第四次川中島合戦終結
「・・・」
「・・・」
長尾景虎と武田晴信が向かい合って座っている。
今朝方のこと、霧が晴れた川中島、武田の軍勢の前には俺の予測した通り長尾の軍勢が勢揃いしていた。
それはもう驚いた、晴信や勘助さんに限らず武田方はみんな驚いていた。
「やはり長尾は侮れない」
全くその通りだ、晴信の言に皆が頷く。
晴信は約束通り長尾に使者を出した。
長尾も武田が予想よりも多かったからか攻撃を仕掛けてこない、それどころかこちらが使者を出そうとした頃には退却を始めていた。
「それで、誰が行く」
「え? みんな来るつもりなの?」
晴信が当たり前のように言ってくる。
「当たり前」
当たり前なのか。
「貴久が一人で行ったら、捕まってお仕舞い」
いやそんなことは・・・ないとは言えないな。
実際には俺はもともと長尾側の人間だから捕まるというよりは単に帰るだけなのだが。
「私も行く」
「ならば私も」
すかさず昌景さんが名乗りをあげる。
「拙者も」
勘助さんが続く。
「俺としては晴信が来てくれるならそれは構わないし、むしろありがたいけど・・・あんまり大勢に来てほしくはない」
向こうは恐らく景虎は参加するはずだ、晴信が来てくれれば二人で話し合いができる、それをきっかけに長尾と武田の戦がなくなってくれればいいという思惑もある。
「なら、勘助と信房、それと昌景の三人を連れて行く」
そして今まさに長尾からは長尾景虎、直江景綱、柿崎景家、甘粕景持の4人、武田からは武田晴信、山本勘助、馬場信房、山形昌景の4人、それと俺を含めた合計9人での話し合いが始まるところだ。
「・・・」
「・・・」
しかし両陣営の代表がこの幕営に揃ってからしばらくたつがいまだに誰も一言たりとも口にしていない。
「なあ」
当然ながら最初にしびれを切らしたのは俺だ。
「長尾も武田も、戦がしたいわけではないだろ」
「貴久は黙っていなさい」
景虎がこちらを見ずに告げる。
「・・・」
「・・・」
そうしてまたみんなが黙ってしまう。
俺もまた黙って両陣営が話し出すのを待つ。
そして俺の主観で何分か経ったところで景虎が話し出した。
「貴久は渡さないわ」
「こっちも」
景虎の言葉に晴信が応える。
「好きなの?」
「愛してる」
また景虎の言葉に晴信が応える。
「でも残念ね、貴久は国に戻ったら私と祝言を挙げることになってるの」
「私も、国に帰ったら貴久と祝言」
またまた景虎の言葉に晴信が応える。
・・・まあそれはいいんだが。
「ちょっと待て! どうして俺の話、しかもそんな個人的な話しかしないんだ⁉ 戦のことはどうした、話し合わなくていいのか⁉」
どうして俺のことが好きとか祝言の話をしてるんだ!
男としては嬉しいが、戦のきっかけになった身としては複雑だ。
「あんたは何言ってるの?」
景虎が訳が分からないといったふうに聞いてくる。
「何言ってるの?」
晴信もよくわかりませんみたいな顔をして聞いてくる。
え、間違ってるのは俺の方ですか?
「この集まりは何のために?」
「この戦をどう収めるのかを話し合うために集まったに決まってるじゃない」
「この戦をどう収めるかを話すため」
景虎と晴信が答えるとついて来た他の武将たちも頷く。
「じゃあなんで俺のことを話すんだ?」
「だって戦はもう終わってるもの」
・・・え、終わらせるための集まりなんだよね?
