天下を取ったのは
「パパ~・・・」
イリスがこれまでにないほどに元気のない声で名前を呼んでくる。
「今日ほどイリスのことを邪魔だと思った日はない」
「向日葵、見逃してあげなよ、さすがにこれを怒るのはかわいそうだよ」
向日葵が怒り、くーちゃんが仕方がないと諦めているのは・・・。
「・・・うっぷ!」
「Are you all right? Do you think that it becomes comfortable if you vomit?(大丈夫かい? 吐いたら楽になると思うよ?)」
「う~・・・」
イリスが口を両手で押さえながら嫌々とわずかに首を振り、振ったひょうしに頭が揺れてまた気持ちが悪くなったのだろう、ほっぺたをぷっくりと膨らませながら戻してしまうのを必死に耐えている。
お日様が顔を出したのと同時に、俺たちは尾張の清洲港に向かって船を出した。
てっきり一緒に来ると思っていたのだが、信長も成政も遠江に残った。
いったい何をするのかはわからないが、あの二人なら何かしらうまくやるのだろう。
そんなわけで俺たち五人、ゆらゆら~、ゆらゆら~と波に揺られて・・・ではなく思いっきり人力で漕ぎまくりながら清洲港へと向かう船の中、特に船酔いとかもなく元気な俺に向日葵にくーちゃんに小太郎、そしてただ一人船酔いに苦しんでいるイリス、みんなで特に何をするでもなく、ぼけ~っとしながら清洲を目指していた。
いや~船は実に懐かしい、最後に乗ったのは中学三年の夏休み、長崎県の軍艦島に行ったのが最後だっただろうか?
当時受験勉強に励んでいた俺が、息抜き程度になんとなく軍艦島について調べていたら、「なに⁉ 軍艦のように見えるから軍艦島だと? ・・・行くしかないではないか!」とか言いながら夏の甲子園の観戦を諦めて、翌朝新幹線で九州へ、そして船で軍艦島上陸ツアーを楽しんできたのが最後だった・・・いい思い出である。
とまあそんな思い出は今はどうでもいい、今大切なのは、膝の上でと~っても船酔いに苦しんでいるイリスちゃんである。
イリスは馬に揺られるのもわいわいはしゃいでいられるほどに平気だったし、第一日ノ本まで来るのに散々船に揺られてきたのだから全く心配などしていなかったのだが・・・。
「~~~っ!」
思いっきり船酔いに苦しんでいた。船酔いならまだ向日葵の方が可能性がありそうだと思っていたのだけに意外だ。
「これじゃあ逃げ場のない船の上で貴久を襲う計画が・・・」
「それが駄目でも、もうイリスちゃんがあんな状態だからね、船酔いにかこつけて貴久に甘えるのもできないよね~」
向日葵が恐ろしい計画を口にし、くーちゃんも残念そうにがっくりとうなだれる。
「「・・・暇~」」
向日葵とくーちゃんが特に何もない船室の天井を仰ぎ見ながらだら~っとしている。
せめて暇つぶしくらいの役に立ちたいところではあるのだが、今は膝の上に陣取っているイリスをどかすわけにはいかないし、あまり動くのもよろしくない・・・いったい何ができるだろうか?
「「「・・・」」」
小太郎が特に話さないのはいつも通りだしどうと言うことではないのだが、向日葵とくーちゃんも喋らないからとっても静かだ。しかもイリスは船酔いで完全に行動不能だし、当然だがりょうととらと段蔵はここにはいない・・・普段とあまりにも違い過ぎて落ち着かない。
「とりあえず、家康ともやったんだが、じゃんけんでもしてみるか? やっぱり何か賭けて」
「今晩一緒に寝る権利!」
「貴久に一瞬だけでいいから言った姿勢でじっとしていてもらう権利!」
二人して食いつきが早いな、早すぎるな、ちょっと怖いぞ。
「おい向日葵」
くーちゃんのはまあいつも誰かしらとやっていることだから駄目とは言わないのだが・・・。
「そのじっとしていろと言うのは何が目的なんだ?」
「唇」
「もういい分かった黙れくーちゃんの言った権利でいいだろう」
こいつは遠回しに何を要求してるのだろうか? べつに直接言ってくれればやるわけでもないから、向日葵がしたいのならこういうのも当たり前なのかもしれないが・・・まあらしいと思えばどうということでもないか。
「よ~しよしよし、今晩は温かくして寝ようね~貴久」
くーちゃんの顔がすでに蕩け切っている。早くも勝ちを確信しているようだ。
「それで、貴久が勝ったら?」
おっと、まさか選ばせてもらえるのだろうか?
