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刀と双銃の交奏曲  作者: 赤城宗一
第四章
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22/25

両軍の要

 ミリシアの王都・レルクル。古くからミリシアの中心として有り続けたそこは、しかし、それほど古臭さを感じない。

 一昔前の様式で築かれた城壁だが、その中は、いたって普通の、大国の中枢にふさわしい町並みが広がっている。いまどき流行りのレンガ造りの建物。車道と歩道が整備され、車道には馬車が行き交う。

 古きを知って新しきを持つ古都。それがレルクルだ。

 さて、レルクルの主な出入り口は、他の大都市の例に漏れず東西南北の四ヶ所にある門のみ。それ以外は、都市をぐるりと取り囲むように存在する城壁に阻まれて、侵入は不可能だ。当然、外敵であるオレス帝国軍もこの城壁を攻略することを早々に諦め、専ら、四つの門を抜くことに精力を傾けている。――まあ、それも今のところうまくいっていないわけだが。

 そんなわけで、オレス帝国軍はその膨大な兵力に物を言わせて、王都レルクル自体を取り囲んでいる。その布陣は、正しく蟻一匹逃げ出す隙もないといった様相だ。

 だが、現実にオードはレルクルから離れた場所に、セシリア救出に来ている。

 その謎の答えが、いま和人たちの目の前にあった。


「……へぇ、こりゃすごい」


 和人が思わず漏らした声に、木崎もこくりとうなづく。

 場所は、和人とオードが争った場所から、オレス軍の残していった馬でかけて一時間ほどの、レルクルから少し離れた森の中。少し、とは言っても、それは地図上での表現であり、実際に地に足つけてみると、なかなかに遠い。つまり、一見すると王都と何も繋がりのなさそうな、何の価値もなさそうな森である。実際、オレス帝国軍もレルクル攻略にあたる際に、この森のことは全く考えなかっただろう。

 そんな森の奥まったところにある一本の木。注意して見なければ気づかないほどに薄い赤い線が、木の根元に走っていること以外はなんの変哲もないその木から、レルクルの方向に向かって十歩ほど歩いた場所。その場所の土を掘ること数分。唐突に現れた銀盤をどかせば――

「あら不思議、地下通路の登場ってわけか」

 おどけたような和人の声と三頭の馬の蹄の音が、地下通路に木霊する。

 そう地下通路。オードいわく、王族の緊急脱出経路らしいそれは、そうとしか表現できないものだった。洞穴よりも地下通路である、という意味だ。

 床も壁も、詳細は不明だが何らかの金属で覆われている。見てくれだけで言えば、地下鉄の線路がある場所、と言えば伝わるだろうか。

和人と木崎が驚いたのも無理はない。このマケス大陸の様子は、聞けば聞くほど、和人たちのもといた世界の中世ヨーロッパに近いものだ。そんな中に、突然メタリックな地下通路が現れたのだから。

家すらもレンガ造りのこの世界で、どのようにしてこのような巨大な地下通路ができたのだろうか。

木崎のその問いに、オードがあっさりと答えたところによると、数十人の魔道士によるものらしい。それを聞いて、木崎は軽く息を吐いた。


「……魔法、ねえ。こりゃあ、思ってたより便利な力だ」

「そうでもない」


 自身も凄腕の魔道士であるオードは、そう言って首を横に振った。


「と、言いますと?」

「魔道士の力量は、生まれた時にほぼ決まっている。生まれた時から魔法の使い方は知っているが、そのあとがない。私は幸いにも多くの魔法が使えるが、それとは逆に、ひとつの魔法しか使えない魔道士も多い」

「同じ火の魔導師でも、ということですか?」

「ああ、そうだ」


 オードはそう頷いた。


「だから私たち騎士は、剣の腕を磨かなければならない。持ち前の才能に頼りきる者は、真の強者とは呼べん」


 オードのその言葉は、まるで誰かに言い聞かせているかのようなものだった。


「はあ、なるほど」


 木崎がそう、感心したような声を漏らす。するとその隣で、和人が声を上げた。


「教える、ってことはできないんですか?」

「……それはつまり、私のような『使える』魔道士が、同系統の『使えない』魔道士に、魔法の使い方を伝授する、という意味か?」


 オードのその問いに、和人は頷いた。


「ええ、そうです」

「残念ながらそれはできん。私も含め、魔道士という者は生まれながらに魔法の使い方を知っている、とよく言われるが、その言い方はあまり正確ではない。正確には、魔道士は生まれながらに魔法を使える、と言ったほうがいい」

