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「つい最近、浅井は六角を撃ち滅ぼしたのは知っているわよね?」

「ああ」

「あの時どうやったのかは知らないけれど、浅井は朝倉を味方につけることに成功したの。そして六角を撃ち滅ぼした後にも随分と親しくしているみたいなのよね、浅井と朝倉は」

「先に言っておく、俺は浅井と朝倉が結ぶのに何一つ手を出してはいないからな」

 ない・・・よな?

「ふふふ、まあそこは何でもいいわ。それで、これを聞いて、あなたは美濃を止めるために何か協力してくれるのかしら?」

 何かって・・・そんなもの浅井を何とかして美濃を攻めさせる、もしくはそうするぞと斎藤に本気で思わせるしかないだろう。

「あなたに頼んでいるんだし、戦をさせようだなんてこっちも考えてなんていないわ。だから、私としてはあなたの気が進むようにこんなことをしてほしいわけよ」

 そう言って、信長は向日葵ですら止められないほどの速さで俺に迫り・・・。

「・・・こういうことを、私と、浅井にして来てほしいわけ」

 ・・・・・・唇と唇を合わせてきた。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

「待ってくれ~~~・・・」

 とりあえず、本当にとりあえず信長に向かってゆら~っと近づいていく向日葵の襟首をつかんで止める。

 左手でとりあえず向日葵を掴み、右手で顔を覆うと言うよりも痛いくらいに鷲掴みにしながら天を仰ぐ。

 今あれだよな、こう・・・唇と唇が・・・・・・あ~~~~~~・・・。

「ああぁぁぁ~~~~~~~~~・・・・・・・・・・・・」

「ふふふ。そんなに悩んでくれるっていうことは、嫌われてはないってことでいいのかしら」

「ああああああああああーーーーーー!」

 いかん、何かわからないが爆発しそうだ。

 いったいなんだと言うのだろうかこの感情は。別に信長のことは嫌いでも何でもない。女の子としてみれば可愛いし・・・いやいや待てって、今更になって思い出したけれど信長って天文三年・・・つまり1534年生まれじゃなかったっけ? ・・・今信長って24歳ってことか?

「ふん!」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

「・・・謝らんぞ」

 信長が殴りかかってきた。そして向日葵が目は全く笑っていないが、口元だけをわずかににやけさせながら信長の腕を掴んで止めた。

 結局俺の考えが当たっているのかどうかは分からないが、とりあえず頭の中を覗かれたみたいだ。女の人の体重と年に関しては考えてはいけない・・・こっちでは特にだな。

「絶対に今、私が行き遅れだとかそんなこと考えたでしょ」

 まだ殴る気なのだろう、向日葵に掴んで止められている腕がぷるぷると震えている。よほど力を込めているようだ。

「そんなことは考えていない・・・とりあえず顔は見れないが勘弁してほしい」

「・・・まだ許してないからね」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 まだ向日葵の方が全く収まっていないが、まあここは置いておこう。頭のねじは一本どころか二本三本と外れているが、俺の性格は分かっているのだ、まさか本当に殺したりはしまい・・・本当にやりそうで怖いけれどな。

「えっと・・・まあ、なんだ・・・俺の感覚としては、俺が相手になるならないは分からないが、三十過ぎても行き遅れってことはないと思うぞ。四十超えたって祝言挙げる人もいたしな」

 こっちではすでに土の下にいて当たり前かもしれない年ではあるが、先の世ではまだまだ人生半ばと言ったところだ。四十過ぎてからだって、残りの半分近く残っている人生を共に歩む伴侶を見つけてもおかしくもなんともあるまい。

