追手
ここから「オレス侵攻編」とさせていただきます
「てかさ、木崎さん」
「ん?」
「ZとXの弾って、どうなっているんだ?」
「銃身が周囲の水蒸気を吸って、銃弾に変えてくれるから、人為的に補充する必要はないはずだよ」
「……今更だけど、チート級の武器だな」
「チート?」
「ずるいとか、そういう意味だよ」
「まあ、戦争の道具だからね。わざわざ、フェアである必要はないよ」
「確かにね……。でも、それだと、あんまり弾数稼げなくないか?特にZとか」
「ああ、銃弾全部を水で作るなら、ね」
「どういうことだ?」
「スタンスとしては薄く広く。つまり、少量の水を、広範囲に薄い膜のようにして撃ち出しているだけで、銃弾の九十九パーセント以上は、空気塊でできてるんだ」
「へえ、なるほど。となると――」
などという、よくわからない会話を繰り広げる二人を背に、フィアーゼとセシリアは歩いていた。
王都レルクルと蒼峰山は、それほど離れていない。早馬で駆ければ約三時間ほどでつく。今はまだ昼過ぎなので、こういう舗装されていない道を歩くことに、セシリアが慣れていなことを計算に入れても、日没までには十分たどり着ける距離である。
フィアーゼは道端の石に躓いたセシリアを支えつつ、小声でささやいた。
「セシリア。後ろの二人、どう思う」
セシリアも小声で返す。
「どうって?」
「いや――」
歯切れ悪く答えながら、ちらりと後ろの二人を振り返った。
どう、と言われれば、具体的にはあげられないが、フィアーゼはあの二人を信用しきれなかった。
もちろん、命を助けてもらったことには感謝をしている。彼がいなければ、フィアーゼも、そしてセシリアも、今頃生きていないだろう。
しかし、それでも信用しきれない。というより警戒してしまう。
ミリシア皇国内――いや、大陸全土でも、最強の代名詞であったベルセリオンをあっさりと倒してしまう実力と、青白い光を放つ未知の武器。あの得体のしれない穴から現れたことも含めて、和人たちは簡単に受け入れるのには、あまりにも異質だった。
と――
「うぐっ!」
右側の木立から、突如として悲鳴が上がった。あわててそちらを見ると、何もないところから文字どおり湧くように現れた男が、右の太ももを抑えてうずくまるところだった。
「こいつ、何?」
その男に、あの未知の武器を油断なく突きつけたまま問う和人に、フィアーゼは戦慄を覚えていた。
フィアーゼは先ほどから、和人のことを警戒していた。いつもなら多重に守られているはずのセシリアの護衛を一人で行っているのだ。いつもの数倍、気をとがらせていた。
しかし、それでも和人が武器を抜いたのに気付けなかった。いや、フィアーゼが認識したのは、攻撃が終わった後なのだ。
あの攻撃が、こちらに向けられていたならば、おそらく攻撃されたことにすら気づかずに殺されるだろう。
フィアーゼは、和人への警戒をさらに強めた。
やすやすと襲撃者を倒したように見えた和人だが、その実、あまり余裕はなかった。
体に染みついた迎撃術のおかげか、和人が意識するよりも早く体が動いていた。
右から飛んできた殺気。その襲撃者との距離が刀の間合いの外であることを認識するのと、腰のホルスターのXに手が伸びるのが同時だった。
安全装置を外して、即座に放つ。狙いを定めることはしない。こちらが後手に回っている以上、それは致命的なタイムラグにもなりえる。敵を牽制できればそれで良かった。
抜きざまに撃つ。和人が殺気の方向に顔を向けたのは、その後だった。つまり、そこまでの一連の動作が、ほぼ一瞬で、しかも無意識に行われていたということだ。
だから、驚きで動きが止まることもなかった。和人が顔を向けた先には、何もない虚空から突然男が現れていた。幸い銃弾は命中していたらしく、男は大腿部分を抑えてうずくまっている。
「こいつ、何?」
そういうわけで、和人が発した疑問は少し具体性に欠けるものだった。彼にしては珍しく、敵を目前にして少し動揺していた。
「盗賊――でしょうか」
