俺の問題だ
あれから、景虎に離縁を言い渡されてから五日が過ぎた。
あれ以来、景虎には会っていない。
離縁を言い渡された翌日は、とりあえず城に行ってはみた。しかし結果は門前払い、近くで見ていることも許されなかった。
景虎の真意は分からない、言葉で言ったことが全てなのか、それとも言葉にはいしていない何か別の思惑があるのか。何もわからないが、今あるのは、景虎に離縁を言い渡され、城に近づくこともままならないと言う事実だけだ。
「兄ちゃん・・・持ってきたけど・・・」
りょうが朝餉の乗った膳を持ってきた。
「・・・そこに置いておいてくれ」
俺は部屋の真ん中に座り、何もない空間を見つめながら適当に答えた。
「・・・じゃあ、ここに置いておくから・・・ちゃんと食べてよ」
りょうが、俺の好物のみそ汁の乗った朝餉を置いて行った・・・りょうが。
何も悪いことではない、りょうが朝餉を作ったら台所が爆発するわけでもないし、りょうの作ったみそ汁が不味いわけでもない。ただ、我が家の朝餉はつい数日前まで、ほとんどとらが全て作っていた、それだけだ。
景虎に離縁を言い渡された翌日、とらは景虎に呼び出されて城に行き、そのまま戻ってはこなかった。
もともととらは景虎が、こっちの長屋が回せるようになるまでと言って貸してくれていた人材だ、実際のところ、すでに俺たちの長屋はとら抜きでもしっかりと回せるようになっているから、景虎がとらに戻るように言ったのならこれは仕方のないことだ。
すでにみんなもとらがいないことには気がついている。聞かれたから景虎のところに戻ったのではないかと説明しておいた。
「これが・・・報いと言うやつかな」
奥さんを三人も持った、その報いだろうか。
悩んでいる。俺はこのまま越後にいてもいいのか・・・。
お金だけならあるのだ、佐渡の金山は景虎が持って行ったが、三日前に米俵いっぱいの金が運ばれてきた。これだけの金があれば、一生遊んで暮らせるのではないだろうか。
だがその金が届いた時、俺は景虎にさらに突き放されたような気がした。俺たちの今までは、全てがこれだけの金で清算できる程度のものだと、そう言われたような気がした。
「まだうじうじしているの?」
いつの間にか部屋に入ってきた向日葵が無遠慮に俺の前に立つ。
「そうだな、まだ未練がましくあれは夢だったんじゃないか、景虎のきつい冗談なんじゃないかと、そう思いたがっているよ」
思いたがっているのだ、景虎と言う存在を諦められていないから。
そもそもこのくらいで諦められるような存在なら、俺は祝言など挙げてはいなかっただろう。
「でも、実際にあいつは貴久に会おうとしないし、金も送ってこれ以上の縁を断とうとしている。さっさと受け止めた方が楽」
楽、その通りだ。全てを受け止めて、景虎のことを諦めれば、全て終わって楽になる。
・・・諦められれば、だが。
「なら向日葵は、俺が今突然一生会いたくないって、そう言ったらそうしてくれるのか?」
「する」
「なっ!」
予想だにしなかった答えだった。俺のことを好きだ好きだと言っておきながら、会いたくないと言われたら会わないと、そう言いきれてしまうとは。とても本気だとは思えなかった。
「私は貴久とは考え方が違う。愛している気持ちの大きさも違う」
「・・・どう違うって言うんだよ」
腹が立った、裏切られて様な気がした。普段は好きだと言ってすり寄ってきても、離れろと言われればそうする、それができる、そうできてしまう程度の好きだと言うのに、俺とは気持ちの大きさが違うとは。
「私は貴久があの馬鹿を愛している気持ちなんて足元にも及ばないくらい貴久のことを愛している。誰が何と言おうと、貴久に言われても、この気持ちは絶対。だから絶対と約束できる、愛する人に、一生会いたくないって言われるほどに嫌われてしまったなら、せめて最後くらいはその人のためになる何かをしたい。そう思うのが私」
