の礼法は完璧だったし、教えてもらったこともちゃんとできる様になった。教えるのも問題ないだろう。

 俺もここまでは村上さんと同意見だが・・・教え方に関しては物申したい。

 向日葵の教え方はとにかく精神的にきつい、何か失敗をすればとにかく罵倒する、失敗しなくても罵倒してくる。村上さんの場合は物理的に攻撃してきて服の下に大量の痣を作るが、向日葵の場合は心にえぐい傷跡を残していく、見た目には絶対にわからないからたちが悪い。

 どうやらこの教え方が村上さんはお気に召したらしい。「私とはまた一味違う素晴らしいいたぶり方です!」とか言って目輝かせてたもん。

 明日からは向日葵を師匠と呼ぶことになるが・・・不安だ、俺の心が持つかどうか。

礼儀作法についてですが、調べてみましたがいろいろと不明な点が多くなってしまい言及するのを避けました。

今までもいろいろと調べてはきましたが、避けた事柄は結構あります。言いたいことや間違いの指摘などありましたら気軽にお寄せ下さい。対応できるものはさせていただきます。(「対応できるもの」これ重要!)

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