「貴久は、別に誰と寝たっていいんだろうしさ、私たちと同じじゃ嫌でしょ?」
おおう、まさかくーちゃんがそんなことを言ってくるとは・・・だがまあ誰とでもいいみたいな発言はやめてほしい、俺はただみんなとなら誰と一緒でも嬉しいというだけであって、決してみんなと寝るのが嫌というわけではないのだから。
「さあ早く言え私の要求を跳ね除けた貴久早く言え」
向日葵が拗ねてしまった、なんか黒い炎でも宿っていそうな時と~っとした目で睨んできている。
「そうだな~・・・あ、じゃあひとつ頼みたいことがある」
「へ~、すぐに思い付いたね、何なのさ?」
割りとすぐに思い付いた俺にくーちゃんがちょっと驚いている。俺にだってくーちゃんたちに頼みたいことの一つや二つくらいある。
「俺が勝ったら、残った人の中でまた一番を決めてくれ、その人と夜一緒に寝るんだが・・・」
「よーし早速じゃんけんだー!」
くーちゃんが張り切りまくっている。まだじゃんけんについて何一つ説明をしていないと言うのに。
「まあくーちゃんがそんなに張り切るのは勝ってだけどさ、じゃんけんってくーちゃん知ってるの?」
「知らないから早く教えてよ!」
くーちゃんがずずいっと迫ってきた。きらきらしている顔が目の前にある、可愛いです。
とまあそんなことを考えながら家康にしたのと同じようにじゃんけんの説明をして・・・心理戦の話はしないでおいて・・・。
「それじゃあ、まずは一回練習してみようか」
くそう、家康と同じ手を使ってみようと思ったのだが、くーちゃんが練習をしようなどと言ってきた。そんなことをしたらくーちゃんや向日葵なら俺が手を見ている事、もしくは意識して目を逸らしていることなどから家康に先に使った先方は見破られてしまうだろう。しかしかと言ってこの練習を拒むことなどできない、何せ初めてやるのだ、ここで断ったりしたらそれこそ何かたくらんでいますと言っているようなものだからな。
「わかった、やってみようか」
だからここは素直に受けておこう、最悪負けたっていつも通りの夜だ、さして変わることなどないのだから。
「最初はグー」
いかんな、うっかり癖で手を見てしまった。それに気がついて意識して視線を逸らそうとしたらすっごく目が泳いでしまった。
「じゃんけんぽん」
結果は俺がグーで、くーちゃんと向日葵がパーだった。
途中で目を離してしまったからチョキかパーかが見極められなかった。しかも迷ってしまっている間に手を変えられずグーのまま出してしまったから負けてしまった。
「よし、とりあえずわかったからやろうか」
くーちゃんはまだまだ張り切っている。恐らくは俺の目にも気がついていることだろう。だからこそくーちゃんの方はまだ対応のしようもあるのだが・・・全く反応してくれない向日葵がちょっと怖い。
「じゃあ・・・やるか」
まあ気にしないでおこう、普通にじゃんけんすればいいだけだ。後先考えずにただじゃんけんをすれば、たとえ負けても「あんなことしておいて~」みたいなことは言われなくて済むだろう。
「最初はグー!」
あーどうせばれているのだから、最初はグーで出した右手をじゃんけんぽんで左手に変えたい。
「じゃんけんぽん!」
そんなことを考えながら、何とな~くチョキを出した。
「あいこで!」
おっと、どうやらあいこだったようだ。暇つぶしが一瞬で終わらなくてよかった。
「違う、あいこじゃない」
「え?」
はてさて? くーちゃん曰くあいこだったようだが、向日葵曰く勝負はついているようだ。
「みんなはどの手を出したの?」
すでにくーちゃんは手を引っ込めてしまっていたから、とりあえず俺が確認するために手をもう一度出してもらう。
「・・・?」
そして出そろった手を見て見れば、全員チョキ、どう見てもあいこだった。
「貴久はもう少し下の方を見て見た方がいい」
下?
「ごめん向日葵、私もちょっとイリスちゃんのことを憎いと思えて来ちゃったよ」
言われたとおりに視線を下に向けてみれば・・・。
「・・・ぅ~」
まだ片手で口を押えているイリスが、頑張って片手をあげてじゃんけんに参加していた。
そして出されている手を見て見れば・・・グーだった。
「・・・じゃあイリスの勝ちで」
と言うか、くーちゃんは俺が最初にやろうとしていたことを見抜いていたはずなのに、どうして同じチョキなんかを出して負けてしまっているのだろうか?