「……ええと、その二つの違いは?」

「端的に言うと、私は魔法のイメージをしながら詠唱をすることで魔法を使うが、たとえ同じことを他の者がやったとしても、本人に適性がない限り魔法は発動しない。私のやっていることと寸分たがわぬことをしたとしても、なぜか魔法は発動しないのだ」

「……ははあ、なるほど」


 和人はそう言って息を吐いた。どうやら魔法というものは、才能云々以上に属人的な、持って生まれたものが必要な技能らしい。

 ふと、ちらりと木崎に目を向けると、考え込むように顎に手を当てている。また、何かしらを考えているらしい。おそらく魔法についてだろう。和人は軽く肩をすくめた。


「和人、ちょっといい?」

「うん?」


 呼ばれて振り返ると、フィアーゼが眉を寄せて尋ねてきた。


「さっきから気になっていたんだけど、結局あのオレスの魔道士たちはどうなったの?」


 フィアも最初と比べると、だいぶ砕けた口調になったな、と和人は思いながら、フィアーゼの問に答えた。


「ああ、今頃はたぶん全滅してるよ」

「ぜっ……簡単に言うけど、誰がそんなことしたのよ。和人は無理でしょ?」

「うん。俺はオレス軍の一員として、フィアたちを見張ってたからね」

「じゃあ、誰が?」

「木崎さんだよ」


 和人がそう答えると、フィアーゼが驚いたように木崎を見た。当の本人は、未だにブツブツと独り言を言いながら考え込んでいるので、フィアーゼの視線に全く気づいてはいない。


(まあ、そうだろうな)


 そう、和人は思う。

 木崎はどう見ても、戦えるような人間には見えない。体は華奢で、筋肉もあまり付いていない。線の細さで言えば和人もたいがいだが、和人の引き締まったそれと違い、木崎の体つきは、正真正銘、非戦闘員のものだ。

 そんな、見るからに戦えなさそうな木崎が、オレスの魔道士たちをたった一人で倒したと言っても、信じられないのも無理はない。が、どうやって倒したのかをわざわざ説明する義理もない。フィアーゼもそこのところはわかっているのか――はたまたこの短期間で和人のそういう性格を見抜いたのか、何も言ってこない。……まあ、視線で激しく訴えているが。

 フィアーゼからの強烈な視線を和人が自然に外すのと、通路が行き止まりに達したのは同時だった。


「ここだ」


 今の一連のフィアーゼと和人の会話に全く口を挟まなかったオードが、重々しくそう言う。だが、和人や木崎がいくら見渡してみても、出口らしいものは見えない。

 和人と木崎が少し困惑しているのを尻目に、オードが突き当たりの壁に手を付け、小さく呟いた。


「我、マケスターに連なる者とその従者なり。蒼の瞳よ、その扉を開け」


 次の瞬間、低い地鳴りと共に突き当たりの壁が動いた。切れ目一つなかった壁が二つに割れ、扉のように開く。そしてその向こうから階段が現れる。さらにその果てからは、明らかに太陽光とは違う光が漏れ出していた。おそらくあれが出口なのだろう。和人は軽く口笛を吹いた。


「いやあ、すげえな。まさにファンタジーだ」


 軽く笑う和人と、それに同意するように頷く木崎。その二人に対し、オードはゆっくりと視線を巡らせた。


「悪いがこれから先は王城内だ。客人には礼を尽くすが、今は戦時中。多少気が立っている者も少なくはない。特にその瞳に突っかかってくる者もいるだろう。なるべく軽薄な発言は避けてもらいたい」

「分かりました」


 木崎がそう返し、和人が軽く肩をすくめてみせる。オードは軽く息を吐いて前に向き直った。




 王都レルクルが斜陽で紅く染まる頃、その外壁から少し離れた丘の上で、そのやりとりは行われていた。


「……もう一度聞こう。あの山で、何があった」


 湧き上がる怒りを抑えていることがわかるオレス軍総司令官の低い声に、その目の前に跪く男は身をこわばらせた。

 男はセシリアたちを襲った部隊の生き残りの一人だった。命からがら本隊のところまで逃げてきた彼らは、当然のごとく作戦の失敗を知らせねばならず、こうしてオレス軍総司令官の怒りに触れているのだ。


「答えろ、何があった?」


 冷たい声音に背筋が凍りつく思いをしながらも、男は絞り出すように声を上げた。


「わが隊は蒼峰山の麓にて、一度セシリア姫の捕縛に成功。しかし、内部からの裏切りによりカウル隊長をはじめ多数の死者を出し、敗走しました」

「セシリア王女は?」

「おそらく裏切り者の手に落ちたかと……」

「で、その裏切り者とはなにものだ?」

「……わかりません」

「……ちっ。使えん連中だ」


 吐き捨てるように言った総司令官は、手振りだけで男を下がらせる。男は、自分たちを退けた黒髪眼帯の男の戦闘力と、その男の使った奇妙な光を放つ武器について報告すべきか迷ったが、結局何も言わなかった。たった一人にいいようにやられたことを知られて、これ以上叱責を受けたくなかったからだ。