「・・・考え方の差、か」
俺にはできない、そう思う。たとえ嫌いだと、一生会いたくないと言われても、それでも俺なら食い下がってしまうと思う。ありもしないであろうわずかな望みに縋り、無駄とわかっていても叫び続けてしまうだろう。
「・・・だから、一つ提案」
「・・・なんだ」
「今の貴久では、もうまともにあの馬鹿と話をすることはできない」
だからどうしたと言うのだろうか、だから悩んでいると言うのに。
「しかも貴久の周りで頼れそうなとらと直江もどうやら貴久と会うのは難しそう」
そう、あの日以来、俺は景綱さんにも会っていない。景綱さんの屋敷でも門前払いをくらったのだ。
「しかも段蔵は聞いた話だと投獄されたとか」
「そんな!」
「黙って聞いて」
本当なら今すぐにでもなんとかしたい、とりあえず大声で叫んでしまいそうなところだったが、今の俺の精神状態では、向日葵のちょっと強めの言葉だけで黙ってしまう、そのくらい弱っているのだと思い知らされた。
「つまり、この越後にいる限り、貴久は景虎と話す、それどころか会うことすら不可能に近い」
「・・・そんな状況はだいたいわかっている、だからどうしようかと言う話なんだ」
すると向日葵は、当たり前のことのように答えを告げた。
「武田を頼ればいい。貴久は長尾の夫ではなくなったかもしれないけど、まだ甲斐国主、武田晴信の夫、武田の夫が会いに来れば、それこそ正式に同盟国の使者として来れば、さすがにあの馬鹿だって会わないわけにはいかない」
・・・言うだけなら簡単だ。だがそんなこと、金も力もない今の俺にはできることではない。
甲斐まで行くお金がない、道中の脅威を退けるだけの力もない、それなのにどうやって甲斐まで行けと、そう言うのだろうか。
「金ならあるし、力もある」
ここで向日葵が呆れたような顔で言って来た。
「そこに転がっている俵の中に十分な金がある、ここにそこら辺のごろつきが五人や六人まとまってかかってきても相手にならないほどに強い、頼りになる護衛がいる」
自分がいれば護衛は大丈夫だとそう言うのだろうか。
「なら仮にそうだとして、もっと多い集団に襲われたりしたらどうする。行くのは俺と向日葵の二人か? りょうやイリス、半兵衛、あの三人はこっちに置いていくのか? イリスなんて誰とも話せないんだぞ?」
「ならみんなで行けばいい、金の運び方は知らないけど、護衛の方はなんとかする」
向日葵のあまりにも穴のありすぎる計画に、いい加減頭に来た。
「あまり適当なことを言うなよ、俺は今そうとう不安定だからな」
ここで向日葵に一括入れておこうか、そう思った所だった。
「甲斐へ行くと言うのなら、ぜひついて行かせてください。お礼に護衛に荷物持ち、何でもいたしますよ」
背後から、ここ二月程度で、とても聞きなれた声が聞こえてきた。しかしそれは、本当は聞こえるはずの無い声で。
「ど、どうしてここにいるんだ・・・段蔵」
投獄されていたのではないのか、だから俺たちはどうしようかと考えていたと言うのに。
「すでに旦那たちなら知っているとは思いますけど、ちょっと捕まってしまいまして」
段蔵は何でもないことのように話し出した。
「何度理由を聞いてもまともな理由なんて帰ってこなくて、それでも何かの間違いだと思って大人しく捕まっておいたら旦那が締め出されたって聞いて・・・」
ここで段蔵は一度言葉を切って、俺のことをまじまじと見てきた。
「さっき抜け出すついでにいろいろと探ってみたら・・・ここを焼き討ちにするって話を聞いてしまったんです」
「・・・ははは、嫌われたものだ」
そうか、焼き討ちか・・・そこまで嫌われていたのか。俺との思い出なんて何一つ残したくないと、壊せるものならすべて壊してしまおうと、そう言いたいのか・・・景虎。
「だから、旦那たちを逃がさないとって思って、そう思って来てみたら甲斐に行くって話を聞いてしまいました」