和人の疑問に、少しおびえた目で男を見ながら、セシリアが答えた。
「しかし、魔導士の盗賊とは……。魔導士は大抵のことにおいて優遇されるので、生活が苦しいはずはないのですが……」
「魔導師……ですか」
少し呆然としたようにつぶやいたのは木崎だ。セシリアは、フィアーゼに拘束されている男から目をそらすと、木崎に向かって「はい」と、頷いた。
「あなた方の大陸ではどうか存じませんが、わがミリシア皇国――いえ、このマケス大陸では、魔法を使える者――つまり魔導士は非常に希少な人材です。神に選ばれた者のみが扱える力ですから、その力は絶大といってよいでしょう。私は最初、和人さんの、あのウンディーネという武器も魔法の一種だと思っていました」
「と、いうことは、魔法にはあのZと同じレベルの威力があるものだ、という認識で構いませんか?」
「魔法にも、やはり種類がありますので一概にそうとは言い切れませんが……極めれば、おそらくあれを超える威力を出せる者もいるのではないでしょうか」
「なるほど……ところで、先ほどの魔法の種類というのは、具体的はどのようなものがあるのでしょうか?」
「はい。大前提として魔法は四種類の属性に分けられるとされています。火、水、土、風、の四種類ですね。先ほどの盗賊の男が使ったのは火属性の魔法の一つである『インブリッド』ではないかと思います」
「火属性ですか……。するとおそらくは、疑似的な蜃気楼のベールを作ったのか?いや、しかし――」
いきなり自らの世界に入り込んでしまった木崎に、セシリアが「え、えっと」と戸惑った声を上げると、木崎ははっとしたように顔を上げて言った。
「失礼、こちらの話です。お気になさらず続きをどうぞ」
「えっと……どこまで話しましたっけ?」
「魔法には四種類の属性がある、という所までです」
「あ、そうでしたね」
セシリアはぽんと手を打つと、その自分の所作に少し照れたように笑った後、また、まじめな顔つきで話し始めた。
「魔導士はその属性の内から、一つしか使うことができません。二種類以上の属性を操った者は、伝説や伝承を除けば皆無です」
「えっとですね」
木崎がここで少し手を挙げた。
「二種類以上の魔法が扱えないことに、何か理由はあるのですか?」
セシリアにとって、この質問は意外だったのか、しばし考えた後にゆっくりと言った。
「理由、と言えるかはわかりませんが、魔法を扱える者は生まれるときに四人の精霊王に選ばれた者です。精霊王たちがお互いに選ぶものが被らないようにしているのかもしれません」
自信はなさそうにセシリアがそう告げると、木崎はまた「精霊王……」と、物思いにふけってしまった。
邪魔するのもはばかられる雰囲気を察したのか、セシリアは木崎への説明をそこで打ち切った。さっきから所在なさそうに立ち呆けていた和人に向き直る。
「ところで、あなた方の大陸では、どのような魔法が?」
尋ねられてしばらくしてから、和人は自分が尋ねられていることに気付いたようだ。少し驚いたように身を引いた後、「えーと……ですね」と、木崎にちらりと目をやり、何とも答えづらそうに言った。
「私たちの大陸には、魔法は存在しないんですよ」
「魔法が……ない?」
よほどショックだったのか、少し呆然といった様子のセシリアに、和人は「はい」と頷いた。
「私たちの大陸では、魔法の代わりに『科学』というものが発展しました。このXやZも科学の発展によってできたものです」
「かがく……ですか」
聞き覚えのない単語にセシリアが首を傾げると、和人は少し考えた後、
「そうですね、簡単に言ってしまえば『モノづくり』の延長みたいなものですよ」
「モノづくりの?」
「はい。神の力とか、そういう不可思議なものに頼るんじゃなくて、自分たちの手で、綿密な計算のもとに、生活に役立つものを作り上げる。……まあ、それがこんな殺傷兵器に使われているのは、少し皮肉ですけどね」
そういって、少し肩をすくめて見せた和人に、セシリアも頷いた。