「今話すべきは、貴久をどうするか」
また他の武将たちがその通りだと頷く。
「だからどうしてそうなる⁉ 戦の話はいつ終わった⁉」
「話してない。でも目を見ていればだいたいわかる」
晴信さんや、それだけで分かりあえたら刹那・〇・セイエイさんはあんなにも苦労していない。
「それで戦については解決したと?」
「した」
「したわよ」
人はこんなにも簡単に分かりあえた。
「だから今話すことは貴久をどちらが連れて帰るのかよ。もちろん私だけど」
「違う、私」
「・・・」
「・・・」
またしばしにらみ合いが続く。
今度の静寂を破ったのは景綱さんだった。
「そもそも武田は貴久殿を『不当に捕らえている賢人を人道的な考えから保護した』とのことですがこちらは不当に捕らえたわけではありません、むしろこちらこそ御大将の婿殿を不当な理由でとらえられたのです、おとなしく返していただきたい」
その通りかな? 行先は告げられていなかったし、急に景虎に仕えることになったが長尾家での生活には満足していた。
「そんなことはない、貴久は長尾家にいるのはたまたま景虎に会ったからって言ってた。しかも働いていてもお金は貰っていなかったって言った。たまたま会っただけで長尾家に仕えて、給金も貰わずに毎日働いているだけ。これは長尾景虎が貴久を不当に捕らえ、加えて不当な条件で働かせて長尾家に縛り付けておいて此度のように貴久の知恵を自己の欲求を満たすために悪用していることを示している」
「そんなことしてないわ、会っただけとは言ってもその時にいろいろ話もしたわ。給金をもらわずに働いていたというのは、貴久が私に仕えてまだ幾日もたっていなかったからってだけ、ちゃんと働いていたらしかるべき給金はちゃんと出していたわ」
そうなんだろうな。りょうの着物を買いたいからお金をくれって言ったら「お小遣いくらい言ったらあげる」って言ってたから給金はちゃんとくれたんだろう。
「川中島に菜種を植えたのは?」
「それは言えないわね、長尾家の機密よ」
そういえば結局俺はまだどうして川中島に菜種を植えたのかは知らない。
「それでは貴久の知恵を自己の欲求を満たすために悪用していることを否定できてない」
「言えないものは言えないわ」
そんなに言えないことなのか。
「じゃあ貴久は私たちが連れて帰る」
「お待ちください、確かに我らは川中島に菜種を植えた理由はお話しできません。しかしそれだけで貴久殿の知識を悪用したとはとても言えません、これで悪用したというのなら川中島でなくとも同じこと言えてしまいます」
「だが怪我人こそ出てこなかったが実際に戦は行われていた。これでも悪用したとは言えないか?」
勘助さんが反論する。
確かに戦には発展したから戦を起こすために使った、つまり悪用した、と言えなくもない。
「そんなことはありません。そもそも武田の皆様は戦のきっかけを我らが川中島に菜種を植えたからとおっしゃっていますがそこが違うのです。此度の戦が起こった本当の原因は武田勢が貴久殿を連れ去ってしまったことです」
おお、言われてみればその通りだ。なんとなく戦の原因は菜種を川中島に植えたことだと思い込んでいたが、長尾勢が菜種を植えていただけだった数日は武田は何もしていなかった、もし俺が菜種を見に行かず晴信に会わなかったら俺が武田陣に来ることはなかったし、戦が起きることはなかった、つまり戦が起こった原因は俺が武田に連れていかれたからだ。
・・・いや、俺がほいほいと女の子についていったのがいけないんじゃないのか? 物は言いようだ。
「連れ去ってなんていない、お礼をしたら普通に返していた。武田が貴久を連れて帰ったことが原因というのなら、何の伺いも立てずに急に攻めたててきた長尾の方に問題がある」
むむ、確かにこれにも頷ける。長尾が動き出すのがもう少し遅ければ俺は晴信からお礼をもらってすぐに帰ってきたはずだ。
「おかしなことを言うわね、国主の夫が敵陣に連れていかれたのよ、すぐに動かないわけないでしょう? それに伺いなら立てたわ、使者からの手紙を見たんでしょう? そうしたらあなたたちはそんな事実はないって返して来たじゃない」
正しいよな? これも正しいよな?
だんだんと話についていけなくなってきた。
「それについてはもう説明した」
最初に言ったやつのことかな?
