待てこの野郎
「取り合ず転がしておいたので、できれば早めに済ませて下さい。あまり時間がかかるようでしたら、縛りあげる手間がかかるので」
なるほどそれは急がなくてわ! ・・・とはならんよな~。だってそれだと、さっきの役人と同じかどうかは分からないが、転がしておいた役人が目を覚ましたと同時に追手がかかるってことだからな? たった今情報収集をしたばかりの俺たちが疑われるのは間違いないからな?
茶屋でさらっとお茶漬けでも食べて・・・ではなくて情報を集めて礼拝堂に帰って来た。
先ほど小太郎が転がしておいた役人がすでに起きて騒ぎ出していやしないかと危惧していたが、小太郎から聞いたところ、何ともまあ都合のいいことに役人の方々は侵入を許したこと、またその賊を捕らえられなかったことを誰の責任にするかでもめていたそうだ。嘆くべきは役人の力の無さか醜さか、はたまた戦乱の世か・・・決して役人を転がした自分たちが悪いとは考えないでおく。
「それで、ルイス様達はどこにいるんだ?」
来たはいいが、残念ながらやはり俺には気配やらなんやらでルイス様たちのいる場所なんてものはわからない。分かっているのであろう向日葵やくーちゃんに聞くしかない。
「私たちも何処にいるかまではわからない」
「わかっているのは、この床の下が何もないってことだけだよ」
そう言いながらくーちゃんが立っている足元を踵でとんとんと叩く。
「この音に気づかなかった織田だか本田だかの兵はどうしようもない馬鹿」
そして向日葵が少し離れたところで同じように床を叩いた。
「悪かったな、俺もさっき来た時には全く気がつかなかった馬鹿だ」
確かに聞いてみれば音が違う、下が空洞になっているのだろう。
「貴久は気づかなくてもおかしくはない。でもここにわざわざ捕らえに来たような奴等なら、これくらい気づけないようでは仕事にならない」
まあ向日葵の言う通りではあるが、ふつうこの時代に当たり前に地下に逃げ道があるとは考えないのではないだろうか? 穴を掘って隠れるくらいのことは考えなくはないが、畳一枚めくるのと床板を引きはがすのとではわけが違う。
「で、下に何かある・・・というよりは何か無いというのは分かった。それで、どうやって下へ行くんだ? 力任せに床板がめくれるのか?」
「違う」
向日葵が否定している間に。
「こんな感じになっています」
小太郎が正面に向かって左右に並んでいた長椅子の左側に並んでいるうちの一番前にあった椅子をどかし、その下の床板を簡単にはがしていた。
「下はどうなっている? 小太郎」
「はい、どうやら単純に下に穴があるというわけではなく、どうやらどこかへ通じる抜け穴となっているようです」
小太郎の剥がした床板の下をみんなでのぞき込む。
「にゅ!」
覗き込むというよりも飛び込もうとしていたイリスの襟首をつかんで止めつつ中を観察してみる。好奇心が旺盛すぎるのか怖いもの知らずなのか、とりあえずイリスはあぶな・・・うん、可愛いな。
確かに小太郎の言う通りただの穴ではなく地下通路のようだ。木の支柱もなく、何かしらの舗装もされているわけではないむき出しの土の壁がなんだか怖い。通路は高さが1mほどで幅も1mほどだろうか、そのままどこかへまっすぐ伸びていっている。当然というかなんというか、明かりの類はないためどのくらい続いているのか、何処へつながっているのかなんてことは分からない。
「これはさ~、どう考えても貴久たちの言っていたルイス様っていう人たちはさ、普通の人ってわけではなさそうだよ」
なんだかくーちゃんが心持ちわくわくしているような気がするが・・・気にしないでおこう。
気にしなければいけないのは、どうしてルイス様達のいた礼拝堂の下に、こんな地下通路があるのかということだ。
これはさすがに考えたくはなくても、ルイス様達が異国の諜報員だと言われても違うと断じることはできなくなってしまった。でなければこんな地下通路を用意していたりはしまい。異教徒として弾圧されることを恐れて供えていたとも考えられないことはないが、それではどうやって掘ったのかが説明できない。まさか都合よくここにあっただなんてことはあるまい。
「ここで時間を潰していても無駄でしかない」
「とりあえず小太郎は戻ってあいつら縛って来てよ。どう見てもぱっと行って帰ってくるなんてことはできなさそうだからさ」
「入ってみるのはいいんだが・・・俺が通るには狭すぎるな」
こっちの人たちからすればかがんで通れるくらいだろうが、俺が通るとなれば、これは這って進むしかないだろう。もしも敵が出てきたり、何かしら罠でもあったりした場合、俺は何もできないを通り越して邪魔でしかない。
「でも貴久がいないと、私たちじゃあルイス様とか見てもわからないよ?」
「それに貴久がいないと女に会った時に何とかならない」
・・・俺がいたら何とかなる問題なのだろうか? 俺がいても何とかなるどころか以前追いかけてたやつだとか何とか言われたりしないだろうか?