「慰めにも何にもなっていないわよ! それって私は四十過ぎても駄目って言いたいの! 土の下で誰かに巡り合えとでも言うつもり!」

 さっきまで喜びだったり怒りだったり恐怖だったりで混乱しまくっていた俺だが、目の前の顔を赤くしながら叫んでいる信長を見て、なんだか落ち着くことができた。

「そんなこと言ってないって、信長は俺の考え方とか知っているだろ? まだまだ半分なんだよ」

 一応家康もいることだし、先の世から来ました~などと言うことは伏せておく。信長ならこれで十分伝わるだろうしな。

「ふ~ん、あっそう、そうなんだ、へ~!」

 いったい信長がどこに対してそこまで怒っているのかはわからないが、一応理解は示してくれたから・・・問題はあるが先に進んでおこう。

「えっと、結局信長の言いたいこととしては、斎藤を動けないようにしてほしい、具体的に言うと、浅井を動かしてほしいってことだな」

「・・・そうよ、私が示したのはあくまで例えだから、実際にどうやるのかはあなたに任せるけれど・・・できるだけ急いではほしいわ」

 急げと言われてもな~。

 今俺たちがいるのは遠江、都道府県で言えば静岡県だ。しかし浅井の治めている土地は近江、滋賀県だ。いつつくかもわからないし、そこから長政を説得する時間も必要だ。そして仮に説得できたとして、その後長政が戦支度なり情報を流すなりしていれば、その間にこっちではすでに戦が終わってしまっているかもしれない。

 あまり現実的な手とは思えないのだが・・・。

「一月ならやり過ごせます、そこから二月なら止めます。しかしならそれ以上となると、残念ながら潰しにかかることになると思います」

 信長の言葉と俺の反応を見て、家康が具体的な期間を示して来た。

「つまり、貴久には準備も考えたら二月以内に浅井を説得してもらわないといけないわね」

「無茶を言うな」

「この無茶をどうにかしてくれるのなら、尾張は自由に通してあげるわよ」

「私も、三河を抜けるまでは目を瞑りましょう」

 ・・・なんだか大きな戦に巻き込まれていると言うのに、見返りが近江までの通行手形と言うのは少々少なすぎる様な・・・。

「足りない?」

「その顔からすると、まだ何か用意しているか、俺がそれで満足するような何かを握っているな?」

 まあこのくらいのことなら見抜ける・・・いや違うな、これは信長が分かるように表情を作っているんだ。何となく見慣れてきた感じのする、信長のいや~な笑みだ。

「当たり、あなたにとってはちょっと嬉しくない情報を握っているわ」

 後者か~、いったいどんな情報を握っているのかは知らないが、俺が近江に行くことに一体どんな利があると言うのだろうか。

「最近ね、武田が随分と斎藤を気にかけているようなの」

「・・・ほう」

 晴信がか・・・気にかけると言うのは使者を送っているとかではなく何かしら情報を集めているとかそう言うことだろうか?

 武田がそうすると言うことが、斎藤を攻めるためなのか結ぶためなのか・・・怖い、で片付けてはいけないんだろうな。

「たぶんだけれどね、武田の狙いは尾張の分裂とそれに伴う国力の低下。そしてその先はもちろん尾張を攻め滅ぼすところまで見ているでしょうね」

 ・・・俺が戦が嫌いだから、だから止めると、そう考えられているのだろうか?

「さて、もう私から話すことなんてないわ」

 信長が懐から何やら手紙のようなものを取り出し、俺の前に置いた。

「・・・俺が受けると?」

「別に受けなくてもいいわよ、決めるのはあなただもの」

 ・・・ん~・・・気に食わないのは確かなんだが・・・。

「酒を全部水に代えてやる」

 それだけ言って、俺は尾張の通行手形を手に取った。


「貴久も面倒事が好きだね~」

「そんなことはないと思いたいんだけれどな~」

 くーちゃんに言われたくないことを言われて、したくもないが顔がげんなりとしてしまう。

 結局信長からの頼み・・・ではないな、良いように使われているだけだな、うん。

 朝日が昇る前、わずかながら東の地平線が明るくなってきた頃、俺たちは浜松城を発ち近江に向かって出発した。

 まだ辺りは暗いと言って差し支えないが、歩けないほどかと言われればそうでもない程度の明るさだ。

「気がついていてやっているんだから困っちゃうよ」

「そう言わないでくれ、俺自身だって困っているんだから」

 そんな微妙な空を見上げながら、微妙どころではなく納得がいかない胸の内を押さえつけながら馬に揺られている。

 納得はできないがやった方がいいのではとも思う・・・今はただ、景虎と晴信の二人に会いたい、その思いが強すぎるからこうなってしまったと思って、この不満は飲み込んでおこう。