 大人数からなるオレス軍では、兵一人ひとりの命は、驚く程に軽い。農民出身の兵ならなおのことだ。下手にこの若い総司令官の神経を逆なでしようものなら、他への見せしめに殺されかねない。戦争に来たからには死も覚悟の内ではあるが、無駄に命を散らしたいわけでもない。まして、味方に殺されるなんて笑えない。

 そそくさと本陣を去っていった男を見送ったあと、総司令官は彼の後ろに控えていた初老の男性に声をかけた。


「……ガル。今の報告、どう思う?」

「それは、どの部分についてでしょう?ラトア様」


 初老の男性――ガル・デルトアは、そう言って首をひねる。その様子を見て、総司令官――ラトア・ベルクルは軽く眉を寄せた。


「分かっていることをいちいち尋ねるな。もちろん、セシリア王女をさらった裏切り者についてだ」


 ラトアが心底うんざりしたように言うと、ガルは小さく笑った。

 ラトアとガルの付き合いは長い。オレス帝国でもかなり上位の貴族であり、代々優秀な軍人を生み出してきたベルクル家と、そのベルクル家に仕える一家臣でしかないデルトア家。一人息子として、周囲からの期待を一身に受けて生まれたラトアに幼い頃から教育を施したのがガルだった。

 戦略から領地運営まで、今の己の頭脳面のほぼすべてを形成したといっても過言ではないガルに、ラトアも敬意を持っている。だが、幼い頃を知られているためか、ガルが未だにどこかラトアのことを子供扱いしてくるのが、ラトアは不満だった。

 今も、ラトアの不満げな雰囲気をすっぱり無視して、ガルは真面目な表情に戻っていた。


「裏切り者、と彼は言っていましが、正直怪しいですね」

「ふむ」

「ミリシアが、瞳の色を人為的に変える方法を編み出した、という方が自然な気がします。……最も、それはそれで、かなり無茶な発想ですが」


 ガルの言うとおり、瞳の色を変える方法を編み出すことは困難だ。

 国籍が瞳の色で決まるこの大陸では、瞳の色を自在に変えることは、他国の様子を探り放題であることを意味する。

 当然、今までどの国も、何とかして瞳の色を変える方法はないかと試み、いずれも失敗している。

 そんな技術をミリシアが、このタイミングで発明したと考えるのは、少々都合が良すぎる。

 そんなことを考えつつのガルの台詞に、ラトアは顎に手を当てた。


「……そうか。まあ、そう考えるのが妥当か」


 軽くうなづくラトアだが、ガルがその表情に浮かんでいる疑いを見逃すはずがない。


「何か、疑問でも?」

「いや、ちょっと引っかかってな」

「と、言いますと?」

「その裏切り者がつけていた眼帯についてだ」

「眼帯……」


 ガルは静かに目を閉じると、ラトアの台詞のその意味するところに気づいて、軽く息を飲んだ。


「まさか、ミリシアが『魔王の仔』を使った、と?」

「……いや、そこまではっきりと確信したわけではないが、それだと色々つながると思ってな」

「しかし、ミリシアの『魔王の仔』嫌いは、五大国で随一であることは有名です」

「……ああ、わかってる。あくまで可能性の話だ」


 そう言って、ラトアは切り替えるように首を振った。


「考えても仕方ない。まずは今後の方針だ。いつもどおり、最低の予想を立てて行動する」

「ということは、裏切り者がミリシアの手先であり……」

「ああ、セシリア王女は既に何らかの手段で既にレルクルに入っている、と仮定する」

「……グズグズしていると、敵の士気は上がり、逆にこちらの士気はがた落ちですな」

「初手で負けたのだ、仕方ない」


 ラトアはそう言うと、軽く息を吐いた。


「あすの日の出と共に、総力戦を仕掛ける。各隊の隊長を集めてくれ、今晩のうちに軍議をしておかなければならない」

「分かりました。では私は……」

「ああ、いつもどおりに準備しておいてくれ。……使わないに越したことはないのだがな」


 ラトアのその台詞に、ガルは一礼して去っていく。ラトアは暮れなずむ空を見上げて、その紅さに、明日流れる血を思った。


更新が不定期で申し訳ありません。

私事ですが、受験と大学生活の準備に追われております。

4,5月になれば、更新ペースも落ち着くと思うのですが、それまではこんな感じになりそうです。

更新を止める気はさらさらないので、これからも応援していただけると幸いです

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