百地和人という男 2
最近また遅れがちで、すみません
「……は?」
フィアーゼは、自分の目の前で起こっていることが、理解できなかった。
先ほどまでフィアーゼ達を蹂躙しようと、下卑た笑いを貼りつけて迫ってきた男。両手両足を縛られているフィアーゼ達は、当然のごとく抵抗できない。口ではああ言っていたが、フィアーゼは完全に諦めていた。
その男の首が、今眼前に転がっている。切り落としたのは平然とした顔で刀を収める和人だ。オレス軍として、フィアーゼ達を捕らえた本人である。
「き、貴様……」
「ん?」
「……」
言いたいことはあるのだが、どこから言っていいのかわからない。疑問を解決したいのだが、全てが疑問すぎて、どこから手を付けるべきかが見極めきれない。
結局黙ったまま口を開閉させるフィアーゼに、和人は少し笑った。
「ま、わけわかんないよな」
「……ああ、わけがわからん」
「大丈夫、一から説明するから」
和人はそう言った後に「ただし、」と付け加える。
「とりあえず、説明は全部終わったあとね」
「全部?どういう意味の全部だ?」
「それは今から説明する。分かっておいてほしいのは、俺は君たちの味方だということ」
「……信じられると?」
「信じるんじゃなくて、納得してほしいんだよ」
そう言って、和人は先ほどおさめたばかりの刀をもう一度抜く。思わず警戒して後ずさったフィアーゼに軽く肩をすくめて見せると、和人はその刀でいまだ放心状態のセシリアの縄を切った。
「あっ」
自由になった体に思わず声を漏らすセシリアに、和人はしゃがんで目線を合わせると言った。
「申し訳ありませんでした、セシリア様。わけは後で話しますので、ひとまず今は私の指示に従っていただけますか?」
「え?……えっと……?」
「従っていただけますか?」
「え、っと……はい」
「ありがとうございます」
和人は満足げにそう言ってうなずくと、フィアーゼの縄も切る。それなりに強度もありそうな縄だったのだが、和人はそれをやすやすと断ち切った。
「……いちおう、礼は言う」
「どういたしまして。……で、フィアは俺の指示に従ってくれる?」
「セシリアが従うと言っているのだ。不本意だが仕方あるまい」
「……不本意、ね」
「そう、不本意だ。――それで、私は何をすればよいのだ?」
和人はフィアーゼの問いにすぐには答えず、いまだ抜いたままだった刀で地面に転がっている、偉丈夫の生首を指した。
「これ」
「?」
「この首を持って、天幕の外に出てほしい。もちろん、フィアがそいつを殺したと思わせるように、勝利宣言しながらね」
「……はぁっ?」
思わずフィアーゼは素っ頓狂な声を上げた。セシリアも驚きに目を丸くしている。
当然の反応だろう。いくら大将の首を取ったとはいえ、五百人のオレス兵はまったく減っていないのだ。そんな敵のど真ん中で名乗りなど上げれば、どうなるかは自明の理である。
「貴様、何をふざけて――」
「いや、いたってまじめだけど?」
「……だろうな。だから、タチが悪いのだ」
もはや返す言葉もなく、呆れ交じりに言うフィアーゼに、しかし和人は真面目くさった顔で言った。
「ホントはもっと細かく説明したいんだけど、あんまりぐずぐずしてると誰か来るかもしれない。説明不足で悪いけど、出て。――あ、そうだ。これ、フィアの剣。さっき取ってきた」
「ちょっ、ちょっと待て」
強引とも取れる和人の態度に、フィアーゼは愛剣を受け取りながら思わず声を上げる。
「説明不足過ぎだ。私が名乗り出た後はどうするつもりだ」
「当然、オレス兵を全滅させるんだよ。で、馬か何かを頂戴する。ここで足止めを食った分、王都への道のりを短縮しないと」
「全滅……だと。貴様、正気か?」
「正気だよ」
和人はそう答えると、偉丈夫の首を刀の腹でフィアーゼの方に転がしながら続けた。
「ま、ここでじっとしてても状況はどうにもならないんだし、ここは一つ、俺を信じてみてよ。大丈夫、今度はフィアとセシリア様、どちらの安全も保障する」
ほぼだまし討ちに近い形でフィアーゼ達を気絶させたことで、自分の信用が地に落ちていることを理解しているのだろう。和人はわざわざ人名を出して保障した。
「し、しかし……」
「フィア」
それでもなお信じきれないフィアーゼに決断させたのは、意外なことにセシリアだった。
「フィアが和人さんを信用できないのも仕方がないけど、和人さんの言うとおりだよ。正直、私にもわけわかんないけど……今回こそ和人さんを信じてみよう?」
言葉の端々から本心が滲み出しているが、それでもセシリアは和人についていくことを選んだということだろう。それがたとえ、苦渋の選択だったとしても、だ。
フィアーゼはしばらく悩んだ後、やがて小さく言った。
「さっき、従うって言ったからな……」
精一杯の強がりだった。
それでも和人は満足だったらしく「ありがとう」と言って微笑む。この場に似つかわしくないその笑顔から顔をそむけ、フィアーゼは偉丈夫の首を拾うと、少しの間を置いたのち、天幕の外に足を踏み出した。