「たぶん信長本人も、次は無理だってわかっていてやってる。もし貴久があそこできっぱりと断ってくれていたら信長の方は間違いなく殺ってた」

 ん~今の殺るは本当に殺りそうな感じがしたな、もう少し向日葵に気を使わないと、そろそろ大爆発しそうだな。

「いったいどうするのかまでは見えなかったけれど、まだまだ織田に力はありそうだね。ちょっと甘く見ていたよ」

 織田に力がある。

 くーちゃんが言っているように、俺にもなんとなくだが分かった。

「そうだな、あれは絶対に、まだ自力でどうにかできる力を隠している・・・いや、持っているな」

 俺なんかに感づかれるほどだ、隠してなんかいないのだろう。

 信長にはまだ、自力で本田を排除し、他国からの侵攻にも耐えるだけの力と策がある。昨晩寝る前にくーちゃんたちと話して、それは確信した。

「使えるものは使う、楽ができるのなら楽をする・・・まあそうやって来たから、こんな状況だって言うのにまだ力がある、あんなに余裕があるってことなんだろうね」

「逆に考えて、楽してきたから本田がこんなことをしてしまった、っていうふうにも考えられないか?」

「どっちかって言うと、本田を餌にして自分に対する忠義の薄い奴、男につられて簡単に離れていくようなやつを切り捨てようとしているんじゃないかな?」

 結局のところ、信長はどういう人物なのだろうか? 一見すると戦国の世から脱落しそうな弱者にも見える。くーちゃんの考えが当たっていれば、やっていることは正しいと言うか賢いと言うか・・・冷徹とでも言うか・・・。まあ俺には分からん。

 だから今はこれでいいだろう・・・面倒くさい人で。

「もう織田のことはどうでもいい、いくら考えても貴久には織田の腹の内なんて見えるわけがない。それよりも今は、尾張で寄り道をするかしないか」

 向日葵よ、確かにどうせ見えないだろうが、考えることくらいしたっていいではないか。

 だがまあ向日葵の言う通りか、わからないものはわからないのだ、また次の時分かるように、経験を積んでいくとしよう。

 そんなわけで、今考えなくていけないのは・・・。

「にゅ~・・・」

 同じ馬に乗って、俺の前でこちら向きに座り俺に抱き付きながら寝ると言う結構危険なことをしているイリスについてだ。

 尾張にある礼拝堂。初めてイリスに会い、イリスが日ノ本に来てから過ごしていた場所だ。

 絶対に必要かと言われればそんなことはもちろんないのだが、普段我慢ばかりしているイリスのために寄りたいかどうかで聞かれれば寄りたいところだ。

「そんなに道から外れるってわけでも時間を取られるってわけでもないし、通りがかりにちょっと寄るってくらいなら別にいいんじゃない? 私もちょっとくらい見てみたいんだよね~、貴久が異国の言葉をぺらぺらと喋っているところ!」

 気のせいでも何でもなく、くーちゃんが目をきらっきらさせながら俺のことを見ている。

 いやそんなことにそんな反応をされても困っちゃうんだけど?

「If Koo-chan tell me to talk in English, do I talk a lot? It is different whether Koo-chan can understand.(別に話せと言われればいくらでも話すぞ? くーちゃんが理解できるかは別だけれどな)」

「にゅ?」

 聞きなれた言葉だったからだろうか、俺が英語を話した瞬間にイリスが起きた。

「え~そんなのつまらないよ~。イリスちゃんは身内じゃないか、私はもっとさ、何というか~・・・そうだ! 貴久が異国の人たちに囲まれながら談笑しているところが見たいな!」

 今のは寝ているイリスに話しかけたわけではないぞ? いったい何がつまらないと言うんだ?