「そうですね。魔法も、そしてあなた方の使う『科学』というものも、やはり使い方次第でしょう。先ほどの男は火属性の魔導士ですが、ミリシア皇国内の火の魔導士のほとんどが、製鉄所などの加工の場で活躍しています。高温の火を安定的に供給できる彼らは、わが国にとって非常にありがたい存在です」
「そう……ですね。何事も使い方次第ですね」
和人がそうつぶやくと、セシリアはどことなくほっとしたように「はい」と頷いた。
「あ、そうだ」
しばらくした後、和人がぽんと手を打った。
「ひとつ、いいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「先ほど、木崎さんに魔法の種類について話しているとき、『魔法は四種類に分けられるとされている』って言ってましたよね?」
「はい」
「その言い方だと、まるでそれ以外の種類の魔法を知っているように感じるのですが、これは私の勘違いでしょうか?」
和人は異世界でうまく立ち回るために、ブレーンとして木崎を立てているが、それは決して和人が賢くないわけではない。むしろ、聡明だといえるだろう。
和人が発した問いに、セシリアは一瞬目を丸くした。本人すらも意識していなかった言い回しを、聞き手としてしっかり聞いていたわけではない和人から指摘されて、驚いたのだろう。
「いえ……、四つの属性以外の魔法を使えたものは、今のところ確認されてません」
「そうですか」
少し目をそらしつつ、絞り出すように答えたセシリアに、和人は思いのほか淡白にそう返した。もっと突っ込んで追求されることを覚悟していたセシリアは、ほっと胸をなでおろした。
その場にある種の弛緩した空気が漂い始めたその時を見計らっていたように、賊の始末をしていたフィアーゼが、戻ってきた。セシリアの近くにいる和人を目ざとく見つけ、にらんでくる。
和人は不可抗力だ、というのを示すためにひょいと肩をすくめて――やがてその眼をすっと鋭くとがらせた。
フィアーゼの顔が、はっきりとわかるほど引きつっていたからだ。
「何があったんだ?」
低い声で、そう尋ねる。いつの間にか、木崎も近くに寄ってきて、フィアーゼの声に耳を傾けている。
フィアーゼは和人の問いに対し、一度つばを飲み込んで答え始めた。
「さっきの賊に吐かせたところ、二つのことが分かった」
当然の口調で「吐かせた」と言っているが、要するに拷問をした、ということだろう。そういえば、先ほど引きずっていった男を、フィアーゼは戻ってきたとき連れていなかった。騎士、と言われると高潔なイメージがあるが、実際のところ、戦場に立つものがやることは、どの世界でも変わらないのかもしれない。
そんなことを考えていた和人の意識は、次のフィアーゼの台詞に引き付けられた。
「まず一つ目だが、我々が竜討伐隊が出発したのを見計らって、隣国であるオレス帝国が、わがミリシア領に侵入したとのことだ」
フィアーゼが告げた内容に、セシリアが軽く悲鳴に似た声を上げる。その声を聴きながら、しかし和人は、疑問をぬぐいきれなかった。なぜ――
「なぜ、盗賊がそんな情報を持っている?」
和人がそう問うと、フィアーゼはそれに対して一つ頷いた。
「ああ、それが二つ目に――最も重要な問題につながるのだが、先ほどの賊は盗賊ではない。オレスの兵だ。オレス軍はレルクルを目指す部隊のほかに、別働隊をこちらに差し向けていた」
オレス帝国がこのタイミングで攻め込んできたということは、オレス帝国がベルセが現れたことと、そのためにミリシア皇国内の優秀な武芸者たちが、竜討伐に向かったことを把握していたということだ。大方、主力を欠いたミリシアを見て、今が好機とでも思ったのだろう。
しかし問題はそこではない。
オレス帝国が、この遠征の内実を正確に把握しているならば――ミリシア皇国第一皇女であるセシリアが、その一団に加わっていると知っていたならば――
状況は思ったよりもやばいかもしれない、と和人は身構えた。
フィアーゼが悲痛な表情で告げる。
「オレスの兵、約五百ほどが、この先で待ち構えている。このままでは、王都へ帰還するのは絶望的だ」