そして今の状況につながると・・・迷惑だ。
「焼き討ちね・・・それは危ないな。向日葵、みんなを連れて長屋から離れてくれ」
ここでついに、向日葵の我慢が限界を超えた。
瞬間移動でもしたかのような速さで俺の前に移動し、着物の襟をつかんで首を絞めあげてきた。
「いい加減にしろよ」
「どうした、死にたくないなら逃げたらどうだ」
べつに殺されてもいい、そんな諦めた感じで行った俺に、向日葵は冷たい目で問いかけてきた。
「なら言ってみろ、私に、もう一生会いたくないから近づくなって」
「っ!」
痛いところを突かれた、言葉が出ない。
この長屋が焼き討ちになる、だから俺を置いてみんなだけはなれろ・・・そんなことを言っておきながらも、向日葵に会いたくないとは、どうしても言えなかった。
「・・・今の貴久はあんまり好きじゃない」
それだけ言って俺を突き飛ばすように離す向日葵。顔はつまらなさそうに、目はこれまでにないほど冷たそうで。
「甲斐に行く支度はしておく。貴久も、あの馬鹿にもう一度会いたいのなら、支度しておくように」
会えなくてもいいと思えるなら、さっさと私を嫁にしろ。
そんなさっきまでの会話よりもよっぽど俺の心を揺さぶる言葉を残して、向日葵は部屋を出て行った。
どうしたらいいのだろうか。
先の景虎の一件では、どうしたらいいのかわからず、ただどうしたいかに素直に従った結果があれだった。
もしかしたら、俺が近くにいたから、考える時間を奪ってしまったのが、今回の原因だったのかもしれない、そう思うと、とてもではないが簡単な気持ちで行動を起こす気にはなれなかった。
「旦那」
悩んでいた俺に声をかけたのは段蔵だ。他に人がいないのだから当たり前だが。
「私は甲斐に行きますよ。一人でも」
段蔵が、俺の前まで来て、膝に手をついて目線を合わせてきた。
「そうか・・・脱獄しているんだもんな」
「はい」
これは、俺に甲斐に行く理由を作ろうとしてるのか。
段蔵は甲斐に行く、一人でも。だから俺も、ついてくるだけ、仕方がなく段蔵について行くだけ、そう言う理由を、段蔵は作ろうといているのだ。
「ふざけるなよ」
しかしこれは、少しばかりカチンと来た。
「俺と、景虎の問題だ」
まさかこの問題で。
「余計なことは言うな」
他人の手をかりようだなんて思わない。もし最終的に誰かを頼るとしても、それを決めるのは俺だ、できる限り俺が何とかして見せる。
「甲斐に行くぞ、段蔵。みんなにも知らせてくれ」
「と、言うわけで、今から俺は甲斐に行く。皆には、ここに残るか、俺と一緒に甲斐に行くか、それを今この場で決めてもらいたい」
甲斐に行くことを決めてすぐ、俺は皆を俺の部屋に集めて話をした。内容はもちろん、俺について甲斐に行くかここに残るかだ。当然のことながら、景虎がここを焼き討ちにしようとかそんなことを考えているかもしれないと言うことも伝えてある。
「甲斐? 兄ちゃんの奥さんがいるところ?」
俺がどうして甲斐に行くのか、俺はまだ話していない、と言うか話す気はない。分かる奴はもうわかっているだろうし、この状況で察せていないようなら無理に教える必要もないだろう。
「そうだ、りょうがおやきが食べたいって言ったところだ」
「私は兄ちゃんの行くところについて行くよ!」
りょうは特に何も考えずに、ただ俺についてくると、そう言った。
「りょう」
少々声に力を込めた。
「俺は今回、遊びに行くわけじゃない。本当なら皆を連れて行きたいとは思ってもいない」
真剣な顔と声で、言うべきことを言っていく。
「ただ、訳あって俺が無理に連れて行くことも、強制的に残していくこともしたくない、そう思ったから聞いているんだ」
今回は本人の意思を最大限尊重したい。今後何があるのかわからない。もしかしたら、景虎がさらに意思を強め、越後にいることすら許さないと言う可能性もある。そうなったらここにみんなを残していってしまえば、これが根性の別れとなってしまうかもしれない。