 あと・・・何を勝手にイリスを身内にしているんだ? まだ俺はイリスを養子にしたわけでも何でもないぞ?

「談笑って・・・まあルイスさんとも何か話すだろうし、イリスのいた礼拝堂に寄るって言うなら、そんなところを見られるかもな」

 実際にはルイスさんとの一対一の談笑になるだろうから“囲まれて”の部分は叶えてはあげられないと思うけれどな。

「よし決めた! 行こうその礼拝堂ってところに!」

 どうしてこんなところでくーちゃんが張り切ってしまっているのだろうか? 本当にどうしてくーちゃんが俺が英語で話しているところを見たいのか全く分からない。

「Did you say something weird?(パパ、何か言った?)」

 おっと、さっき俺が何気なく話した英語に反応して起きてしまっていたイリスがかまってかまってとばかりに着物の胸元を引っ張ってくる。可愛いからこのままもう少し見ていたいとか思ってしまったのは内緒だ。

「It is not what. But you will be up properly when you sleep because it is dangerous while you are with me horseback.(何でもないよ。でも寝ていると危ないから、俺と馬に乗っている間はちゃんと起きていような)」

「はーい!」

 うむうむ、元気なお返事大変よろしい。

 すこしずつ、簡単な言葉ではあるが積極的に日本語を話そうとしているイリスに感動や尊敬を覚えてしまう。

「楽しみだな~、早く格好いい貴久が見たいな~」

 くーちゃんが何やらうっとりとした表情でそんなことを言っている。

 いったい英語を話したくらいで何がそんなに格好いいと言うのだろうか?

 家康と信長のおかげで、遠江で一日使ってはしまったが、それでもここから尾張を抜けるまでの道は大手を振って通ることができるようになった。結果として、京へ行くまでの時間は短縮できることだろう。

 尾張の礼拝堂に寄ることはイリスに言うべきだろうか? 言わない方がいいだろうか?

 イリスも決して行きたくないわけではないだろうが、「夢を叶えるまでは嫌だ!」とかそんなことを言いそな気がしないでもない。

 でも言ってしまったら「パパは京に行きたいんでしょ?」とか気を使われてしまいそうでそっちも困る。

「・・・黙っていればいいか」

 もうイリスに言うのは、本当に礼拝堂の目の前にまで行ってからくらいでいいだろう。そこまで行けば気を使われることもないだろうし。

「I have a dream.」

 なんとなく、イリスが言っていた・・・む~、キング牧師とどっちの方がいいだろうか・・・今はまだキング牧師は言っていないし、とりあえずイリスでいいか? まあどっちでもいいのだが、そんな言葉が口をついて出た。

 私には夢がある。イリスはみんなの前で、そう声高らかに宣言していたっけな。

「Papa's dream! I want to hear it!(パパの夢! 私聞きたい!)」

 特に理由もなく口をついて出しまった英語にイリスがしっかりと反応してしまった。

 困った、何と答えようか?

「貴久~、異国の言葉で話されても私たちは分からないよ~」

 くーちゃんがどちらでもよさそうに聞いてくる。きっとなんとなく口をついてでたのだと分かっているのだろう。向日葵は反応すらしていない。

「パパ!」

 ならば、今回は英語で返してもいいだろう。

「My dream is(パパの夢はね)」

 ちょっとイリスが納得してくれるか心配な気もするが。

「to eat with a smile with all my important people(パパの大切な人たちみんなと一緒に、笑顔で食事をすることだよ)」

 イリスの夢をちょっといじっただけだから、何と言われるか怖かったのだが。

「わ~!」

 イリスは笑顔でぎゅ~っとしてくれた。

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