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体の関係

 三階菅笠、それは佐々成政の馬印だ。

 だが俺の記憶している限りでは、成政は信長よりの人物であったような感じだった。少なくとも尾張にいる時に見た成政は、元亘の行動に辟易しているような感じだった。間違っても、元亘のことを好ていると言うことはあるまい。

 となればだ、今こうして元亘について三河に侵攻してきているのは、何かしらの意図がある行動なのだろう。

 そしてその意図とは、信長を尾張に戻すとかそんなところだと予想できる。成政の行動と、信長の発言から、成政が信長の言うところの信長よりの人物であることは間違いないだろうからな。

「そのため息は、引き受けてくれるってことで納得していいのよね」

 花が咲いたような笑顔、そんな風に見えるのは俺が女の子のことが好きだからなのか、それとも織田信長が好きだからか・・・何となく後者であろうことは分かる、絶対に口にしたりはしないだろうが。

「引き受けん。もしも信長の言った通りに成政に会えたなら成政を連れてくるが、間違っても敵陣に出向いたりなんかはしないからな」

「はーいはい、それでいいわよ・・・期待しているからね」

 片目を瞑りながらそう言う信長は・・・はっきり言って可愛かった。

「・・・とりあえず出歩いてくる」

 すでに戦に臨もうとしているここ敷知ふち、歩き回るのは危険かもしれないが、何もしないと事態が好転しないと思ってしまったのだから仕方がない。

 恐らくは小太郎や向日葵だって付いて来てくれるだろうから、間違っても敵に捕らわれることなどはないと思うが、それでもとにかく不安でいっぱいだ・・・まあ美濃ではまさかまさかでくーちゃんに裏切られたのだが。

「待ってください、何もお兄さんがそんな危険なことをする必要はありません。こういうことをするために、隣の人がいるのでしょう?」

 小太郎かー。

 普通に護衛と考えてしまっていたが、確かにこういう仕事こそ小太郎にうってつけのような気もする。

 だが俺が勝手にその辺をうろつくのと、小太郎が敵陣に忍び込むの、どっちの方が危険かと聞かれれば間違いなく後者・・・。

「そうだね、その方が危なくなさそうだ」

「貴久の場合、その場はなんとかなっても後で付けが来る」

 ・・・後者ではないんですねはい。

「そうね~、察するところ、成政を誑して終わりかしらね」

「しないわ!」

 全力で否定した。確かに成政は可愛いしなんとなく性格も好みではあるが、だからと言っても元亘に対するあの反応を見た後だ、俺の目指しているところを知れば、どう考えたって隣にいてくれるとは思えない。

「うわー、この反応は間違いなく佐々に気があるね」

「貴久が欲しいなら攫ってくればいい」

「ではさっそく佐々殿を」

「待て待て待て待て待て!」

 何なんだこいつらは? まだ目を見ていないのに考えていたことがばれた。しかも何故か三人がわざわざ俺の奥さんを増やそうとさえしている・・・どんな裏があるのか考えねば。

「別にいいじゃないの? 私だって、頼れる味方が近くにいてくれたらありがたいし、成政を連れてくることには賛成よ」

「いや俺だって成政を連れてくること自体に文句はない。だが理由が俺が欲しいからというのはおかしいだろう?」

 頼むからこの辺をおかしいと思う人間であってくれ、半分ほど諦めてはいるが。

「ああそうね~、さすがに今成政を抜かれるのは困っちゃうし・・・」

 信長が困ったような顔をして真剣に考えている。

 そんなに真剣に考えなくても、「お前なんかに成政はやれん!」とでも一喝してくれればそれですむのだが。

 そしてここでいきなりみんなして真剣に考え初めてしまった。

「・・・みんなしてさ、俺の奥さんを増やしたいのか?」

「「そんなわけない」」

 向日葵にくーちゃん・・・そんな風に即答するくらいなら、そもそもあんな提案なんてしなければいいものを。

 くーちゃんなんて、あんなことがあったばかりだって言うのにな~・・・やっぱりまだまだ、女性のことなんてわからん。

「くーちゃんさ、こんな時くらい一「無理心中はむしろ望むところだよ?」何でもない」

 素直になれとか我儘になってもいいとか、こういうこと言われたりしたら恥ずかしいものか・・・と言うか反応が怖い。

「まあそんんわけでだよ、とりあえず今から小太郎を佐々のところに向かわせることにするよ。信長には一筆したためてもらおうかな」

「そんなことしなくても、向こうから何かしてきそうではあるけれど・・・何もしないよりは、何かしておいた方がいいわね」

 そう言うと、くーちゃんと小太郎、そして信長の三人が部屋を出て行った。

「それじゃあ貴久、いちゃいちゃしよう」

 これで話が終わったのかよくわからないが、終わりだと判断した向日葵が、背中から俺に抱き付いてきた。

「パパぎゅー!」

 そしてそれを見て、もう好きにしていいと判断したイリスが前から抱き付いてくる。

「・・・」

「・・・」

 まあ二人とぎゅーっとするのは何の問題もないのだが・・・。

「・・・」

 まだ目の前に座ったままの家康に、視線だけで人を殺すことができそうな座った目で見られるのは単純に怖いから嫌だ。

「一緒にする?」

 向日葵よ、お前の頭の中ではこの世に存在するすべての女の子は俺のことが好きと言う設定にでもなっているのか? そうでもなければ今この状況でそれはないだろう。

 あ、家康の口がぎこちなくひきつった。

「え、ええ・・・では・・・そうさせていただきましょうか」

 返事が明らかに震えている・・・これって、駄目なやつじゃないか?

