反撃開始
(紅い……)
真正面からの夕日が目に滲む。気絶している間に、随分と時間がたっていたことに、フィアーゼはいまさらのように気づいた。
軽くあたりを見渡す。そうして、誰も自分に注目していないことを確かめると、フィアーゼは軽く息を吸った。
そして、戻れない道に踏み出す。
「ミリシア皇国の騎士、マクミリアン・フィアーゼが大将の首、討ち取った!」
ざわめきは、波紋のように広がった。その辺をぶらついていた男たちはいっせいにフィアーゼの方を振り向く。さらにそこかしこに張られた天幕からいくつもの顔がのぞく。どの顔にも浮かぶのは驚愕。
当然だ、とフィアーゼは思った。拘束していた捕虜がその拘束を破り、しかも自分たちの隊長の首を持っているのだから。
時が止まったように、オレス兵たちの動きが止まっている。今のうちになら逃げれそうだな、とフィアーゼは思ったが、足は動かさなかった。和人はオレス兵を全滅させると宣言したのだ。ここは逃げる場面ではないだろう。
それに何より、フィアーゼ自身がこの場の空気に縫いとめられていた。この緊張は細く張りつめた糸だ。少しのきっかけ、刺激で容易く断ち切れる。
その危うい緊張感を破ったのは、おそらくその場にいる誰にとっても意外な人物だった。
「――よっと」
気の抜けるような声とともに、フィアーゼの背後の天幕から和人が出てきたのだ。しかも右手に偉丈夫の首のない死体を引きずって、である。
和人は無造作に死体を放ると、先ほどとはまた違った意味あいで動きの止まった周りを見渡し、ニヤッと笑った。
「おや、みなさんお揃いで」
糸が、切れた。
「――やっちまえ!」
誰が叫んだかは明白ではないが、その叫びが呼び水となった。
男たちが次々に抜剣する。鎧を脱いで明らかにくつろいでいたことが分かる者もいたが、さすがと言うべきか、誰もが剣を手元に持っているようだ。
「ど、どうするんだ……これ」
叫ぶ気力もなく、フィアーゼは和人に尋ねる。奇襲するのだろうと思っていたが、これでは正面衝突だ。2対500。一人頭250人。計算するのも馬鹿らしい。
和人はしかし、こんな状況でもまったく動じない。懐に手を突っ込むと、そこからあるものを引っ張り出す。真っ青な物体。Zだ。
「そ、そんなところに――」
隠していたのか、と言おうとするフィアーゼの前で、和人はZを構える。
そして、唐突に、言葉もなく。
放つ。
「――ッ!!」
射線上にいた男たちが、言葉もなく倒れる。Zから放たれる光の太さはせいぜい30センチと言ったところなので、人を丸ごとを飲み込むことは当然ない。しかし、もしそうであった場合、まるで人が消滅したように見えただろう。そう思わせるには十分だった。
光が走り抜けた場所は、一切が消滅していた。
天幕も武器も鎧も――人体も。
勇ましい鬨の声とともにこちらに向かっていた男たちの足が、バラバラと止まる。自分たちの常識外の光景に、思わず目が釘付けになったのだろう。
和人はそんな男たちの集団でも、人の密度の濃い場所めがけて次々とZを放つ。そのたびに、オレス軍は多大な被害を被っていく。
(そ、そうか……)
フィアーゼは目の前の光景に呆然となると同時に、納得も覚えていた。
Zは威力こそ強力だが、広範囲に攻撃できるものではない。さらに木崎や和人の話では、撃てる数に限りがあるのだという。
だから、和人はフィアーゼを使い、敵を集中させることにしたのだろう。多数が少数を攻撃する際、どうしても人の密度は濃くなってしまう。
さらに言うなら、ここは陣中だ。そこかしこに天幕が張られており、フィアーゼ達のもとに行くためのルートは、いくつかの道に絞られる。あとはそこにZを撃ちこむだけで、自動的に敵の密集地に撃ちこむ形になる。
しかし、腐っても敵は500人もいるのである。いくらこの作戦が有効だとしても、限界と言うものがある。
果たして――
「……チッ」
和人は沈黙したZを腰のホルスターに収めると、今度は腰の刀に手をやった。
「敵は30人近くか……。結構残ったな」
「ど、どうする気だ」
大体の予想はついていたが、フィアーゼはそう尋ねる。和人の返事は、予想にたがわぬものだった。
「斬り込む」
「無茶だろう!」
いくら数を大幅に減らしたと言っても、まだこちらの15倍である。無謀もいいとこだ。しかも驚くべきことに、敵はすでに体勢を立て直しつつあった。
和人は敵を見つめたまま、言った。
「なるべく俺が引き受けるけど、やっぱ全部はさすがに引き付けられないと思う。悪いけど、残った分はフィアにやってほしい」
「いや、無理でしょ!」
自分の否定の声がほぼ反射的になっているのを自覚しつつも、フィアーゼは言った。
「あんたがあたしのことをどう思っているか知らないけど、そんなの無理でしょ!?あたしはこれでもまだ見習いなの!多対一の戦いなんて経験したことない!」
口調が素に戻ったのにも構わず、フィアーゼが叫ぶ。だが、和人はそれに対して、ニヤッと笑った。
「お、そっちの口調の方がいいねぇ。これからはそっちで通してくれよ」
「な、何をこんな時に……」
「大丈夫」
不意に、和人が真面目な顔でそう言った。
「大丈夫、俺はフィアを信頼してるから」
「――え……」
「んじゃ、頼んだわ」
和人はそう言ってくるりと体をオレス軍の方に向けると、即座に駆けだす。突撃してくる和人に、オレス軍たちが群がるように集まっていく。
和人を追いかけることがすでに不可能だと悟ったフィアーゼは、せめてもの意地で、その背中に叫んだ。
「あたしはあたしが信じれないっつーの!」