一周して話が元の場所まで戻ったからか、互いに言いたいことを言い終わったからか、また互いに黙り込んでしまう。
なんか俺にはもうどっちが悪いのかわからないくなった。
「なあ、俺がどっちに帰るのかを話し合ってるんだよな?」
「そうね」
「そう」
「だったらさあ・・・俺が定期的に両方を交互を行き来するって言うのじゃ駄目か?」
「・・・」
「・・・」
あ、まずいことを言ったみたいだ。二人の目が鋭くなった、それにだんだんと怖くなってきた。
二人から感じる圧力が少しづつ強くなる、1人ずつでも怖くて震えていたのに2人になったら失神してしまうのではないだろうか?
またしばらく目で会話した後、二人が同時に俺に問いかける。
「「貴久はどっちに来たいの」」
え、どっちって・・・俺に選べと?
「どっちって・・・俺は両方行きたい」
「その首、私が落としてあげましょうか」
やっぱり駄目ですか。
「長尾が要らないなら、武田がもらう」
「要らないなんて言ってないわよ!」
そしてまた睨み合いに戻る。
「この話し合い・・・終わるのか?」
「あんたがどっちに来るかを決めればすぐに終わるわよ。だから早く私と帰るって言いなさい」
「違う、私と来る」
どちらかを選ぶ、残念ながら優柔不断の俺にはできそうにない。
「無理だな、俺には選べない。
だから俺は出ていくよ」
これがベストなんじゃないだろうか。
俺がいると二人が争う、男冥利に尽きると言えばそうだがこれで多くの人が死んでしまうことになるのならそれは俺の望むところではないし、二人とも多くの民衆を巻き込んでまで争うのは本望ではないだろう。
俺がいなくなれば二人が争うきっかけが一つ減ることになる、そうすれば二人の争いで犠牲になる人は減るはずだ。
「あんた、自分がいなくなれば長尾と武田の争いが減るとか考えてるんでしょ」
ばれていましたか。
「でも、そんなことにはならない」
え。
「どうしてって顔してるけどあんたは自分のことを軽く考え過ぎよ」
「もし貴久がいなくなったら、私たちは貴久がいなくなった原因を互いに押し付けてむしろ争いの数は増える」
マジですか。
「何でそこまでして争うんだ、他の人を巻き込んでまですることなのか?」
「それだけ私たちがあなたのことを愛してるってことよ」
「そう、愛してる」
・・・どうして会って数日、晴信に関してはまだ一日経っていないのに・・・こんなにも愛してくれるのだろう。
「なら、やっぱり俺には選べない。こんなにも気持ちを伝えてもらって、その二人に優劣をつけるなんて俺にはできない」
本やアニメ、ゲームの主人公はすごい。彼らは何人もいる女の子の中からたった一人を選び、明らかな好意を向けてきていた女の子たちの気持ちに背を向けることができるのだから。
「だったらどうするの」
「いなくなったら、私たちは間違いなく戦を始める」
「・・・やっぱり俺が越後と甲斐を往復するよ。悪いけど俺にはこれ以上いい答えは思いつかない」
どちかを選ぶことはできない、いなくなるのも駄目、なら俺ができるのはこのくらいではないだろうか。
俺の言葉を聞いて景虎が問いかけてくる。
「本当にいいの? あなたは私たち二人のことを受け止められるの?」
「できる」
もちろん根拠なんかない、正直できるかどうかなんてわからない、逃げ出してしまうのではないかと心配なくらいだ。それでもできると言い切るべきだ、弱気なことは言っていいはずがないし、やらなければならないとか義務みたいに言うのは二人に失礼だ。
続いて晴信が問いかける。
「もし往復することになったら移動にかかる時間も費用も軽くない、それに貴久に何かあったら困るから護衛もつけなくてはならない」
ちらりと景虎を見ると、意図を察したのかわずかに首を倒して頷いてくれた。