「ま、待て家康! 絶対に何かよからぬことを考えているだろ!」

「大丈夫、大丈夫です・・・このような状況で、わざわざ北条と織田を敵に回すようなことはしませんから」

「今の大丈夫は絶対に自分に言い聞かせていただろ!」

 だってまだ目が座っているもん! あの目は絶対に危険なことをする目だ!

 そのまま家康がゆっくりと俺に近づいて来て、腕を広げてそのまま俺に抱き付こうと・・・。

「やっぱり必要なか・・・」

 くーちゃんと信長が帰って来た。

「貴久は手と足、どっちからがいい? 私はまず逃げられないように足から切り刻んでいきたいんだけれど? 選んだ方から家康を切り刻んでいくよ」

 抱き付こうとした、まさにそんな状態、もうあと一秒なり二秒なりあれば抱き付いていたであろうそんな状態の家康を見て、信長はかちりと固まり、くーちゃんの方は流れるような動作で背中に仕込んでいた刀に手をかけた。

「・・・なかなかいいね、私も欲しいくらいだ」

 しかしくーちゃんは刀を抜くことはせず、手をかけたところでぴたりと動きを止める。

「あまり戯言たわごとをほざかないことです、これ以上殿を蔑ろにするようであれば、私は切ることを躊躇いません」

 果たしてくーちゃんがふざけているのかどうかは分からないが・・・出てきたことはあながち間違ってはいなかったのかもしれないな。

 当たり前の様にくーちゃんの後ろに現れた本多忠勝だが、いまだ部屋の入り口に立ったままであるくーちゃんにはまだ何もしていない。しかし右手に握られている槍は、ぴたりと向日葵の首に当てられていた。

「そちらの方も、まだやりたそうな顔をしていますが、これ以上少しでも変な動きをするようなら、その素っ首を跳ね飛ばしますよ」

 もしかしたら最初から狙っていたのかもしれない、そう思わせるのに十分な殺気を、今の向日葵は出していた。

「・・・あまり調子に乗るなよ、松平殿」

 わざわざ松平殿とか、喧嘩を売るなよな。

「はいはいそこまでね、四人とも、得物から手を離しなさい」

 ・・・四人?

「今度貴久が悲しむようなことをしようとしたら、容赦なく切るからね」

 言いながらくーちゃんが背中に仕込んでいた刀から手を離し。

「手を離すことはできません」

 忠勝もそうは言いながらも、一応向日葵から槍を離し、くーちゃんからも一歩離れてくれた。忠勝にとっては、この間合いは家康に何かあった時にどうとでも対応できる必殺の間合いなのだろう。

「・・・」

「・・・」

 そして最後に、いまだ睨み合ったままではあるものの。

「・・・私はお前を切りたい」

「・・・私もだ、お前のような輩がいるから、お兄さんの悪い噂も流れるのだと思えてならない」

 しっかりと言葉で切り合ってから、向日葵と家康が得物をしまった。

 ここで手を離さないのは、まだまだ殺り合う意思があると言うことだろう。

「向日葵はそれをこっちに渡すように」

「家康もよ、あんたが持っていると物騒だからね」

「・・・」

「・・・」

 いまだに二人で睨み合いながらも、二人が俺と信長に、それぞれ小刀を預けた。

 小刀と言うよりは包丁とかの方が近いような短いものだったが、刃物であることは変わらない。二人ならそれでも十分に人を殺せるに違いない。

 やり合う意思はあるが、それでも優先すべきは尊敬する人だったり好きな人だったり、目の前で起こってしまっている戦だと言うことだろう。

 そのあたりの判断ができているのなら、二人はまだ冷静だと言うことだ。

「向日葵も、袖に刀を忍ばせていたのか?」

 いつの間にやら家康が手にしていた刀。俺の目がわずかに捉えたような気がした映像では、その刀は家康の袖から滑り出てきたような気がする。

 恐らく向日葵も似たような感じで隠し持っていたのだろうと思うのだが・・・まあ護衛と言っているんだから、武具の類を一切持ち歩くなと言うのはおかしいし、あまり強くは言わないでおこう。

「貴久、私こいつが嫌い」

 どうやら本当に家康のことを嫌っているようだ。俺に注意されてもまだ家康への敵意を隠そうとしていない。

 向日葵の家康に向けている視線は鋭く、殺気と相まって視線だけで相手を切り刻んでしまえるのではないかと思えるほどに恐ろしかった。

「嫌ってくれて結構です。私はあなたを消すだけです」

 対する家康も、その目には光を映していないのかと思えるほどの暗い瞳をしており、その目に映る者すべてを消し去ってしまうような錯覚を覚えさせられる。

「こらこらこら、嫌っているだけで消すとか言わないの、そんなことだからお兄さんに嫌われるのよ」

 おいおい信長さんや、そのお兄さんと言うのは俺のことかな? 俺は別に家康のことを嫌ってなどいないぞ?

