マケスター・エス・ルイス
おそくなってすみません
しばらくはこのくらいの更新ペースで進みそうです
マケスター・エス・ルイス。
オードの案内で通された部屋で和人たちを待っていたのは、セシリアの父にして、このミリシア皇国現皇帝その人だった。
「まずは娘を助けてくれたこと、礼を言う」
ルイスは和人たちが部屋に入ってくるなり、そう言って深々と頭を下げた。
「いえ、恐れ多いです。どうか顔をお上げください」
木崎が芝居がかった動きで片膝をつく。和人もそれに習い、何となくそれらしい動きで片膝を付いた。
「いや、正直な話、本当に助かったのだ。礼は素直に受け取ってくれ」
「ありがたきお言葉です」
「まあ、席に座ってくれ。色々と話を聞きたい」
その言葉と同時に、ルイスは自らも椅子に座る。顔を上げた和人は、改めてその顔をまじまじと見た。
思ったよりも若いな、というのが最初の感想だった。
いや、これが普通なのかもしれない。地球の中世と似たような印象を受けるこの世界では、結婚する年齢が和人の感覚よりも早いのは想像に難くない。ましてや王族。セシリアという和人と同じような年齢の娘がいたとしても、その父の年齢が三十代であることもあるのだろう。むしろ、和人が想像するような、長いあごひげを蓄えた王の方が珍しいのかもしれない。
少しくすんだ金髪に、優しげな蒼い瞳。身長は百八十センチぐらいだろうか、和人より頭一つ分高い。線の細い体は、木崎と同じように非戦闘員のそれだが、その全身からは、どことなく威圧感があふれている。これが気品というものなのか、はたまた王族という血の成せる技なのかは、生まれてこの方、あまり気品というものに縁のない和人にはわからなかった。
「それで、君たちのことなのだが――」
和人たちが座ったのを確認した後、ルイスはそう切り出した。
「事前にセシリアから話は聞いている。大陸の外から来た、と」
「はい、その通りです」
それに返すのは木崎だ。
「……ふむ、正直信じがたい話ではあるのだが、それを言うなら、君たちに関する報告の全てが信じがたい。ベルセリオンを使い魔にしたり、な」
「と、言うことは――」
「ああ、私は信じるよ。少なくとも、君たちがどこかの国が放った間者ではないことは信じる」
そう言ってルイスが微笑む。木崎は軽く頭を下げた。
「それはありがとうございます」
「うん。……それでね、君たちには恩もあるし、それを抜きにしても友好的な関係を築きたい。なにせ、あの伝説の竜すら下してしまう相手だからね」
ルイスはそこまで言うと、ひとつ息を吐いた。
「でも、ことはそう簡単にはいかないんだ。今はオレスとの戦争中だ。君たちに罪はないとはいえ、その瞳の色は、周囲からの信用を得るのに大きな障害となる」
「はい、分かります」
「だから、君たちにはひとつ、この戦いで手柄を立てて欲しいんだ。君たちの素性がわからないことについて、ごちゃごちゃとうるさく行ってくるであろう連中を黙らせるくらい、強烈なのをね」
薄い微笑みを崩さないまま、少し口調を砕けさせてルイスが言う。試されてるな、と和人は思った。
先ほど信じるといったが、正直なところ、まだ和人の実力については半信半疑なのだろう。まあ、当然だ。そう簡単に理解されても困る。
ルイスはこの機会に、和人の実力を実際に目で見て確かめたいのだろう。丁寧な、こちらを慮った言い方をしているが、和人たちがミリシアに取り込みたがっていることを見抜いている。見抜いた上で、和人たちが強気に出れないと踏み、戦力の一つとして使おうというわけだ。
木崎がちらりと視線を和人に向ける。どうする、と問いかけるように。
正直に言うと、和人たちはミリシアにこだわる必要はあまりない。ミリシアにいられれば色々と都合がいい、というだけだ。だから、ここでルイスの提案を蹴り、この国から離れても、全く問題ない。体よく使われるくらいなら、そうした方がいいのかもしれない。
(だが――)
軽く視線を上げて、ルイスと目線を合わせる。こちらを見つめ返してくる、セシリアによく似た蒼穹の瞳。邪気ひとつないように見える、薄い微笑み。
この皇帝はおそらく分かっている。和人たちがミリシアにこだわる気がないことも、無理難題を押し付けて負担を強いれば、簡単にこのミリシアから出て行ってしまう気でいることも。
そして、その上で薄く笑んで問うているのだ。このくらいで逃げ出すのか、と。
ルイスは和人たちを騙そうとしているわけではない。和人たちを脅しているわけでもない。
これは明確な――挑発だ。
「……分かりました。敵の主力が来るであろう位置に、私を置いてください。ご期待に沿ってみせましょう」
「おお、ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえれば、こちらも安心できます」
和人の言葉に満面の笑みを浮かべるルイス。その穏やかな、しかし油断ならぬ笑みに、思わず自分の口が緩むのを和人はこらえる。
まさか出会って間もない和人の性格を見抜いたわけではないだろう。相手がどう出るかもわからない中、なに食わぬ顔で挑発を飛ばすとは尋常ではない。しかもその挑発も巧妙であり、後から何とでも言い逃れできる範疇だ。
面白い。そう、心から和人は思う。セシリアの父だということで、勝手に純粋無垢な人だと予想していたが、どうしてなかなか腹黒い。
そんな腹黒皇帝の度肝を抜くのも、なかなか面白そうだ。
「では、和人殿には正門を守ってほしい」
「正門、ですか」
「うん、後で兵に案内させるから、詳細はその目で確かめてくれたほうが早いだろうね」
「分かりました」
「うん。それで、兵は何人くらい必要かな?もともとの予定では、オード卿率いる紅蓮騎士団200名で守る予定だったんだけど……」
「主力が来るって割に、少ないですね」
「ああ、それも後で確認してもらえばわかると思うけど、正門まで至る道が両側を壁に囲まれた一本道でね、数の暴力が効かない作りになっているんだよ。だから、遠距離魔法対策に障壁を貼る魔導師をおいて、あとは少人数で防衛できる。――まあ最も、その分休む暇なんてない、地獄のように長い戦闘が続くけどね」
「……その道の幅は?」
「大体5メートルって言ったところかな」
「分かりました。こちらによこす兵は、障壁をはる方々だけで大丈夫です。歩兵は私一人でさばきましょう」
「……へえ、面白いね。一応後詰に少しは兵を残すけど、とりあえずは君に任せてみようか」
和人とルイスの間で、次々と案が決まっていく。どことなく、意地の張り合いになっている気がしないでもない。いつの間にか取り残された形になった木崎は、小さく、呆れたように息を吐くのだった。