「見抜けなかったんだよ! 貴久のバーカ!」
くーちゃんが拗ねている、可愛い。
まあ確かにあの方法で相手の出す手を見抜くのには慣れも必要だし難しいのだが、くーちゃんくらいになれば当たり前にできると思っていた・・・あ、わざとあいこにして暇つぶしでもしようとしていたのかな? だったらなんかちょっと可愛そうな気がしないでもないな。
そう思って向日葵の方にも目を向けてみれば、向日葵がじとっとした目を逸らした。
ん~今度何か埋め合わせでもしようか考えるとしよう。するかしないかを考えるのだと言うことを胸のうちでしっかりと強調しておく。
「パパ~」
イリスがぐったりしながらも、ゆっくりと俺の体を上って来て座るような形で縋りついてきた。
はてさて、いったい船酔いにはどんなことをすれば効くのだろうか? 俺なんかが知っているのは、科学の力に頼って酔い止めを飲むか、ただただ座して待つ、もしくは青い春と書いてバスケットボールと読む俺だけにさっさと出すものを出すと言うのも選択肢ではあるのだが、まあイリスには受け入れられなかったしな~。
だから、まあやることがないから優しくイリスを抱きしめておく。これで安心して眠ってでもくれれば、その間はイリスも楽なはずだしな。
「貴久、私はこのままでは退屈に押しつぶされて死んでしまう、助けて」
おかしい、助けてと言っている人間の顔がとってもきらきら活き活きしている。これははどちらかと言えば期待に胸が躍っているような顔だ。
「まあこっちに来るのは勝手にどうぞなんだけど、イリスもいるからそっとな」
向日葵が言いつけを守ってゆっくりと俺に接近し、優しく俺の腕に抱き付いてきた。そして幸せそうな顔で寝ようとしている・・・この可愛さに時々くらっと来てしまうのはどうにも隠せない、くーちゃんが反対側から同じようにしてきたのがその証拠となるだろう。
「お喋りくらいなら、小さな声で話すからさ、してもいいよね?」
しかし寝るのではなくおしゃべりが目的のようだ。
「構わないよ、でもイリスが嫌がったら諦めてくれよな」
「分かっているよ」
さて、くーちゃんはいったい何を話すのかな? 何でもない世間話か、それとも俺の知っている誰かについてなのか、それともこの旅の予定でも話すのか・・・まあなんにしても楽しそうな感じがする。
「えっとさ、貴久って先の世から来たでしょ?」
「ああ」
「それで、長尾景虎に武田晴信、それに私、浅井賢政に足利義輝に小寺孝高、織田信長に松平家康・・・もう結構な数の偉い人に会ってきたわけだけれどさ・・・」
そこで・・・なぜだか俺の手を痛いと声を上げそうなくらい強く抱くくーちゃん・・・なんかいい雰囲気になると思っただけに残念だ。
「貴久の知る史実ではさ、誰が天下を取ったの? わざわざ小寺に会いに行ったくらいだしさ、もう天下を取ったような人には会っていると、私は踏んでいるんだけれど・・・誰?」
てことは何だ、この腕を抱く異常な強さは「北条だと言えと」脅してでもいるのか? それともきらきらした目から察するに単純に気になっているだけなのか? 残念ながら、私は言い淀んだりはするだろうが、歴史に嘘はつかんから前者だったらお手柔らかに頼む!
「残念ながら、今くーちゃんが言った中に天下を取った人はいないよ、俺の知る史実ではね」
「嘘⁉」
向日葵が驚いてこちらを見上げてきた。と言うことは後者だったと言うことか・・・と言うか、そこまで驚くことかな?
「ああ、いないぞ」
天下を取ったのは豊臣秀吉、今頃の名はまだ木下藤吉郎かな? 確かこのころから木下を名乗っていたような気がしているが・・・まあ藤吉郎と名乗っていることは間違いないはずだからいいや。
信長に仕え始めたのは1554年天文23年だったはずだから、恐らくこっちでも信長に仕えているはずだし、もしかしたら清洲港に寄った時にでも会うかもしれないな。
「じゃあ誰なのさ! 私ちょっと信じられないんだけれど」
「私も、てっきり誰かがとっているものだとばかり思っていた。だってそうじゃなければ絶対に会いに行っているはず」
う~ん・・・俺がなんとなくどうでもいいからかな?
はっきり言っておこう、好きか嫌いかの二択で聞かれたら、俺は有名な織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は嫌いに分類されている。
何でかと理由を聞かれると・・・面倒くさいな、理由はちゃんとあるが俺の勝手な思いだし考えるのも面倒くさいし止めておこう。
「まあ、そう言われても会っていないものは会っていないし」
「と言うことはまだ行ったことのないような所の勢力か」
「比較的近くにいるのに行っていないくらいだから恐らく東北の勢力ではない」
なんかくーちゃんと向日葵が真剣な顔で考察を始めた。そんなに大切なことだろうか?