 そして家康よ、どうして今の信長の言葉を聞いてしまったとでも言わんばかりの顔で俺のことを見ているのだ? いい加減、もしかしたら家康は俺に気があるんじゃないのかとかそんな勘違いを起こしてしまうぞ?

「まあ私は家康がどうなろうと知ったことではないけれど・・・やっぱり関係ないから話をすすめるとだね」

「こう言うことになっているわけよ」

 まるで何事もなかったかな様な様子で語るくーちゃんの言葉に続いて、一度障子の影に隠れた信長が、今度は誰かの手を引いて戻ってくる。

「・・・」

「これは・・・驚いた」

 言葉を失っている家康に、驚きのあまり口が半開きになってしまっている俺、そんなことなど気にも止めずに、事態は進んでいく。

 何と信長に手を引かれて現れたのは、件の佐々成政その人だった。

「・・・」

 久しぶりりに会った成政は・・・何だろう、少しばかり違和感を覚えた。

 何と言うのだろう、なんとなく一歩引かれていると言うか距離を置かれていると言うか・・・何だろう、この前尾張で会った時とは別人とさえいえそうな雰囲気だ。

「おや? 貴久を嫌がっているね?」

「この馬鹿には説教が必要」

 くーちゃんの疑問はもっともとして、向日葵の説教とはどういうことだ?

 説教とは教え導くために言い聞かせること、だったはずだ。つまり今の向日葵の言葉をそのまま訳すと「貴久のことを嫌がっている馬鹿がいるから好きになるように言い聞かせよう」みたいな感じになるわけだが・・・なんだ向日葵は、俺の奥さんが増えることは嫌なのに俺が嫌われるのも嫌だってか? 前にどんどん嫌えみたいなことを言っていたような気もするのだが?

「えっと・・・その辺りは・・・今はあまり詮索しないでいただけるとありがたいです」

 成政の困っていると言うよりも、やはりどこか避けているような態度、そして声音・・・ただ事ではないと思うのだが、本人が詮索しないでくれと言い、今は目の前に重大な案件もある、ならば、今はこちらの話をさせてもらおう。

「ならこちらの話をさせてもらうけれど・・・成政には、そこにいる信長の意志を元亘に伝えてもらいたい。もしくは、信長を元亘のいるところまで連れて行ってもらいたい」

 こちら側の要件はこれだ。とにもかくにも、今は目の前の争い事を避けられればそれでいい。と言うよりも、避けなければならない。

 こちら要望を聞いた成政は、また表情を固くしたような気がしたが、すぐに元に戻り、難しい顔をして言葉を返して来た。

「はっきりと申し上げますが、それは難しいこと、と言うよりも、ほとんど不可能と言ってよいでしょう」

 何処か苦渋に満ちた顔でそう告げる成政。根拠は分からないが、どうやら俺たちの考えている事は、すでに不可能だと考えていいようだ。

「その根拠も聞いておきたい。とりあえず座れ」

 家康の、これまた苦渋に満ち満ちた声音で座るように促された成政は・・・明らかに俺のことを避けて、輪になるような形であったため、一番距離のある場所に座ると、遮るものの無い状態で対面しないといけなくなるからか、正面から一つずれたところに座った。

「それで、もう信長様の意志を届けられないと言う根拠は?」

 全員が座ったところで、改めて家康が話を催促する。

「分かっていると思いますが、こうして松平を攻めてきたのは織田ではなく本田です。そして戦に参加しているのもまた、本田に忠誠を誓っているような連中です」

 おおう、連中とは・・・もはや、成政は今こうして松平に攻め入ってきた織田家中の者を、敵とさえ考えているようだ。

「加藤殿の前で言うのも嫌味かもしれませんが・・・・・・本田勢の有力者はみな、本田元亘と・・・体の関係があります」

「っ!」

 息を呑んだ、心の臓が早鐘を打った、頭が真っ白になった。

「貴久、まだわからないんだから・・・そう言う反応は良くないよ」

 少しばかり飛んでいた俺の意識を現実へと引き戻したのは、くーちゃんの言葉だった。

 まだまだ落ち着いてなどいないが、それでも冷静になろうと周りを見て見れば、言葉を理解できていないイリスを除いた全員が、どこか表情を硬くしていた。駄目だと言ったくーちゃんも、例外ではない。

「・・・」

 続く言葉は何なのか、それをただただ静かに待つ。誰も何も言わず、全く動かず、ただ待ち続けた。

「私は・・・」

 そしてほんの一呼吸だっただろうか、すでに感覚の麻痺している俺の感じたわずか一呼吸の間に、成政は言葉を続けた。

「私も、本田元亘と体の関係があります」

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