「と言うわけで、先頭は私か向日葵、その後ろに貴久で最後に小太郎、イリスちゃんは貴久の前か後ろ好きな方に置いておいて」
「・・・一応その順番にした理由を聞いておこうか」
べつに妥当だしそれで何か文句があるわけではないのだが、なんとなく裏がある気がしたのだ。
「・・・ん~・・・あんまりないから気にしないでよ」
何で悩んだどうしてわざわざあんまりとか言った! すごく気になるが・・・順番に文句を言うよりもさっさと通路を進んでおきたい。いつ転がしておいた役人が起きるかわからないし、今この時ルイス様達に危険が迫っているかもしれないのだから。
「じゃあ行こうか」
そういうくーちゃんの元気な声に続いてみんなで通路に入ったのだが・・・なるほどそういうことか。
地下通路、当然灯りはない、はっきり言って何も見えないと言って差し支えない。だから前の人の着物を掴んだりしながら進もうと思ったのだが・・・。
俺の前を行くくーちゃんはかがみながら進んでいる。それはもう当然というかなんというか、かがみながら進んでいるわけでして・・・おしりをこっちに向かって軽く突き出しながら進んでいるわけですよ。
これはあれか? 触れということか? 「いや~暗かったし俺は這って進んでいたし仕方がないよね!」とかそんな言い訳を用意しつついちゃいちゃしたいとかそんなところか? こんな状況でまさかそんなことをしようとか考えているのかこの阿呆の子は?
「イリス、ゴー」
「Go!」
イリスが元気に穴に飛び込んで言った。
「(イリス、危ないから前の人の着物かなにかをつかんでおくんだぞ)」
「はーい!」
「わっ! ・・・知らないからね」
元気なイリスにわしっとおしりを掴まれたくーちゃんが、一瞬驚きつつもすぐに落ち着きを取り戻し、二割程度の残念さと八割程度の憐れみを乗せた声をかけてきた。
・・・何だろう、とっても嫌な予感がした。
「さあ貴久、慎重に、ゆっっっくりと進もう」
向日葵が俺の腰のあたりの着物を掴んできた・・・こう言うことに、より阿呆である子がいることを失念していたのは、完全に俺が悪い。
「向日葵、信じているからな」
やり過ぎはしないだろうが確実に何かをされると確信しつつ進むこの道。見た目通り真っ暗だ。
「大丈夫、今は何もしない。ただお尻のあたりを誤って軽~く触ってしまうかもしれないけれど本当にその程度で済ませてあげる」
今はその程度、ね~。いったい後になったら何をされるのやら。
ものすごく怖いが、とりあえず今はその程度で済ませてくれるらしい向日葵の言葉を信じて、この真っ暗で背後から何をされてもわからず抵抗もできない通路を進むとしようではないか。
「・・・さすがに狭すぎる様な・・・」
実際に通路を這って進んでみると、目測の縦横一メートルよりは幾分広いのだが、それでもやっぱり狭い。
「なんかごめんね。これは思ったよりも貴久には狭すぎるみたいだね」
くーちゃんはこの暗闇の中、間にイリスを挟んでいても俺が見えてはいるようだ。まあまだ入り口も近いから見えなくもないか。
でだ、多少は目測よりも広かったわけなのだが、四つん這いになって進んでいてもちょっと前を見ようと頭を上げてしまえば頭をぶつけ、少しぐらついてしまえば左右の壁に肩をぶつけてしまう。当然進む速さも蚊のとまるような速さになってしまう。
「な、なあ、本当に俺戻った方が良くないか?」
向こうに行ったら云々とは言っても、それ以前にこの通路の出口にたどり着けるのかどうかさえも怪しい気がする。
「「それは駄目」」
向日葵とくーちゃんの声が被った。・・・恐らくだが、俺が残った時にどちらか残った方が何かするんじゃないかと勘ぐっているのだろう。俺だけを残すとは思えないしな。
「あまり騒がない方がよろしいかと」
「「「・・・」」」
小太郎の冷静な指摘で三人黙った。この先がどこにつながっているのかも分からないのだ、もしかしたら反対側から誰か来るかもしれないし、後ろからだってくるかもしれない。
と言うか小太郎は本当に縛ってきてくれたのだろうか? 早すぎやしないだろうか?