「金ならある、そこは心配しなくてもいい。時間と護衛に関してはどうにもできない、二人には迷惑をかけることになるが協力してもらいたい」
「お金はあるの?」
「越後には貴久のお金が山ほどあるわ、そこいらの武将格よりも自由に使えるお金はたっぷり持ってるわ」
「なら私はそれでいい」
「私もそれで構わないわ」
二人とも了承してくれた。
「・・・自分でいった手前、自分で聞くのもなんだが二人はそれでいいのか? 好きな女を選べずにどっちにもいい顔しようとしてる、それに関しても二人に迷惑をかけてる」
「そのくらい気にしないわ」
「夫の顔を立てるのは、妻の役目」
「・・・」
今感じているのが幸せというものだろうか。
「それじゃあ、この話はここまでね。帰るわよ、貴久」
「ああ」
こんなにも愛されていてもいいのか不安に思うが、案ずるより産むがやすし、今はとにかく二人のためにやれることをやろう。
「まって」
しかし晴信にはまだ言うことがあるようだ。
「最初に来るのは甲斐」
「・・・」
「・・・」
また二人がにらみ合う、が今度はすぐに終わる。
「晴信、悪いけど最初に行くのは越後だよ」
俺の答えを聞いて晴信の顔が絶望に染まる。
「大丈夫だよ、別に晴信より景虎の方がいいって言うわけじゃないから」
晴信の顔から絶望の色は消えた、しかし今度は景虎の顔に不満が浮かぶ。
「越後に行くのは景虎と先に祝言を挙げるって約束していたからだ、この順番は二人が何と言おうと変わらないよ」
晴信は少し不満そうな顔をするが何も言わない。
「分かってるじゃない、なら早く帰るわよ」
景虎は勝ち誇ったような顔をして幕営を出ていく。
「晴信、ちゃんと甲斐にも行くから、待っていてくれ」
景虎が出ていったからか長尾方の武将はすでに幕営には残っていない、武田方の武将は晴信を残したままだがさっさと出ていってしまった。
誰もいなくなったのでちょっとだけ晴信といちゃいちゃ・・・というのはなしにして、ちょっとだけ頭をなでるにとどめる。
「・・・」
晴信が嬉しそうに目を閉じる。
「じゃあ、またな」
晴信は少し寂しそうな顔で俺を見る。
「絶対」
「ああ」
晴信より先に幕営を出る。景虎が外で待っていた。
「ちゃんと待てるように言ってきたの」
「言ったよ」
「そう」
それだけ言って景虎はまた歩き出す、今度は俺の手を引きながら。
長尾の陣に帰ってきた。ここは景虎専用の幕営なのか俺と景虎以外には誰もいない。
一日離れていただけだし、ここは家でもない上にまだたった数日しか暮らしていない、そもそも軍の中で寝泊まりするのは初めてで緊張していたくらいだった。でも、なぜだか安心した。
「なあ、かげ・・・」
俺の背中に暖かい何かがくっついている。
「・・・」
もちろん景虎だ、景虎が俺の背中に抱き付いている。
「どうしたんだ」
俺は少し緊張しながらも、できるだき普通に尋ねる。
「・・・よかった」
蚊の鳴くような小さな声が帰ってくる。
「よかった」
今度の声は少し震えていた。
一度離れてもらって、もう一度向かい合って正面から景虎を抱きしめる。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!」
景虎が急に大きな声を出す。
「全然大丈夫じゃない! ちょっと菜種を見に行くだけって言ったのにいつまでたっても帰ってこないし、探してみたら武田の陣に連れていかれたって言うし・・・どれだけ心配したと思ってるの!」
「そっかー、そんなに心配させちゃったのか」
景虎の体が俺の腕の中で小刻みに震える。
「あたり・・・まえ・・・よ 」
「ありがとう」
小さく嗚咽を漏らし始めた景虎に何を言うべきなのか、分からなかった。
ただ景虎がこんなにも俺のことを心配してくれたのがたまらなく嬉しかった。
「ありがとう」
だから、俺は景虎がいつもの景虎にも戻るまで、抱きしめながらお礼を言い続けた。