逆に考えれば、ここから俺と一緒に出てしまうと、もう二度と越後に入れないかもしれない。そうなったら、それこそここに父親との大切な思い出の詰まった家のある三姉妹にとっては耐えられない後悔となるかもしれない。
「だから、真剣に考えてほしい。時間はあまりない」
「・・・」
りょうが何やらとても不安そうな、そして困ったような顔をした。
「I go with a papa.(パパと一緒に行く)」
意外なことに、ここで真っ先に声を上げたのはイリスだった。
「(パパと一緒にいたい、だからここに来た。パパと一緒にいたい、だから一緒に行く)」
単純にして明快、ただ一緒にいたいから一緒にいる。後先考えていない危ない考えではあるが、それだけに、今のイリスの本心なのだと思えた。
「I see. Let's go together, Iris(わかった、一緒に行こう、イリス)」
そう言って俺はイリスの手を取った。
「他に一緒に行く人は?」
「私がついて行くのは当たり前」
当然のように俺の横に立つ向日葵。
向日葵に限って、何か後悔やら何やらがあるとは思えないが、聞くだけは聞いておこう。
「一生、嫁になんてしてやれないかもしれないんだぞ」
「それでも、私は貴久と一緒にいたい」
向日葵は、いつもの向日葵だった。
「私も」
「私たちは残ります」
りんが、恐らくはついて行くと、そう言おうとしていたのだろう。しかしその言葉は、意外なことに、これまでまともに話したことのなかったねねから発せられた言葉に止められた」
「ねね、俺は君のことをよく知らない、できれば理由を聞いておきたい」
「簡単なことです。私では、甲斐までの旅は耐えられないと思ったからです」
「そんなの私がおぶって」
「姉さんがこんな変なこと言いだして実行してしまっても困るので、加藤様、どうかお前たちは来るなと一言言ってください」
りんが食い下がろうとしたが、またねねに止められた。
「ねねの言いたいことはなんとなくわかった」
「なら」
「でもな」
ねねの言っていることは正しいのかもしれない、でもそれは今の俺のできるところではない。
「それはねねの都合であって、りんの都合じゃない。俺はりんが来ると言うのであれば、駄目とは言わないよ」
少しの間、ねねが俺のことを見て固まっていたが、それもほんのわずかな間で、すぐに調子を取り戻した。
「なるほど、成長したように見えて、特に変わっていませんね」
なんだかひどい言われようだ。
「成長したと思い込んでいるのならそれは間違いです、加藤様は成長したのではなく、全ての選択を相手に任せることで責任から逃げているだけです」
「ちょっとねね!」
「いいんだ」
りんがねねの肩を掴んだが、俺はりんのその腕を掴んで止める。
「ねねは間違っていないと思うよ、今の俺は少なくとも責任なんて負いたくないと本気で思っているからな」
ねねがよく見抜いたと言うわけではないだろう、恐らくちょっと考えれば誰だった気がついたことだろう。それこそ向日葵や段蔵なら気づいているはずだ。
「でだ、りんはどうするんだ。付いてくるのか、来ないのか」
「・・・」
ここでさっきまでのりんとは打って変わり、すぐについてくるとは言わなかった。
理由は分かっている、ねねが残ると言ったからだ。
私たちと言ったことではない、ねねが残るから、姉である自覚のあるりんはねねを越後に置いて自分だけ甲斐に行くことにためらいがあるのだろう。
「すまないが時間がない、今すぐに答えてくれ」
これでも割とゆっくりしている方だ。
心の中では随分と焦っている。段蔵は脱獄しているのだ、いつ追手かかってもおかしくない。しかも段蔵を探すとなったら、景虎ならまず間違いなく真っ先にここを探すはずだ。