「わーーーーー!」
わーーーーー・・・わーーー・・・わー・・・。
「「「・・・」」」
「Voice sounds a lot, Papa!(声が響くよパパ!)」
この暗闇の中でもなんとなくではあるがイリスのキラッキラしている顔が見えた気がする。
イリスにとっては、この状況は遠足か何かで洞窟でも見つけてしまった小学生が衝動的に探検にでも出かけてしまうようなものなのだろう。実に困ったものではあるのだが・・・まあ可愛いから許そ・・・いや~今回は注意しておきますか。
「Iris, please be quiet until you leave this passage.(イリス、ここを抜けるまでは静かにしていような。)」
見えているかはわからないが、人差し指だけを建てて口の前にもっていってしーっと言っておく。
そういえばこれはいつ頃生まれたものなのだろうか? 通じているだろうか?
「・・・」
どうやら通じたようで、何やら静かになった。想像するに、可愛らしく両手で口を塞いでいるに違いない。考えただけでも抱きしめたくなってくるがそんなことを試みたら体のいたるところを壁のいたるところにぶつける悲惨な未来しか見えないからやらない。
「何て言ったのかはわからないけれど、静かにさせなくても大丈夫そうだよ。どうやらそんなに長いわけではなさそうだから」
「そんなに長くはないけれど短くもない」
ん~一番想像に困る距離だ。
恐らく、今イリスが叫んだ声の響き具合から推測しているのだろうが、残念ながら俺にはわからない。
「まあいい、とりあえずは進もう」
そこから先はみんな黙って俺の速さに合わせるためにゆっくりとではあるが止まることなく通路を進んでいった。
途中何度か向日葵がお尻をなでまわそうと腕を伸ばして来たから容赦なく足を伸ばして撃退した。ここで、決して蹴ったわけではないことを強調しておきたい。
「・・・なんだか拍子抜けだね」
「何言ってるんだよ、何もなくて何よりだ」
そんな感じで、向日葵を撃退する以外に特にすることもなく、通路をえっちらおっちら進んでいたら出口に着いた。
出口は少々木や草で隠されていて見つかりにくくはなっているが、実際出入りするのにはさして邪魔にはならない絶妙な隠し具合だ・・・といえば聞こえは良さそうだが、俺から言えばというか俺の角度から見ればというか、とにかく俺から見れば丸わかりの穴だった。
「貴久、今更撫でられるくらいにあんなに抵抗しなくてもいいと思う」
後ろで俺に続いて穴から這い出てきた向日葵が、特に何とも思っていなさそうな声音で恨み言を言ってくる。
「ここは・・・お寺・・・かな?」
愛知県の地理には詳しいが尾張の地理には詳しくない。さらに言うと別にこの辺りを探索したわけでもないから、近くにお寺があったのかどうかも把握していなかった。
穴から出た先にあったこの建物がお寺なのか誰かしら裕福な人の家なのかはわからないが、見た感じはどう見てもお寺だ。
鳥居もないし十字架もない、もちろん天守だってない。だからおそらくはお寺だろう。あるものを言えというのはお断りする。だってお寺にあるものと言われてまともに思いつくのがゴーンってなる鐘だけだったんだもん。
「さてさて、天主教の司祭様が逃げるために使ったと思われる通路をたどってみたら、なんとお寺に出てしまったわけだけれども・・・いや~楽しみだね!」
どうしてこの子はこんなにもやる気なのだろうか? イリスよりも探検気分である。と言うかここはお寺で合っていたのか、良かった。
「あの通路の壁がかなり脆くなっていました。おそらくあの通路は元々あって、その上に礼拝堂が建てられたのでしょう」
最後に出てきた小太郎が服についた土埃をぱっぱと払いながらつぶやく。
「それと多くの人の気配がします。子どものような感じです」
およよ? 子どもとな?
「もしかしたら、ここにいるのかな?」
子どもたちというのは礼拝堂にいた子どもたちのことだろうか?
いろいろと疑問はあるが、無事でいてくれるのなら一安心だ。
「子どもの数は・・・八人くらいかな? 十人もいなさそう」
数は俺が礼拝堂で会った子ども達の数と一致しているな。これはもうみんなだと考えて良さそうだ。
「とりあえず入ってみるか、ここに突っ立っているわけにもいかないし」
そして俺が何気なく草陰から一歩踏み出してしまった瞬間。
「待てこの野郎!」