「単純に力を持っている勢力って考えたら毛利に尼子、大友辺りかな? あとは機内の三好・・・はもう会っているんだっけ?」
「当主だけとは限らない、誰かが取って代わっていると言うこともありうる」
お、向日葵はいいところをついているではないか。
秀吉は信長にとって代わって天下を取ろうとした明智光秀を倒して天下を取ったからな。信長にとって代わったと言えるだろう。
「その可能性はあるけれどさ、そこまで考えていたらとても絞り切れないよ」
「だから貴久、もう少し情報をよこせ」
何故に下から見上げながら上から目線で、頬を人差し指でぐりぐりしながら言ってくるのか・・・まあじゃれついているだけだし怒るようなことでもない、普通に答えるけれども。
「そうだな~・・・逆に聞くけれどさ、どんな情報が欲しい?」
俺から勝手に何かしらの情報を与えてもいいのだが、俺からしたら絶対にたどり着けはしないようなどうでもいいとさえ言えるほどの情報を与えても簡単に答えにたどり着いてしまうかもしれないし、もしかしたら尾張にいるとか絶対に当たるだろうと思うような情報でも、こっちの常識から考えてしまえば答えにたどり着けない、なんてことがあるかもしれないからな。
「だったらそうだな~・・・今の主とか教えてくれない?」
「阿呆、それに答えてしまったら当主ではないって言っているようなものじゃないか。二つもやらんぞ」
「ええ~いいじゃないか~、結局それを答えたところで、当主が一人はいるかどうかだけじゃないか」
「そもそもどこの勢力かなんて答えると思っているのか?」
「貴久、そもそもこの問はそのくらいしてくれないと当てられない」
ん~・・・まあその通りかな? 先の世で例えれば、代表の決まっていない複数の政党の中から後の内閣総理大臣を当てろ、と言っているようなものだろうか? 政党の知識がないから当たらないのは当たり前ではあるが、俺だったら知っていても絶対に当てられない自信はあるな。
「じゃあ・・・」
秀吉って、もう織田家にいるよな?
「今は織田にいるはず」
「う~ん、貴久、もう少し言葉には気を付けようね」
えっと、俺は今何を言ったかな?
「今貴久は、今は、織田に、いるはず、って言った」
「それってつまりさ、すぐに答えてくれたんだから、まずは私たちの聞いた今の主については織田信長だって教えてくれているよね」
「そして“今”と言う言葉が、どこかから織田家に移って来た者だと言うことをにおわせる。もしくは、この先織田家が滅んでどこか他家へ移る。そういうことを想像させる」
「向日葵の言う二つの可能性だけれど、これを絞るのが“いるはず”って言葉。貴久は私たちの質問に答えて、今の当主は織田信長だって教えてくれた。つまり、今織田家にいるのかはっきりとはわからないけれど、今くらいには織田家にいたはずってことだよね」
「だからさっきの二択は、初めから織田家に仕えていたけれど、何らかのきっかけで織田家を離れる、もしくは潰す。またはどこかから織田家に移ってくる二択に変わる」
うわ~、何でこんな風にたったあれだけの言葉からこんなにも想像できるのだろうか? ちょっとどころではなく怖い。
実際に豊臣秀吉、今の木下藤吉郎は、一応俺の知る史実では四年ほど前から織田家に仕えているはずではある。しかし俺が来たことによって、もしくは本田元亘か来たことによって、何かしら変わっていてもおかしくないから「今はいるはず」などと言ってしまった。
事実今川家は滅び織田家は力をつけたが、一緒に松平も力をつけ、第四次川中島合戦において長尾も武田も大きな被害を被らなかった。そして同盟中であったはずの武田と今川の戦も起こった。
この状況で、絶対に木下藤吉郎が織田家にいるとは無意識にではあるが思えなかったのだろう。
「とまあそんなことを考えはしたけれど」
「逆にそんな風に考えれる言葉だっただけに、尾張にいたわけでもない私たちにはもう絞り切れない」
そう言って、二人とも同時に諦めたのか、体の力を抜いてもたれかかってきた。
「まあ私は、越後と甲斐の馬鹿たちでなければいい」
「私は正直誰でもよかったかな~、結局のところ、最後に天下を取るのは貴久、もしくはこのままなんだかんだで足利家の時代が続くんじゃないかな、私と貴久が生きている間は」
「・・・暇つぶしにはなったのかな?」
「そうだね~・・・でも頭を使っちゃうからもうやめた」
まあ暇つぶしなのに頭ひねるのは嫌かもしれないが、そんなことを言ったらだいたいのことはできないだろうに。
「もっと楽に楽しいことしたいよ~」
くーちゃんが眠たげな声でそう言い残し、いつの間にか四人で眠ってしまっていた。