段蔵ならただの追手なら簡単にまいてしまうとは思うのだが、この長屋が壊されるのは嫌だ。さっきは焼き討ちね、はあはあ、くらいの反応をしたが、本音ではそんなことは是が非でも避けたい事態だ。
「・・・なら、私は残ります。ここに残って、加藤様が帰ってくるまで、ここを守って見せます!」
何も守ってもらわなくてもいい、どうせ守るのなら、りんならこの長屋よりもはなやねね、父親との思い出の詰まったあの家の方を守ってもらいたい。
「もちろん、私も残ります」
はなも残ることに決めたようだ。
「分かった、三人は残るんだな。一応言っておくが、三人はどっちの家にいてもらっても構わないからな」
次は、話さないあの子か。
「半兵衛は、どうする」
ここまで三姉妹の前では話せないせいか全く会話に入ってこなかった半兵衛に話を振る。そして半兵衛の方も答えの準備はできていたようで、すぐに返事をくれた。
「・・・」
相変わらずの無言ではあったが、首をゆっくりと横に振った。行かないと言う意思表示だろう。
「ここにいても、もちろん俺の隣でも、もうどこも安全とは言えない、むしろここにいると、景虎に何かされるかもしれない、それでも残るんだな?」
「・・・」
今度は無言で首を縦に振る、ちゃんといろいろ考えたうえでの意思表示だったようだ。
そして、以外と言うかなんというか、最後に残ったのはりょうだった。
何やら難しい顔をしているが、答えは分かっている。
「どうする、りょう」
それでも一応聞いておく、答えは皆に任せると、最初に宣言しているからな。
「・・・行かない」
「え」
しかし、信じられない答えが聞こえた。
この答えを信じられなかったのはどうやら俺だけではないらしい、みんなもそろって驚いている。
「ど、どうして」
絶対についてくると、そう思っていた。
こっちに来て、初めて俺の方から一緒にいようと誘った子。誰よりも、俺と仲の良かった子だと、そう思っていたのに・・・。
「だって兄ちゃん、付いて来てほしくないって、そう言ったもん」
まだ納得なんてできなかった、そんなことなら前に旅に出るときや晴信との祝言の時にだって来てほしくはないと言っていたのだから。
「今兄ちゃんについて行ったら、絶対に迷惑になる、そう思ったから」
「・・・」
何も言えなかった。
りょうだから、恐らくはただの勘なのだろう。それでも、そこまでのことを考えて、俺と一緒に来ないことを選んだとは。
「今生の別れになるかもしれないぞ」
すべて選択は相手に任せる、そうは言っても、まさかりょうがついてこない・・・付いて来てくれないとは、思ってもみなかった。
「・・・兄ちゃん、一つだけ教えて」
りょうが至って何でもないことのように聞いてきた。
「兄ちゃんは、また私のところに、おみそ汁を飲みに来てくれる?」
・・・りょうに、あの話をした覚えはない、だから違うとは思うのだが・・・。
「りょう、それは」
確認しようとした、さすがにそのまま聞くつもりはなかったが、暗にそう言う気があるのかと、そう聞こうとしたのだが・・・。
「兄ちゃん、このお家、ちゃんと守って見せるから」
「・・・」
いつか話していた奥さんの務めを思い出した。
これはもう、分かっていて言っているのだろう。そうでなかったとしても、お構いなしに気持ちを伝えようではないか、帰って来たら。
「必ず、ここに帰ってくるよ。りょうのみそ汁を飲みに」
「うん!」
りょうが快活そうな笑顔を見せてくれた。
こういう約束は俗に死亡フラグと呼ばれるものだ。それもほぼ確実に死ぬほど強力なものだ。
今の俺とりょうのやり取りを短くまとめると、つまりはこういうことになるだろう。
『帰ってきたら嫁にしてください』
『必ず嫁にするよ』
こういうことだ。
そしてその後すぐ、俺と向日葵、イリス、そして段蔵の四人は長屋を出た。
甲斐まではおよそ二十日と言った旅になるだろうか。
どうなるかはわからないが、ひとまずは甲斐に行くしかない。
景虎と話をするために。




